CAUSE
雨[1]
雨[2]
3B(ボクら)[1]
3B(ボクら)[2]
3B(ボクら)[3]
3B(ボクら)[4]
3B(ボクら)[5]
死にたくない(NECRO phobia)[1]
死にたくない(NECRO phobia)[2]
死にたくない(NECRO phobia)[3]
AWAKE[1]
AWAKE[2]
AWAKE[3]
AWAKE[4]
AWAKE[5]

  CAUSE
 縦約十五センチ・横約二十センチ。  ややスモーク掛かったそいつだけがボクの世界だった。  どうやらボクは戦っていたらしい。  グローブを嵌めた手には血がこびり付いていて、それが『誰か』のものなら良かったのに……腹部の痛みから言ってボクのだ。  同じ武装服を着た奴らが、同じくこんな狭い視界の中からボクを見ながら銃を構えていた。  五人は見えるけど、後方にもまだいるみたいだ。  さっさとそいつを撃って殺せよ。じわじわ意識を失うよりも、その方が遥かに良いはずだ。 「十三号機も失敗か……」    不意にそんな男の声が聞こえて、ボクは……。  ・  ・    ・    ・    ・  ・     なんなんだよ!!  朝から、知らない場所で武装兵みたいな恰好で戦って殺されるなんていう夢に飛び起きたボクの目に入ったのは、高校生に上がる年──二〇四五年の四月一日の朝七時四十分を示す時計だった。  当然、ここは部屋のベッドで、戦場じゃないし、一人きりだ。  春休みなのを良い事に、もう一度気分直しに寝ると、次は九時半にインターフォンで起こされた。  親は仕事でいないから、玄関に寝惚け眼で向かうと、「さっさと出ろよ、こっちは忙しいのに」的な顔の郵便局員がいて、段ボール箱を持っていた。何も注文していないし何かに応募した覚えも無い上に、知らない宛先から贈り物が来てボクは気が滅入る一方だった。開けたら爆発するんじゃないかと思ったけど、一学生のボクにそんな事をする意味がわからなかったから違うはずだ。  とりあえず、両親に何か送ったか聞くためにメールしたけど、仕事中だから返事は無く、贈り物は自室の机に置いたままにしておいた。  キッチンの戸棚から、朝ごはん用の菓子パンを持ってきて、ベッドに寝転がって、昨日読みかけで終わった小説の続きをタブレットで読んでいると、携帯端末(モバイル)がメールの着信を告げた。両親のどっちかから返信が来たのかと思ったけど、アドレスは知らないし、本文に至ってはとても簡素でわかりやすい。 『何をしているかわからないが、早く箱を開けて接続してくれないか?』  接続? 机の上にあるさっきの物が気になる反面、とんでもなく面倒な物に思えた。勝手に送られた挙句に開ける事を強要させられるなんて聞いた事が無い。 『身に覚えの無い物は触らないようにしているので』  送信するか一瞬迷って、やめた。メールが来た以上、こっちのアドレスは知られているのは確定しているけど、何かに登録されるような事があってもまずい。だからデバイスの画面を消して、タブレットの画面に目を戻した。  ボクはそうした方が良いと判断した。  書籍に換算したらハードカバーの分厚い本を五分の一ほど読んだ所で、ボクもさすがに我慢の限界だった。ずっとメールが来ているのだ。五分置きくらいだったものが、振動しっぱなしになっている。実際に、この人が部屋に一緒にいたら、本を読んでいるボクに延々と話し掛けて来ているわけだ。  メールの相手は全て同一。どうあってもボクにあの箱を開けさせたいらしい。脅迫めいた文言まであった次には謝罪のメール。押しては引き、どうにか開けさせようとしてくる。よれよれのスーツ姿で、ビジネスマンのおじさんが四苦八苦しているのを想像して喜ぶような頭はしていない。  だからボクは仕方なく開ける事にした。それが手だったのかもしれないけど、まんまと引っ掛かってあげる事にした。  中には何をするかわからないような、コードが延びた機械の黒い正方形の箱。天面にはCが三つ重なり三角形を作っているロゴのような物。正面には電源を入れるスイッチしかない。それと、プレート状で耳を覆うヘッドフォンとマイクの付いたアイウェアとグローブが一組という、見た事もない物だった。  『開けました』  とだけ、メールを送った。きっとこのよくわからない物の説明をしてくるはずだと思いながら。 『まず、コンセントに電源コードを繋いでください』  メールの指示通りに刺すと、本体のスイッチが赤く光り、スタンバイ状態になった。もうメールしなくても、次に言われる事の想像はついたから、電源を入れた。光は青に変わる。すると、本体の真上からホログラムの画面が現れた。  『ヘッドギアとグローブの信号が検出されていません』  真っ黒い画面に、着けろと言う様に、赤い文字が『WARNING』と共に点滅している。  仕方なく、それらを装備する事にした。そうしなければこの事態は収拾出来そうにもなかった。  ヘッドギアと言うような、フルフェイスヘルメットみたいな物ではないから重くない。装着感はといえば、締め付けられる感覚も無く、真っ暗に視界を遮られる黒いレンズのサングラスと思えばいいだろう。耳当ては遮音性が高く、一気に、サーっという静寂の音(ホワイトノイズ)が聞こえた。  さっきのホログラムの映像が、アイウェアの中で展開している。それ以外に部屋の風景なんかは全く見えなくなった。  グローブはというと、スキー用みたいな厚い物で、これから夏になるのに使いたいとは思えない。中はメッシュみたいだから実際使ってみると暑くはないかもしれないけど。右手を動かすと、画面上に現れたポインタがリンクしたように動き始めた。  画面は一旦暗転し、広大な空が広がった。その眩しさに目を細めると、『World Wars』なんていう何十世代か前にありそうなチープなゲームのタイトルみたいなのが浮かんだ。 「これ……ゲームだったのか……」  聞いた事も見た事も無い機種だし、テレビに繋がない、単独のホログラム映像のゲームなんて知らない。家庭用のゲームというよりは、ゲームセンターとか遊園地のアトラクションみたいだ。  キャラクター名は決められていた。『You Hiizuru 』と。ボクがこのゲームをやると決め付けられていたみたいに。  身長(170)体重(55)を、宙に現れたキーボードを叩いて設定。傍から見たら、エアギターならぬエアタイピングと言ったところだろう。 暗転ののちに、テレビ電話みたいにリアルな、黒い軍服を着た強面のおじさんが歓迎してくれる。昨今ではどのゲームにも、CG技術の発達で、いかにもという感じはもう無い。そういう一般的なレベルじゃなくて、これは本当に本物みたいだ。 『 (やなぎ)勇大(ゆうだい)』と表示されたおじさんは実に無愛想だ。 voice<<柳雄大:俺は柳。この部隊の隊長を務めている。お前は今日からこの部隊で共に闘う事になった。日出、まずは訓練生を脱却してさっさと一人前の兵士になれ。話はそれからだ。  アイウェアに骨伝導スピーカーがあるらしく、音は鮮明に聞こえた。チュートリアルに入りそうなお馴染みの流れだ。暗転して、視界の右にコマンドが並ぶ。  そこに『チュートリアル』の選択肢は無い。一人前になる前に、この意味不明なゲームの世界に放り込まれたというわけだ。  『訓練所』『自室』『ロビー』それだけだった。他のゲームと比較して考えると、まずはロビーだ。そこで情報収集するべきだ。  右手でポインターを動かして選択。画面が暗転すると、ロビーの場面に切り替わる。同じく黒い軍服を着たプレイヤーは結構多数ウロウロしていた。みんな、等身も顔も、それらは柳隊長みたいにリアルだった。 だけど、誰もがこれからどうしたら良いのかわからないみたいにしていた。 Voice<<東春海:なぁ、これからどうやったら進めるんだ?  背後から掛けられた男の声に、ボクは振り返る。同世代くらいの顔だ。キーボードが出て来て返すのかと思ったけど、何も起こらない。戸惑っていると、再度声が聞こえた。 Voice<<東春海:マイクあるだろ? 普通に話せば良いみたいだぞ。 Voice>>東春海:あー、あー……聞こえる?  短髪で、いかにもスポーツをやっているように爽やかな男は、ニカっと笑って親指を立てる。実際に声を出して話すと、本当にこのゲームの世界にいるような気分にさせられる。 Voice>>東春海:ボクも何をしたらいいのかわからないんだ。きっと、みんなも。 Voice<<東春海:つーかよ、俺結構ゲームだネットだやってんのにこんなゲームしらねぇんだけど……お前は? Voice>> 東春海:ボクも。こういう漫画あったよね。クリアするまでログアウト出来なくなって、ゲームの中の死は本当の死みたいな。  男は大きく頷く。有名な作品だから同じ世代なら知っているはずだというのは予想が当たった。といっても、昔からある設定だからもう使い古されてそんな新作は出てこない。 Voice<<東春海:でも、そういうのじゃないみたいだぜ。俺もそう思って自室に行ったけど、ログアウトは簡単に出来る。それに、他の奴に話を聞いたら、実際に死ぬなんて事も無さそうだ。 Voice>> 東春海:じゃあ、これは本当にただのゲーム? Voice<<東春海:みたいだな。せっかくだから一緒に訓練所ってのに行ってみねぇか? 俺は(あずま)春海(はるみ)。お前は? Voice>> 東春海:日出(ひいずる)(よう)。良いよ、行ってみよう。  話が進むだろうと思って、ボクは同行する事にした。ただのゲームならそれで良い。リアルなこの世界が、少し面白くもあったし。  二人でコマンドを開いて、せーので訓練所を選択。暗転するのかと思ったら、勝手に走り出してロビーにあるゲートを抜け出た。倉庫みたいなフロアにあるゲートを更に抜けると、だだっ広い岩場が現れた。天井はあるから外では無いみたいだ。  人だかりの方に行くと、先ほど登場した柳隊長が目を瞑り、質問攻めするボクらの声を無視していた。 Voice>> 柳雄大:日出と東です。訓練希望なんですけど、ここでどうすれば良いんですか? Voice<<君島武:やめとけよ、こんな胡散臭いゲーム。アカウントから個人情報引っこ抜かれんぞ!  どこからともなく怒鳴るような声がして、ボクはこのゲームについて一つ思い出した。 Voice>> All:ボクが入力したのは身長と体重だけだ。このゲーム機自体がLANケーブルで接続されているわけでもないから、それは無理だと思う。大体、ボクらは名前も住所もメールアドレスもばれてる。  もしかしたら、それはボクだけかもしれないなんていう可能性もあったけど、誰も否定しないところをみると、同じ状況みたいだった。  ボクの声に反応したように、柳隊長は静かに目を開いた。 Voice<<柳雄大:これで五十人だな。ではこれより訓練を始める!  ゲームのチュートリアルと言うには、それはあまりにも基礎的な事だった。ゲームの基礎ではなく、人間としての基礎だ。  右を向きたいときは『右を向く』ということをイメージする。目だけを実際に動かす必要も無い。本当にイメージするだけでゲーム内のボクは思った方向に視界を動かす。もしかしたらと、歩く動きをイメージして、次は走ってみた。本当にそのままだ。 Voice<<柳雄大:そこォッ!! 勝手な動きをするなァ!! きっと、全員がボクを見ると言う事をイメージしたのか、柳隊長含む五十人の視線が向いた。  平謝りした後、四肢を動かす訓練。その場で足踏み。そのまま隊列を作り、行進する。次にはジャンプ。散々動いた後で、視界の左下に自分の動きをモデリングしているキャラクターの俯瞰図がある事に気付いた。小さくて見えにくいけど、顔はボクにそっくりだった。画像を登録もしていないのに。 Voice<<柳雄大:動きの基礎はわかったな! では二人組みを作れ!   作るも何も、ボクは既に東といるからそのまま組む事にした。他も見知った者はいないのかポツリポツリと組が出来上がった。 Voice<<東春海:二人三脚でもやんのかな? Voice>> 東春海:それは……難しいかも。  実際に脚が繋がっている感触があるから、二人三脚はリズムが取りやすいのであって、実際のボクは部屋で胡坐をかいている。歩幅も知らない人と、イメージだけでそんな事が出来るような気がしない。   二十五組のペアが出来上がったのを見て、柳隊長は声を挙げる。 Voice<<柳雄大:全員、今組んだ者と背中を合わせて、互いに三歩離れろ。  計六歩分の距離が、ボクと東の間には出来た。 Voice<<柳雄大:向き合え。  振り返り、全員が戸惑いながら次の指示を待つ。 Voice<<柳雄大:戦え。ルールは簡単だ。相手を降参させた方の勝ち。以上だ。  柳隊長は腕を組み、それ以上説明しようとはしない。戦えと言われても、HP(ライフ)ゲージが出てくるわけでもない。現実に、そんな物は存在しないから、どこまでもリアルさを追求してくる。 voice>> 東春海:終われるのかな? 別に死ぬわけでもないのに。 Voice<<東春海:確かに。まぁ、所詮ゲームなんだし気軽にやろうぜ。あ~、日出だっけ? 格ゲーとか得意か? Voice>> 東春海:多少は。  オッケー! そんな感じで東は両拳をぶつけて気合充分に特攻して来る。それを皮切りに、他のペアも戦闘が始まった。  大きく振りかぶった拳を、ボクは右に避けるイメージでかわす。左下のモデリングはまだ両手をだらんと下げたままだ。だから一応それらしく構えるイメージをした。モデリングも構える。 Voice<< 東春海:お! やる気じゃん日出! Voice>> 東春海:それなりにね。  実際に喧嘩なんてした事は無い。ボクは真面目に大人しく目立たないように生きて来たから。彼は真反対みたいで、血気盛んに攻撃を繰り返す。  軽くいなした後で、顔面に向かって軽くジャブのイメージ。当たった。鼻っ柱に当たった拳が離れると、東の鼻からは血が流れていた。 Voice<<東春海:マジかよ……俺結構やると思ってたんだけど。 Voice>> 東春海:……何か変化は無い? 実際の東君が鼻血出てるとか。 Voice<<東春海:ん~……何も……あ! 左下のモデリングの顔が鼻血顔になってんな。  ボクはこのゲームの終りが見えたような気がした。 Voice>> 東春海:東君、ちょっと腕折らせて。 Voice<<東春海:はぁ!? なにサラッとあぶねー事言ってんだよ!! 折りたきゃ自分でやってみろってんだ!!  鼻血のお返しも込められた蹴りが勢い良く向かってくる。それを防御した腕にも、確かに本物の衝撃があるわけでもない……が、構える為に上げようとした腕の動きが重い。メーターや数値が無くてもダメージは蓄積されるらしい。実に現実的だ。 『終わり方』は思い付いた通りだ。相手を動けなくすればいい。四肢を破壊してでも。  さっき東が言ったように、これは格闘ゲームをイメージしたら良いのかもしれない。やたらリアルにこだわるようだから、真空波だとか気を飛ばすような技は無いはずだ。そうなると、自然に体術だけの接近戦になる。体格を登録させたのはその為だろう。  頭が、『意識』が普段の何倍にも敏感になった。実際に喧嘩をした時、こんな風にはかわせないだろう。それはゲームがもたらす補正なのかもしれない。  東の息が上がってくる。身長も骨格もボクよりもがっちりしている彼は、中学の部活は運動部だったはずだ。一方で、そんな彼の拳の弾幕をかわしているボクはと言えば、ほとんど活動していない地域研究部という、所謂帰宅部に入っていた。この体格差を埋めたものはきっと一つ。『才能』だ。ボクには戦う才能があるみたいだ。  そう思った『意識』は更に過敏なものになる。どんどん針先に向かっていくように、鋭いものに。  その針で刺すように。一瞬よろめいた東の腹に、全力で拳を打ち付けると、くの字に曲がった。反撃を許す間も与えない。今度はサッカーボールみたいに歯を食いしばった顔をボレーシュート。  他のゲームみたいに。身体が一回転して吹っ飛ぶような派手な演出は無く、ただ蹴られた勢いで倒れただけだった。  モデリングの右足が赤く点滅している。実際に殴ったり蹴ったりした方にも痛みがあるのだから、そういう事の表現だろう。 Voice>> 東春海:降参してよ、東君。  にじり寄るボクに、東は倒れたまま中指を立てる。 Voice<<東春海:バーカ、俺は負けず嫌いなんだよ……え? ちょ……待って。いってぇ!! 母ちゃん! 手伝いするからもうちょい!! あーッ……。  東が消えた。 今の会話から察するに、母親からアイウェアを無理矢理取られたみたいだ。自信満々に堂々としていた彼の見たくない場面だった。  敵が居なくなったから、自動的にボクは勝者になった。いても、あのまま勝っていただろうけど。  周りを見ると、みんな動きがぎこちない。多分、他の人と組めば東は勝っていた……いや、結局強制的にログアウトさせられていたからそうとも言えないか。  勝って次の指示を待っているプレイヤーに、ボクは声を掛けた。 Voice>>仁科冬真:もう一戦やる気無い? ボクの相手はログアウトしたからいなくなったんだ。 Voice<<仁科冬真:良いよ!  痛くないから何度でも戦う。ただのゲームだし。相手はそんな感じだった。小柄だし、大した動きはしていないから申し訳ないくらいボコボコにしてやった。適度に動くサンドバッグの彼は、現実ならもうとっくに許しを乞うはずだ。特に痛みも無いからそれでも彼は笑って「強いねー!」なんて言って来る。  意外に面白いと、ボクはこの時に思い始めた。別に一方的に殴るのが楽しいサド野郎というわけでもない。ボクが面白いと思ったのは完全に『意識』が支配するということだ。それでいて世界観はリアル。機種名も知らないこのゲームが楽しいと思えたところで、今日の訓練は終わりだった。ゲームなのに、一日の訓練が終わったら何もやることは無いらしい  ログアウトする為に、情報収集も兼ねて『自室』に向かう事にした。東も色々調べたみたいだし、今日は体術で勝てたけど、次は何かゲームのシステム的なところで負けるかもしれない。  予想通り、部屋のテーブルに置いてあったタブレット端末でこのゲームの大方の事は知れた。  ネットは独自の回線で、デバイスみたいに無線で繋がっている。 このゲームを送られたのは未成年のみ。それも、無作為に選ばれた男子のみ。  そして、重要なのは、このゲームを他言してはならないということだ。 Voice:ネタバレ防止か?  やっぱり体格差を埋める為の『何か』が存在する。それも、ゲームバランスを崩壊させるようなチートコマンドかもしれない。つまり、ネットでの情報収集は不可能。  そう思うのが自然だけど、反面では、どうせゲームの話だし、そんなルールは守られない。誰かがネットに上げるだろう。  ボクは気楽にそう考えて、今日はログアウトした。  それから一週間が経った今日まで、ボクは毎日ログインして、基礎運動と戦闘を繰り返し、遂に訓練兵というチュートリアルを終えた。  現実世界では、未だにネットに情報は上がらない。珍しく馬鹿正直にゲーム内のルールが守られているらしい。これじゃあ本当に攻略方法は自分で見つけるしかないようだ。  日課となった、起床後すぐの電源オンは今日からは難しい。高校生になるからだ。  あれから、東も毎日ログインして一緒に訓練を受けている。訓練後にロビーで交流を取っているうちにわかった事だけど、学校も同じ『舟橋(ふねはし)学園』で年も同じ。つまり、彼も今日から高校生活が始まって、ログインするのは夕方からになる。  疑り深いボクは、一応他のプレイヤーにも聞いてみたけど、その人は一つ上の学年だし学校も違った。だから同じ学校の生徒ばかりが集められているというわけでもなさそうだった。  それに、国内の色々な所からプレイヤーは集まっているから、本当に無作為にあのゲーム機は送られたのだろう。応募してもいないのに、勝手にテストプレイヤーにされてしまっているのだ。  面白いからまぁ良しとしよう。  それが東と色々詮索した結論だった。  電車で二駅。七分。船橋駅から更に徒歩で十五分。その間、ボクは今日から始まるであろう『実戦』の事で頭がいっぱいだった。  三日前から、銃の扱いがレクチャーされるようになった。四肢だけを駆使して戦うゲームなのかと思っていたから驚いた。  その銃は仮想世界(ゲーム)内にあるわけだけど、掴むのとトリガーを引く事だけはイメージではなく、現実のボクの手だ。何も無い所で手を動かして銃を掴み、人差し指を動かしているだけ。胡坐をかいて。現実世界のボクの姿は滑稽なはずだ。  実際に銃を撃った事は、日本に住むボクは当然無いけど、トリガーの重さに妙なリアルさを感じた。  その銃で何と闘うのかはまだ知らされていない。ゾンビなのか、エイリアンか、或いはまた別なゲーム──(World)(Wars)オリジナルの敵かもしれない。いずれにせよ、楽しみで仕方が無い。  学校に着くと、玄関の大型モニターにクラス分けの表が映し出されていた。七クラスある中、ボクはB組で……出席番号一番には『東春海』の名前があった。  オンラインゲームはいくつかやったことがあるし、プレイヤーと交流を取った事も勿論あるけど、リアルで会うのは初めてだ。しかも同じクラスとは、運命めいたものを感じる。  教室のある四階に行くと、ポツリポツリと集まったグループが固まって話していた。小中高一貫のこの学校では顔見知りではあっても、全員と話した事があるわけでもないからやっぱりそうやって隔たりはあるみたいだ。  少子化から学校の数は減少を続け、今この千葉県では小中高とまとめられている学校が四つあるだけ。小学生には希望すれば送迎バスがあるし、中学生からは寮もある。  一つ一つの学校を維持しながら少人数で継続するよりも、元々あった学校を改装してグラウンドを拡大したりした方がこれからの将来を考えたら安く済むらしい。廃校になった学校は取り壊されてまた新たな何かに変えられていく。地方は何年も前から学校が減っていたけど、主要都市もこれからそういう流れになって行くらしく、舟橋学園も時代の流れの過程の一つだ。ということだから、三十年以上も前から続いていたらしい少子化に対する解決策は諦められたみたいだ。  春休みに他県から引っ越して来たボクには、そんな隔たりも共通点も無かった。代わりに、『戦友』がいる。 「よう、日出! こいつ見た事あんだろ?」  教室に入るなり、待っていたかのように東春海──ハル(そう呼ぶように本人から言われた)が声を掛けて来た。やっぱり、ゲーム内の画像と顔が同じだった。それに、『こいつ』と言われたクラスメイトは……。 「知ってるよ。初日は悪かったね、ボコボコにして」  ハルがいなくなった後で、練習がてらに戦った相手だ。名前も覚えていない。 「初めましてっていうのもおかしいけど……僕は仁科(にしな)冬真(とうま)。日出君は最初から強かったし凄いね」 「たまたまだよ。仁科君は訓練生終わった?」 「うん。今日から実戦に出られるよ」  高校生活初日の入室一分から物騒な話だ。よくみると、他にもプレイヤーはいたけど、関わった事が無い人ばかりで向こうから来る事も、こっちから行く事も無かった。 このクラスだけで、二十人いる男子の四分の一がプレイヤーだと言う事を考えたら、他のクラスにも同じくらいいるはずだ。他の学校にも同様に。他県にも同様に。それだけの数のゲーム機を無料配布するような会社はどんな会社なのだろうかと気になった。ボクらはそれすらも知らない。  誰が創ったかもわからない世界で楽しければいいやと、これから戦う。重要なのだろうかとも思う反面、どこかで安心感が欲しかったのかもしれない。 「結局、あれってどこのゲーム会社のものなんだろう?」 「あ~……そういえば……トーマ知ってっか?」  早速、親しげに下の名前で呼ばれた仁科君は首を振った。 「ゲーム内のタブレットで細かく見たけど、何も無かったよ。ライセンスの記載も」 「個人製作rp>(インディーズ)ってことか?」 「個人で作って配布するような物じゃないと思うな」  巨額の金を手にする機会を棄てたような物だ。このテストプレイが完了したら企業に売りつけるのか? そんな考えても仕方が無いことを討論していると、担任の先生らしき女の人が入って来る。入学式だというのに、ボクの隣の列の、女子の席はまだ空いたままだった。  らしきというのは、あまりにも先生に見えないからだ。タイトスカートのスーツを着てはいるけど、小柄で童顔で真っ直ぐに伸ばした髪のキューティクルが光っている。制服を着たら生徒(こっち)側にいてもおかしくない……六列並ぶ席の最後尾の席から見たらだけど。二列目のボクには、結構化粧で塗りたくられているように見える。  それを合図に教室の生徒達は何も言わずに席に着く。ボクの前の席は仁科君だった。ヒソヒソと振り返り彼は言う。 「日出クンもトーマで良いよ。ずっとそう呼ばれているし」 「わかった、そうするよ。ハルとトーマか……」  春と冬……か。 「日出クンは? あだ名無いの?」 「好きに呼んで良いよ。ナツでもアキでも」  声を潜めてボク達は笑った。廊下側から男・女と交互に並んで三列挟んだ向こうから、ハルが仲間外れにされまいとこっちを見ている。それを先生は睨んでいた。全く恐さは無いけど。 「入学式の前に、まずは先生の自己紹介を済ませておきますね~。名前は川本(かわもと)輝星(きらり)です。キラリンて呼んでね~。授業では国語を担当します。これから三年間よろしくねぇ~」  黒板に頑張って可愛く書いたような字で名前を書くと、まるで友達かのように手を振る先生に、「可愛い!」なんて本心か冷やかしかわからないような男子の声が飛ぶ。 「質問良いっスか!」  ハルが挙手。それに先生はにっこり頷く。 「キラリンは歳いくつっスか?」 「国家機密でぇす」  語尾にハートマークを付けてニッコリ。そんなわけあるかと誰もが言いたいところなはずだ。別な男子が声を張る。 「彼氏いますか?」 「キラリンは~、みんなのキラリンだからね!」  もはや失笑レベル。桜も散りそうな寒さに、思わず、手でピストルを作り、先生に向けた。  バーン……心の中で呟く。 「あ、日出君も質問?」  教室中の視線がボクに向く。そんなつもりは全く無いのに。全く興味も無いのに。困っていると、そんな空気を裂くように、教室のドアが開く。遅刻なのに、前のドアが堂々と。  入ってきたのは、やたら髪色の明るい耳元でツインテールにした女子だ。何故か手にはロングブーツを持っている。多分、いや、絶対下駄箱に入らなかっただけだ。 「え~っと、須山さん? だよね? 遅れて来たんだし先生に言う事あるでしょ?」  まず髪色の問題じゃあないのかと思うけど、とりあえず遅刻の件からなのだろう。それに、目の周りも黒く塗られたパンキッシュなメイクで、校則なんてどこ吹く風だ。先生とは別なベクトルでみんな引いている。  須山さんは、先生を上から下まで見るなり、小さく会釈して終わった。 「謝るときはちゃんとすいませんでした。でしょ? 須山さん……あ~!! もう入学式行かないと! 早くみんな廊下に整列して!!」  総員整列!! 柳隊長ならそう言うだけでバラバラの隊員達は並び始めるし、この生徒達みたいにダラダラしない。ゲームだし特に罰則があるわけでもないのに、『軍隊』という空気が、意識がそうさせる。現にプレイヤーは整列が早い。  空いていた席に鞄(勿論学校指定じゃない)をドンと置き、須山さんも整列する為に廊下に戻る。ゾロゾロと並ぶ黒山の中に、チラホラ遠慮がちに茶色いのもいるけど、かなり目立つ。  さっきの喧嘩上等な態度も加わって、完全に浮いていた。  何事も無く入学式は終わり、教室で自己紹介も終わり、タブレットを配られる。授業はこれで行なわれて行く。中学も同じだった。中身は勝手にゲームとか不要な物をダウンロード出来ない様にしてあるけど、高校生仕様なのか、学校のSNSアプリが入っていた。これで他のクラスとか色々な人と交流を取る事が出来る。  もしかしたらと思って調べてみても、やっぱりW・Wについての話題は無かった。まるで、あのゲームなんてこの世界に存在しないみたいに。でも確実にW・Wは存在する。ハルとトーマもあの世界を共有しているのだから。  舟橋駅で反対方向の二人と、ボクは一人別れた。 「じゃ、また後でな!」  勿論、ゲームの中での話だ。二人が乗る電車の方が来るのが遅いし、帰るのも遅くなる。急いで帰る必要も無い。歩きながらデバイスでしつこくW・Wを検索した。思わず脚が止まった。一件だけ、トップページに出て来たのだ。  クリックしてみると、既にページは消されていた。この数秒足らずで……。  誰も馬鹿正直にネットに上げてないわけじゃない。消されているだけだ。常に監視されているとすれば、製作者はやっぱり個人じゃない。或いは、自動で検出して削除するツールを使っているか。  でも、こうやって自由にログアウトも出来るし、何か身体に異変があるわけでもない。課金したわけでもないから一切不利益は無いし……。 「まぁいいか……」  ハルじゃないけど、こうやって済ませられるのも事実だ。  家に帰るなり、ボクはゲーム機の電源を入れてアイウェアを着ける。そしてグローブを着けてログインをタッチ。  まだ二人は来ていない。ハルとはロビーの中央にある噴水を目印に待ち合わせする事にしている。  W・Wはほぼロビーがメインになる。そこにある受付カウンターで実戦の申込みをしたり、他のプレイヤーとコミュニケーションが取ったり。  噴水を中心に、南に受付。北のドアを抜ければ自室のある棟に。東のドアを抜ければ訓練所に行ける。西には何故か自販機があるけど、飲めるわけでもないからそれはただの飾りだろう。メニューが実際にあるものばかり並んでいるのは、スポンサー契約しているからなのだろうか? Voice<<東春海:おう! イズ、やっぱ早いな。  二人が手を振りやってくる。呼ばれ馴れない名前に、返事に困った。 Voice>> 東春海:……イズ? Voice<<東春海:日出だからイズで良いだろ。 Voice>> 東春海:まぁ、それでもいいけど……。  トーマもそう呼ぶことになったみたいだ。初日にボコボコにした相手と一緒に戦う事になるとは思わなかったけど、チュートリアルを終えたレベルなら問題は無いはずだ。  三人で受付に行き、今日から実戦に行けるという旨をお姉さんに伝える。 Voice<<美零:じゃあお会いするのは初めてですね。私はここで受付をを務める美零(みれい)と言います。実戦の申込みの他にも用事があればまず私に。  どこぞの担任とは大違いで、背も高く、出る所の出た肢体、緩くウエーブの掛かった金色の長い髪が色気を醸し出し、そこにいるだけで男を引き寄せるようなお姉さんだ。 Voice>> 美零:他に用事って?  実戦と訓練を繰り返すだけじゃないのか? このゲームは。でもレベルとかも無いわけだから訓練しても数値化はされない。実際に自身のレベルが上がるという事だ。 Voice<<美零:例えば、隊長さんに話があるとか。あ、報酬の受け取りもここでね。 Voice<<東春海:美零さんにお話しに来るだけでも良いっスか!?  ハルの目が輝いている。こういうのが好きらしい。 Voice<<美零:勿論よ。でも、それ以上は無いわよ? Voice<<東春海:ハイ! もうそれだけでも充分っス!!  ハルにとってのこのゲームの趣旨は変わってしまったみたいだ。敵を倒して攻略するのではなく、美零さんを攻略する恋愛ゲームへと。 Voice<<仁科冬真:あの、このゲームって何と闘うんですか?  トーマは真面目にそう尋ねる。答えるように、カウンターの向こうのパソコンか何かに打ち込んでいる。 Voice<<美零:さ、これで実戦申込みは完了。敵は実際にその目で見てね。訓練所に行くゲートを抜けたら、右にあるエレベーターに乗って。降りて行くと実戦地に繋がってる。気を付けてね。  言われるままに、ボクらはエレベーターに乗る。地下に実戦の場所があるのも変な話だ。 Voice<<仁科冬真:僕達武器も無いけど大丈夫かな? Voice<<東春海:別に死んだらどうせまたロビーに戻るだけだし良いんじゃね? それよりよ、美零さんが担任だったら良かったな。何歳なんだろ。年下オッケーかな? Voice>> All:どうせ国家機密だから聞くのはやめとけよ。  そんな談笑は終わりだと告げるように、手ぶらで初心者の三人を乗せたエレベーターは停まった。  倉庫みたいになっていて、銃が並んでいる。武器庫だろう。 Voice<<武器管理者:お前達が初実践の隊員だな? 武器は見繕っておいてやったから好きなだけ暴れて来い。  見た事の無い愛想の良い小太りのおじさんに、弾薬を詰めたベストに自動小銃(アサルトライフル)を渡される。練習で使った物と同じだから驚きも無い代わりに、安心感はあった。もう自衛隊でも使われてない一世代前の型落ち品(ゴミ)だと、こういったミリタリー好きのプレイヤーが言っていたのを聞いた事がある。 Voice>> All:敵を全滅させれば良いんですか?  ボクは戦地へ繋がっているであろうドアを見ながら聞いた。 Voice<<武器管理者:初心者の割に威勢が良いな。今回は時間だ。十分間生き延びたら完了。金も得られる。その金で新しい銃の使用許可証を買って武装して行け。  三人共、やっとこのゲームのシステムを理解した。自 分(キャラクター)のレベルじゃなく、装備で強くなるタイプのゲームだ。  武器庫の奥のゲートが重々しく開く。広がった光景に、ボクらは目を見開いた。 Voice>> All:これが……戦地?  東京の新宿駅だ。日常的に人が行き交っていて、ここが戦地だなんて全く思えない。 Voice<<武器管理者:どうしたルーキー? 敵を皆殺しにするんじゃなかったのか?  さっさと行けと言う様に、おじさんは笑って言う。 Voice>> All:敵ってなんですか? Voice<<武器管理者:見てくりゃ良いだろ。そこに答えはあんだからよ。  訝しげな態度に圧されるように、ボクらは足をゆっくりと足を進めた。どうせホログラムの背景みたいなものだろうと判断して歩いていると、一人のサラリーマンとトーマがぶつかった。舌打ちしてサラリーマンは足早に去って行く。 Voice<<東春海:おい、トーマ大丈夫か? Voice<<仁科冬真:うん……これ、全部モブじゃないみたいだね……。 Voice>> All:動く障害物と考えたら、訓練でやったのと同じだよ。  実際、ビルみたいな岩場で飛来する障害物や転がる岩の中、銃でターゲットを撃ったりしていたことだってある。文字通り、ボクらは訓練されて来た兵士だ。  それよりも、『敵』が問題だった。岩場よりも狭いビル群の中、訓練よりも多い障害物の中で戦うべき相手は──。  ビルの上が一瞬光ったのが見えて、左に身体を旋回させる。地面に銃弾が直撃して、跳弾した弾が通行人の脳天を貫いた。 Voice>> All:敵だ! あのビルの上!! 銃口の発火光(マズルフラッシュ)が見えた。  ボクらは銃を構え、約二百メートル先のビルに向けて走った。視界の隅で、路地から飛び出してきたフルフェイスヘルメットを被った軍服の姿が、ボクに銃を向けた。 Voice<< ENEMY:ファッキュー!!  舐めたような調子の言葉と、ボクらよりも高性能なマシンガンが火を噴く。通行人が盾となり血を吹き上げる。これがマイナス評価になって報酬に関わってくるのかはわからないけど、もう救えなかった人なら、仕方無い。くず折れるお姉さんを突き飛ばすと、敵の足元に転がった。そっちに気を取られている間に、銃身をヘルメットに突き刺す。トリガーを引くと、アイシールドが中から噴出した鮮血に塗れた。 Voice<<東春海:イズ、すげーな……。 Voice>> All:これでわかった。敵は人間だ。エイリアンでもなんでもない。  そう言っている横で、トーマは敵のヘルメットを脱がせている。白人の男だった。それも、多分十代──ボクらと同じ歳くらいの。 Voice<<仁科冬真:僕、思ったんだけど……このゲーム世界中にあってプレイヤー同士が戦うんじゃないかな? Voice<<東春海:マジかよ……なのにネットに情報も──!?  ビル陰から新たに銃線が見えて、ボクはハルを突き飛ばした。 Voice>> All:『意識』するんだ。どこかに敵がいるって。それだけで格段に変わる。銃声か光が見えたらかわす事に意識を向けて。  二人は頷いて銃線の方を向く。ボクは二人と背中合わせに銃を構える。 Voice<<東春海:やっべ。なにこれ。スッゲー戦ってる感あるな。 Voice<<仁科冬真:確かに。コントローラーだけのゲームよりも良いね。  背中で行なわれている会話に、ボクはただ頷いた。  初心者で銃一挺のボクらの相手は、一体どれだけ長い期間プレイをしていて、武装しているのか。ヘルメットの有無だけでも充分な差がある。なにせこっちは頭部剥き出しで視界良好で最高だ。  視界の左下にある自分のモデリングの上に、時間が表示されている。まだ三分しか経っていない。敵の数がわからない今は、もう三分と言った方が良いかもしれない。  あくまで、ボクは全滅させる気でいた。 Voice>> All:装備が無いボクらは固まってフォローしあった方が良い。 Voice<<仁科冬真:そうだね。まずさっきのビルの敵を倒しに行こう。 Voice<<東春海:その前に今の奴だろ!!  銃撃が止んだと知ると、言っているそばからハルが一人で走り出した。性格上、そんな予感はしていたから、何の問題も無い。  元運動部はさすがに脚が速い。ビルの角に差し掛かった時、ハルは上を指差し、しゃがむ。上半身があった場所を銃線が抜ける。その何分の一秒か、刹那の差でボクはハルを踏み台にして跳ぶ。二人同時の銃線が敵を撃ち抜いた。 Voice<<東春海:ぅおっしゃあ! ナイス連携!!  跳んだ先にあったポリバケツに乗ってしまい、ボクは盛大にひっくり返ってゴミを散乱させていた。よりによって生ゴミで、ゲーム内じゃなかったら家に帰りたくなってるところだ。  ハルが先頭を切って走り出したのを見て、ボクとトーマは後に続いた。多分、最初に撃って来たのはスナイパーで、接近さえしてしまえば問題無い。ビルの裏側にある階段を駆け上がって、ボクらは屋上に辿り着いた。  まだ間抜けに地面に寝そべってスコープを覗いている。敵が何人いるのかわかってないからだろう。銃口を向けたハルを、トーマが慌てて制止した。 Voice<<仁科冬真:情報を何か聞き出してみようよ。三対一であの姿勢ならこっちが撃たれる事は無いんだし。 Voice>> All:トーマは英語話せる? 会話出来るレベルで。  悪いけど、そのへんはハルには期待出来ない。 Voice<<仁科冬真:自信は……無いよ。 Voice>> All:じゃあ通信とかされると面倒だし撃とう。  言うなり、待ってましたとばかりにハルが乱射する。血を噴出して、ビルの淵から落ちていった。ドンッ! とリアルな、嫌な音が聞こえた。  その直後、『CLEAR!!』という文字が、宙に現れた。相手も三人だったらしい。ロビーに転送されるわけでもなく、地上に降りるとジープがやって来て、運転していたのは武器庫にいたおじさんで、ボクらを乗せてくれた。 Voice<<武器管理者:時間も上々。初心者の割にやるじゃねぇか。 Voice>> All:でも、通行人が何人か撃たれました。 Voice<<武器管理者:人が死ぬ。それが戦争だ。  おじさんは静かに、噛み締めるように続けた。 Voice<<武器管理者:お前らはその為に訓練を受けたんだ。頑張れ。 Voice<<仁科冬真:ゲーム……ですよね?  トーマは恐る恐る言うが、返事は無い。ゲームの中でこれはゲームだと言う様な事は無いだろう。 Voice>> All:そう、これはただのゲームだ。  ボクの言葉に、トーマは安心したように何度か頷き、笑った。  武器庫に戻り、ライフルを『使用済み』の札が掛かった棚に戻して、ロビーに戻った。  美零さんが手招きしてボクらを呼ぶ。ハルが戦闘よりも速く走り出した。 Voice<<東春海:圧勝でしたよ! なぁ!! Voice<<仁科冬真:凄いのはイズだったけどね。 Voice>> All:そんなの偶然だって。  反論したそうなハルは顔を真っ赤にして、拳を握る。どこかに行く宛も無い手は、宙を彷徨っていた。 Voice>> All:でも、ハルの特攻が無かったら二人目は倒せなかったし……何よりも先頭に立って行ったのはハルだよ。  ボクはそう言った方が良いと判断した。  満足そうに、握られていた手は開かれ、ボクの肩を叩いた。 Voice<<東春海:イズはわかってるな! さすが、俺が見込んだ男!  美零さんは調子の良いハルを笑い、ボクらに銀色の金属製のカードを渡した。 Voice<<美零:実戦の報酬はそのカードに入るから、忘れないようにね。 Voice>> All:……はい  忘れる? どこに?  そんな疑問も一切湧かないようで、ハルは自室に向かって歩き出した。 Voice<<東春海:俺、今日は夕飯当番だからもう今日はあがるわ。んじゃ、また明日ここでな。 Voice>> All:夕飯当番? Voice<<東春海:うち、親が両方とも働いてるからよ。妹と二人で家事当番回してんだよ。  また意外な一面を見た。トーマが慌てて手を挙げ、 Voice<<仁科冬真:その前に学校があるよ! Voice<<東春海:あ、そうだったな……んじゃな!  ボクらも、今日はログアウトする事にした。  緊張感からか、額に汗をかいていた。グローブを外したけど、意外に汗はかいていない。  両親がいつの間にか帰って来ていた。リビングから声がする。夕飯を食べに行こうと思ったら、ドアの下に、封筒が差し込んであって、開けてみると一枚のカードが入っていた。銀色の。金属製の。「これ……」   『P─S 0014 日出 陽  PASS 1208』  そう刻印されている。パスの使い所はどこなんだ?   さっき美零さんに貰った、ゲームの中の通貨を入れるカードそのものだ。次からはこれを持ってログインしなきゃいけないっていうことなのか? 次に入った時に聞いてみよう。  ボクは……ボクらはこの得体の知れないゲームに対して、どうにも簡単に考え過ぎているように思える。  雨[1]
   あの初実戦の日から、一週間。  学校が終わればボクらは毎日W・Wにログインして実戦に出掛けている。結局、このゲーム機が来てからボクらは二週間毎日ログインしているという事になる。  謎が多いということから、三人の中で『ブラック・ボックス(B・B)』と呼ぶ事にした。本体自体が黒い箱だから見たままでもあるけど。  クラスにいるプレイヤーとは未だに交流は無い。口外禁止のルールを守っているのだろう。  正直に言えば、もっと沢山のプレイヤーと協力して戦地に行きたいというのはある。一昨日、十対三で戦う事になって苦戦したという事があった。  買ったばかりの無線で連絡を取り合い、制限時間まで三人散り散りになって逃げながらなんとか生き延びただけで、あれは勝ちではない。悔しい思いをさせられたのはそれが初めてだった。  戦地は新宿だけではなかった。どこか知らない山だったり川だったり都内の別な場所だったり。ボクらは様々な場所で戦う為の知識と経験を得た。  山では木に隠れ、上り、敵の背後に回り襲撃する。  川では地上でボクが囮になり、二人が川に潜って襲撃もした。  どうしてもっと人数を増やしてチームを作らないかといえば、声を掛けて集団を作れば、リーダーが要る。ハルは特攻するし、トーマは大人しいからまとめ役には向かない。残るはボクだけど、あまりに多数と一緒に動くのは難しくもある。ロビーにある大型モニターで、他のプレイヤーを見ているとわかる。はっきり言って弱い。  だから実戦を繰り返して、武装し、ボクら自身が強くなる方を選んだ。  学校生活はといえば、平和そのものだった。  三人共、部活はしないで学校が終わればすぐに帰って、ログインする。W・Wに入ってからが、一日の始まりのような気がした。  それからまた一週間。学校生活にようやく変化が起きた。 「プレイヤー連れて来たぞ!」  昼休みにそう嬉々としたハルが肩を組んで、無理矢理連れて来たのはクラスメイトの山本太一。ロビーのモニターで、実戦中の彼を何度か見た事があった。ハルと同じで特攻するタイプだけど、フォローが甘いせいで被弾する事が多い。彼自身も運動が苦手そうなのは肉付きの良い体型からわかる。 「見た事あるよ。突っ走ってるとこはね」 「オレのグループってスナイパーばっかだからさ、囮になってんだよ」  ボクらで言えば、トーマがスナイパー役になっている。ボクとハルで戦闘しながら、狙撃範囲に誘導する。  集まった報酬で買ったトーマがスナイパーライフルは、オートエイム機能が付いていて、練習しなくても即戦力になっていた。 「他のプレイヤーもこの学校?」 「いや、県外だから会うのはゲームの中だけ」 「今日からタイチも連れて行ってやろうぜ。 な? んなサポートになってねぇサポートのグループじゃ可哀想だろ」  予想はしていたけど、その申し出にトーマと二人で顔を見合わせた。既にランクを一つ上げたステージにいるボクらについて来られるようには思えない。返事を渋っていると、ハルが山本の肩を叩く。 「じゃあ一七:〇〇(ヒトナナマルマル)にロビー集合な。足引っ張んなよ?」 「う、うん……ありがと……」  放課後、急に降って来た雨に、また後で! と言って三人は濡れながら駅まで走って帰って行った。止むのを待つ生徒もいるけど、待ち合わせしている以上遅れられない。  ボクはたまたま置き忘れていた傘を差して、いつも通りのんびり歩いていた。  途中にある十字路の角で、見慣れた明るい頭がしゃがみこんでいるのが目に入った。傘も差さずに、ビシャビシャになって電柱の陰にある箱に、両手を重ねて傘みたいにしていた。  彼女は学校が始まってから誰とも話していない。それどころか、休み時間には一人で悠々自適にタブレットで何かを読んでいたり、授業中には寝ていたりする。一人が好きなのかもしれない。  入学式の日の件と、外見の浮きっぷりからか、誰も話し掛けないし、自分から話しかけることも無いから尚更そう思う。  ただ一人、ボクだけはつい、昨日声を掛けた。  三時限目から四時限目の終りまで、死んでるんじゃないかと思うくらいピクリともせずに寝ていた。ジュースを買いに行くついでに机に突っ伏していた背中を叩いてやると、ガタッと机を揺らして起きた。 「もう昼休みだよ。ご飯食べたら?」  いつもコンビニの菓子パンとお菓子を一人で食べている。驚いたらしく、目を何度も瞬かせているから軽い冗談で言ってみた。 「ジュース買いに行くけど、何か飲む?」  困惑した表情で首を振って、冗談を真に受けたりはしなかった。  会話にもなってない交流はそれだけだった。 「こんな所で何してるんだ?」  隣にしゃがみこんで、傘に入れてやった。  ボクはそうした方が良いと判断した。  須山さんの視線の先を見ると、段ボールに入れられた黒い子猫がいた。 「そっか……棄てて来いって言われたのか」  首を横に振っただけ。それだけだった。話す気も無いという事なのか。そういえば、授業で教科書を読むように言われても、頑なに読もうともしない。そのせいで、教室では更に浮いた存在になって行った。 「えぇと……じゃあこれは棄て猫?」  ツインテールから水が滴っていて、軽く握っただけで絞れそうで手を伸ばしそうになった。さすがにそこまでやったら何か喋るかもしれないと。そんな事を思い付いてしまうくらい、間があった。  信号が五回も変わっても、話す気配は無い。もしかしたら、話せない病気かもしれないと思ったけど、それなら先生が授業中にタブレットの授業ファイルの文章を読ませたりはしないはずだ。察するに、なんらかの理由があって話さないだけ。ボクもクラスメイトも拒まれているだけの事だ。 「話したくないなら無理に話さなくていいよ。傘置いていくから使って。風邪引かないように早めに帰った方が良い」 「待って! アタシのじゃない!……捨てられてたの。二日前からいるんだけど……この雨だから」  見てても雨はしのげないよ。そう口をつきそうになったけど、やめた。いつもバッチリのメイクが雨で流れても構わないらしい彼女にそうは言えなかった。それに、派手な見た目を裏切って意外と声は穏やかで柔らかくて、大人しい女の子という感じだった。何よりも、ボクの腕を掴む手には力が込められていた。話したくないのではなく、離したくないというみたいだ。 「すっごい懐いてんだよ。ホラ?」  彼女が手を差し出すと、赤と黒に塗られた爪の手に、子猫は顔を擦り付ける。やってみて? そんな感じで、黒いアイメイクが黒い涙に滲み変わった笑顔が向けられた。  仕方なく、ボクも手を差し出すと、黒い毛玉は躊躇い無く噛み付く。 「キミは愛情が足りないんだよ。ね~?」 「……じゃあ飼ってあげれば?」 「うちマンションだからムリ」 「だったらボクが飼う。だから早く帰ろう。風邪ひくよ?」  雨ですっかりしなびている箱を持って、ボクは立ち上がろうとすると、黒い毛玉は不安そうな顔で見上げていた。それを察したのか腕を掴まれた。 「ちょっと待ってよ! いきなりネコとか飼って大丈夫なの? それに、懐いてないしさ」 「うちは大丈夫。懐くのは愛情の問題ならそれもそのうちなんとかなるよ。まず名前は……ルナ。黒猫と言えばそれが相場じゃないかな?」  昔の漫画にあったような気がして、そう命名したけど、須山さんは不満そうに頬を膨らませる。 「それアタシの名前なんですけどー」 「……そうだった。じゃあ……ケダマ」 「愛情が無いからボツ!」 「カタカナだよ?」 「そういう問題じゃないって。キミは人間にもネコにも愛情を注げないタイプだよね」  はっきり言われて気付いたけど、本当にそうかもしれない。高校一年になった今まで、初恋なんてものは無かったし。 「じゃあ、この猫で最初かな。愛情を注ぐのは」 「……心配だから時々見に行って良い?」  それは、勿論学校が終わってからということになる。ログインする時間が減る。でも、だからと言って断るわけにもいかない。  ボクはそうした方が良いと判断した。 「良いよ。でもいきなり来るのとかはやめて欲しい」 「そんなことしないよ。あ! ネコって食べられないからね」 「うちは猫を食べなきゃいけないほど生活に困ってないから」 「でも……意外と美味しいかもよ?」  食べさせようとしてるのかどっちなんだ。背が低い須山さんは冗談ではなくて、レストランのメニューの話でもしているみたいな顔で見上げた。 「須山さんて身長何センチ?」 「え? 一四七……なんで?」 「別に……ちっちゃいなって思っただけ」  二十三センチ差はこの雨では声をかき消される。それに、須山さんは見た目の割に静かに話すから余計に。  駅に着くと、須山さんは反対方向だったみたいで、改札にデバイスを当てて通過すると、ホームの反対側のエスカレーターに向かった。切符を買う人もまだいるけど、デバイスのアプリでほとんどの支払いが出来る。おかげでいつの間にか支払額が大きくなり過ぎているということもあるようだ。 「そうだ。まだしばらく止みそうにないし傘持ってって良いよ」 「えー……そしたらネコ濡れるじゃん」  ブレザーを丸めて箱に突っ込んで、これでよし。と傘を強引に差し出す。これから家に帰るまでの時間を考えると、もう五時のログインには間に合いそうにない。  須山さんは傘を受け取って、エスカレーターに足を向けた。早く帰って欲しいのに、彼女は振り返る。 「意外とさ、気使える人なんだね」 「まぁ、人並みには」 「アタシの声さ……ヘンじゃない?」  不安そうな顔で聞かれたけど、初めて話したから比較のしようもなかった。 「風邪でもひいてるの? 初めて聞くからわからないけど。でも、今の声もボクはおかしいとは思わないよ」  よくわからないけど、なんか嬉しそうな顔に変わったから、返答は間違ってなかったみたいだ。 「ネコちゃんじゃなくって、アタシをルナって呼んでよ。陽って呼ぶから」  話さなくても名前は覚えてるのか。 「あぁ……うん。もう電車来てるし急いだ方が良いんじゃない?」 「じゃあまた明日ね!」  思わず、また後でと返しそうになったけど、彼女はプレイヤーじゃない。そういえば、どうしてブラックボックスを配られたのは男子限定なんだろう。女子ゲーマーだって珍しくないのに。  とりあえず、三人に謝るところから、今日のゲームは始まる。  ホームで電車を待つ間に、箱の中でモゾモゾとケダマが動く。そうすると、丸めてつっこまれたブレザーも動く。隣のおばさんが驚いた顔で箱を見つめている。 通りがかった駅員に、おばさんがなにやら話し掛ける。そのまま駅員がボクの元にやって来た。 「その箱の中って何が入ってるのか見せてもらって良いかな?」 「別に爆弾とかじゃないんで大丈夫です」  ボクは何の躊躇いも無く、笑顔で答える。でも、その作り笑顔ではかわせなかった。 「いや、それはわかってるんだけどね。一応不審物とかだと問題だから」 「…………ちなみに、猫って持ち込んで大丈夫ですか?」 「きちんと籠に入れて出てこないなら良いけど、野良とかだと良くないね。衛生面の問題もあるし」 「じゃあ……猫じゃないから大丈夫ですよ」  電車がやってくる。ボクは逃げるように足早にその場を離れて電車に駆け込んだ。追って来る駅員だって、猫一匹の為に電車を止めはしない。扉が閉まって一息つくと、乗客が箱に視線を送っては逸らす。誰も注意したりはしない。この気まずい空気もたった二駅を乗り切れば良いだけの話だ。  家に着いた時には約束の時間を十分ほど経過してしまっていた。    部屋に入ってゲーム機(ブラックボックス))に目を向けるも、箱の中の野 良 猫(ブラックキャット)が訴えるように鳴き声をあげる。雨に打たれていたのはボクもこいつも同じだ。それに、マイホームの段ボールももう使い物にならない。 「まぁ……寒いよな」  ログイン出来るのはいつになるのか。  暴れる猫を洗って乾かして、ようやくログイン出来るようになった時にはもう三十五分の遅刻だった。 「頼むから邪魔するなよ……ルナ」  なんとなく、自由奔放な人間(あっち)のルナと(こっち)のルナは似ている気がした。  入学してから、特に誰とつるむ事無く一人で気ままにいるあたりとか。雨に打たれても平気そうにしている辺りが。本当はどうにかして欲しいくせに。猫のルナは一番良い寝床のボクの布団の上で身を丸めている。気持ちの良い寝床が欲しかったくせに拾って欲しそうにもしなかった。噛まれた所がじんわりとまだ痛んだ。  本人の前で呼ばなければ問題無いだろう。  ログインすると、まずは自室から始まる。急いでロビーに向かうと、三人からは明らかに文句言いたそうな空気が漂っていた。 Voice<<東春海:あ! やっと来たな!! 何してたんだよ?  ハルが開口一番に、拳を握りながら叫ぶ。 Voice>> All:色々あってさ。ネコを助けたり……猫を助けたり。 Voice<<東春海:一緒じゃねーか……まぁ良いや、さっさと行こうぜ。この鬱憤は実戦で晴らす!! Voice>> All:仲間を撃つの(フレンドリーファイア)はやめてくれよ? Voice<<東春海:お~? ……背中に気を付けろよぉ?  ハルは笑ってそう言うけど、実際に彼の背後にいるのはボクであって、ボクの背後から撃つとすればトーマだけだ。ニコニコとしているけど、その(はら)はよくわからない。 Voice>> All:遅れた埋め合わせは明日学校でジュースでも奢るよ。  一応、ゲームとはいえ保険としてそう約束しておく。  美零さんに実戦出撃の登録をして貰って、ボクらは出撃ゲートを抜けた。  今日は都内ではなかった。どこかわからないけど、立派な木造の橋の上に着いた。下には浅いけど大きな川があるし、近くの山の頂上にはお城も見える。 Voice<<仁科冬真:イズ、敵は?  武装は二人に任せて、ボクは昨日の実戦が終わってからレーダーを買っている。これで敵の位置と数は把握出来るようになったということは、下手に武器や防具を買うよりもよっぽど実りのある買い物だと言える。  青い二重丸が自分。青い点が仲間。赤い点が敵。視界の右をスワイプしてレーダーを起動すると、円の中心に青い点が固まっていた。 Voice>> All:敵は六人。十二時方向から左右に散開。三人一組(スリーマンセル)だ」  レーダーの効果は絶大だ。敵も持っているかもしれないけど、だからこそ意味を成す。  ボクらと初めて共にする山本は指示を待って、緊張の面持ちで初期装備のアサルトライフルを構えている。  特に指示も無く、ハルが山本の背中を叩き、そのまま押し出すように歩き出した。  いつもの戦術──縦に一列で距離を取って歩き、ボクが先頭のハルに指示を出す。敵はどこにいるか、なんとなく把握出来るからそうした。その後方から、ボクとトーマが援護射撃を行なう。今日は先頭が二人いるから援護はいらないかもしれない。それに、なんといっても今日からは敵の動きが手に取るようにわかる。 Voice<<東春海:そのレーダーってよぉ、敵の武器とかわかんねーのか? Voice>> All:もっとランク上のレーダーなら可能だけど……それにはまだ資金が足りなかったから。とりあえずはこれで凌ごうと思う。  もっと精巧なレーダーなら、航空写真みたいに実際の地形まで表示されるけど値段は五倍近くになる。敵の位置がわかっても遠距離から狙撃可能なら迂闊に接近するのは危険だし、まだ戦術的にはただ〝良くなった〟というだけで、良いとは言えない。  祭りの日という設定のステージなのか、露店が多い。その割には人が少なく、普段からこんな街並みなのかもしれない。オレンジや青のテントのせいで視界は悪いけど、高い建物が無いおかげで、上からの襲撃は無いと容易に読める。 Voice<<山本太一:オ、オレはどうすれば良い? Voice>> All:ボクが敵の位置を教える。ハルが右翼。山本は左翼を。二人で同じ方向の敵を撃つ必要は無い。ボクとトーマが援護するから。  素っ気無いと思われているかもしれないけど、必要以上の『声』を出したくはない。ボクら三人だけなら無線が使えるけど、持っていない山本と会話すると、音声が漏れるから。音声でサーチするアイテムがあったりするかもしれないし。  胡坐をかいている現実のボクの脚の上に、猫のルナが身を丸めてモゾモゾと動く。布団で寝れば良いのに。  そんな風に、ボクは一人──本当はみんなかもしれないけど、現実世界に引き止められるような障害があるせいで、ゲームの世界に没入しにくい。  気付いた時には赤い点は左右同時にボクらに接近していた。 Voice>> All:来る! 両方同時だ!  ボクは振り返り、後方のトーマに向かって左を指す。  山本のサポートは任せたという意図を読んでくれたみたいで、銃口がやや左に向いた。 Voice<<東春海:イズ!! まだか!?  言うや否や、テントの陰から敵が躍り出る。 Voice>> All:右翼、焼きそば屋のテント! 左翼、射撃のテント!  戦争ゲームの真っ只中で訓練の受けていない一般人(モブ)がライフルを構えているのは、いかに自分達の腕が良いかを思い知らされる。  合図を皮切りに、ハルが走り出す。慌てて山本も自分の方向の敵目掛けて走る。鈍くさそうにバタバタと足をもたつかせて走る様はさながら脱走兵だ。追っ手に怯えながら走る姿は的でしかない。そういえば、学校の体育の授業でもいつも運動音痴ぶりを発揮していたっけ。  右翼──敵の射撃をスライディングでかわしたハルは、そのまま頭上に位置した敵の腹に連射。続いたボクがその上を跳び、照準に迷った二人目の頭を撃ち抜いた。  左翼──それを横目で見た山本が真似てスライディング。銃床(グリップ)が地面と擦れてガリガリと持ち主の勢いを殺す。敵の目前で差し出された獲物(ディナー)小太り(ポーク)に、容赦無く二本の銃口が向く。  前方の敵は、トーマの狙撃によってヘルメットが砕けてそのまま倒れた。火を噴く銃口に驚きながら、奇声を上げながら山本(ポーク)は転がってかわす。  寝そべりながら、ハルは自分の持ち場では無い左翼に銃口を向ける。どてっぱらを開けたハルに敵の銃口が向くに決まっている。一人離れた所で敵は器用にも二つのテントの骨組みに足を掛けてボクらの隙を待っていた。 Voice>> ENEMY:残念だったね。  敵が狙っていると『意識』する。加えて、今は隙だらけだとそう『判断』する。それだけは武装の問題じゃなく、個人の能力によるものだ。  ハルをまたぎ、敵に銃口を向ける。  見付かるはずは無いと『意識』した敵にはその行為自体が立派な攻撃になり、銃口の向ける方向、どちらから向かってくるのか。『判断』材料が増えれば、それを決める時間は無くなる一方だ。  けど、ボクはそんな時間も与えはしない。  トリガーを引くという、人差し指をほんの数センチ動かすだけの行動で敵は死んだ。  背後では山本の命は救われた事を示すように、レーダーから敵の反応は消えた。三人目も、トーマが撃ち抜いたのだ。 『CLEAR!!』の文字が宙に浮かんで点滅した。ハルは勢い良く立ち上がると、山本の方に駆けて行った。入れ違いでトーマがやってくる。 Voice<<仁科冬真:ほら、ガキ大将気質って言うか、ハルって上に立ちたがるとこあるし。  ボクの不満を読んだように、トーマは笑って言う。確かに、この三人は平等な立場で、上に立つというのは難しい。 Voice>> 仁科冬真:いつか、部隊を編成したいとか言いそうだ。 Voice<<仁科冬真:そうなったら隊長を任せたら良いんだよ。  ボクらを迎えに車がやって来る。ご機嫌な武器庫のおじさんを見るに、戦果は上々といったところだろうか。  これはただのゲームであって、死にそうになったからだとか、足を引っ張られたからどうとか、そんな事は別に問題ではない。だからゲートを抜けて武器庫に帰ればハルは山本の鈍くささを笑って済ませるし、ボクもトーマも責めはしない。当の本人だって、次は頑張るからと笑う。  けど、武器庫のおじさんは顔をしかめた。 Voice<<武器管理者:お前らの戦い方悪くはねぇんだけど……信用し過ぎだな。人間同士だ。サポートが間に合わねぇ時だってある。  きっと、ハルに言っているんだ。敵の足元で寝転がるなんていうのはボクのサポートを頼っているからだ。現に、今回は間に合ったけど、次はどうなるかわからない。  ボクらはただ楽しんでゲームをしているだけなのに、水を差されて嫌な気分でロビーに戻った。  報酬を受け取ると、山本は一人訓練に行くと言い、ボクらはまた明日学校で。そうお決まりの挨拶をしてログアウトした。実際に身体を動かすわけではないけど、画面を見ながら走ったり跳んだりイメージするだけでも相当に疲れる。  アイウェアを取ると、足の上で(ルナ)が目を覚ましたみたいで、小さな口を開けて欠伸をした。 「トイレとかどうしたらいいんだろう……」  机の上のパソコンで、猫の飼い方を検索しながら、ボクは気付いた。誰か里親を探した方が早いんじゃないかと。  昔から、この家はペットを飼う事を禁止されている。両親共に嫌うからだ。母さんは服に毛が付くのが嫌だと言うし、父さんは鳴き声がうるさいからという。  八畳もあるけど、猫をこの部屋だけにとどめておくには難しい。  身近なところで、ハルとトーマにメールをしてみようとデバイスを手にした。  『子猫いらない?』  それだけ打って、送信しようとした手が止まる。飼うって言ったくせにあまりに責任感が無さすぎるんじゃないか? ルナがなんて言うだろう。そんなことを考えて、メールは破棄した。もう少しだけ。限界まで飼ってみよう。  ボクはそうした方が良いと判断した。  山本を加えての実戦を始めてから一週間が経とうとしていた。  土日は朝の十時を待ち合わせにして、訓練所で練習してから実戦に向かう事も今まで通りで、彼は文句も言わずに合わせる。ボクとしてはそろそろ遠慮して欲しいところだけど、ハルに合わせてそうは言わなかった。  明日からゴールデンウィークに入るという事で、朝からのログインが連日になる。  ストーリーがあるわけでもないみたいで、未だにただ戦うだけのゲームだとしか認識出来ない。ネット上でサバイバルゲームをやっているだけといえばそれまでだけど、飽きてはいない。むしろ、ステージのレベルを上げる事で新しい武器は解禁されるし、敵の数も多くなっていく。戦っている他国のプレイヤーにしてみれば、ランク3のステージにして実質三人で向かってくるというのは考えがたい事かもしれない。今は最低でも十人を相手取るステージにいるのだから。 「じゃ、今日も一七:〇〇(ヒトナナマルマル)な!」  そう言って、ハルは教室から飛び出すように、まるで実戦さながらの速さで帰る。トーマに聞いた話によると、そんな待ち合わせはボクらが来るのを遅らせる為のもので、一人先にログインして美零さんがいる受付カウンターにべったりと張り付いているらしい。  ゲームのキャラクターと話しているだけだっていうのに、ハルは実際にいる女の人に会いに行っているみたいだ。  ボクも帰ろうとした時、机の上にドンと黒革の鞄が置かれた。 「ネコちゃん元気?」  ルナがニコニコと言う。あれ以来、何事も無かったように話し掛けて来ないから、もう安心して任せてくれているものだとばかり思っていた。 「元気だよ。毎日、ボクの手を噛んで起こしてくれるよ」  皮の剥けた右手の小指を見せる。どういうわけか、小さな牙で同じところばっかり噛むからそこだけ皮が剥けてしまっていた。 「それはね、約束はどうした? ってことだよ」 「約束?」 「見に行っても良い? って言ったじゃん」  あぁ……誘えって事だったのか。 「じゃあ……」  今日? いや、ログインに間に合わない。いつなら良い? いつでも駄目じゃないか? そんな風に迷っていると、ルナはボクの鞄を引っつかんで背を向けた。 「今日一緒帰ろ? そのままネコちゃん見に行くから」 「いきなりだな……」 「なんか隠す間くらいは待ってあげるよ?」  別にやましい物は無いから、ボクは了承した。溜め息混じりに「良いよ」なんて言いながらも、どこかホッとした。あのまま任せっきりにされたら、クラスメイトを嫌いになるところだった。雨に濡れるのもお構い無しに猫を助けようとしていた彼女はどこに行ったのかと。  勝手に持たれた鞄を取り返し、ボクらは一緒に帰る事にした。  駅まで歩く途中、チラチラとボクの方を見てくるだけで何も話はしない。  一度そう『意識』してしまうと、どんどん気になって仕方が無くなってしまう。 「そういえば、ボクの家反対方向だけど良いの?」 「それくらいいいよ。それよりさ、今日も遊ぶんじゃないの?」 「遊ぶって?」 「東クンとかと毎日遊んでるんじゃないの?」 「あぁ……いいよ」  また文句を言われるだろうけど、ログインさえすれば問題は無いはずだ。どうせあの三人だけじゃ実戦には行けないとわかっているし。  改札を抜けると、当然のように本当にこっちのホームについてくる。そういえば、誰かを家に呼ぶことなんて今まで無かったような気がする。 「そういえばさ、結局名前何にしたの?」 「ル……黒……クロだよ」 「ベタな名前付けたね~。ケダマよりは良いけど」  一度も呼ばれたことの無い名前を呼ばれて、あいつは反応するのだろうか。猫は頭の良い動物というし、その辺は察してくれるだろう。第一、これは立派に主人の危機だ。毎日台所からサバ缶をくすねて与えている主人の危機だ。絶対絶命の危機だ。  最寄り駅の津田沼駅から家に着くまでに、時間は一六:三〇を過ぎていた。ログイン出来るのが今日は本当に何時になるのかわからない。  部屋に入ると、早速(ルナ)の出迎えの一声(ノアァ~)。隣でルナの目が輝いたのは見なくてもわかった。 「久しぶり~、クロ。ちゃんとお世話して貰ってた?」  一切返事は無く、二日間とはいえ懐いていたことさえ猫の頭には忘却の彼方に飛んでしまっているみたいだ。それ以前に、誰の事を呼んでいるんだニャ? という具合だろう。 「アタシのこと嫌いになったみたい……」 「あ~……猫って人の四倍の早さで時間が経つらしいよ。人間とは時間の流れが違うから、クロにはもう何日も経ってるようなものだし。ルナの事忘れただけで嫌いになったわけじゃないよ」  名前に反応したのか、猫はボクの方を見つめてくる。馬鹿、やめてくれ。そもそも、嫌いになられる事と、忘れられる事はどっちが良いんだろう。 「だったらまた仲良くなろうね、クロ」 「何回か来たらまたルナにも懐くよ」 「ノアァ~」  ついに返事までしてくれた。お前を呼んでるんじゃないんだ。 「あ、クロもそう思う?」  嬉々としたルナの言葉に裏切り者の猫は無反応。 「何か飲み物でも取って来るから…………ルナはその辺座って待ってて」  名字で呼べば良いものを、今更それはおかしな話だ。自分の名前を理解している賢い猫は、ボクが指したテーブル付近を陣取って身を丸めた。  逃げるように部屋から出たけど、さすがに誤魔化しきれそうにはなくなってきた。ハル達との待ち合わせにも全然間に合いそうにないし、味方は一人も、一匹もいないサバイバルゲームだ。  お茶とグラスを二つ持って、覚悟を決めて部屋に戻ると、なにやら察したみたいにルナはニヤリ。 「このネコちゃんさ~、アタシの名前に反応するんだけど、どういうこと?」 「……ルナの事思い出して来たんじゃないかな?」 「つーかさ、ネコちゃんをルナって呼んでんじゃないの?」  なかなか鋭い読みだ。これなら実戦でも通用するかもしれない。少なくとも、特攻するだけのハルよりは。  疑っているというよりも、訊ねているというよりも、その目は完全に確信した答えを待っている。ボクが肯定するのを待っている。 「呼びたい名前って無い? それがボクはたまたまルナだったっていうだけ」 「ぅわ~……開き直った」 「よし、ボクはネコも両方ルナって呼ぶことにする。ちゃんと宣言したしこれで良い?」  別に何の恨みも無いけど、喧嘩腰の言葉と取られそうな事をボクは口にしていた。 「そう呼ぶからにはちゃんと可愛がってね!」 「問題無く育つと思うよ」 「思う?」 「あ……育てるよ」  よく言えましたと言わんばかりに、彼女はご機嫌な笑みを浮かべていた。これで里親探しというルートは完全に断たれたわけだ。  ログインの約束の時間から十分が経過。そろそろハルは痺れを切らせているだろう。こないだ猫を拾った日だけだったけど、遅刻するのはボクしかいないし。  あれ? そろそろこのゲームやるんじゃニャいの? そんな感じで(ルナ)はB・Bの方にテテテっと駆けた。本当に賢い猫だ。 「その黒いの何?」 「ただのゲーム機だよ」 「なんか一緒にやれるの無い?」 「それ、今は一人用のゲームしか無いんだ」  〝今は〟と自然と言ったけど、これが一般流通したら色々なソフトが発売するんだろうか? そもそも、社名も機種名の明記が無い本体はいつになったら明かされるんだろう。誰かがW・Wをクリアした時? あのゲームの最終地点はなんなんだろう。 「アタシもやってみたい」 「ゲームとかやるの? 実際にフィールドを歩いて敵を撃つようなゲームだけど」 「やったことないからやってみたいってだけ」  初心者には難し過ぎるような気もするけど、でも実際に思考して手を動かす直感型のゲームなら、下手にボタンも多くてコマンド入力するようなゲームよりも簡単かもしれない。なにより、形だけでもログイン出来るのは助かる。 「良いよ。じゃあまずグローブを着けて」  B・Bの前に無造作に置かれたグローブを指す。最近の戦闘では毎回、汗はかくけど抗菌・速乾・消臭と三拍子揃った生地のお陰で臭くはないはずだ。  ルナは胡坐をかいてブレザーを脱いで、ブラウスの袖を捲り上げた。これからやる事に対してやる気満々の様子はちょっと違和感があった。ゲームとはいえ、あのリアルな世界で人を撃とうというのに。というか、意外と女の子らしさに欠ける気がした。  電源を入れると、本体からホログラム映像が浮かび、アイウェアを着けるように促した。 「ゲームってこんな風になってんだね。ゲーセンみたい」 「ゲーセンは行くんだ?」 「うるさいから入ってボーっとしてるだけ。何もやんないよ」 「……うるさい所から静かな所に行くっていうならわかるけど」  静寂が嫌いだと言うなら、アイウェアを着けた今はその嫌いな静寂そのものだ。 「次はどうしたら良いの?」 「右手を動かすとポインタが動くから、それで『ログイン』をタッチして」  彼女は動かない。生活音を断つ為に遮音効果があるのは知っていたけど、ここまで遮断するのか。となると、ボクがプレイ中に親が話し掛けていたかもしれないわけだ。もしかすると、これをプレイ中に部屋に誰かが入ってもわからないような気もする。 「ねぇ、無視?」  言ってもどうせ伝わらないから、彼女の右手を掴んで、ホログラム映像を見ながらログインに成功した。  自室の映像に切り替わると、ルナは小さく感嘆の声を上げた。 「これは陽の部屋って事?」  多分、会話する方法はこれしか無いと、ボクは映像を背にしてルナの前に回りこんだ。 「そう。まずここで練習してみよう」 「え? 声ちっちゃいよー?」  ルナの口元のマイクまで距離は十五センチ位しか無いのに? 最早この、ゲームに没入させようとする仕掛けには感服させられる。 もうマイクまで三センチ位の距離──プレイ時と同じ距離まで近づいた。直径約一センチのマイクを挟んで、ちょっとでも動いたら口がくっ付きそうだ。 「ここで練習しよう。テーブルの上にあるタブレット端末を掴んでみて」 「テーブルってどこあんの?」 「部屋の中を見回すんだ。例えば、右を見ようと思ったら右を向くことを『意識』すれば良い」  アイウェア越しに、ルナの目が右に動いたのが見える。振り返ると、ちゃんと映像の視点も右に動いていた。 「今度は左に。それが出来たら上下も」  目が、その順番で動く。映像の視点も。成功する度に、嬉しそうにルナの口角が少し上がる。 「テーブルあった! 掴むのは?」 「そこからじゃまだ遠いから歩いて。左下に自分の俯瞰図が見えるだろ? それが歩いてるのをイメージすると良いかも」  突然前進した視界が、勢い良くテーブルにぶつかった。その上のタブレット端末が滑り落ちる動きまでリアルに再現された。 「普段の自分が歩く速さとかイメージして。掴むのも、その掴みたい物に手を伸ばすイメージで」  視点が床に落ちたタブレット端末を捉える。映像を見ていたボクの後頭部を、ルナの右手が鷲掴みにした。手まで動かさなくてもいいのに。 「スゴイ! ホントに掴んだ!!」  ボクの頭をね。逃げるように振り返ると、ルナは成功を満足そうに笑っていた。 「ちなみに、ジャンプも出来る──」  言い終わる前に、彼女もそれを思い付いたみたいで、元気良く映像の視点を跳ねさせた。テーブルの上に乗ったら、そのままジャンプ! タブレットはそのまま手の中から床に落下した。棚を開けたり、ちゃぶ台返しみたいにローテーブルをひっくり返したり。まるで普段出来ないような事をやり尽くすかのように、仮想のボクの部屋を荒らし回った。  どこから飛んで来るかわからない両手から逃げる為に、距離を取って、ボクは荒らされる部屋を傍観するしか無かった。  迷惑な事に、このゲームのリアルさにはやっぱり感服するしか無く、ログアウトしたからといって部屋の状態が戻るわけではない。つまり、いつかはこの部屋を自分で片付けなければいけないのだ。 「でさ、敵ってどこにいるの?」  今の敵はボクの目の前にいると言っても言いぐらい、破壊神と化した彼女はニコニコと尋ねる。 「ドアから出て右に真っ直ぐ行くとロビーがある。そこに行って」 「は~い」 ドアノブを回すのもやっぱり手を突き出すから、ボクはいちいち逃げなければいけない。        「ロビーにハル……あぁ、東達がいるから合流して。それからは喋らないように」 「りょうか~い」  本当にわかっているのかわからない返事で不安だけど、合流するよりも早く、ハルがボクを見つけた。ゲーム機側面に小さなスピーカーが付いている事に今気付いた。そこから声がする。 「また遅刻かよ!」 「悪い、色々あってさ」 「今度は何拾ったんだよ?」 「そんなにしょっちゅう何か拾うわけじゃない」  三人は誰からともなく、美零さんの元に向かう。ルナも状況を察してくれたみたいで、後に続いてくれた。 「今日も実戦でお願いします!」  いつにもましてハルの元気が良いのは、相当打ち解けられたからだろう。三人を掻き分けるように、映像の視点は美零さんに近付いた。  何を思ったのか、ルナは美零さんに向かって手を伸ばし……。 「あらあら、どうしたの? 日出君、今日は発情期?」 「おいイズ! 何してんだよ!?」  手はボリューム満点の胸元に向かう。 「ちょっと! ルナ!!」  多分、他のプレイヤーには聞こえないと思うくらい声を潜めてボクは言った。 「人も触れんのかな~って。凄いね、このゲーム」 「おい! ボソボソ何喋ってんだよ!!」 「あ……いや……リアルの方でなんか虫が飛んでてさ……」  仕方無いやつと思ってくれたのか、美零さんは笑って済ませてくれた。  受付を終えて、出撃ゲートをくぐると、それぞれの装備をいつものおじさんが一メートル位あるサイコロ型のトランクに入れて用意してくれている。 「どれがアタシの?」 「一番右のやつ」  中身はランク上のアサルトライフルに、無線機とレーダーの搭載されたヘッドギアが入っている。まだまだ入る所を見ると、武装は果てしなく可能みたいだ。それに、一人につきトランクが一つとも決まっていない。 「さて、お前ら。今日も生きて帰って来いよ!」 「当然じゃないッスか!!」 「余裕ですよ」  トーマも最近になってそう答えられるほど、このゲームに馴れて来ていた。  ゲートが開いて、三人の後ろをルナが操作するボクは歩き出す。  映像でしか見られないけど、人がやたらと密集している。今日の戦場は……。 「原宿じゃん! すっごい! 本物みたい!!」  アイウェアの奥で、目が輝いている。初見のこの世界では驚嘆の声が出るのも納得だ。でも、その予期せぬ声に、三人が一斉に振り返る。 「お、おい! 誰だ!?」  もう誤魔化せない。今更、ルナはやってしまったというように両手で口を塞いだ。ゲーム内のボクもそんなポーズを取っているはずだ。 「同じクラスの須山さんだよ」 「え? 今一緒にいるっていうこと?」  トーマも驚いているし、山本もうろたえている。 「やってみたいって言うからさ。映像を見ながらボクもサポートするから、三人も手伝ってあげて」  ハル以外は「了解」とあっさり承諾してくれた。拳を握り、一人文句をぶつけてくる。意外と的外れな文句を。 「お前ら……そのマイク使って二人で喋ってるって事はもう……あれだろ。アレだぞ? 良いのか須山!? つーか、お前の声初めて聞いたな」 「…………なに?」 「すっげー近くで喋んねぇと声拾わないんだよ、そのマイク! てことはその……ち、チチ……チュー出来ちまうじゃねぇかァッ!!」 「マジで!? 陽そんな近くで喋ってんの!?」  意外とそういう所恥ずかしがるんだな、ハルって。堂々としてて自信満々な男の意外な一面を見てしまった。 「こうするしか会話する方法が無いんだ。嫌なら離れるけどどうする? ルナ」 「あぁあぁ……ルナとか言って……お前ら付きあってんのか!?」 「いや……そういうわけじゃ……」  ここは本当に戦場なのか疑わしくなる。まるで教室の休み時間みたいな会話で盛り上がっている間も、敵は待ってはくれない。ルナの右手を掴み、画面の右端を縦にスワイプ。映像にもそれは反映されて、レーダーを起動した。が、そこから先はプレイヤーにしか見えない。 「ルナ、青い二重丸がボク。青い点がハル達仲間。赤い点は敵。それは確認出来た?」 「うん……でも赤いのいっぱいあるよ?」 「どこに何個あるか言えよ!!」  もうやけっぱちのハルは怒鳴りつける。そんなのも意に介せず、ルナは冷静に宙にアイウェアに浮かぶレーダーを見つめる。 「上に五個、右に七個、左に……八……九……十個ある」  さすがに怒りも消え失せたみたいだった。よりによってこんな時に過去最大数の敵のお出ましだ。 「イズ君……これ、初心者が出来る数じゃ……」  山本が初めてボクに話し掛けた。それを言うならお前だってたいした戦力じゃない。そう言おうとした時、 「ゲームなんだし良いじゃん」  どうでも良さそうなルナの言葉を皮切りに、まずは右の集団を潰しに掛かる事にした。数の少ない真ん中に行って、両サイドから挟まれたらそれこそどうしようもない。左側は線路を挟んだ所に居るんだろうし、合流に時間はかかるはずだ。  人通りの多い竹下通りに入る。街の騒音まで再現してくれるこのリアルさは、無線を持ったボクらには優位に働く。 「ねぇ、これって店に入ったり出来ないの?」  ルナがヒソヒソと言う。ボクらはこれを『敵を倒すゲーム』としか認識していなかったから、そんな発想は無かった。外観はリアルだ。じゃあ、その中身は? 「三人共、先に行ってて。試したいことがある」 「いいけど……レーダーで教えろよ」 「わかってる」  中高生の多い中を、武装兵が歩いているのは異様だ。主観でしか見られないのが残念だ。コスプレと思えばそれまでだけど、ここはそういう街でもない。 「ルナの好きな店に行っていいよ」 「ホント? じゃあいつも行くとこ案内してあげる」  慣れているだけあって、視点の動く速さがさっきまでと違う。頭の中で描いている景色と、ゲーム内の景色がリンクしているのだろう。路地を左に曲がると、突き当たりにパンク系の服屋があって、そこで視点は止まった。いつもの買い物と言わんばかりにドアを押し開けると、店の中には入れた。 「うわぁ……ヒロコちゃんいる」 「誰?」 「スタッフの子。よく話すんだけど、やっぱゲームじゃムリだね」  そもそも、店に入って来たのは銃を持った武装兵だし、ルナでもないから接客しろという方が無理だろう。リアルさを追求するなら、このまま銀行にでも入れば通報されたりするのだろうかとも思いついた。逮捕エンドなんて勘弁だけど。  視点は店内を見回す。よく再現されているらしく、ルナは感嘆の声を漏らしていた。 「何か服とか持てる? 普通に買い物する感じでやってみて」 「改まって言われるとなんか難しいね」  Tシャツを広げて見る事は出来た。ハンガーで壁に掛けてあったレザージャケットだって取れた。 「お金は四十万円ぐらいあるから、何か買ってみて」 「何でも良いの?」  凄い速さで視点が切り替わったと思うと、ルナは赤いチェックのスカートを手にした。 「これさ、店舗限定で行かないと買えないんだよ!? よく再現してるね!!」  アイウェアの中に見える目は爛々としていた。 「それで良かったら買ってみて」  レジに向かうと、店員のヒロコちゃんとやらは丁寧に対応してくれる。アバターの着せ替え機能でもあるのか? だとしたらスカートじゃないほうが使えるし良かった気もする。六千円位なら問題は無いけど。 「スゴイ! ホントに買えた!!」 「でも残念ながら実際に着られるわけじゃないよ。そうだ、レーダーは?」  そろそろハルがうるさそうだ。 「あとね~、三センチくらいで赤いのとぶつかるよ。三つある」  レーダーの三センチって実際の距離でどれくらいなんだ? 「ハル! もうすぐ敵と接触する。三人だ」 「おー、了か……いた!! おっせーよ!!」 「ルナ、ハル達に合流して。息切れは無いから走って」 「うん、やってみる……」  一瞬、店内の鏡に買い物袋を持った武装兵という異様なものが見えたけど、このまま戦うしかないのだろう。  店を出るなり駆け出した視点は速過ぎるくらいだった。いつも通る道とゲーム内の道が同じだから、ルナの頭の中に描かれた風景と誤差無く、ボクのアバターの限界速度で走れている。  その事から推測すると、ここはルナにとって最も得意なフィールドと言えるはずだ。  竹下通りを抜けると、横断歩道を越えた先の大きなビルの非常階段に向かって、ハル達は銃を向けていた。 「どうやって攻撃するの?」  右手を掴んで画面右端をスワイプ。『SAFETY』を解除。すると、右手を上げたら銃口が映像にも現れた。 「これで攻撃出来るよ。銃を持ってるつもりで握って、トリガーを引く感じで人差し指を動かせば撃てる。弾丸の制限はあるけど、まずは考えなくて大丈夫」  残りの敵の人数を考慮すれば節約するに越した事は無い。でも余計なプレッシャーを与えるのも良くない。  ゆっくり、人差し指が動くと、敵のいるビルの大きな看板を撃ち抜いた。人気タレントの額に穴が開いた(ヘッドショット)。 「クソエイムでちんたら撃ってんじゃねぇよ!」 「クソエームってなに?」  ハルの罵声も、素人には何も伝わらない。 「この銃はトリガーを引きっぱなしで連射出来るんだ。それと、銃口の上にある白い円があるのがわかる?」  言葉も無く、初めて放り出された戦場で新人(ルーキー)はうんうんと頷く。 「それを敵に合わせて撃ってみて」  映像の視点が右往左往する。三人いるうちの誰を狙えばいいかわからない風に。  敵は、その様子から素人であることを見抜く。三つの銃線がこっちに向かって放たれる。 「ルナ、前に避けて!!」  言うや否や、目の前のボクの頭を目掛けて思いっ切りヘッドバットが飛んで来る。 「い…………ったぁ~い!!」 「前に動くようにイメージするだけで良いんだよ……」  レースゲームの初心者がカーブで身体を曲げてしまうのと同じ現象だ。咄嗟に動くのは思考よりも身体だから仕方無い。 「須山走れ! とりあえず逃げろ!! 隠れろ!!」  ハルが声を荒げていた。視点がよろよろと動く。痛みでゲームのイメージをするどころじゃないのだろう。  ゲームとはいえ、ハルが必死なのはボクらにまだ負け星が付いていないからだ。最初に言っていたけど、負けず嫌いな性格の彼は素人だろうと戦場に立てば負けることを許してはくれない。勿論、ボクも負けたくなんかない。 「トーマはどこかスポットを見つけてスナイプして。ハルと山本はそのまま交戦。ボクが囮になる。ルナは出来る限り敵を見ながら走って」  三人が三様に『了解』と返す。ただのゲームをしているルナの「は~い」というぼんやりした声も乗った。ボクはそのまま、ルナの右腕を掴んで後ろに回った。二人羽織みたいに抱く形になってしまうけど四の五の言える戦況じゃない。  映像を見ながら、ひたすら動く視点の中で三人の銃線をかわしながらボクは応戦した。あいつらはこっちが二人でやっている事なんか知らない。動きは素人でも、撃つのは歴戦の兵だ。ビルのテラスみたいな狭い所じゃそう大きく動けない。通行人(モブ)が障害物になるのは向こうだって同じだ。  それに、三人がボクに夢中になっている間に、ハルと山本はエスカレーターを駆け上がって射程に捕らえている。  それに気付いた時には既に遅く……。  四つの銃線が三人の敵を同時に、一瞬にして肉の塊に変えた。 「トーマ、どこから?」 「向かいのビルの服屋さんだよ。イズの真上かな」  ルナが見上げた時にはもうその姿は無く、残りの四人を追撃に向かう。レーダーを見たのか、言われる前にルナは明治通りを表参道の方に走り出した。 「あ、須山どこ行くんだよ?」 「…………あっちに四つ赤いのある」 「お……おぅ……」  馴れたのか、視点の移動が速い。いや、やっぱりこれは場所に馴れているというだけだ。 「イズ! お前なんか装備買った? 速くね!?」  面倒だけどもう一度、マイクの前に回る。    「何も買ってないよ。自分の慣れた場所なら自分のアバターの最高速度で走れるんだと思う」 「じゃあよ、もしオレん家が戦場になったらオレが一番速いってことか?」 「そんなに走れるスペースがあるならな」  そういえば、遊ぶのはいつもこのゲームの中だけで誰の家にも行った事は無いし、来た事も無い。そもそも、今までもボクは家に誰も呼んだことはなかった。行ったことは……あったっけ?  大きな交差点の、対面の角にあるファミレスのテラス席。ルナはそこに銃を向ける。敵はまだ気付いていない。  隣を走っていたトーマはすぐさまライフルを構え、スコープを覗き込む。 「凄いね、須山さん。本当にいる」  人にぶつかるということは、車にもぶつかれば普通に轢かれるはずだ。ゲームだというのに、しかも命を懸けた撃ち合いをしているのに、信号を律儀に守らなければいけない。  そんな事を考えるほど、ハルは大人しくはない。車の隙間を縫って、車道に飛び出す。 「トーマぁ! 援護頼んだ!!」  援護は一人でいいということではなく、それはボクらも突っ込めという無言の指示。そして、そうするであろうという無言の信頼。今動いているのは初心者のルナだっていうのに。  やっぱりその期待を裏切って、ルナは銃を構えて走ろうとはしない。大体、普通に車が走っているのに飛び出す方がおかしい。現に轢かれかけているし。  急ブレーキをかけたせいで、後続の車も連鎖が起きたように車が停止する。 「今だ! 走れ太一! イズ……じゃなくて、須山!!」  言われてルナも走り出したけれど、その頃には既に敵に気付かれている。テラスの塀を遮蔽物にして、敵は上手く身を隠しながら発砲する。連射の性能から見てマシンガンだ。ハルの足元に線引くように銃線は火を噴いた。 「どうせ車は動かないし、こっちも一旦隠れて」  太一は既に隠れているし、撃たれた以上、ハルには退く気は無いはずだ。結果、ルナにだけの指示となった。角度的には隠れられている気はしないけど、立っているよりはマシなはずだ。  トーマからの通信が入る。 「三人で囮になってくれないかな? 表に顔を出せば僕は撃ち抜けるから」 「一人撃った時点でトーマの位置もバレると思うけど? 残り三人をかわせるの?」 「大丈夫。僕を狙ったらそれで交替(スイッチ)。囮と攻撃を切り替えるんだ」  さすがにハルとは正反対でこんな局面では頼りになる。 「イ、イズ君、オレどうしたらいい?」 「とりあえず撃ちながら走ろう。敵がボクらを撃ちだしたらそれがチャンスだ。一・二・三で二人は飛び出して。ボクはマイクから離れるからあとは頑張って」  再び、ボクはルナの後ろに回って右手の銃を構える。 「す……須山さんは用意出来てますか?」 「……うん」  山本は恐る恐る指を折ってカウントする。三本の指が全て折られて拳に変わった瞬間に、山本を見ていた視点は一気に上がってファミレスを向いた。  既にハルは交戦中。山本は自分でカウントしたくせにワンテンポ遅れて飛び出す。  三つの銃線が向かうと、敵は当然引っ込む。マガジンの交換を装って、ボクはトリガーを引くのを止めた。さすがに、その動きを装うほどルナに経験も知識も無い。  それでも、攻撃の手が緩んだ事を知った敵は、身を乗り出してボクに銃口を向けた。そのプレイヤーの首を銃線が仰け反らせると、そのまま、塀の向こうに姿を消した。 「っしゃあ! ナイスだトーマ!」 「三人はそのまま行けるはずだよ!」  その予想通り、二人は銃口を泳がせて、見事に仲間からも姿を隠したスナイパーを探した。店に向かう階段をボクらは駆け上がり、ファミレスに突入した。まるでテロリストの襲撃に、客は絶叫していた。外にはずっと同じ格好のヤツがいたっていうのに。  飛び降りるには少々高いテラスで、うろたえる敵は恰好の的でしか無く、ボクらは有無を言わさず撃ち抜いた。  仕事を終えた三人の武装兵は店を出て地上に向うと、トーマが駆け寄ってくる。 「僕思ったんだけどさ、本当に敵は一つのチームなのかな?」 「あぁ? どういうことだよ」 「レーダーを起動するまで時間はあったにしても、分散するのが早過ぎるんだ。だから四チームがここにいるのかなって」  トーマは、予測だとか確信の無い事はあまり自信を持って言わない。というよりも、性格的に言えない。否定されるのが恐いからだと思う。 「確かに、その予想は一理あるね」  そんな風に肯定してあげると、目を輝かせてトーマは言う。 「イズもそう思う?」 「レーダーはどうなってる? ルナ」 「ん~、多分線路辺りでゴチャゴチャしてる」 「やっぱり! 戦ってるんだ!」  交戦中だとするなら、どちらかのチームが勝った時点でボクらが襲撃すれば手間は省ける。今飛び込んで混戦になっても面倒だ。そう提案しようとした時、山本が恐る恐る手を上げた。 「オレらはそれをどこかから狙うっていうのは? パニくってる所を撃てば勝てるよ」  意外と黒い。潰しあうのを待つのとどっちがマシかと言われると難しいけれど。実質リーダーのハルはそれに手を振って否定した。 「トーマは良いかもしれねぇけど、俺はそういうのは性に合わねぇんだ。やっぱガンガン突っ込んでこそだろ!!」 「じ、じゃあ、線路近くにいるんなら、トーマ君のライフルで電車撃ってさ、爆発させるっていうのは? 乗客は死ぬけどそんなのただのモブだし」  目的の為なら関係の無い被害はどうでもいいらしい。思考は完全にテロリストのそれだ。山本って本当は危ないやつなんじゃないのかと、ボクらは思い知らされた。その証拠に、ハルも言葉を探して見付からずにボクを見る。 「電車なんか撃っても一発で爆発するとも思えない。それよりもここは時期を──」 「ねぇ、赤い点が減ってるよ」  その時期は思っていたよりも早かった。〝減ってる〟ということは一つ二つ消えたくらいじゃないはずだ。 「よし、この隙に行こう。ルナ、みんなを案内して」 「は~い」  視点が動き出す。表参道を原宿駅の方に。人の波を上手くすり抜けるようにかわしながら。 「だから速いってんだよ! なんなんだそれ!?」 「遅いだけじゃん」  声が小さくてハルには聞こえなかったらしい。地形、風景を知らない人にとってはこの移動は人をかわすシューティングゲームみたいなものかもしれない。私服姿を見た事はないけど、きっと無縁の場所である山本はオロオロキョロキョロとしながら歩くから遅い。もしかしたら、現実でもそうなのかもしれないと思わされる。 「このまま敵が集まってる中心地まで行って良いの?」 「ボクはレーダーが見えないから、敵がいる範囲に近くなったらとりあえず止まって」  原宿駅を越えて新宿方面に。少しスピードが落ちたのは、歩いた事がないからだろう。二叉路を真っ直ぐ。にわかに異国の言葉と、銃声が聞こえた。  敵は全て赤一色というなら、誰がどっちのチームかなんてわかりようがない。まぁ、敵に変わりは無いから全ての赤を消灯させれば良いだけの話だ。 「敵が近いのか?」  ハルに五メートルほど遅れてトーマもやって来る。山本の姿は見えない……もういい。 「敵の数はどれくらいになってる?」 「えっとね~……七個……あ、五個になった」  絶賛撃ち合い中の様子は丸わかりだ。敵にレーダーを持っているプレイヤーがいないのかはわからないけど、向き合っている相手から逃げてボクらと戦うという選択肢は無さそうだ。 「四つになったら突っ込もう。もし挟まれても三人でなんとか出来る数だ」 「つーかよぉ、タイチは何やってんだよ……」 「これだけ人が密集してた事無かったから苦戦してるんじゃないかなぁ?」  トーマもあまり気に掛けている様子は無い。実際に遊びに行ってはぐれたわけじゃないんだし、絶対的な戦力というわけでもないから別にかまわないとは思う。 「四つになったよ」  視点が動き出す。国も名前も知らない奴ら同士で、専門学校の非常階段と地下に降りる階段で撃ちあっているのが見えた。戦況は二対二で五分。元の数が違うからどっちかが強かったんだろうけど。 「陽、どっち行けば良い?」 「ボクとルナは地下の奴をやる。二人は上の奴を」  狙撃手(トーマ)が平地で遠距離から地下を撃つというのは物理的に不可能だ。且、上の敵に突っ込むのは分が悪いから攻撃の手を分散させた方が良い。これはさっきの戦い方と同じだ。瞬時に判断出来た。  指示が終わると、ボクはルナの後ろに回って射撃体勢に入った。突如突っ込んで来た新たな敵に、非常階段に向いていた『意識』は乱されて、銃口をどっちに向けるかという『判断』が出来なかった敵兵は敵前逃亡という道を選び、地下への階段を駆け降りた。間抜けに背中を向けた一人をボクは撃ち抜く。 「Noooooooo!!」  仲間の死を悼む怒号がボクに向けられた。追おうとした時、敵は視界から消えて足元の階段だけになった。 「ちょ……ルナ!? 前見て」 「え? だって足元見ないと危ないじゃん」  確かに、転ばれるよりはマシかもしれない……けど、階段を降りた下はエントランスになっていて、ボクは恰好の的になっていた。 銃声は聞こえるけど、当たりはしない。足元の階段で火花を散らしたくらいだった。ハルの言葉を借りるなら〝クソエイム〟だ。  階段を降りきると視界が上がった。敵は撃ちながら後退して、逃げるように身を壁に張り付かせる学生達に銃を向けながら逃げていた。  もういいやとボクは銃を、ルナの右手を下ろした。初心者丸出しの腕で戦おうという気持ちと、逃げようという気持ちの葛藤が丸見えで可哀想だ。逃がしてやろう……なんていうことではなく。  敵の脳天に、真上から銃線が走った。ハルが身を乗り出して撃ったのだ。 「珍しいな、イズが撃たないとか」 「勝つとわかったら撃つ必要ないし」  宙に『CLEAR!!』の文字が浮かぶ。四チームのバトルロイヤルを制したのはボクら日本チームだった。  武器庫のおじさんが迎えに来た時、既に山本は車に丸っこい身体を縮めて申し訳無さそうに乗っていた。 「た~い~ちぃ~、お前サボったな!?」 「ごめん!! 次は役に立つから!!」 「ったく。しょうがねぇなぁ、お前は」  彼の言う『次』は一体いつなのだろうか。おじさんは何も言う事は無く、でも機嫌が良さそうなわけでもなく、無言で武器庫まで乗せてくれた。ロビーには次に出撃するプレイヤーが待機していた。ゲートは一つしかないから、出撃の終了と開始が重なるとこういう事も起きるみたいだ。  報酬も受け取ると、ハルはボクの肩に腕を回した。これがルナだということは覚えているんだろうか。 「で、話せよイズ。付き合ってんの?」 「まだルナが操作してるよ」  言うなり、慌てて飛び退いた勢いでハルは噴水に落ちた(バチャン)。 「プ、だっさ……」 「お……お前……須山! 学校始まったら覚えとけよ!!」 「……アタシ何もしてないじゃん」 「……そうだけどよぉ。その……お前、イズに変な事すんじゃねぇぞ!!」  ビシャビシャと廊下を濡らしながら、ハルは自室のあるゲートに走って行った。何事かと他のプレイヤーが見るけど、完全に逃走兵の後姿を隠しもしない。 「どうせ学校でも何もしないくせに」  トーマは面白いものがいなくなったゲートを見て言った。小中高の一貫制の学校だから、昔からあんな感じという事はわかっているんだろう。 「ガキ大将の代表格だな」 「東クンをカッコいいって言うクラスの人もいるのにね」 「学校のSNS見てるんだ?」  配布されたタブレットのアプリの一つだ。各クラスの掲示板があって、先生も見ているようだけど担任が『アレ』だから初日はそれで盛り上がっていた。けれど今はクラスメイトだとか他のクラスだったり部活だったり話題は分散している。匿名に設定する事が出来るから言いたい放題で盛り上がるのは、学校限定でも一般のネットでも変わらない。ボクも、ハルが好評なのは知っている。中学校はサッカー部でわりと活躍していたらしいというのも、そこから得た情報だ。でも、ルナが見ているのは意外だった。 「たまにね。授業中ヒマ潰しになるし」 「そういうの興味無いと思ってたから」 「別に誰が誰を好きだとかは興味無いけど、なんとなくあるから見てるだけ」 「トーマも見てる?」  ボクの問い掛けに、ルナはトーマの方を振り返ってくれたけど、その姿は元いた場所にはもう無くて、自室へ向かうゲートの方にあった。山本も、ひっそりと後を追うように。 「上がるんなら言って行けば良いのに。ボクらも終わろう。自室に帰って」  移動もスムーズに、自分の部屋に帰る。ドアが開くと、惨状が広がったままだった。 「これってログアウトしたら戻るよね?」 「……例えば、朝、ルナの現実の部屋を出て学校に行って、帰って来たら綺麗に掃除されてる?」    その答えに辿り着いたみたいで、苦笑いで「ゴメン」とだけ言って、再び頭突きした。謝るつもりで頭を下げたらボクがいただけの話で悪気は無い……はず。  右手を掴んで画面をスワイプ。『ログアウト』をタッチして、ルナは一仕事終えたみたいに息を吐いて、アイウェアとグローブを外した。  退屈そうな猫を構いに、ボクはテーブルの方に避難していた。コロコロと表情を変えて面白いルナの顔を見るのは、アイウェアを挟んで一方的にだけでいい。 「これすっごい疲れるね。普通は動きながら撃つんだよね?」 「そう。おまけに、たまに猫の方のルナがボクの脚の上で寝てるっていう障害付き」  まるで自分が邪魔といわれているみたいで不満なのか、ルナは頬を膨らませる。 「やっぱ名前変えて」 「ケダマに?」 「……ノアにしよう!」  〝しよう〟というよりも、〝しろ〟という方が正しい。 「ノアか。〝神と共に歩んだ正しい人〟だったっけ? 気まぐれな猫じゃ箱舟作りも飽きてやめそうだけどね」 「なに言ってんの? ノアァ~って鳴くからノア! 決まりね」  知識も相手が知らなければ逆に馬鹿みたいにしか見えない。そんな感じだった。 「じゃあこれからはノアって呼ぶ事にする」 「アタシが帰ったら戻るっしょ?」  鋭いな。もっと練習したら実戦でも活躍出来る凄いプレイヤーになれそうだ。本体が一個しか無いのが残念だ。そういえば、この本体で個人認証するのだとしたら、もっと色々なゲームが出た時に全て反映されるのか? アイウェアもグローブもワイヤレスだし、これから複数人でプレイする事も出来るようになる? その為のホログラム映像?  そんな事を考えていると、テーブルを挟んだルナが、頭突きしそうな勢いで顔を近づけた。 「……何?」 「アタシらこんな近くで話してたの?」  アイウェアが無いと目を合わせるのが難しい。 「しょうがないんだ。生活音を遮断する為に音は遮断されるし、拾わないようにマイクも本当に近くで話さないと声を拾わないし。でもだからって声を張り上げてるわけにもいかないしさ。そもそも、二人でやるように創られてる物じゃ──」 「緊張してますね?」  近いから顔の全景はわからないけど、細まった目が笑っているんだと伝えた。 「緊張? そんなわけないよ。さっきもこうやって話してたんだから別に今更。ハルじゃないんだから。あ、もしハルがこんな事されたらショック死しそうだな」 「口数が多いですよー?」  緊張しているのか? 『意識』がボクの鼓動を速くさせる。操られているみたいに呆気無く、簡単に。ボクは唾を飲み込んで緊張を抑えようとしたけど、この状況が『判断』を間違わせた。  多いと言われた口数は弾切れの銃みたいに何も出なくなった。トリガーを引いても、口がパクパクと動こうとするだけで、何も出ない。  そんなボクに、ルナは真面目な調子で撃ち続けた。 「一コ聞いていい?」 「何?」 「こないださ、なんでジュース買って来てくれようとしたの?」  寝惚けていたみたいだから覚えていないと思っていた。そうでもないらしい。 「いつもパンとチョコで食べにくいかと思って。それだけ」  ルナの目が驚いたように少し開いた。 「見てたの?」 「見てたって言うか、席が隣だから見えるって言うか……」  因みに、ボクら三人はトーマが机を回転させてボクの机と連結。そこに自分の椅子を持って来たハルが加わって三人で弁当を食べている。山本は食堂に行くから参加するのはゲームだけ。その横でルナは一人でパンを食べながら自分のデバイスを弄ったりしている。  この際だからボクは付け加えてあげた。 「ルナは毎日『ランチスティック』のキャラメルクリーム味を食べてる。お菓子は板のミルクチョコを半分。もう半分は翌日」  口にしてみると、ストーカーみたいで気持ち悪い事に気付いてしまった。ルナはそこを突きそうだと思ったけど、違った。 「あのパンが一番美味しいから。安いし」 「……ボクも一つ聞きたい事があった」 「なになに?」  ゲームの時よりも、目が燦然とした光を帯びたように思えた。 「ル……ノアを拾った時、人間にも動物にも愛情を注げないタイプって言ったよね? ボクはハルとトーマっていう友達もいる。あ、でも愛情とか変な風に取られたら困るけど……」 「本当に友達だと思ってる?」  ボクの顔が曇ったのが見えなくてもわかった。 「思ってるよ」 「なんか一歩引いてる感じに見えるから。こう言っておけばいっかとかそんな風に思ってそう」 「…………見透かしたつもり?」 「アタシ多分陽のことわかると思うよ。わかりやすい。隠してるつもりでいることも」 「だったらボクは今何を考えてる?」 「読めるわけない……でしょ?」  なんなんだ……相手が悪い。もし敵に回したら勝てそうにもない。ボクは本当に簡単でわかりやすいらしい。 「……さっきの話の続きだけど、ジュース買ってあげようとしたのはただの思いつきでからかっただけだ。別にルナを見てるわけじゃない」 「パンまで覚えてたくせに?」  ……ボクは馬鹿だ。また、何も言えなくなった。 「よく目逸らさないね」 「逸らしたら負けの気がして」  心臓の鼓動はマシンガンのようだ。反動(リコイル)が忙しくて、本当に身体が揺れているような気分になってくる。  ルナの目がまた細まった。何か思い付いたらしい。 「東クンも言ってたけど、チュー出来る距離だね」  眼前にロケットランチャーでも持った相手が現れたように、ボクの思考は停止した。動けと『意識』する。その弾丸をかわすようにと。 「そうだね」  ちゃちなハンドガンを構えるのが精一杯だった。 「していい?」  その言葉は、発射されるよりも強烈で、ボクはハンドガンを降ろした。もう、戦う気も失った。  静かに、そっと、肩に手を掛けて引き離した。 「そういう事は言うものじゃない」 「冗談だよ。からかっただけなのに」  真剣なボクの顔を見て、調子を失ったみたいに、軽かったルナも口を閉じた。 「冗談でもそういう事は言って欲しくない」 「なんで?」  どう返すのが正しかったのか。銃を撃って敵を殺す。たったそれだけ。そんなたった一つの答えがあるわけでもない会話のコミュニケーションという戦いは難しい。 「ボクの勝手な押し付けかもしれないけど、ルナにはそんな事を言う人であって欲しくない」 「押し付けだね」 「わかってるけど……そういう事はちゃんと付き合った人に言うべきだと思うんだ」 「誰にでも言うわけじゃないよ? ってか、初めて言ったし」 「じゃあ今ので最後にして」  言葉も無く、ルナは頷いて、時計を見て立ち上がった。 「今日はもう帰るね」 「え……気を悪くさせるつもりはなかったんだ。ただ──」 「ううん。バイトあるから帰るだけ。なに慌ててんの?」 「……バイト?」  もうすぐ七時だ。こんな時間から? 「うん。急に休みになった人がいるから。何? いかがわしいバイトだと思った?」 「思ってない。ルナは……そうじゃない」 「それも押し付けだね。実はそうかもしれないし」  理想の押し付けというよりも、それはボクのただの願望なのかもしれない。教室で誰ともつるまず、一人気ままに過ごす様は、見た目に反して内気な女の子というのがボクの見る『須山ルナ』で、それを壊されたくなかっただけなのだろう。知れば知るほど、ボクの思うような人ではなかったのかもしれない。 「……何のバイト?」 「ゲーセン。あんま喋んなくていいし、髪も自由だし。どう? 安心した?」 「……別に」  勝ったと確信したらしく、ルナは上機嫌にノアの頭を撫でてドアに手を掛けた。 「ね、次はいつ呼んでくれるの?」  今日もボクが呼んだ覚えはないけど。気を害してないみたいで良かったとしか言えない。 「いつでも良いけど……連休最後の日は?」 「うん……いいよ。前の日にでもまた連絡してね」  残念そうな顔でそう言い残してルナは部屋を出た。台風が去ったみたいに、部屋は静寂で、約束の日に何か言いたそうにしていたのが気になったけど、もうどうにもならなかった。  寂しくなった。そう言うように、ノアはボクに顔を擦り付ける。  ゲーム内の部屋を片付けなきゃいけないけど、彼女が真面目に働いて稼いでる間にも、ボクはゲームをしていると思うと、どうにもログインする気にはなれなかった。  玄関が開いて、母さんが鳴らす生活音が騒がしく聞こえ始めた。ここはもう戦場ではないと、教えるように。 雨[2]
 正直に言うと、一晩寝たら目覚めた時には別に誰がバイトしていようが、それはその人の生活であって、これがボクの生活なのだとグローブを手にしていた。ある意味、駄目な奴で良いという開き直りだ。  昨日のボクはおかしかった。おかしくさせられていた。(ルナ)の陽動作戦に上手く乗ってしまっていたのだ。  十時の待ち合わせよりも少し早めにログインして、まずは荒らされた部屋を片付けなければいけなかった。  左手のグローブを突けた時、部屋のドアがノックされた。 「何か用?」 「何か荷物届いてるけど?」  母さんの声がして、自然と背筋が伸びた。声の主のせいではなくて、その内容だ。何も通販なんかしてないのにボクに荷物というのは、送り主は一つ──『W・W』しかない。  部屋の前には段ボール箱が置かれてあった。差出人は……。 「……PUNX?」  てっきり、今度は脚に着けて実際に動くようなコントローラーが届くのかと思っていた。開けてみると、中にはスカートが一着入っていた。  そのスカートを手に取ったまま、ボクは考えに考えた。それは、昨日ゲーム内でルナが買ったものだった。画面じゃわからなかったけど、赤地に黒いチェックの線が全てレースになっていて細工が細かい。店舗限定でしか買えないということは、通販でもない。ボクは、実際に昨日店で買った事になっている。  ボクらはただゲームをしているだけじゃない。フィールドは現実にある場所。買い物をすればそれは現実に届く。金は実戦でいくらでも稼げる。  敵が徒党を組んで必死になっていた理由がよくわかった。  とりあえず、スカートは次に会った時に渡すとして、この事をハル達に伝えるべきだ。  急いでログインして、荒れた自室にも目もくれず、ロビーに駆けた。十時が待ち合わせと言っても、どうせハルは美零さん目当てでもう来てるだろう。  その予想は裏切らず、受付カウンターにべったりと張り付いている姿があった。ちょうどトーマも一緒だ。 Voice>> All:二人とも! 聞いてくれ。大ニュースだ!!  興奮のあまり、声が大きかった。現実の部屋の外にも聞こえたかもしれないけど、気にすることじゃない。 Voice<<東春海:なんだなんだ? あぁ!! まさか付き合ったとか……。 Voice>> All:違う。もしそんな事になっても言わないし。 Voice<<東春海:いや、言えよ!! 友達じゃねーか。  その一言に、湧き上がっていた興奮は少し収まった。周りに自分がどう見られているかなんてわからないから、ルナの言い分は当たっているかもしれない。でも、こうしてちゃんと『友達』と言ってくれたのだ。 Voice<<仁科冬真:今日はイズも早いね。ていうか、操作してるのはちゃんとイズだよね? Voice>> All:そう。トーマもきっと驚く事が起きたんだ。聞いてくれ。  なんとなく美零さんには聞かれたくなくて、噴水の縁に移動してボクは件の話を言うと、二人は顔を見合わせていた。 Voice<<仁科冬真:要は、通販も出来るって言う事……で良いの? Voice>> All:だから、昨日買った物は通販じゃ買えない物なんだよ。このゲームと現実の世界はリンクしてるんだ。 Voice<<仁科冬真:でもその理論で行くと、その店もこのゲームの協力店ていうことになるよね? このマイナーなゲームでそんな事出来るのかな?  トーマは信じられないみたいだった。反論は的を射ているからボクも疑わしくなったけど、実際に物が届いた身からすると、やっぱり否定出来ない。  この平行線を終わらせたのはハルだった。 Voice<<東春海:よし、じゃあ俺らもなんか買ってみようぜ。そんで届いたら、本当ってことだ。 Voice<<仁科冬真:食べ物とかは無理だろうね。例えばこの間の祭の露店とか。  この機能を最大限に活かす為に、ハルは頭を真剣に巡らせたみたいで、にんまりと笑みを零した。ただ溢れたみたいに。堪えきれなかったみたいに。 Voice<<東春海:例えばだけどよ、ゲーム内で買った物は現実に届くんだろ? それを売ったら現実の金に変えられるって事じゃねぇか? Voice<<仁科冬真:元手はタダみたいなものだしね……でも、上手く行くかな?  トーマはやっぱり半信半疑だ。でもハルの提案はボクも試してみたいところではある。ランクを落とせば報酬は減るけど、確実にいくらでも稼ぐ事は出来るのだから。 Voice>> All:でも、何を買う? Voice<<東春海:高くて売れる物って言ったら……宝石か?  直感的なハルの提案だけど、ボクらはさすがに否定した。高校生が売れるようなものじゃない。珍しくボクらは出撃前に議論する事になった。戦闘とは全く関係無い事をこれまで以上に真剣に。  待ち合わせを五分過ぎた辺りで、山本が遅れてやってくる。 Voice<<山本太一:遅れてごめん! 犬の散歩が長くなって……。 Voice<<東春海:タイチよぉ、俺らでも売れる物って何がある? 高いやつ。  唐突な問いに、首を傾げながら山本は言う。 Voice>> All:服とかアクセとか? シルバーの高い奴ならネットオークションでも値が付くし。 Voice<<東春海:それ、高校生でも出来んのか? Voice<<山本太一:オレやってるし、売るよ? 使わなくなったやつとか売ってるんだ。  なんとなく、山本がシルバーアクセとか身に付けている姿が想像出来ないのは三人共同じで、苦笑いする顔を見合わせた。それでも道は決まった。海外のインポートブランドならアクセに限らず高いという事を聞き、美零さんに駄目元で、銀座で戦えないものかと頼んでみると、それはあっさりと受理された。  金は、欲は興奮を掻き立てる。特にハルは初めて行く土地にも関わらずに尋常じゃない強さだった。  敵は十人ほどだったけど、あっという間に残り一人になった。 Voice>> All:待ってハル! 全員倒したらクリアになる。買い物してる時間が無いぞ。 Voice<<東春海:あぁ! つーかどこ行ったら良いんだ? Voice>> All:デパートに行こう。有楽町の方に阪急とかあるし。  一人残された敵は、意味不明に撤退するボクらを追おうとしなかった。どうして撃たないのか理解出来ない山本は、もたつきながら走った。 Voice<<山本太一:なんで撃たないの!? あれで終わりなのに!! Voice<<東春海:タイチよく聞け! この世界で買ったもんはな、現実世界に届くんだ。だからこの世界で高いもん買って、現実で売る! それで俺らは金持ちだ。ゲームしてるだけでな!! Voice<<山本太一:だったら銀行に行って金取ったらいいんじゃ……。  こいつゆくゆくは立派な犯罪者になるんじゃないのか?  Voice<<東春海:それじゃゲームのクレジットが増えるだけで意味ねーよ!  完全に背を向けて走っているのに、敵は撃ちもしない。ボクは買い物という興奮が冷めて、冷静になった。  昨日の原宿もそうだ。どうしてファミレスの兵に客は平然としていた? ボクらには怯えていたのに。それに、他の二方の敵は、開始と同時に撃ち合いをしていたなら、開戦に時間が掛かったボクらよりも早く決着が付いていたはずだ。  行動範囲が決まっている? ボクらは戦闘を放棄して買い物に向かったり、こうも自由に動いたり出来るのに?  デパートが見えて来る。四人の武装兵に、客も店員も悲鳴をあげた。 Voice<<東春海:さ、どこ行く? 一番高いもん買おうぜ!!  水を差すのはやめておこう。この予測が当たったからといって、どうという事もない。  慣れたように歩く山本の後をついて、それぞれが二桁万円もするような鞄だったりアクセサリーだったりを買った。店員が手袋を着けてケースから出してくれた物を、武装兵は躊躇無く掴む。同じぐらい汚れて送られてくるなんていう、余計なリアルさは無いことを祈る。  あとはレーダーを見て、残りを始末すればいいだけ。敵は、さっきの場所からあまり動いていない位置にいる。  買い物袋を持った四人の兵に一斉に襲われた最後の一人は、抵抗する間も無く倒れて、ミッションは完了した。  武器庫のおじさんが迎えに来た時、買い物袋を持ったボクらの余裕をニカッっと笑っただけで、特に追求もしなかった。これは正式に認められている行為という事が証明された。  ロビーに着くなり、報酬を受け取ったついでに、ハルはもう一戦受注をした。丁度いいから、ボクはさっきの予測を確信に変えようと思う。 Voice>> All:あの、敵は最大で何人と戦う事が出来ますか? Voice<<美零:そうね……君達のランクと人数なら二十人かしら。  今まで相手にした事の無い数だ。でも、倒した人数が多ければ報酬だって当然増える。けど、その数に三人は口を閉ざした。  Voice>> All:じゃあ、敵の数はその人数でお願いします。今回の場所はどこでも良いです。 Voice<<東春海:お、おい! そんなに戦えるかよ! Voice>> All:大丈夫。勝てる。  予測が当たればだけど。  美零さんは何も言わずにいつも通りにこやかに、事務的に手続きを済ませてくれた。 Voice<<美零:無事を祈ってるわ。 Voice>> All:問題ありません。  そう断言した。そうしないと、無謀な挑戦に三人は不安を抱くから。  ボクはそうした方が良いと判断した。  連戦は休みの日はいつもの事だ。休憩の意味を含めてなのか、二戦目は軽いステージにしてくれているから、いつもクリア出来ていた。でも今回は違う。最も困難かもしれない。 Voice<<東春海:イズ、金が欲しいからって無理してもしょうがねぇぞ。 Voice>> All:無理じゃない。戦地に着いたら話すよ。  武器庫のゲートが開く。今回の戦地はどこかの森だった。木々の間から射す日差しは、現実なら気持ち良さそうだけど、所詮ゲームでは何も感じない。顔を上げれば眩しい。それくらいだ。  ボクらが戦地に出ると、ゲートは閉ざされる。もう逃げられないというように。  まずはレーダーで敵の位置を確認。正面に四。右に五・三。下に二。左に四。そして──銃線が向かってくる。  すぐそばの木の上に二人。それくらいならボクとハルの二人ですぐに撃ち落せた。 Voice<<仁科冬真:敵はどこにいるの?  トーマの質問に、ボクはレーダーの情報を伝えた。すると、山本は再び敵同士の撃ち合いが始まるのを待とうと言った。二人もそれに同意したけど、ボクは首を振った。 Voice>> All:昨日のファミレスの事を思い出して。客はボクらにだけ驚いていただろ? Voice<<仁科冬真:確かに。ずっと敵も撃ってたのに……。 Voice>> All:ボクらは最初に倒した敵が人間だったから他のプレイヤーと思い込んだけど、NPCなんだ。街中の通行人と同じく、始めからこの場所にいる。 Voice<<東春海:だったらなんで撃ちあってたんだ?  ハルが周囲を見ながら言う。警戒する必要は無い。何故なら、 Voice>> All:演出だ。ボクらとゲーム開始が同じ時間ならとっくにケリは着いていたはずだし。  昨日はレーダーを見られなかったけど、今ははっきりと、膠着状態の敵が見える。全く動いちゃいない。  勘の良いトーマは気付く。ボクらはいつも当然のように敵を探して、倒す為に特攻していたから気付かなかったけど。 Voice<<仁科冬真:これって、僕達が動かなければ戦況は変わらないって事? Voice>> All:そう。今も誰も動いてない。ボクらが一つのチームを倒せば、それに合わせて敵も動く。そういうゲームだ。  ハルは考える事をやめたのか、山本の肩を叩いて歩き始めた。 Voice<<東春海:結局、敵を倒す事に変わりはねぇんだろ? Voice>> All:その倒し方も簡単なんだ。さっき戦った有楽町の最後の一人も、ファミレスの奴らも移動しない。それぞれの持ち場があって、そこから動けないように設定されているんだ。 Voice<<仁科冬真:その範囲の外から撃つ……って事?  トーマの得意分野だ。特に、これだけ身を隠せるなら尚更。厄介なのはその行動範囲を知ることだけど、ある程度逃げれば途中で追わなくなるはずだ。  そんな戦い方を、ハルが気に入るとは思えない。けれど、現実の金が掛かっているとなれば話は変わるみたいだ。  たまにゲームを楽しんで、あとは金を稼ぐ。それで簡単に納得してくれた。 Voice<<東春海:ま、楽しめれば俺はそれでいいや。さっさと倒しに行こうぜ。  そのハルの言葉を皮切りに、時計回りにボクらは森を徘徊し、予測通りに順調に敵を倒して行った。報酬はこれで一人約十五万円。楽な『仕事』だった。  その後も三度ほどの『仕事』をして、一度買い物を含めた『ゲーム』をしてログアウトした。  ゲームをした時、ボクはペットショップに一人で行って、(ノア)の缶詰を大量に買った。トイレの砂もベッドも買ってやった。問題はその後の戦闘だった。両手が完全に塞がったボクは、三人に助けられるという本末転倒の結末を迎えて笑われながら終わった。  翌日、やっぱり朝一でノアの為の物が届いた。これは親にバレてはいけないと、玄関で一時間も待っていた甲斐があった。  ゲーム内の自室に置いた物が全てそのプレイヤーに届くらしく、売る為の物は全て山本の部屋に置いたからうちには来なかった。  ハルは勿論、ゲームと現実はリンクするという事をようやく信じてくれたトーマも山本も、俄然やる気を出した。  この事実はいつの間にか、他のプレイヤーにも広がったらしく、いくつかのグループが統合されて、より確実に報酬を得られるような動きが出来ていた。  そんな連休も最後になる前日、ルナと遊ぶ事を理由に翌日はログインしないことを三人に伝えておいた。また一緒にやればいいのにとトーマは言ってくれたけど、そういうわけにもいかない。  『明日、来るって言うのは覚えてる?』  寝る前にルナにチャットアプリ(チェイン)でメッセージを送ると、待っていたかのような早さで返事が来た。  『むしろ陽が忘れてるかと思ってた。一時くらいに行くね』  明日、彼女が来ると思ったら熱が甦ってくる。唇が触れそうな距離。声と一緒に届く息。笑った時に少し細くなる、黒いメイクの中の目。思い出しただけで、鼓動は速く、疾くなった。  ノアもわかっているのかいないのか、グルグルと喉を鳴らしながら胡坐をかいた脚の上で上機嫌に眠っている。お前は撫でられるだけでいいなと、心から思う。掻き乱されることは無いのだから。  翌朝、十時前にインターフォンが鳴って、予定よりも早過ぎると思いながら玄関を開けると、山本が金を届けに来てくれた。想像していたよりも早く売れたらしく、封筒の中には八万三千円も入っていた。確実に売る為に破格の設定にしている事を山本は謝って来たけど、相場も知らないしこれで充分だ。 「ありがと……ていうか、家の場所よくわかったな」 「ハル君から聞いたんだ。連休だし金いるかと思って。デートだし金必要だろうから持ってってやれって言われてさ……」  曲解されているけど、金はあるに越した事は無い。ゲームとはいえ、自分で稼いだものだし、正直金額が大きくて驚きもあるけど、貰っておいて間違いは無いだろう。 「デートっていうようなものじゃないんだけどな……今日も三人でログインするのか?」 「うん。ハル君が今日は連休最後だから稼ぐって張り切ってたし。じゃあ、また明日学校で」  まるでハルの子分みたいだと思った。随分と気に入られてもいるみたいだし、反抗しなさそうで使いやすいと思う。  バイトもしない未成年が万札を手にする機会なんて、正月くらいだと思っていたけど、こうして妙なゲーム機のおかげで手にしているのだから、世の中何が起きるかわからないものだ。  一ゲームくらいなら付き合おうかとも思ったけど、三人でやるつもりみたいだし遠慮する事にした。約束の十三時まで、ボクは部屋で寝ているノアにちょっかい出しながら、限界までだらだらと過ごす事にした。  十三時を回る五分くらい前に、再びインターフォンが鳴った。  ゴールデンウィークにもかかわらず、父は勤めている保険会社の営業が忙しく、母はスーパーでパートをしているからいない。だから、慌てる必要も無く玄関に向かう。いつも通りにメイクばっちりで、ボロボロの黒いパーカーのフードを被ってルナはやって来た。ボクも味気の無い黒いパーカーとジーンズだけど、趣は大きく違っている。  デニムも破れていて、太腿から下が隙間だらけでほとんど見える。ブーツだって傷だらけでつま先の鉄板が剥き出しになっている。歴戦の兵士かと思うような。 「上がっていい?」 「あ、うん……勿論」  見た目を裏切る声は、私服だと更に威力を増す。 「親いないから気を使わなくていいよ」 「うん。いても使わないけど」  ……おい。女子とはそういうものなのだろうか。いや、そんな事は無いはずだ。でも、それも押し付けと言われそうだ。 スタスタと部屋に行くと、ドアを開けた瞬間に出迎えの鳴き声(ノアァ~)が聞こえた。続いて、ルナの文字通りの猫撫で声。 「そうだ。こないだゲームで服屋に行ったの覚えてる?」 「うん。すっごいリアルなやつっしょ?」  一応、親に見られないように押入れの奥に隠しておいたスカートを見せると、ノアはパッと放られた。 「えー! 何これ!? 買って来てくれたの!?」  ボク以上の驚きだ。普通に考えればそう思うだろう。むしろ、そういう事にした方がいいのかもしれないと、一瞬過ぎったけどそんな嘘は良くない。 「ゲームで買った物が実際に届くんだ。だからノアのベッドとか餌もたくさん買ったし」 「エサじゃなくてご飯! それってゲームで通販出来るって事?」 「ボクもそう思ったけど、でもそのスカートって店に行かないと買えない物なんだろ? だから、ゲームの中と現実がリンクしてるんだよ。しかも、ゲーム内の金で買える!」  話だけならやっぱり現実味は無いけど、実際に目の前に物はあるから、ルナだって信じるしかなかった。 「これ、アタシが貰って良いの?」 「そりゃボクが持っててもしょうがないし」 「女装に使えるよ?」 「ボクをどうしたいんだよ……」  ケタケタと小馬鹿にしたような、教室では絶対に見せないような顔で笑った後、ルナは大切そうにスカートを抱き締めた。 「ありがとう。大事にする。着てみて良い?」 「今!?」  拒否は許さないというように、シッシッと手で追い払われて、ボクは部屋を出た。ここは自分の家である事を確認しに、台所に向かった。相変わらず、お茶の類しかない冷蔵庫で、またペットボトルの紅 茶(ストレート)を持っていく事にした。 「良いよー」  声がしたから、ドアを開けた。履いてみると現物を見ていただけの時よりも短い。 「それで胡坐かくのはやめてくれ」 「押し付けだね」 「いや……中が見えてもいいならボクは構わないけど……いや、やっぱりこれは押し付ける」 「は~い」  多分不慣れな正座で座ると、その上にちょこんとノアは乗った。どっちが飼い主かわからない。 「ボクは今ゲーム内で六十万円ぐらい持ってるんだけど、何か欲しい物ある?」 「欲しい物なんかいっぱいあるよ! 陽は無いの?」 「特に。だからゲーム内の武器とかにしかお金使ってないんだ。あとは売るために海外ブランドの物買うくらい」  ボクはB・Bの電源を入れた。ログインしないと言ってたのはこの為だ。 「買い物に行こう。使っても金はいくらでも稼げるし。どこに行きたい?」 「買ってくれるって事?」  飛び付くと思ったのに、予想に反して戸惑った表情を返された。 「うん……あ、いや別に下心は何も無いんだ。ただせっかく仲良く慣れたしさ。こういう便利な物があるなら共有したほうが良いと思って」  唇を噛んで、ルナは頷いた後で小さく、声を殺すように言った。 「ありがと」  実際に金を払うわけでもない。ただ遊んで入った金で買うだけなのに。このシステムを知った時のハルのテンションと違い過ぎた。 アイウェアとグローブをルナに着けさせて、まずは美零さんの所に向かわせた。 「あら? 今日は彼女とデートだから来ないって聞いたのに」 「……彼女?」  アイウェアの中で目がパチパチと動く。このお姉さんは何言ってんの? という感じに。それよりも、ハルはどこまで話を大きくして広げているのだろう。 「それ、ハルの思い込みですよ。実戦の申請したいんですけど」 「ランクはいつもの5で良い?」 「いえ、今日は1でお願いします。なんていうか、初心に帰るのも大事かと思って……」  ボクは聞かれてもいないのに、いちいち理由を付け足さないと気が済まない性格みたいだ。 「良い心掛けね。ついでだから、初心者二人の実戦に付き合ってあげてくれない? 今日が初めての子達だから、日出君くらいのプレイヤーがいたら安心だし」 「……はい。あ、場所は……」  声を潜めて、「原宿」とルナは言う。 「原宿でお願いします」 「ん~、でも今は東君たちがいるけど良いの? 避けたいなら渋谷から行くとか。歩いても行ける距離だし、時間差で東君たちはクリアすると思うから」 「じゃあそれで……」  鉢合わせはうるさそうだ。絶対に今は会いたくない。  敵を残り一体にして、原宿まで行って買い物。そして……殺す(クリア)。   ランクから考えて一人でも出来そうだ。新人二人は適当に隠れていてもらおう。  武器庫に行くと、その新人の二人が初期装備のアサルトライフルを肩に掛けて、緊張の面持ちだった。まだヘッドギアも無いからその顔は丸見えで、年は多分同じくらいだった。ルナは何も言わなくともその二人の方に向かってくれた。 「キミらが新人だな? 一緒に行く事になったからよろしく」  まるで初心者に同行するNPCみたいだと、定型文的な発言がちょっと面白かった。多分、今ボクは機嫌が良い。  二人は、背筋を伸ばしてボクに礼をした。ヘッドギアを着けているし、おじさんから貰ったコンテナの武器もマシンガンだし、明らかに同ランクではないとわかったみたいだ。 「日出。無茶させんなよ?」 「わかってますよ。無傷でクリアしますから」  そういえば、ボクらはまだ被弾したと言っても脚をかすめたとかそんな程度で済んでいる。他のプレイヤーはどうか知らないけど、多分、かなり強い方だと言って良いだろう。  戦地へのゲートが重々しく開く。新人二人には戦場だろうけど、ボクにとってはただの買い物場所への扉が開いたに過ぎない。 「これって……渋谷のハチ公前……ですよね?」  新人の片割れ──『Souta Iwata 』とカーソルが指している彼が見回しながら言った。 「そう。戦いは実際にある場所で行なわれるんだ。戦闘を繰り返して報酬を貯めたらまずレーダーを買った方が良い。それだけでだいぶ楽になるから」 「はい!!」  気分は完全に上官だった。ルナもそんな様子を面白そうに見ていた。その右手を掴んで、レーダーを起動。その瞬間に、にこやかだった顔は困惑の色を見せた。 「敵はどの辺にいる? 一体だけ残してとりあえず原宿に行こう」  数えているのか、首を上下に揺らして画面を凝視している。数えるほどいないと思うのに。ここはランク1なのだから。 「いっぱい……三十はいるかな。囲まれてる……」 「……三十? それ……ちょっと見せて」  アイウェアを装着すると、驚愕させられた。レーダー上を見た事も無い数の赤い点が蠢いていた。 Voice>> All:キミ達は基本操作くらい出来るな? いや、渋谷に来た事は?  二人とも首を横に振った。知っている街なら、初心者のルナでも速い移動は出来たけど、こうなったら無理だ。移動の速さだけでは勝てない。無傷でクリアなんて大きな口を叩いた手前、死なせるわけにもいかない。  絶対にしたくなかったけど、ボクは無線を起動した。 Voice>> All:ハル、トーマ。聞こえる? Voice<<東春海:おぉ! ログインしないんじゃなかったのか? Voice>> All:いや、ちょっと用があってさ。それより、まだ原宿にいる?  そしてトーマも応答した。 Voice<<仁科冬真:三人でいるよ。でもおかしいんだ。レーダーが無いから敵の総数はわからないんだけど、もうかれこれ四十近く倒してるのに。もうハルも疲れ切ってるよ。 Voice<<東春海:バカ言うな! まだ行けるっつーの!!  美零さんが受注をミスった? あるいは、買い物なんてしてたからペナルティでも発動してるのか? Voice<<仁科冬真:イズは? どこにいるの? 一人? Voice>> All:いや、ランク1で初心者連れて三人で渋谷。そっちと合流したいんだけどいいかな?   Voice<<東春海:来いよ! レーダーありゃこっちの数もわかるし。それにランク1だったら敵は三人くらい── Voice>> All:四十近い。  無線の向こうにも緊張が走ったのが伝わった。何が起きているのかボクらには全く理解が出来てなかった。原宿組と合わせたら、半分倒したとはいえ、総数は八十以上もいることになる。 Voice<<仁科冬真:明治通りを道沿いに真っ直ぐ行って! 僕達も途中でぶつかるように向かうから。 Voice>> All:了解。助かる。 Voice<<東春海:てかよぉ、デートじゃなかったのか? Voice>> All:……その話は後でしよう。ボクも言いたい事があるから。  関係無い美零さんにまで言ってくれて……。渋谷の赤い点はボクらの方に密集する形でどんどん迫っていた。囲い込むようにジリジリと。当然ながら、新人二人はボクの指示を待っていた。 「ルナ、ごめん。買い物はちょっと待ってて」 「うん。つーか、やってるとこ見たいし良いよ」  アイウェアを掛けた側だと、外の様子が見えないけど、会話出来たという事は、あの距離にいるわけだ。妙な緊張感が込み上げた。 Voice>> All:キミらも走ることは出来るな? 敵が見えてもまずかわすことだけに集中して。撃つのはボクがやるから。行くぞ。  走り出した瞬間、赤い点がボクらを追うように列を形成し始め、円だった斑点はマダラに崩れて延びていった。 「ルナ、前にいると危ないかも」 「はーい」  マシンガンを二挺構えると、現実(リアル)の背中に重みが掛かった。腕が絡んでくるような感じもある。抵抗出来ないのを良い事に、好き放題されそうだ。  それでも、今は分断しているとはいえボクらはまだ無敗で、黒星を付けるわけにはいかない。こんなバグみたいな有り得ないステージといえど。  後ろから銃線が飛んで来た。敵が大挙しているのがレーダーでわかる。新人はあたふたと喚きながらも、なんとかかわしてくれていた。敵のエイムは上手いわけじゃない。数の暴力というのはこのことだ。だったらこっちも食らわせてやる。  走っていた右足を前にして、そのままターン。視界は百八十度回転。それを『意識(イメージ)』だけで行なう。  両手を真っ直ぐに向け、狙いは適当でも多過ぎる敵のいくつかは倒せるという『判断(チョイス)』。トリガーを引き『判決(ジャッジ)』。  弾丸一つ一つの火力を犠牲にしているせいで、連射力は別格だ。狙い通りに敵の足は止まり、その場でくず折れた。それでもまだたった五人だ。  再びターンをして走り出す。 Voice<<岩田宗太:あの……ヒイズルさん? てランクいくつなんですか? Voice>> All:普段は5でやってるけど、たまに遊びで1に来たらこんな事になってる。今は運が悪かったけど、終わったら運が良かったと思えるよ。報酬はとんでもないだろうから。  倒したプレイヤーに報酬が支払われるわけではない。同行したプレイヤー全員に支払われるから、クリア出来たなら彼らはラッキーだったと言えるはずだ。  来た事の無い道を走るのはボクも同じだ。更にレーダーの確認に加えて、敵が来たら撃つ。  かわし損ねた新人のもう片割れ──『Hiroshi Yokoyama』が脚に被弾して、大きく移動速度を遅らせた。必然的に、それを庇う為にボクも移動を遅らせて、交戦を余儀なくされることになった。  敵の数はレーダーでなくとも視認出来る範囲で十五人もいる。ボクは二挺のマシンガンを使って応戦したけど、数の暴力に耐えられるだけの火力ではない。 Voice>> All:キミらは早くどこかに避難しろ!!  負けたくないという意志が、必然的に声を荒げた。邪魔だとはっきり言いそうになったけど、新人であるという事がまだ頭にあってくれたお陰で、それは出ずに済んだ。  建物や、路上駐車中の車を遮蔽物にして、なんとか無傷なままでいられたけど、レーダー上ではまだ敵はここに向かって来る。  それもおかしな話だった。今までなら、大体行動範囲は決まっていて、いつまでもどこまでもプレイヤーを追って来るなんていうことは無かったのに。 Voice>> All:ハル達は今どこ? Voice<<東春海:こないだのファミレス辺りだ!  ここからどれくらいなのか、地形の出ないレーダーでは全くわからない。すると、背中の重みがフッと消える。 「まだ陽の位置から結構あるよ。こっちは宮下公園くらい」 Voice<<東春海:須山ぁあ!? やっぱ一緒なのか!? Voice>> All:それはどうでもいいだろ!! こっちはもう移動不能だ。  撃たれてない方の新人──ソウタも、どう動けば良いかわからずにウロウロと回転しているだけだ。思考がダイレクトに反映されるゲームの最大の欠点を披露してくれている。このままだと壊滅の道しか見えなくなってしまった。 Voice>> All:撃つだけ撃て! 威嚇程度にはなるはずだ!!  せめて足止めだけでもしておけば、ハル達が間に合う。そんな暗黙の信頼と安心を彼らには求めていたし── Voice<<東春海:宮下公園? とかいう所見えて来たぞ! イズどこいる!?  応えてくれる。増すばかりの銃線は、ボクの頭部を寸前でかすめて、車のリアウインドウを割った。中からおじさんの呻く声が聞こえたから、被弾してしまったのだとわかった。これがゲームじゃなかったら、見知らぬおじさんは見知らぬ兵士に遮蔽物にされたせいで見知らぬ奴に殺されてしまった事になってしまう。 Voice>> All:黒いセダンとシルバーのボックスカーの後ろに隠れてる!  原宿組の方からも、まだ敵を示す赤い点は十個ほど迫って来ている。両サイドから挟み込まれた形で、ボクらは最悪な戦況を迎える事になった。 Voice<<東春海:いた! 大丈夫か!?  まさか車の上から声を掛けられると思わなくて、ボクは一度周囲を見回してしまった。車の上を走ってくるとは、ハルはゲームを満喫している。 Voice>> All:大丈夫。ていうか、車踏みつけるなよ。  跳び下りて、ハルはボクの隣にしゃがみ込む。左腕が被弾したみたいで、血が流れていたけど、そのグラフィックもリアルなものだった。 Voice>> 東春海:無傷クリア記録も打ち止めだな。 Voice<<東春海:マジ、ゲームで良かった。思いっ切り撃たれたし。クソッ!  実際に撃たれていたら、こんな悪態を吐けるのだろうか。この日本に住んでいる限り、普通に過ごしていれば銃で撃たれるなんていう痛みを体験する事は絶対に有り得ないから理解のしようもない。 Voice<<仁科冬真:僕達も着いて同じ車の反対側にいるんだけど、敵の数は? Voice>> All:原宿の方が十。渋谷がまだ三十……二。しかもそいつら──!?  目の前の車のボンネットに銃線が三つも走り、ボコボコにした弾が足元に落ちた。 Voice<<仁科冬真:敵が陸橋に上ってる。このままじゃ僕達ただの的だよ。 Voice>> All:先にそっちを片付けよう。地形的に不利過ぎる。  立ち上がろうとしたボクの腕は、ハルに掴まれた。ヘッドギアの奥の顔が自身有りげに笑っていた。 Voice>> 東春海:何かあるのか? Voice<< 東春海:渋谷の敵が集まるまでどれくらいある?  もう一つの塊にも近い、敵の集団は多分公園に差し掛かるぐらいで、完全に射程距離に入っていた。多分、ボクらが出て行けば即座に合計四十二もの銃線が襲うだろう。 Voice>> All:もう集まってるよ  逆に、ボクらの攻撃の射程範囲でもある。たった四つ(そのうち二つはボクのマシンガンだ)と、新人と山本による、三つの撃つかも期待出来ない銃だけだけど。  ハルは、上着のポケットから手榴弾みたいな黒い塊を出して見せた。たった一発の爆撃でも戦況はひっくり返せるかもしれない。 Voice<<東春海:敵を全部車道におびき出そうぜ。まず全員原宿方面に走れ。イズは敵が全員車道に出たら合図しろ  作戦の全容はよくわからないけど、目の前の車が撃たれまくっているし、渋谷の連中も迫って来ている。  トーマと山本も、その先の見えない作戦に「了解」と返した途端に、ハルは走り出した。  特攻はハルの十八番だ。ボクはその後ろ姿を追うのにも馴れていたし、二人がそれを追うのも慣れたものだった。  もう撃ってくれと言っているようなボクらを、リクエストされたように後方からも頭上からも銃弾が降り注ぐ。陸橋を走り抜けた時に一時的に雨が止んだだけで、通り抜けたらまた始まる。この雨はボクらを血で塗らすだろう。前方には、車の陰から残りの五人。反対の車線からは二人。入り乱れた銃線は通行人(モブ)も巻き込んでの大惨事を繰り広げた。  先頭を走りながら、ハルは撃ち返しもせずに僅かに被弾しながらも走っていた。ボクに合図の催促もしない。誰も。いつが最適なのか、この敗戦ムード一色の中で戦況を返す判断をボクに委ねていたのだ。  あと一つの点が車道に出れば……。そう思った刹那── Voice>> All:今だ!! 全員出た!!  待ってましたとばかりにハルは振り返り、振りかぶった。 Voice<<東春海:目ェ潰れぁ!!  ボクは……いや、多分三人共それは手榴弾で、敵の一団全てを吹っ飛ばすために引き寄せていたのだと思った。でも実際は、目を閉じているボクの肩をハルは叩いて、 Voice<<東春海:走れ! いい加減あいつら全員ぶっ殺してやろうぜ。山本は陸橋行け! お前でも倒せる!!  投げた物は閃光弾だった。ハルとボクはまずは目のくらんだままの原宿組の敵を撃ち抜く。  山本も、撃ち放題の敵を倒したらしく、宙には『CLEAR!!』の文字が浮かんだ。下にも何か書いてあるけど、それどころじゃない。原宿組はそれでクリアでも、ハル達は終りにはしなかった。  渋谷に向かって放たれた銃線は、それまでの沈黙から解放されたように勢いを増したように思えた。  閃光弾の効果も切れると、まだ二十もの敵が仕返しだというように銃を構え直した。  陸橋という狙撃位置(スポット)を奪い取ったトーマがいる以上、こちらの有利には違いなかった。  一人、二人とスナイパーが撃ち抜く間に、ボクらは路上駐車の車を踏み越え、ホームレスの荷物を蹴散らして歩道に回り込んだ。目の前にはもう敵の一団が見えた。 Voice<<東春海:任せた!!  ハルはそう言うや否や、敵地に向かって走り出す。いくつかの銃口が当然向けられると、ハルはスライディングした。かわす為じゃなく── Voice>> 東春海:口で言えよ!!  地を滑りながら回転したハルの、ピタリと合わせられた足はボクの方を向き、その足を踏みつけて跳躍。押し上げられたお陰で普段よりも高く跳ぶ事が出来た。完全に、ボクとハルの動きのイメージはシンクロしていた。  この僅か一秒ちょっとの間に、ボクは敵の頭上を越える事が出来て、両手を広げてトリガーを引いた。地上では寝転がったまま、ハルがショットガンで敵のどてっ腹を撃ち抜く。密集地で散弾銃は威力を十二分に発揮した。  着地の勢いで、ボクは敵の一人に掴みかかると、そのままもつれ合うように倒れた。ほぼ零距離で銃の向け合いになったけど、銃身の長いアサルトライフルではボクの短機関銃の方が有利だった。  散々苦労させてくれた恨みも込めて、怯える顔にヘッドギア越しに弾丸をくれてやった。  後ろから狙われているのはわかったけど、そんなのはどっちかが撃ってくれる。  やっぱりだ。二人の敵が倒れたのを見計らって、ボクは立ち上がった。ハルがボクの肩に拳をぶつけ、 Voice<<東春海:信用しすぎんなって前に言われたじゃねぇか   どの口が言うんだか。そして、それを言われたのはボクじゃなかったはずだ。 Voice>> 東春海:敵のど真ん中で昼寝した人に言われたくない  談笑していると、『CLEAR!!』の文字が新たに二つ現れた。  そのうちの一つには『Go to NEXT STAGE』と追加されていた。原宿組の方にも。新人とはどうやら別扱いだったらしい。 Voice<<仁科冬真:まさか連戦ていうこと?  陸橋からやってきたトーマが不穏な変化に疑問を持っている。勿論、ボクもハルも。  正直、今からはきつい。というか、ルナが家に来ているのだからゲームしている場合じゃない。あぁ……クリアしてしまったから買い物に行けなくなってしまった。  武器庫のおじさんが、荷台を牽引したジープでやって来た。ボクらは連戦と思い込んでいたから乗らないでいると、 Voice<<武器管理者:早く乗れ。帰るぞ Voice>> All:え? 良いんですか? Voice<<武器管理者:なんだ、歩いて戻るんならいいけどよ……そういえば、お前ら結局合流してたんだな  追記の意味がわからないまま、六人では狭い荷台にボクらは乗り込んだ。新人の二人がか細い声で「ありがとうございました」と言った。正直、一人でやったのと変わらないからその言葉は正しいのだけど、形式上で二人の健闘を称えた。それに……、 Voice>> All:多分、こうなったのはボクのせいだ。ランク1のステージでこんなに敵は出ないから次からは気楽にやると良いよ。あ、今日の報酬でまずレーダーを買うように  まるで訓練兵みたいに「はい!」なんて声を揃えられると、本当に上官になった気分だ。それが良い気分かはともかく、もう二度と一緒に戦う事にはならないだろう。  ロビーで報酬を受け取ると、その額はやっぱりいつもとは桁が一つ違っていた。新人だってその額を受け取っているとすれば、装備を揃えてしばらくは余裕でクリアしていけるはずだ。 Voice>> All:美零さん、クリアした時にNEXT STAGEとか出てたんですけど、あれはなんですか?  答えを待つボクらに、明らかな含みを持った笑みを見せて、眉を上げた。 Voice<<美零:お楽しみに~っていうことくらいね、今言えるのは  首をかしげていると、そんなこと良いとばかりに、ハルは勢い良く肩を組み、 Voice<<東春海:今日ログインしねぇって言ったよなぁ? てっきりデートが流れたから来たのかと思ったのに一緒だしよぉ……なんだ? ヴァーチャルデートか? Voice>> All:そういう言い方もあるな……ゲーム内でいくらでも稼げるからルナに何か買ってあげようって思ってログインしたんだけどさ、まさかあんな事になるとは思わなかった。でも本当に助かったよ  ボクは素直に握手を求めたのに、ハルは自室のある方へと走りながら、「この裏切り者ぉ~!!」なんて言うものだから、他のプレイヤーの注目の的だった。 Voice<<仁科冬真:でもさ、言ってくれたら僕達がサポートしたのに Voice>> All:それはわかってるんだけど、ただの個人的な遊びに付き合わせるのは悪いし。まぁ、今日はもう上がるよ。また明日……あ、学校始まるのか Voice<<仁科冬真:うん、学校でね  トーマは文句一つ言わないでくれるからありがたい。  ログアウトしてアイウェアを外すと、ルナは授業中と同じく、部屋のロウテーブルに頭を付けて寝ていた。人の家という気兼ねも無く、学校で配布されたタブレットをいじりながらくつろいでくれていたみたいだ。  ずっと気にはなっていたけど、随分と綺麗に染まった髪をしている。傷んでもいないのは、毎日メイクをばっちりにするくらいそういう事はマメにやるからだろうか。人の家で堂々と寝る人がそうは思えないけど。  クルクルと表情を変える顔も、今はさすがに目を閉じたまま動きはしない。マジマジと、根元まで綺麗な髪をボクは見ていた。  瞼まで塗られた目は閉じているから真っ黒だ。黄色人種よりも白人系統の白い肌とのコントラストをついじっと見ていると、その目はカッと見開かれて、一瞬だけ怪訝そうな顔になったのを見逃さなかった。 「……何してんの?」 「あ……綺麗な髪だと思って。普通それくらいやったら傷んでるだろうし」  だるそうに身体を起こして、なんてことはないように、 「だって地毛だし。最低限のケアはしてればそんなもんじゃない?」 「……地毛? 名前、カタカナだしハーフとか?」 「病気ってほどじゃないけど、色素が薄いだけ。純国産品です」  すっかり静かになったゲームに目を向けて、ルナはグラスの紅茶を飲み干した。 「なんかすっごい画面が動いて酔いそうだったから、目閉じてたら寝てた。もう終わったの?」 「バグだったみたいだし、今日はもういい。買い物出来なくてごめん」 「てか、リアルで行けば良いじゃん」 「リアルじゃ金はそんなに無いんだよ」  ゲームの中なら大富豪にでもなれそうな勢いで稼げるけど、現実のボクはただの高校生に過ぎない。 「別に買ってとか言ってなくない? 遊びに行こうってだけ」 「まぁ……それなら……」  遊びに行っても、戦ったゲームの中の事を思い出しそうだ。いつかは日本中がボクらにとっては『戦場』としての記憶になってしまうかもしれない。ルナはタブレットを起動させて、 「これさっき見付けたんだけどさ」  SNSのうちのクラスの掲示板を見せて来た。匿名に設定出来るのをいいことに、クラスの男子二十人にランク付けしている。名前を出さなくても、これじゃ女子がそういう風に見ているとしか思えなくなる。  肝心のランキングはといえば、一位はバスケ部の高井。話した事も無いけど、線が細い見た目のわりに運動出来る辺り、受けが良いかもしれない。女子と話しているのを見た事ないけど。タップして詳細を見ると、あまり愛想が言い訳でもないけどそれがクールでカッコいいんだそうだ。  二位はハルだった。中学のサッカー部の姿がかっこよかったというひそかなファンさえいた。  ボクはどこにいるのだろうなどと思いながら画面をスライドさせていると、デバイスが短く振動した。メールだ。ルナのはテーブルにあるから、まだクラス二位の男(ハル)が無粋に言いがかりを付けているのかと思ってメールを開くと……違った。意味不明なメールに自分のクラスでのランクなんて気にしている場合じゃなかった。  『召集令   本日 二〇:〇〇   有楽町駅 中央口   先日送付したカードを忘れない事』  差出人は『World Wars』になっている。それに、メールの背景が真っ赤になっていることから、授業で習った大昔にあったらしい『赤紙』なんていうものが連想された。それは戦争中、国の為に命を棄てろ。特攻しろという、今では考えられない思想の下で配られる通知で、国の為に役に立てると喜んだ──喜ばなければいけなかったらしい。  多くの命を生かす為に戦うというのに、その一つを消耗品にしようというのがよく理解出来ない。  どうしたものかとデバイスの画面を消すと、今度こそ二位が電話して来た。 「ごめん、ハルから電話来てさ……」  うん。と、軽い返事を受けて、ボクは部屋を出た。 「メールの事?」 「あぁ。当然行くよな?」  何の躊躇も無い言葉に、耳を疑うしかなかった。さすが特攻志願兵だ。 「何があるんだよ。あのメールで何がわかる?」 「わかんねぇから行くんだろ? ログアウトする前に見たらよ、丁度百勝だったんだ。景品とかくれるんじゃねぇ?」 「ゲーム機(B・B)だって勝手に送って来たんだから、景品も送ってくるんじゃないか?」  散々ゲームで稼いでおきながら、更に景品とか言われても、色々貰ってすいませんとしか言いようがない。 「あ~、タイチからキャッチ入ってる。とりあえず俺は行くから、十五分くらい前に改札出たとこで会おうぜ」  同じく、ボクもトーマから着信が入っている。 「危険だったら? 赤紙とかいうもの習っただろ? それを真似てるとしか思えない」 「軍隊のゲームなんだから召集はそうするのが味なんじゃね? それに、危険だと思ったら俺を一人にしないでくれよ? じゃあ、また後でな!」  一方的に来いと言われたような言葉で、通話は終了。電話が繋がらないと思ったのか、トーマは『メール見た? どうする?』なんていうメッセージをチャットアプリ(チェイン)でくれていた。 『ハルが行く気になってるし、一人は寂しいってさ。十五分前にホームで待ち合わせだって』  ボクもまた素っ気無い文章で返すと、わかってくれたのか返事は無かった。このゲームの事は未だにネットでも話題にならないし、それが『特攻隊』を真似た召集をかけているのは不気味でならないのに、ハルには一切の不安も無いらしい。  部屋に戻ると、ルナはタブレットを指して、画面を見せた。ボクは五位らしい。 「まぁ、二十人中でこれなら……」  上位四人がほとんど票を集めたせいで、一票でも入れば同率で五位になっていると言う事を、画面をスライドさせた時に知ってしまった。 「良かったね、陽も一票入ってて。でもね……」  笑みを堪えた様な顔で画面を展開させていくと、嫌いな男子ランキングなんて出て来た。 「おめでとう、陽君十二票獲得で堂々の一位です!」  嬉しそうに渡されたタブレットの画面は確かにそう言っていた。人を見下してそうだとか、目が冷たい。愛想が無いとか。愛想が無いのはクールでカッコいいんじゃなかったのか? 「別にさ、クラスの女子にどう思われてたって気にしないよ」 「お前らごときブスにどう思われてようといいって事? さっすが一位は言う事が違うね!」 「そんな言い方してない……」  そのまま、話題はクラスの事だったりを中心に、ノアで遊んだりとのんびりと六時半まで過ごした。何か言うたびにからかわれて、今日はっきりと上下関係が出来上がってしまったような気がした。 「じゃあ、そろそろ帰るね。またね、ノア」  そう言うと、結局胡坐で座っていたルナの上から、ノアは名残惜しそうにノソノソと降りた。 「明日から学校かぁ……めんどくさ」 「また遅刻しないように。目付けられた方がめんどくさいし」  ボクの忠告にべぇっと舌を出し、 「そんなんだから一位になるんじゃん?」 「……これだけで嫌われるのか」 「せっかくの一票も無くなんないといいですね~」  多分、その一票はルナだろう。というか、他の女子と話していないから。話した事もないのに見事に嫌われているものだ。 「じゃ、また明日学校でね~」  パタンと玄関は閉められた。部屋に戻ると、まだ親も帰って来ていないから、一気に静寂が襲って来た。もう馴染んだと思っていたのに、部屋にいつもある黒いゲーム機が今はひどく異質な物に見える。  ついに、約束の時間も近付いて来たという事がそれらを増長させて不安を掻き立てて、その静けさは恐怖に変わって来て……気持ち悪い。  一人でいたくない。  玄関を飛び出して、鍵を掛けて、ボクは走っていた。のんびりと急ぐ様子もなく歩くルナは振り返った。 「なんか忘れ物あった?」 「いや……ボクも今から都内の方に用事があるから送るよ」 「今から? ヒマだしアタシも行こっかな~。どこ行くの?」  すたすたと歩き出すルナは、本当についてくる気満々だ。 「でもそれじゃルナの帰り遅くなるし」 「ん~? アタシは別に時間大丈夫だよ」  何があるかもわからないのに連れて行っていいものか。ゲームの最後に出た『NEXT STAGE』というのが多分今回の呼び出しだ。だとしたら……まさか『World Wars』の大会? 違う。いくらマイナーなゲームだとしてもそんな時間からやるわけがない。  でも、なんとしても今日は一緒に行ってはいけない予感がする。「あー……でも都内って言っても行くのは本屋だしさ」 「本屋なんかこっちの駅前にもあるじゃん」  もっともだ。ボクは馬鹿なのか。てっきり、じゃあいいやとか言ってくれるものだと思ったのに。仕方無い。絶対について来ない理由を言えば良い。 「この近辺じゃ駄目なんだよ。あの……エロ本買うからさ。近所の人に見られて親に言われるとうるさいし……」  さすがに、平然と歩いていたルナの足は止まって、ポカンと口を開けていた。 「陽もそういうの見るんだ……」 「そ、そりゃあ一応男子だし。嗜みの一つだよ」  紅茶は英国紳士の嗜み。みたいに言い切ると、男子高校生の性的好奇心もカッコ良く思える気がする……いや、無いな。女子からすれば卑下する理由の一つで、また票を集められそうだ。  止まっていたルナの足は再び動き出す。そのまま帰ると思ったのに、 「そういうの見たいならネットでみれば良いじゃん」 「……ネットってさ、結局は自分の好みの物しか探さないし見ないんだよね。それって視野を狭めてるって言うか。その点、雑誌を一つ買えば色んな趣味嗜好の人に向けたものが載ってるから、自分の知らなかった世界が知れるっていうか。それによって、新たな自分を知るきっかけにもなるんだ。だからネットで知識を検索するのも良いけど、もっと本を読むべきだ。ページを捲って現れる新たな世界を楽しむべきなんだよ」  全体の八割は電子書籍化された昨今、とても素晴らしい事を言っているだろう。客観的に見れば。でも、今指した本はエロ本だ。 「どーいうのが好きなのー?」 「え? えっと……あ~……女子高生もの」  いい加減話に食いつくのは終わるだろう。というか、今日ルナの最寄り駅まで一緒に行くだけで良いのに、もう関係さえも終わるような気がして来る。  引くどころか、ルナは口を尖らせ、次は何を言ってやろうかと考えているように見えた。 「じゃあさ、クラスの女子とかもそういう目で見てんの?」 「…………」  さすがに、それは肯定したらまずい事。でも、なんとかこの楽しそうに顔を覗き込んでくるルナを帰さなければいけない。  サヨウナラ、ボクノ楽シカッタ高校生活……。 「そうなんだよ! だから授業中もムラムラして大変なんだ。勿論席が隣のルナだってそうだ。だから胸元の制服のワッペンが違うのも知ってるし、太腿の内側にほくろがあるのも知ってる。み……見てるからね」  またルナの足は止まった。普通、胸元のワッペンは『盾』をベースに色々刺繍が施されているけど、ルナのは王冠になっている。  ビンタでも来るものかとだとばかり思って、ボクはバッグを持っていない左手の動きを視界の隅で注視した。 「他には?」 「え? 他って?」 「アタシの事。他になんか知ってる?」  ビンタどころか、何事も無かったようにまたルナは歩き出す。その後ろを歩きながら、 「そういうのって普通怒るんじゃないのか? あ、太腿は胡坐かくから見えただけで見ようと思って見たわけじゃないんだ」 「そう。ま、怒る人もいるかもね」 「……そうじゃないのか?」 「うん。むしろ嬉しい。話かけてくれたし。家にも呼んでくれたしさ。ありがとね」  振り返った彼女に一切の怒りは無く、言葉通り穏やかに笑っていた。よくわからない。こんな風に可愛らしく笑ったり、かと思えばボクを楽しそうに馬鹿にしたり。気分屋で全く読めない辺り、気まぐれな猫みたいだ。そして、鋭い。 「で、結局何しに行くの? 嘘でしょ? バレバレ」 「ルナを見てたいから。もっと一緒にいたいから。それだけ」 「だったら一緒に行けば良いじゃん」  それもそうだ……。本当にボクは馬鹿なのか。 「都内に美味いラーメン屋があるから行こうってハルに誘われててさ。激辛の店なんだって。トーマも一緒なんだ」 「えぇ~……辛いのはいいや。つーか、東クンたち来るならいい。いちいちうるさそうじゃん」  ゲームでのあの騒ぎ振りからすると、確かに二人でいるところをみたら煩いししつこそうだ。 「それより、話し掛けて欲しいなら友達つくればいいんじゃないのか?」 「誰も話し掛けて来ないし。SNSで見たけど、髪こんなんだから何アイツ? みたいな事も陰で言われてるし。昔からだからもう慣れたけど」 「だったら、自分から話し掛けるとか……」  ルナは静かに首を振った。 「アタシさ、ちっちゃい頃に近所の子に変な声って笑われてから人前で話せなくなって。ちょっと高いくらいで変じゃなかったのに。だからずっと学校では友達いなかった」 「でも小さい頃ならもう声も変わったし。今は変じゃないって言うか……むしろ可愛いけど……」  ちょっと褒めてみたのに、全くそれには反応せず、 「なんて言われても、もう話せないと思う。だからさ、学校の授業とかで歌った事無いし、今みたいに授業中も喋んないから『クチナシ』とかあだ名付けられてた。何て言われても気にしないけど」  人は他と違うものを受け入れにくい。だから髪の色の違うルナは排他的に扱われた。悪意無く言ったであろう声を馬鹿にした言葉のせいで、口を閉ざしたから尚の事。でも、所詮子供だ。 「クチナシって、花言葉は『優雅』とか、『とても幸せ』とか……『喜びを運ぶ』っていうのがあるんだ。その言葉通り、ボクはルナと出会えて嬉しい。うん、喜びを運んでくれたんだよ」  駅に着くと、仕事帰りの大人達と擦れ違う。ざわざわとした構内の音が耳にうるさい。 「それさ、良い事言ってるつもり? ねぇ?」  見知らぬ人の前でも、やっぱり声を聞かれるのは嫌みたいで、声が小さくなった。それを自分でもわかっているからか、耳元に口を寄せて話した。 「その顔で言うのか?」  嬉しそうに零れそうな笑顔で言う言葉じゃない。悔しそうに口を歪ませて、ルナは顔を伏せた。  ホームに行くとすぐに電車はやって来た。今から都内方面に向かう人はあまり多くは無く、座れないけどまだ快適な方だ。  二駅──学校の最寄り駅である船橋までやって来た。明日からまた毎朝見るようになる風景だ。更に二つ過ぎた辺りで、 「アタシ、ちゃんと喜べてた?」 「え? いつ?」 「これ」  スカートを指しながら、不安そうに訊ねた。その意図もわからないけど、 「うん……演技だったとか?」  冗談めかして言ったけど、そこに乗るわけではなく、至って真面目な顔が向けられた。 「アタシさ、今までほとんどプレゼントとかされたこと無いから、どう反応していいのかわかんなくて。喜んでるのが伝わったなら良かった」 「誕生日とかクリスマスとか、親から何か貰った事くらいはあるだろ?」 「お金だけ。親からはそれだけ」  どんな家なのだろう。ボクは──いや、一般的には誕生日くらいは祝ってもらえたはずだ。欲しい物を買って貰えたはずだ。でもルナにはそれが無かったという。 「厳しい家……とか?」  駅のアナウンスが、『本八幡』駅に着く事を告げた。電車が減速するとルナは、 「時間切れ。話はまた今度ね」  扉が開いて、離れてしまった。人が少ないのを良い事に、手を振り、スカートが嬉しいというように、お尻を振って見せる。 「嬉しいのはわかったから!」  扉が閉まった。ここからが戦いの始まりとでも言いたそうに、重く、ずしりと。今までと変わらないのに。  隣の車輌からやってきた、緩めのジャージにキャップを目深に被った男が、ボクの隣で足を止めた。脅すように低い声でボソッと。 「おい、電車でいちゃついてんじゃねぇ」 「……すいません。別にそういうわけじゃあ……普通に話せよ」  そいつはハルだった。西船橋から乗ってボクを見つけたけど、あまりにルナと近いから話し掛けられずに隣の車輌に逃げたらしい。 「それよりさ、ハルもSNS見てるか? 学校から配布されたタブレットに入ってるやつ」 「見てねーよ。あぁいうのって悪口ばっかだし」 「半分正解半分当たり。カッコいい男子ランキング二位だったよ、ハルは。ボクは嫌いな男子ランキング一位。二人揃ってワンツーフィニッシュだ」 「多分だけど、そういう嫌味くせーとこが嫌われんじゃねーか?」 「二位様は言う事に余裕があるな」 「……お前ってそういうの気にするんだな」 「別に……」  気にしているわけじゃない。ただ、ルナの事が気になっていた。たったあれだけの話だけど、愛情を持って育てられたという感じはない。声を馬鹿にされて髪色がちょっと違うだけで拒絶されて。そんな色んな怒りのぶつけどころがハルだったというだけで。  僕だって毎年の誕生日くらいは祝って貰えてい……る?  去年がどうだったか思い出せない。その前もだけど……。  今はそれどころじゃない。  有楽町で電車が止まると、トーマと山本は既に着いていた。  改札を抜けて中央口に行くと、きっとボクらと同じように呼ばれたであろうW・Wプレイヤーが集まっていた。年は多少の幅はあってもみんな同じくらいだった。それが、ざっと見て百人は集まっている。  集合時間になると、またメールが届いた。全員ほぼ同時にデバイスを見るという挙動が同じで、不気味でもあり……それは訓練された兵士のようでもあった。  『駅を背にして右。線路沿いに進め。左手にあるビル群の最後にある廃ビルの前でカードを提示せよ』  全員が同じ方に向かって歩き出す。何が起きるのかもわからないままに。 「イズは何が起きると思う?」  トーマが声を潜めながら訊いてくる。情報収集しようと、他のプレイヤーが耳を立てているのがわかる。それはゲーム内で習得した癖とも言える。 「上位プレイヤーを集めて大会……とか思ったけど、こんな時間にはやらないだろうし」 「そんなの通信で出来んだろ」 「実際に集まってやるから盛り上がるのかもしれないし……違うだろうけど」  ゾロゾロと歩いていた集団は、足が止まり一つの塊になった。廃ビルというよりは、中は見えないけど、看板の跡を見る限り元パチンコ屋みたいだ。とっくに営業もしていなくて、放置されたような建物の入り口で、一人のプレイヤーがカードを提示してみせると、自動ドアが開いた。真っ暗な店内にはもうパチンコの筐体も無くなっていて、がらんとした一つのホールだった。  全員が入り終えた時、自動ドアは閉じた。そして── 「お、おい!! なんだこれ!? 床が!!」  誰かが叫んだのを皮切りに、動揺が感染して行く。  床が沈んでいる。ホール自体が巨大なエレベーターだった。地下何階とかじゃなく、もっともっと何メートルも深く沈んでいく。  時間にして一分くらい。速度がわからないから降下時間を知った所で今は地下何メートルにいるのかも判別できない。  デバイスの電波は圏外になっているから、やっぱり通常立ち入る事のない深さだろう。  ホールが停止すると、さっきの自動ドアが開いた。もう、誰も足を踏み出せる人はいなかった。帰りようもないなら、進むしかないのに。どんな事が待っていようと。そう思って歩き出そうとした隣で、やっぱりハルは一歩先に出た。そして、ボクが、トーマが。山本も後に続いた。  ドアの先は薄暗い廊下で、膝くらいの所に非常灯が点在していてその対面にはドアが等間隔で並んでいる。多分、廊下が五十メートルはあって……見た事はあった。 「なぁイズ、これってあれだよな?」 「うん──」 「W・Wと同じだ!!」  もう悲鳴みたいに叫ぶ声が聞こえた。とすると、このドア達は自室と言う事か。ゲームではドアは自分の部屋の一つしか無かった。部屋を出て右に行けばロビー、左に行くとゲームではただの行き止まりだった。実際には地上と繋がるエレベーターということか。  廊下を進むと、他のプレイヤー達もゾロゾロと後ろを無言で歩いて来た。廊下の突き当たりのドアを開けると、そこは完全にゲームの中を模したものだった。  カウンターには美零さんらしき人もいて、ゲーム内よりもさらに妖しげな、そこにいるだけで誘惑するような空気もあった。  ハルはその姿に目をまん丸に見開いていた。あれだけべったりだった人(を模した人)が現実にいるのだからまんまと惹き寄せられる。 「俺わかったぜ。ここの事」 「……夢の国とか言うなよ?」 「近いな。ここはアトラクションだ。よくあんじゃん? ゲームとか漫画を再現しましたみたいなアトラクション。それだって! なによりもあの美零さんのコスプレのお姉さんマジですげーよ!!」  大興奮の声に、そのお姉さんはゲーム内よりも更に魅力的な笑みで手招きをする。効果は抜群で、ハルはいつもの特攻の如き速さで駆け出した。 「アトラクションにしては凝ってるよね」  トーマはほとほと感心させられたように、高い天井を見上げながら言った。噴水も、自販機の商品も同じ。それに勿論、出撃ゲートも全く同じで、実物の重々しさは比にならなかった。  全員がロビーに入った時、廊下へのドアは閉められて、美零さんの声がホールに響いた。凛とした声は張りが合ってよく通る。 「まずは全員こっちに並んで」  何が始まるのかわからないながらに、ボクらはそれに従って噴水の前に並んだ。もっとも、ハル以外にも美零さんに惹き付けられた人もいて、彼らは我先にと最前列に駆けた。 「召集に応じてくれて感謝するわ。早速だけど、登録手続きをするからここで持って来たカードを見せて。終わった人はこれから開く出撃ゲートで着替えて。男子だけだし周りは気にしなくて良いわ。私達職員側にもゲイもいないみたいだし……ね」  視線の先には、小柄で顔立ちのいい、女と一瞬見間違うようなプレイヤーがいた。集まった視線に気恥ずかしそうに彼は会釈した。 「ゲイだったらあっちの方が良いんじゃないっすか?」  誰かが声を張って指したのは、坊主頭の筋肉質のプレイヤー。強そうだ。ゲームじゃなくリアルに。  微笑を返す美零さんは、カードリーダーの繋がれたタブレットを持って、整列しているボクらの前を歩き、各々のカードを読み込んでいく。何か少し雑談もしているみたいだ。その間、わざとらしいくらいに開いたスーツの胸元に大半の視線が行く。最前列のハルは手続きが終わっても名残惜しそうに、まだゲートの先には行かなかった。ボクらを待ってくれているのだろうと思いたい。  順番が来て、ボクの前に美零さんが立った。ルナよりも断然背が高くて、目線は同じくらいだ。  ただの小さな豆電球みたいなぼんやりとした明るさでも、周りの見えない闇の中なら何よりも輝く。彼女の笑みはこの何が起こるかわからない状況ではまさにそんな笑みだ。吸い込まれそうで、逃げるように視線を落とせばみんなが自ら見た胸元。なるほど、偶然そこに視線が向いてしまったわけだ。  だからこそ、ボクは視線を外さずにカードを渡した。ゲームでは見えなかったけど、左目にはそういうコンタクトレンズなのか、マリーゴールド色の燃えるような蝶の模様があった。瞳孔から蝶の羽根が生えているようにも見える。さすがに、ゲームのグラフィックはここまで再現出来なかったらしい。 「日出陽……戦績優秀みたいね」 「お陰さまで」  にこっと微笑まれても、ボクは視線を外さない。 「緊張しているの?」 「いえ」 「じゃあ……お姉さんは嫌い?」 「……好みではないです」  強いて言えば、私に落とせない男はいないとでも言いたそうな態度が気に入らなかった。彼女はそれを見透かしたように笑うと、 「負けず嫌いは良い事よ。期待してるわ」 「はい……ありがとございます」  ボクの手続きは終わってカードは返された。トーマと山本の手続きも終えて、ゲートを抜けると、ゲーム内では地下にあるはずの武器庫で、お馴染みの武器庫のおじさんのコスプレ(ハル曰く)がボクらにコンテナを一つ滑らせて寄越した。中身はゲームの中そのままで、プロテクターを含む深い紺色の武装服やヘッドギア。銃まで入っていた。  ラグビーのプロテクターみたいな肩と胸部を守るアーマーと、腰部を守るのは軽量化された金属みたいな物で、それらは背骨を守る為のプレートが連結された物で繋がれている。  更に、腰部からは直径二センチくらいのケーブルの三本が伸びていて、それを膝のプロテクターに繋ぐ。それから垂れたケーブルをブーツに繋ぐ。  肩口からも同様に伸びた三本のケーブルを、肘のプロテクターに。そしてグローブに繋ぐ。そして、最後に背中にある太いコネクターをヘッドギアに接続。  コンテナに入っていた説明書には、親切にそう書いてあった。  黙々と何も言わずにみんな着替えていた。ハルもついに口を閉ざしてしまっていて、武器庫の空気は重い。 「ハルは美零さんになんて言われた?」 「……実際に見るとカッコ良いってよ。お姉さん惚れるかもって」  言葉のわりに、トーンは重い。この空気の中だから仕方無いと思っていると、泣きそうな顔が向いた。 「俺、ここに来て良かった。ついてきてくれてありがとな! 一人だったら絶対駅で引き返してたし!! 付き合ったらさ、ち……チュウとかもして良いんだよな? な?」  良かった、いつものハルだった。呆れたボクはトーマと顔を見合わせて苦笑いするだけだった。 「チュウどころか、あの胸だって揉ませてもらえるんじゃないか」 「おま……なんでそんな事軽々しく言えるんだよ!? あれか、須山と……揉んだのか!? そういう関係か!?」 「落ち着けクラス二位。そんなわけないだろ」  まず、見た感じそこまでの膨らみも無かった。 「でもいずれはそうなるんじゃないの?」  トーマもそういう話題に乗っかって来るとは思わなかった。「どうだろ」と一言だけでぼかして、ヘッドギアを着けた。無線も付いているはずだけど、ゲームみたいに『画面の右側』も無いし、左下の自分の俯瞰図も無い。縦約十五センチ・横約二十センチのスモーク掛かったアイシールドから見える、やや狭まった視界だけが世界だった。  ヘッドギアを着けたトーマがボクの肩を叩き、右のこめかみを指した。その指を上下させているから、同じようにやってみると、ヘッドギアから照射された緑の立体映像がいくつかの項目を宙に展開した。これがゲームで言う『画面の右側』らしい。『Radio』をタッチすると、同じように無線が起動した。  他には、武器を示す『Weapon』。ボクのレーダーである『Rader』も同じ。それと、『Sync』という見た事の無い項目があった。 Voice<<仁科冬真::これなんだろ? Voice>> 仁科冬真:さぁ……シンクロっていうことだろうけど。何と同期するのかはわからないや  武器庫のおじさんはヘッドギアを外すように言って回って、プレイヤー達を待機させた。本格的なアトラクションに、緊張の色が浸透して行くと、全員が着替え終えたところで、ややあってあの声が響いた。 「総員整列!!」  条件反射で、ボクらは即座に四列の隊列を作った。今は丁度四人のチームだから上手く一列にまとまっている。  武器庫の階段の上から見下ろしているのは、柳隊長(のコスプレだろうか?)だ。まるで、獲物を前にした狼が獰猛な唸りをあげているような声は、ゲーム内よりも遥かに存在感があった。 「ご苦労。今からお前らには戦争に行って貰う。つっても、戦場はそこのゲートの先だがな」  ゲームと同じ作りの、出陣ゲートを柳隊長は指した。ゲームでは地下にあったフロアと作りは同じだ。 「死なねぇことが一番だが、死んでも後の処理は任せろ。上手くやる。以上」  何の説明にもなっていない話に、プレイヤーの一人が挙手した。柳隊長はそれを顎で指す。 「戦争って言っても何すれば良いんですか?」 「その手に持ってる銃でぶっ殺せ。弾が切れたら敵の銃を奪って殺せ」  確かに、ゲーム内でもやることはその一つだ。買い物なんていう用途も見つけ出してしまったわけだけど。そのことを、他にどれだけのプレイヤーが知っているのだろうか。 「一つ付け加えると、戦場に出たらまずヘッドギアの右側面をスワイプしろ。『Sync』をタップすればお前らが散々やって来た事が役に立つ」  挙手したプレイヤーが、「どういうことですか!?」と勝手に発言した。それは許されたみたいだ。 「お前らはゲームでキャラクターをどう動かした? 頭でイメージしただろう。その機能はゲームと同じように脳とスーツを同期することが出来る。我々はそいつを『夢 想(イメージング)兵器(アーマー)』と名付けた。ここに集ったのはそれを使いこなす事が出来る精鋭だ!! お前達の健闘を祈る」  そんな無責任な言葉を最後に、一方的に話は打ち切られて、ドアの奥に引っ込んでいってしまった。気にもしなかったけど、ゲーム内にも同じドアがあった気がする。  ゲートが開いて、ボクらを歓迎してくれたのはどこの街でも山でも川でもなく、殺風景で無愛想な岩場だった。  赤土を固めて作ったような茶色い岩は、人工的に造られたことを示すように、不揃いで自然に見せた十メートルくらいの円柱が等間隔に並んでいた。 Voice<<東春海:やっぱアトラクションじゃねぇか。よし、イズ。敵はどこだ?  無線を起動したヘッドギアから、ハルの声が聞こえて来る。レーダーも起動してみると、ポツンと一つだけ近くに赤い点があった。 Voice>> All:多分、百メートルぐらい先……一番手前の右の柱に敵の反応はあるけど……  アイシールドに映るレーダーは実際だと結構邪魔だ。航空写真も同時に展開するようなレーダーなんか視界を遮られるはずだ。  敵の反応のあった場所にハルは意気揚々と駆け出した。 Voice<<東春海:一番乗りは戴くぜ! Voice>> All:ボクも行く!  同期したせいか、頭で思うよりも先にスーツの方が動いている気がする。人間の脳は『意識』してから『判断』までコンマ五秒のロスがあるらしいけど、このスーツはそれを埋めてしまうのだろう。    スーツに操られているような気がしてならない。だったら、より早く意識すれば良い。こいつが次のボクの意識を読むよりも早く。   その結果、ボクはハルを追い抜き、敵を見つけた。深緑色の同じ装備の兵士は慌てて銃を構える。 Voice>> All:お先!  よく出来たロボットだけど、銃で撃ってぶっ殺せと言ったのは隊長だ。ボクはすっかり得意技になった、アイシールドに銃身を突っ込むというイメージをした。 Voice<< ENEMY:ノー……ノォォオオー!! ヘェルプ!!  割れたアイシールドの中から叫んでいるのが聞こえた。この遮音性の高いヘッドギアをしているのに聞こえるのだから相当に煩い。或いは、『Sync』すれば集音性があるのかもしれない。  躊躇無く、ボクはトリガーを引くと、そいつは身体をビクビクと痙攣させ、振動させて倒れた。 Voice<<東春海:速ぇよ! やっぱスゲーな、イズ……は…………  追いついたハルとトーマが一歩退いた。山本も、「ヒィッ」なんていう裏返った声をあげた。 Voice<<仁科冬真:それって……血……だよね? Voice>> All:え? 血?  トーマが指したボクの銃を見ると、真っ赤なものが滴っていた。その直後、停止した思考を読み取りやがったスーツは直立になって動かなくなった。たった二センチで三本しかないケーブル達が、完全に棒になってしまって動かない。 Voice>> All:なんだよ!? これはアトラクションじゃないのか!? なぁハル、ボクは人を殺す気なんてなかった!! ロボットだと思ったから撃ったんだよ!! Voice<<東春海:落ち着けって! スーツが固まってんぞ! Voice>> All:わかってるよ!! さすが二位だな。余裕あるよなぁ!!  ボクは思いっ切り腹を殴られた。ヘッドギアが壊れないようにしてくれたのはハルの配慮というか、優しさだろう。 Voice<<東春海:落ち着けよ。クラス二位とかどうでもいいつーの……実際彼女いんのお前だし。それとも、そんなにモテたいのか?  今までに無いくらいハルは冷静だった。トーマは、ゲームの初めての実戦みたいに敵のヘッドギアを引き剥がした。中身はグチャグチャな顔をしたブロンドヘアーの男だ。 Voice>> All:よく死体を触れるな、トーマ Voice<<仁科冬真:なんかあれだけリアルなゲームやってたから麻痺してるのかも。これもゲームなんじゃないかと思えるよ Voice<<東春海:でも現実だぜ。戦争って言ってたよな? 敵はまだいんだろ?  レーダーを見ると、今の仲間の反応が消えたせいか、大挙して迫ってくる。 Voice>> All:数え切れないくらい来る。まだ距離はあるけど  ボクは指を動かし、腕を動かし、意識をはっきりとさせて立ち上がった。まだ腹は痛い。まさか最初のダメージが仲間からだとは思っても見なかった。 Voice>> All:ごめん、冷静になれた。二位でも別にモテてるわけじゃないし、どうでもいいな Voice<<東春海:……もう一回殴って良いか?  ようやく、ボクは笑うことが出来た。敵だって本気で撃ってくるだろう。レーダー上の仲間達を見る限り、まだのろのろと動いていて、同期機能が邪魔なように思える。いきなりこんな所で戦争をしろというのも、冷静にイメージして動けというのも無理な話だ。 Voice>> All:ボクらが最前線で戦おう。山本は戻ってレーダーを持ってる人をリーダーにしてチームを編成させてくれ。それと、戦わない人は同期を切った方が良い。多少動きにくくなるけど固まるよりはマシだから。身を持って知った  斥候一人だから良かったけど、ここが敵陣の中ならボクはもう死んでいただろう。山本は走り出そうかどうしようかという体勢で固まっていた。 Voice<<山本太一:オレが言っても聞かないよ。イズ君が言うべきだって  こいつはこの期に及んでまだ何もしないつもりか。 Voice>> All:だったら代わりに最前線で戦うか!? 指示が通るまで防衛線を張れるか? どっちが良いのか選べよ!!  ただ怯えるだけの山本の肩を、ハルはそっと叩く。 Voice<<東春海:頼む、タイチ。俺らが食い止めればなんとか時間は稼げるんだ。誰か一人に言えばどうせ指示は伝達される。命懸かってんだ。お前もこうなりたくねぇだろ?  ボクが作った死体を指して言うと、説得力は充分だったみたいでなんとか走り出した。 Voice<<東春海:イズは愛情がねぇよな  まさか同じ事をまた言われるとは思わなかったな。 Voice>> All:それって、友達じゃないってことか? Voice<<東春海:まぁ……友達じゃねぇな  アイシールドの奥に見える目が細まった。 Voice<<東春海:こうなった以上は戦友じゃねぇか?  差し出された拳にボクは硬く握った拳を当てた。トーマとも同じように。三人で、拳を当てて円陣を組むような形になった。 Voice<<仁科冬真:あ、でもイズって須山さんには愛情たっぷりだよね Voice<<東春海:女にだけ優しいとかサイテーだな、お前 Voice>> All:そういうわけじゃない! トーマまで何言ってんだよ Voice<<仁科冬真:ご飯食べながらとか結構見てない? たまに授業中とかも振り返ると見てるし Voice>> All:……たまたまルナを見てる時ばっかりトーマが見てるんだろ Voice<<東春海:ぅ~わ……ルナとか言いやがって……  そんな男子高校生の休憩時間を終わらせるように、銃声(チャイム)は聞こえてきた。作戦はいつも通り。といっても、これだけの数がいるのだからレーダーで見る必要も無い。  ボクらは群がる軍勢にたった三人で挑んだ。その最中に、 Voice<<山本太一:イズ君! 十三個チーム出来たけど、本当に死ぬとか信じてないよ! Voice>> All:だったらさっきの死体を見るように言え Voice<<山本太一:それでさ、オレはどうすれば良い? Voice>> All:は? Voice<<山本太一:どこかのチームに入ればいい? それとも……  言いたいことはわかった。愛情が無い……か。煮えくり返るハラワタに氷水でもぶっかけて冷やした気分で一息吐いた。 Voice>> All:今まで一緒にやってきたんだし山本……タイチもボクらの戦友だろ? こっちに来いよ  ボクはそうした方が良いと判断した。  嬉しそうな返事が来て、通信が切れた。 Voice<<東春海:やるじゃん Voice>> All:ボクにだって人並みに愛情はある Voice<<仁科冬真:イズは言い方が良くないだけで一生懸命なのは伝わってるから大丈夫。ハルと同じだよ  似て非なる者という方が正しい気がする。  敵の一群は一塊になってボクらに襲い掛かろうとしている。岩の柱に隠れて進みながら、三人で自然と隊列を変えた。  一列になるよりも、こっちも背中を預けあって三角形を作って死角を無くした方が良い。自軍はというと、ぞろぞろとボクが作りあげた死体の方に向かっている。次には弾けたように散開して元の方に戻る人も少なくない。 Voice>> All:そろそろ敵とぶつかるはずだ……殺す覚悟は出来てるのか? これはゲームじゃない。ログインなんかしていない。この何食わぬ顔で平然と成り立っていた平和なんていうものは、もう無くなってしまった。ボクは人を殺したし、これから何人、何十人と殺すだろう。 Voice<<東春海:殺す覚悟じゃねぇ。生き残る為の覚悟は出来てる!!  殺す事が生き残るという事なら、それも間違いではない。ここに来てハルの頭は冴え渡っているように見える。  ボクらもまた、小さな塊となって敵を迎え撃った。それぞれが自分の武器を知り、どこの敵を撃てば良いかを『意識』して『判断』して、撃ちまくった……殺しまくった。それは即ち、自分達が生き残る為の唯一の手段でしかなかった。こんな風に片付けたくはないけれど、『仕方なかった』と自分に言い聞かせてボクらはトリガーを引いた……引き続けた。  レーダーを見ると、自軍の幾つかが固まりとなり、戦線に上がって来てくれている。覚悟が決まったのだろう。  目の前に転がった死体のようになるか、自分が名も知らない相手をそうするか。両軍合わせて二百くらいの人がいながら、ボクらにはその二つしか選択肢は与えられなくて、もっと言えば、やることは銃を相手に向けてトリガーを引くという、たった一つの事だけだ。  これだけの人がいて、それしかやることはも出来る事も無かった。   人が集まればなんでも出来るなんていう所謂『マンパワー』を押し出したCMが一時期流れていたけど、敵を見つけて追いかけて殺しあう事しかボクらには出来なかった。  刃物を刺せば手には、肉に減り込む感触があるだろう。  鈍器で殴れば手には、その衝撃があるだろう。  でも今ボクらがやっているのは銃撃戦で、たった一本の指を動かすだけで人の命は終わる。ゲームで散々やったその動作に、すっかり麻痺してしまったらしく、何の抵抗も無いのはお互い様かもしれない。或いは、人間は自分の命を守る為なら、その脅威を拭い去る為に人だって殺せるのかもしれない。  人差し指一本を動かしただけで人が倒れていく景色に、もう何の思考も無かった。身体はアーマーが勝手に動いてくれる。ボクの本能が戦う事を選択して、勝手に動きを考えてくれているみたいだ。  レーダーはいつの間にか青と赤が混ざり合っていて、ステレオグラムみたいに目を凝らしたら何か浮かび上がってきそうだった。 Voice<<柳雄大:全隊員に告ぐ。休戦だ。撃ち方止めぃ!!  突如として入ってきた柳隊長からの通信に、ハッと意識に現実が戻った。敵が撤退して行く。レーダーから、綺麗に赤い点が敵地の方に流れて行った。  汗をかいた頭を冷やす為に、皆が往々にヘッドギアを外した。 「俺ら、生き残れたのか?」 「生きてるよ……ボクらはまだ生きている」  戦線に立った仲間の死を、岐路の中でボクらは見た。迎えに来たいつもとは違うおじさんが、興奮と虚無感に満たされた兵士たちをジープに乗せた。  戦線に上がらずに、ただ生きることを、ここから逃げる事を選んだ、兵士の服を着ただけのプレイヤーは武器庫で既に着替え終えて待っていた。いくつかの死のお陰で生きていたのに、さっさと帰してくれと言いたそうに気だるそうな空気が満ちていた。 「お前ら馬鹿だろ? わざわざ上がる必要無かったし」  疲弊しきった兵を労うでもなく、斑に髪の染まったヤツがガムをクチャクチャ噛みながらそんな頭の悪い事を言う。   誰も言い返す気力は無かったからボクが言ってやった。 「結果論だ。全員がゲート前に留まったら敵は攻めて来ていた。そしたら死んでいたのはお前だったかもな」  振りかぶられた拳がボクに向かってくる。そいつをかわして、ふところに潜り込む。既にこの人を殺しまくった右手の拳は握られていた。このどうにもわからない感情をぶつけてやろうとしたのに、それは簡単に掴まれた。岩みたいにゴツゴツした硬い手は隊長の物だった。 「日出。その体力は次に温存しておけ」  柳隊長が睨むと、その馬鹿達は萎縮した。  着替え終えて整列すると、やっぱりさっきよりも列は減ってしまっていた。死者は二十七人もいたらしいけど、これだけで済んだのは戦線で命を懸けた者がいたからだと、柳隊長は本物の『兵士』を労った。 「次の召集はまたメールが届くだろう。その時まで平和を享受しておけ」  話が終わりになってしまいそうだったから、ボクは挙手した。 「何故ここでこんな戦争が起きてるんですか? ニュースにもなってない。世界は平和そのものなのに!」 「簡単だ。世界には問題が山積みになっている。しかし、表向きだけでも平和に社会を動かさなければ世界経済は止まる。日本を始めとする先進国が、戦争で街を崩壊させて経済を止めてしまえば世界的な損失だ。復興だって何年も掛かる。だったらこうやってこじんまりとやりあおうじゃねぇかってのが世界の選択だ。因みに、日本だけじゃねぇ。こういった地下施設が今はどこにでもある」 「大人が……自衛隊が戦うんじゃないんですか!」 「大人は世界を動かす。まともな大人に限りだがな。それを損失させるのはこの地下戦争の意味が無い」 「それって……子供なら死んでも良いという事ですか」  子供達(ボクら)の命の捉えられ方に、隊列はどよめいた。当たり前だ。でも、誰も上手い事反論出来る人はいなかった。 「一つ言っておくが、お前らは横領罪……犯罪者じゃねぇのか?」 「横領? ボクらは届いたゲームをしただけだ!」  同意する声が増えれば増えるほど……気付いてしまった。逃げ道はそこにあったのだと。ボクらは罠にまんまと嵌ってしまった。その事も、今の発言も含めて、罠だった。柳隊長の見せた笑みは、まるで詐欺師だった。 「見知らぬ物が届いてお前らは手を付けた。今回はゲーム機だったが、これが食いモンであってみろ。身に覚えのない物が届いたけど食ってみたら美味かった。だからいつまでも食い続ける。誰のものを? それは自分ではない他人の物だろう!」  確かに、ボクらは貪り続けた。こんな事がなければこれからもずっと同じだっただろう。それに、 「ちなみに言うと、買った物が現実に届くなんて機能を良い事に遊びまくってるやつがいるが、それは国の税金だ。たっぷり働いて返して貰うぜ。なぁ、高梨に小森。お前ら随分と羽振りが良いみたいだからなぁ」  さっきの斑髪の奴らだ。ボクらよりも盛大に買い物をして楽しんだのだろう。反論の無いプレイヤー達を一瞥して、柳隊長は更に絶望を、現実を叩きつけた。 「戦争を終わらせるのはいつの時代も上の連中だ。お前らがこの戦争を終わらせたいと思うなら……全員ぶっ殺せ。お前らが自力で戦争を終わらせるにはそれしか無い。もう一つ付け加えると、この戦争は当然口外禁止だ。言えば命は無いと思え」  それだけ言うと、またドアの向こうに引っ込んだ。 「よし、今日のところは解散だ。みんなお疲れ様!」  武器庫のおじさん達が、わざとらしいぐらいの明るさで言ってくれたけど、誰も動けなかった。泣く人もいた。怒りも、隊長への恨み節も、ありとあらゆる負の感情だけが渦巻いていた。 「ハル、トーマ、タイチも。帰ろう」 「僕達、どうすれば良かったのかな?」  思考停止しているのか、トーマはそんな簡単な事ももうわからないみたいだった。 「見に覚え有りませんて送り返すか、警察に届けるべきだった。後悔してももう遅いんだ。この道が正解だったって言えるように生きるしかない」  来た道を戻って地上に出ると、土砂降りだった。  生き残ったボクらは生気の無いゾンビの群れみたいで、勝ったのかどうかもわからなくなった。  あまりに雨が強いから、ボクは手を擦り合わせていた。 「イズ、なにしてんだ?」 「血が付いてる気がしてさ……」  最初のグチャグチャになった顔の兵士が頭から離れない。ボクの手を掴んで、ハルは笑った。 「馬っ鹿だなぁ。血なんか付いてねぇよ」  その手は、震えていた。寒かったのかもしれないし、本当はハルも自分がやった事に恐怖を感じていたのかもしれない。頷きながらボクを見ているトーマもそうだ。  死を覚悟した特攻隊は、その死の間際に母親の名前を叫ぶとか言う話を聞いた事があった。  でもボクは何故だか、無性にルナに会いたくなった。あのクルクル忙しなく変わる顔。ボクを馬鹿にして笑う顔。素直に見せる顔。 初めて話したのもこんな雨だったなぁと、あの捨て猫みたいなずぶ濡れの彼女を思い出した。  雨は、いつまでもこびりついて消えないような血を洗い流してくれるような気がした。  雨は、いつまでも激しく降り続いて、痛くて、優しい。  ruby>3B(ボクら)[1]
   朝の五時半──気が付いたら……というのが一番正しいだろう。目が覚めたら自宅のベッドの上で、最悪なほど全身濡れたままで倒れこんでいた。どうやって帰ったのかは覚えていないけど、せめて着替えるか脱ぐくらいはして欲しいものだ。布団も濡れている。  ゆっくり立ち上がって、既に台所で朝食を作っている母さんの元に行くと、ひどく驚いた顔で迎えられた。 「どうしたのその恰好! なんで着替えなかったの!?」 「……昨日、ボクは何時くらいに帰って来たの?」  夜十一時近かったらしく、せっかく夕飯を用意して待っていたのに、「いらない」と言って自室に篭ったそうだ。  シャワーを浴びるように言われて、風呂場に向かった。人間、便利なもので一晩も寝れば多少の記憶は薄れるみたいだ。それとも、帰りの馬鹿みたいに降った雨が洗い流してくれたのかもしれない。    昨晩は銃を撃ち合ったのだと思い出しても、唐突に放り投げられたそんな世界はあまりに非日常的で、記憶を捏造しているようにさえ思えた。  制服に着替えて台所に戻ると、毎朝恒例のニュース番組がテレビで流れていた。一切、戦争のニュースなんて無い。  ほらみろ、あれは夢だったんだよ。ボクはなんだか可笑しくなって来た。 「母さん、世界って平和だと思う?」 「いきなり何言ってるの? まぁ、こうやって毎日ご飯食べられるし、日本は平和なんじゃない?」 「だよね」  肯定して欲しかっただけかもしれない。でも、母さんがパンに果肉入りのイチゴジャムをベッタリ塗ろうとしたところで、少しだけ気分が悪くなった。 「ボクはジャムいらない……」 「マーガリンだけ? せっかく美味しいの買って来たのに。ほら、こんなに実が入ってるの」  こんもりと、撃ち抜かれて噴き出した臓器が乗ったみたいに見える。 「あんまり食欲無いから……」 「濡れたまま寝るから風邪でも引いたんじゃない?」 「それは大丈夫……だと思う。あと、昼の弁当もいらない」  口にパンを詰め込んで、牛乳で流し込む。逃げるように台所から退室して、仕度を済ませて学校に向かった。  一時間も早く着いてしまいそうで、途中のコンビニに寄った。一つばかり、いたずらを思いついたのだ。 「このパン、今出てる分だけですか?」  いつもルナが食べているパンが三つほどあって、それを買い占めてやろうとレジに持って行った。 「そうです。申し訳ありません。搬入が九時になるのでちょっと学生さんには間に合わないかと……」 「いえ、大丈夫です」  むしろ、それで良い。無かったら違うパンを食べるのだろうか。これは彼女のちょっとした生態調査みたいなものだ。 ハルも、トーマも別段普段通りだった。戦争なんか無かったみたいに。ただ、変化は昼休みにあった。山本は食堂だからわからないけど、普段弁当持参のトーマもパンだったし、二段弁当のハルもおにぎり一つだけだった。やっぱり、三人共食欲なんて無かった。 隣で板チョコだけのルナも同じなんだろうか。何食わぬ顔でボクは訊いてみる。 「食欲無いの?」    いきなり話しかけられて、凄い勢いで振り返った。ツインテールは武器なのかと思うくらい。ハルとトーマの方を見て、首を横に振った。ゲーム内では話せても、直接声を聞かれるのは嫌みたいだ。  ボクは耳を傾ける。 「売り切れてたから」 「そうなんだ……じゃあ、これあげるよ」  三つあるパンの一つをさりげなく渡すと、驚いていた。 「ありがと」 「いいよ、まだ二つあるから」  一つを頬張ると、口の中に甘さが広がった。キャラメルクリーム味は伊達じゃない。横目でルナを見れば、普段買わないくせに三つもあるパンの合点がいったみたいで、明らかに睨みつけていた。 「買い占めたの?」 「食べてみたくなってさ。でも結局ルナも食べられたんだしこれで良いだろ」  聞き間違いじゃなければ舌打ちの音が聞こえたけど、ハルがグイっと腕を掴んだ。 「そんなヒソヒソなに話してんだ? 電車もそうだけどお前ら話す時近くね?」 「偶然だよ。たまたまそう見えただけ」  二つ目のパンを食べようとした時、隣からコーラの差し入れがあった。 「あげる。パンだけだと食べにくいだろうから」  どうせ振ってあるんだろう。バレバレだ。 「ハル、コーラいる?」  おにぎりなのに、ハルは喜んで貰ってくれた。勢い良く開けた途端にやっぱり中身が噴出したまではいいけど、ボクの机の周りであることに変わりはなかった。隣ではざまあ見ろといわんばかりに口元を押さえて笑っていた。 「嫌がらせかよ! 手ぇペタペタするし…………食らえ!」  コーラの滴る両手を広げて、ボクのブレザーで拭おうとハルは迫る。逃げようと思って立ち上がると、椅子が勢い良くルナの方に倒れてぶつかった。喋らない代わりに顔が物を言うのはわかりやすくもあり……恐くもあった。 「あ……ごめん。ハルがさ……」  何度か息を吸い、吐き、怒りを納めようとしているのか。無言の間が続いたと思うと……、 「陽クン、昨日言ってた女子高生モノのエロ本は好みもの見付かったー?」  教室には半数の男子が食堂に行っていていない。その代わり、女子が多く残っていた。聞き慣れない声にざわつきながら、その内容に教室が凍りついた。ルナは頑張って声を張ったのだ。その努力をみんな認めるべきだ。もっと聞いてあげるべきだ。内容が内容だけにボクはそんな賛辞も送れないけれど。 「なに言って……」 「授業中もクラスメイトにムラムラして大変なんだよー。とか言ってたじゃーん?」  周りの席の女子がわかり易いくらいに席を離した。突き刺さる視線が冷たい。寒い。痛い。 「冗談て言っただろ! ハル達もなにか言ってくれよ! 昨日一緒にいたよな?」 「俺らエロ本探しになんか行ってねぇよな? 昨日は……あ! そうだ、ゲーセンいたしな」 「うん。僕とハルは……ね」  クラス二位様が言ったらそれは限りなく真実になってしまう。とんだ裏切り者だ。戦友とはなんだったのか。二人は揃って「ご愁傷様」と、ボクの高校生生活の終了に手を合わせた。  五時限目は体育でサッカーだった。男女別だから本人がいないのを良い事にこの間に、女子の間で話は広まるだろう。隣のA組と体育は合同だからそっちまで……。そして勿論A組の男子まで。情報は感染して行く。 「元気出せよ! ていうか、なんでそんな嘘ついたんだよ」 「都内に行くって言ったら暇だし一緒に行くとか言い出したから。絶対付いてこないだろうと思って言ったのに……結局ばれたから嘘って言ったのに……」  いっそ、あのまま地下で死んでおいた方が良かったんじゃないかとさえ思う。  ダラダラと始まったサッカーは、元サッカー部のハルが大張り切りだった。敵の陣地に切り込む姿は、アーマーこそ無いけど昨日と同じく、兵士の面影があった。 「イズ! 撃て!!」  ハルの掛け声と共に転がって来たパスに、ボクは思わず手ぶらの右腕を上げた。銃を握っている形が反射的に出来ていた。 「おま……そっちの撃つじゃねぇよ!!」  爆笑される中、足元に転がったボールをとりあえず蹴ろうとした時、そいつはヘッドギアを着けた頭部に見えた。昨日殺した一人の首に、マシンガンの集中掃射を受けて頭部が転がった奴がいた。  息が止まってボールが蹴れなかった。吐き気が込み上げる。そのうちに、敵チームの一人が上手いことボールを掻っ攫って行った。「なぁ、大丈夫か? やっぱ昨日のが効いてんだな」 「……ボクが最初の奴を殺さなかったら戦闘は起きなかったかもしれない。それに、何人殺したんだろう……」  心配した敵チームのトーマもやってきた。 「開戦してるから呼ばれたんだよ。イズが殺さなくても誰かがやってた。七十数人が助かったのだってイズや僕達が頑張ったからじゃないか。殺したことばっかり考えないで、味方を生かした事を考えようよ」 「クソみたいな奴も生き残ってたけどな……でもあんな奴らはいつか死ぬ。ていうか死んでくれねぇかな」  トーマの言う通りかもしれない。良い面を見ないとやってられない。どの道戦いは始まっていたのだ。 「ありがとう。でも、ちょっと保健室で休んでくる」  気分が悪い事を先生に伝えて、グラウンドを後にした。どうして二人は平気でいられるのだろうかと思ったけど、同じように食欲も無かったみたいだし、無理をしているのかもしれない。彼らはボクよりもずっと強い。  静かな校舎を歩いて、更衣室で着替えて、面倒だったから保健室には行かずに教室に帰ると、ボクを公開処刑してくれた無口な女子がタブレットで何か見ていた。 「あれ? サッカー終わったの?」 「サッカー選手になる夢は無いからやめて来た。ルナはサボり?」 「出血二日目につきお休みです」  出血……血……。 「酷いの?」 「…………まぁそれなりに。つーか、それ聞く?」 「怪我の場所は? ちょっと見せて」 タブレットを操作していた指が止まった。 「絶対ムリだから! なに言ってんの!?」 「多少なら血には免疫はある」  ボクは真剣だった。どこか怪我をしていると思っていたのから。 「女子の日ってこと! 意味わかる?」  理解出来たら一瞬にして顔が熱くなった。誰もいなくて本当に良かった。またあらぬ噂が立つだろう。反対側を向いて、机に顔を伏せた。 「おめでとう、嫌いな男子ランキングでまた票が入ったよー。変態っぽいだってー」 「……誰のせいだよ」 「パンの仕返し」  竹やりでちょっと突いたら戦車で踏み潰されたくらい酷い。この独走態勢は三年間死守出来そうだ。  ゴンッ!! と机に衝撃が来て、そのまま頭に響いた。反対を向いたら、机をくっ付けてルナも伏せていた。こっちを向きながら。 「静かな教室で二人きりの非日常空間はドキドキしませんか?」 「ドキドキっていうか、何されるかわからなくてヒヤヒヤする」  わざとらしい敬語で話す時は、大抵馬鹿にする時だ。 「具合悪いっしょ?」 「そんなことない」 「普段授業サボんないじゃん。顔色悪いよ?」 「……昨日のラーメンが本当に激辛で腹壊したんだよ。ボクだけ辛いもの駄目だったみたいだ」  〝辛い(から)い〟と書いて〝辛い(つら)い〟と読むのは、やっぱりそういう理由からなんだろうか。読み方を考えた人が辛いものを食べて腹を壊して辛かったから? そんなどうでも良い事を考えないと、真剣に心配してそうな顔にやられそうだ。この状況でそんな顔をするのは卑怯だ。 「じゃあ甘いのは平気?」 「うん。そんなに多く食べた事はないけど」 「今度アタシとスイーツバイキングね」 「……いいよ」  机をくっ付けているせいで、声がやたらと響いて聞こえる。遠くにサッカーで盛り上がる声。廊下からは僅かに隣の教室の先生の声が聞こえる。 「誰か来るかな?」 「まだ二十分くらいあるし来ないだろ」 「じゃあチュウして良い?」  ……会話の流れがおかしい。 「そういう冗談は言わないで欲しいって言わなかったっけ?」 「冗談はね。でも本気で言っちゃダメとは言ってない」 「……本気?」 「うん。好きだから言ってんの」  至って真面目な調子で言うから、それは本当なのかもしれない。でもそれには応えられない。戦争という大義名分の元、地下で人を殺した事は正義になるのかもしれない。でも、この平和な地上では人を殺したボクは罪人になるのだろう。 「それは雛鳥現象だよ」 「なにそれ?」 「雛鳥って最初に目に入ったものを親だと思うらしい。それと同じだ。最初にボクが声を掛けたから好きになっただけで、違えばまたそいつを好きになったはずだ」 「でも実際に声を掛けたのは陽だよ」 「偶然だ」 「偶然でもそれが現実じゃん。陽はどこで生きてんの? 今この世界っしょ? もしこうだったらとかどうでもいいよ」 「それでも……」  もう何も言えなかった。確かにボクはどこで生きているのだろう。地下で殺し合いをしているのがボクなのか。それとも、こんな風に教室で寝そべっているのがボクなのか。もうわからなくて目を閉じて、目の前の突き付けられる現実から逃げた。 「初めての告白は失敗かぁ……」  寂しそうなルナの声が、耳に痛い。  五時限目が終わって、教室に帰って来たみんなの足音で意識は戻った。くっ付けられたままの机だけ残っていて、ルナはどこかに行っていた。教室の中を見回しても、あの目立つ頭はなかった。 「体調どう? っていうか、机合わせて何してたの?」  トーマが苦笑いで訊いて来たけど、何をしていたか答えるような内容も無い。 「寝てただけだよ。体調ももう大丈夫」  寝ている場合じゃない。ボクらにはやらなきゃいけないことがあるというのに。授業を受けている時間すら惜しい。まだ、戦いは終わったわけじゃない。二十数名の死者──五分の一の被害が出てしまった以上、このままでは駄目だ。作戦を立てる必要がある。  ノートとペンを机に出してあの戦場を思い出した。ゲームみたいに毎回違う戦場に飛ばされるとかいう、テレポートみたいなことは今の科学上無いだろう。  トントンと、机の右側から叩かれる。声を極力出したくないというか、聞かれたくないからか、ルナが話す距離はこういった集団の中だと勘違いされそうなくらい近い。 「寝起きってノド乾かない?」 「……まぁ。でももう買いに行く時間も無いし」  そう言う口の中がパリパリと張り付いたように乾いていた。ルナはその答えを待っていたみたいだった。 「クイズね。陽が飲みたいだろうな~って思って、アタシが買って来てあげたものはなんでしょう?」  むしろ今何が飲みたいかなんてボク自身が考えてない。 「……さっき飲み損ねたコーラ」 「ブー! 外れたので残念賞です」  ミルクティーが机に置かれる。ルナも同じ物を買っていて、あと二分で授業が始まるのに何も気にせず開けた。 「なに? 缶ジュース開けられない女の子を可愛いとか思う?」 「考えた事もない……これ、貰って良いの?」 「パンのお返し。コーラじゃなかったけど」 「ミルクティーでもいいよ。ありがとう」  ただ真っ直ぐに生きているからチューして良い? とか聞けるし、簡単に好きとか言えるのだろう。きっと、彼女の根は良い子なのだろうと思うようになった。顔色が悪い事も気にしていたし。だからっていたわってくれる事も無かったけど。  六時限目はあの担任の国語で、教室には緩い空気が漂っていた。   はっきり言えば、誰も先生なんて思ってない。若作りを頑張っている女が甲高い作り声で授業っぽい事をしている。という具合だろう。たまに出る地声がそれを強調している。  ボクもこの時間を活かして、ノートに戦地の図を描いた。授業自体はタブレットの使用がメインになっているけど、いつになっても紙と鉛筆というアナログなものは役に立つ。  横に三つずつ石柱が延々と並んでいた。その高さは上れるわけじゃないけど、天井に着いているわけでもない。まず、あの地下自体がどれだけの深度にあるのだろう。  兵の補充はされるのだろうか。敵の総数は? 昨日のボクらは一体どれだけの戦果を上げられた? 勝っていた? だから敵は撤退した? 末端の兵は何もわからないし、やることもやらされることもやれることも一つ、敵を殺すという事だけだ。  いや、やれることはもう一つあった。『逃げる』という選択肢も今は用意されている。昨日は何も知らずに呼ばれて行ってみたら戦場に向かわされたけど、何が起きるかわかる今なら『行かない』という選択肢もある。  地形を描いた時点で、ボクはその事に気付いた。わざわざ死に向かう必要も無いのだ。 「こら~! ヒルズ君。ちゃんとキラリンの授業受けないと駄目ですよ!」 「……ヒイズルです」 「あ、ごっめ~ん。ん~、言いにくいから陽君で良い? あ! それとも、ヒイズルだから~、イズルンの方が良い?」  教室中からクスクスと笑い声が聞こえる。なんでボクまで笑い者にされなきゃいけないんだ。 「陽は親しい感じがするので……イズルンでいいです」  百歩譲って、どころか三千歩ぐらい譲ってやった。陽とは呼ばれたくない。ただ、『イズルン』なんていうファンシーな語感は口にすると更に嫌悪感が増した。  先生が前の教壇に戻ると、右側の机が接近してくる。 「ヒールズクンて先生に冷たいよねー」 「須山さんてボクには冷たいよね。それに名前言えてないから」  わざとなのか知らないけど、悪役集団みたいな名前だ。満足したみたいで、机は離れた。授業中の私語とかには敏感な先生だからまたこっちを見ていた。あのニコニコとしている顔の内側は何を考えているのだろうか。噂によると三十九歳らしいから教師歴も長いだろう。そう思って見ると、貼り付けたような笑顔に見えた。  放課後になって、掃除用具を取りに向かおうとするルナを引き止めたのはハルだった。怪訝そうな顔を向けられて、ハルは少し引き攣った顔になった。 「お……俺とトーマ今日は用事あってログインしねーから……良かったらイズと……あの……これ! つまらないものですが!!」  ボクを押し付けるように突き飛ばすと、逃げるように走って行った。ハルなりに頑張って話しかけたということだろう。机も何もかもなぎ倒して逃げたから追えなかった。残されたトーマにどういうつもりかと訊く。 「用事って?」 「イズは少しあの世界から離れた方が良いよ。サッカーの時に二人で話したんだ。後遺症が残ってるみたいだし」 「だからってルナに押し付けるなよ」 「一番気分転換出来ると思ったんじゃないかな。じゃあそういうことだから。とりあえずあの事は忘れたらいいよ」  間違ってはないけど。それでも、ボクらは一度でも多く報酬を稼いで、あのアーマーを動かす訓練と武器の強化に励むべきなのに。人を殺し、殺された事を忘れたほうが良いというのも酷な話だ。 「あいつらルナの都合は一切考えないんだな」 「アタシは今日ヒマだしいいよ。どっか行く?」  一人だけでも報酬は稼げるし、訓練だって出来る。そう思ったけど、楽しそうにそんな風に聞かれるから二人の厚意を受け取ることにした。 「掃除終わるの下駄箱で待ってるよ。それまで考えておいて」  完全に人任せだなぁとは思うけど、別に行きたい所があるわけでもないしそれで良いだろう。  この中にも昨日の戦争を経験した人がいるのだろうかと、部活や帰路に向かう生徒達を見ながら、ぼんやりと考えた。何事も無かったように振舞えるのは心の強さか。或いは、言われた通りにいつ終わるかもわからない平和を享受しようとしているだけなのか。ボクは一人、戦場から抜け出せないままでいるようだ。 「どこ行くか決めたー?」  隣から、不意に聞こえた声に飛び上がりそうになった。呆然としているうちに、もう十五分も経っていたらしい。 「決めておいてって言ったのはボクだけど」 「どこでも良いの?」 「……危なくないところなら」 「じゃあゲーセン行こ」  ゲームを忘れる為にログインしないのに、向かうのはゲーセン。戦場とは違うから全くの別物だけど。  学校を出る頃には、下校路を歩く生徒はまばらになっていた。 「あの二人仲良いね。今までつるんでるの見たこと無かったけど」 「……ルナは二人と中学の時も学校一緒だったって事?」  仲が良くなった原因はわかっているから、ボクはそっちの方が気になった。 「え? 当たり前じゃん。舟学って小中高一貫なんだから。でも、小学校の時は二年ごとにクラス替えがあって、三・四年の時に仁科クンとはクラスが一緒になっただけ。マジメだし、アタシがこんなんだから話した事も無かったけど。そういえば陽って見た事無かったかも」  〝こんなん〟と指したのは頭だった。高校生の今でこそ少しくらい明るい色の人もいるけど、中学生じゃそうそういない。一貫制の学校というのはわかっていたけど、改めて言われると、一人疎外感を受けずにはいられない。 「ボクは中学卒業して引っ越して来たから違う学校だった。ハルとも話した事は?」 「無いよ。だって女子と話さないし。逃げるし」 「……話し掛けたの?」 「そうじゃないけど。もしかして、それはヤキモチでしょ~か?」  そうなのだろうか。言ってくれれば良かったのにと思うのは嫉妬しているのか? 嬉しそうというか、弱みや弱点を見つけたいじめっ子みたいな顔でボクの顔を覗き込む。上手く言えなくてボクはそっぽ向いた。  駅を抜けて反対側の出口に行くと、パチンコ屋だった建物があって、その横の路地をルナに連れられて行く。  有楽町もそうだったけれど、『パチンコ屋』はどんどん閉店している。  三年位前に日本が発表した医療技術──全ての臓器の代替品。つまり、金さえ払えば癌だろうと取っ払ってしまえる。臓器ごと──が世界的に有名になり、中でも米国に高く買われ、これまで以上に友好な関係を築きたいとの事で、もはや一国としてではなく、日本という州みたいに扱ってくれるようになった。だからそれまで密な関係にあった中・韓との交流が今は薄くなっている。  『問題無い。俺達が守ってやるぜブラザー!』  米国の言い分はそんなどこぞのガキ大将みたいで、その胸中にあるのはきっと、『俺の物は俺の物。お前の物も俺の物』といったところだろう。  ボクらが生まれるずっとずっと前に起きた、特攻隊で有名な件の戦争で負けてから日本は頭が上がらないらしい。毎度のオリンピックの間に総理が二回も代わっているのだから、この国のトップは不安定ですって世界中に自己紹介しているせいもあるかもしれない。  ただ、そういった米国の介入のおかげで日本の政治家の中から中・韓寄りの議員はだいぶ淘汰された。  パチンコが潰されていった代わりに出来た六本木のカジノもそうだけど、テレビ番組だって出演者や内容が随分とアメリカナイズされているように思える。そのうち、この国を明け渡してしまうのも時間の問題かもしれない。  『代替臓器は一人一つまで』  父も勤める日本最大の生命保険会社の看板広告にある、その文言の指し示すところは、『死』という最低限の概念を守ろうという所だ。  それまでにあった筋繊維や骨。神経系に血管の代替品のお陰で、日本の平均寿命はぐっと延びた。それに加えて代替臓器もあるのだから、金持ちはいくらでも生きられる。皮膚だって整形手術みたいに若返ることだって可能だ。  ただでさえ少子高齢化の進む社会なのだから、ある程度は大人しく諦めてくださいというのが保険会社……もとい、社会の言い分だった。  そんな背景を物語っているパチンコ屋の廃ビルの裏には、ひっそりとゲームセンターがあった。薄暗い三階建ての店内は、三階だけ未成年立ち入り禁止の張り紙があった。 「三階ってなんのゲーム?」  一階は画面に向かって銃を撃つようなゲームやリズムゲームだったり、クレーンゲームだったり比較的子供も楽しめるものが多い。 「パチンコ。換金出来るらしいよ」 「……それって違法じゃないのか?」  法の抜け穴という所か。ルナは首を振って、 「換金出来るパチンコのゲームだから良いんじゃない? それよりあれやって!」  そう言って指したのは、ホログラムの画面に向かって撃つものだった。うちで『W・W』を起動した時にゲーセンみたいと言ったのはこれの事だろう。 「二人で出来るんだから一緒にやればいいよ」 「ううん。アタシは人がやってんの見てるだけで良いの」  後ろにあるベンチに座って、ルナは早くやってとせがむ。銃を握る事を忘れる為に遊んでいるはずなのに、結局ボクの右手にはコードに繋がれた銃がある。  敵はゾンビだった。舞台は架空の街らしいけど、アジアの雰囲気があった。背景のリアルさは到底『W・W』には及ばない。  今になって思えば、あのゲームは兵士を育成する為に国が開発しているのだから技術の注がれ方はゲームと括るには違う。対戦争用シミュレーターとでも言うべきだ。どこぞの担任の年齢なんかよりもよっぽど重大な国家機密だった。ネットの記事だってすぐに消されるのもわかる。  そんな事を考えている間に、一ステージクリアしていた。振り返ってルナをみると、わずか三メートルくらいの距離から手を振って来た。その顔は楽しそうだった。ボクには見ているだけで楽しいとは思えないから不思議だった。  だったらもっと面白いものを見せてあげようと、ボクはデバイスを筐体の支払い口に当ててもうワンクレジット追加した。二人分のコントローラーを一人で操作。二挺で撃つ事はもう馴れている。死なないゲームに余計なプレッシャーも無い。  ただ……こいつはクリアさせる気が無いみたいだ。真正面からしか敵は来ないとわかっていても、ボスの防御力がおかしい。銃だけで勝てる気がしない。そうか、銃本体(コントローラー)の側面にあるボタンで爆弾(グレネード)を投げなきゃいけないのか。  画面にそう指示が出ているけど、両手で銃を持っているボクにはそれは難しいというか不可能なわけで、抵抗虚しく食われて死んでしまった。ゾンビのくせにとんだトラップだ。 「ゲームとしてどうなんだ、あれ」 「だって普通一人で銃は一つしか持たないし。でもスゴイね!」  ベンチに座って、次のプレイヤーがやっているのを見ると、構えがなってないと言ってやりたかった。 「そういえば、ゲーセンでボーっとしてるとか言ってたね。いつもこんな感じ?」 「うん。この店もたまに来るし、でも大体地元の店にいるよ。バイトしてるのもそこ」 「ボーっとしてるなら家に帰れば良いのに」 「うるさいから家にいるより良いの」  銃撃の音がうるさいから、自然と話す距離は近くなる。でもボクらにはそんなのはいつもの事で、もうそれが自然な距離になっていた。さすがに、キス出来るような距離ではないけど。肩が付きそうなくらいには近い。 「アタシの九割はパンクで出来てる」  唐突はいつもの事だけど、その内容が突飛過ぎて、頭の中で何度か反芻した。 「音楽とか、服とかそういう趣味って事?」 「ううん。どうでもいいってこと。パンクって反抗みたいな意味があるんだって。世の中色々と面倒じゃん? だからそんなのどうでもいいって言ってやんのが一番の反抗だと思わない?」 「……まぁ、言いたいことはわかるけど。残りの一割は?」  よくぞ聞いてくれましたみたいな顔だった。 「陽クンへの愛で出来てま~す」 「……………………ありがとう」  ちょうど、画面(シーン)の切り替えで静かになった所だった。だから僅か二十センチ先から放たれた鮮明な笑顔(マグナム)一言(ショット)に心臓を撃ち抜かれたみたいに思考が停止した。だから出てきたのはそんなつまらない一言でしかなかった。 「次あっちのゲームやって!」  リズムゲームの筐体に手を引っ張られてやらされたけど、ボクは銃を撃つ以外の事ははからっきし駄目らしい。  それから、水曜日と金曜日はルナのバイトが無いという事でゲーセンに連れて行かれた。  金曜日には、ルナも恥ずかしがりながらリズムゲームをやった。負けるのが嫌だからやらなかったらしいということは、これなら勝てると踏んだのだろう。その予想通り、ボクは負けた。 火曜日と木曜日はハルとトーマ、そして山本とファストフード店でだらだらと意味も無い話をしていた。 店員とかクラスの女子や芸能人で誰が可愛いだとか、ポテトの早食いだとか、コーラの一気飲みとかマンガとか。みんなでデバイス用の同じゲームをダウンロードしてプレイしたり、学校の話をしたり。地下戦争の話にはならないように。  でも、もうボクの不安は限界に達していた。金曜日に家に帰り、二人にチャットアプリ(チェイン)でメッセージを送った。  『いつまた開戦するかわからないんだ。ボクは一人でもログインして装備を強化する』  すぐにハルから電話が返って来た。 「ゲーセンデートはもう飽きたのか?」 「そうじゃない。どうするんだよ? 装備を強化しておけばもっと有利に働くかもしれないのに。一週間も無駄にしたんだぞ」 「無駄とか言うなよ。楽しんだじゃねぇか」  確かに、今のはルナに悪い。 「あぁ……楽しかったけど。それとこれとは話が別だろ」 「わぁかったって! じゃあ明日は十時にログインな。トーマとタイチにも言っとくから。絶対一人でやんなよ?」 「もし来なくても一人でやる」 「バカ! 俺らもやるっつーの。戦友を一人で戦わせねぇよ」  電話は切れた。もう、あのゲームをただのリアルなゲームと見る事は出来ない。『W・W』の世界は創られたものではない。この現実にこそあのゲームはあったのだ。  ゲーム機の入った段ボール箱は、開けてはいけないパンドラの箱だった。随分と安っぽい箱だなと、負け惜しみの皮肉をB・Bに向かって言い放ってやった。  翌朝、ボクらは約束通り四人が揃った。美零さんのいる受付カウンターに向かおうとしたところで、一人のプレイヤーから声が掛けられた。 Voice<<日高龍太:やっと来たのか3 B(スリービー)! Voice>> All:3B?  振り返ると、そのプレイヤーは有楽町で見た強そうな体躯の男だった。彼は何人かのプレイヤーを引き連れているリーダーみたいだった。勝手に付けられているボクらのグループ名に首を傾げた。3ということは、山本はカウントされていないということがなんとも言えなかった。 Voice<<日高龍太:君達が有楽町で先陣を切って指示したんだろ? そのお陰で七割は生き残れた Voice>> All:でも──  三割は死んだ。そう言おうとしたのを遮って、ハルは言う。 Voice<<東春海:指示したのはこいつっスよ! イズ。日出陽!  バンバンと背中を叩かれて、ボクは会釈した。 Voice<<日高龍太:俺は日高(ひだか)ruby>龍太(りゅうた)。日学(にちがく)の三年生だ  日学と言えば、都内にある日本学園という国内では一番の偏差値を誇る高校だ。そんな人でもゲームをしているものなんだなというのが正直な感想だった。 Voice>> All:ボクらは舟学の一年です。先陣を切れたのはただはしゃいだだけですよ Voice<<日高龍太:でも指示は的確だった。これからまだ戦うことはあるだろうし、今度はじっくり作戦を立てて挑みたいと思っていて、日出君達に協力して欲しかったんだが……なかなか来なくてな Voice>> All:すいません。色々あって……  この人もまた、現実を受け止めて立ち向かおうと足掻いている人だ。  ボクがゲーセンデートと、普通の男子高校生をやっている間に彼は随分と戦況を好転させているみたいだった。  カウンターと反対側のロビーの隅に集まったボクらは、飛高さんを中心にブリーフィングをした。  ゲーム内と現実は同じという事を踏まえて、彼はログインしたまま戦場に向かったらしい。石柱自体の直径は約十メートル。横の石柱間は約五十メートル。前方には約百五十メートル毎に一つ。二十本目までは行けたらしいけど、敵を倒してしまったらしくそこから先には進めなかったとの事。でも、石柱はあと十本くらいまで見えたということから、戦場は六キロ以上あることになる。 Voice<<仁科冬真:その距離はどうやって測ったんですか?  トーマが訊ねると、飛高さんは突然踏み込み、握られた拳を突き出した。 Voice<<日高龍太:俺は空手をやっている。正拳突きの踏み込みの歩幅を熟知している。それを繰り返して計った  延々と正拳突きを一人繰り返して行ったっていうのか……。普通の歩幅でやれば良いのに。思わず零れそうな一言を、せっかく飲み込んだのに、ハルは零してしまった。 Voice<<東春海:想像したら……バカみたいっスね……  そのまま、拳はハルに向かうと思ったけど、飛高さんは笑っていた。 Voice<<日高龍太:馬鹿みたいに見えても、それは生きる為の知恵だ。どんな環境下でも頼れるものは一つ! 自分の肉体! そして経験だ  それだと二つですよ? 意外とあんまり頭は良くなさそうだ。けど、正論だからもうそれでいいとしよう。 Voice>> All:飛高さんのレーダーはランクいくつのやつですか? ボクのは敵の位置さえわかれば良いと思ってランク1のやつなんですけど Voice<<日高龍太:問題はそこなんだ。ゲーム内のレーダーは5で地形図も航空写真が投影されているやつなんだが、現実にはそこまでの機能は無かった。地下だからデータ受信をしないんだろう。全員、レーダーはランク1だと思って良い  だから距離を測る必要があったわけだ。でも、距離がわかったところでそれがどう働くということはわからない。  飛高さんの提示した作戦の中には、最低限の装備まで指定されていた。まず、武器と防具はそれぞれ5ランク中の3にすること。そして、全員がレーダーと通信機を装備する事。最前を行くボクらはわからなかったけど、後方では個々に敵を視認するしかなく、反応が遅れていたらしい。四人で固まっているボクらは簡単に指示が通るけど、人数が増えれば当然ロスは起きる。それに、 Voice<<日高龍太:前回はレーダーを持っている者の判断が問われていた。正直、寄せ集めの見ず知らずの人間の命を預かれと言われたようなものだ  それは、ボクの指示に対する欠点の指摘だ。幸いにも、ボクは友人の命だけで済んでいるけど、他人の命を預けられるプレッシャーは相当だったろう。 Voice>> All:すいません。でもあの時は── Voice<<日高龍太:いや咎める気は無いんだ。何が起きるのかは誰もわかっていないまま戦闘は始まったのだから。でもだからこそ、命ある今は対策を取れる  そして説明された作戦はこうだ。  プレイヤーにチームを作らせ、ボクらのように普段のゲームから連携を組ませておく。そのチームは兵士の出撃総数百名として、十人一組。 Voice<<仁科冬真:でも、十人を一まとめにするのは大変なんじゃ…… トーマは不安そうに指摘する。 Voice<<日高龍太:言い方が悪かったかもしれないが、五人一組の二チームで固まるという事だ  例外として、ボクら四人──飛高さん曰く〝3B〟と、飛高さんのチーム六名で一つの組とするとの事。  固まる……とは、石柱を遮蔽物にして、前進するらしい。そうすることで、常に三つのチーム(三十人)が敵を迎撃する。一陣を抜ければ更に三チーム。取りこぼした敵を最後の三チームが迎え撃つという作戦だ。  とは言っても、自陣付近で待機するわけじゃない。前列・中列・後列の順でじわじわと前進する。 Voice>> All:ボクらは先陣を切って道を切り開くという事ですか? Voice<<日高龍太:こう言うのもなんだが、囮だ。たった四人だったから敵は無視して攻め込んできたやつらもいた。そいつらに何も知らない、覚悟も決まっていないバラバラの俺達はやられたが、次は違う Voice>> All:連絡は? 百人全員で通信しあうなんていうのは無理ですよ Voice<<日高龍太:リーダーだけで連絡を行なう。そうすれば十分の一で済む それでも多いとは思う。地形から考えて、例え後列で支援を求められても間に合わないだろう。 Voice>> All:とりあえず、それで一度シミュレーションしてみましょう  ここで失敗しても死ぬ事は無い。だから、いつ始まるかわからない戦闘の為にボクらはその時まで足掻くべきだ。  全員が受付に向かおうとした時、ハルが挙手。 Voice<<東春海:3Bってなんスか? Voice<<日高龍太:三つの弾丸という意味だ。それに、昔から言うだろう? 一本の矢では折れるけど、三本では折れないと Voice<<東春海:いやぁ……タイチもいるんスけど…… Voice<<日高龍太:俺が名付けたわけじゃないからそう言われてもなぁ。いつの間にかプレイヤーの間で有名になってるだけで……てっきりそう名乗ってるのかと  誰の目から見ても三人+一人にしか見えないということが証明された所で、ボクらは受付を済ませて、武器庫へ向かった。  既に、プレイヤーは待っていて、ボクらを歓迎する空気が漂っていた。あちこちから「3B!」という声が掛けられて、ボクは思わずトーマに耳打ちした。 Voice>>仁科冬真:三つの弾丸だったらトリプルバレットじゃないのか? Voice<< 仁科冬真:う~ん……語呂の問題じゃない?  確かにキャッチーさはある。この中にそんな名付け親がいるんだろうか。それとも、先日死んでしまったのだろうか。  敵の数と難易度はマックスのランク8に設定されている。それに加え、戦地も現実のあの戦場と同じ。完全に対戦争用のシミュレーションと化したゲートは開く。  まずは先日通り3Bと、飛高さんが走った。  五つ目の岩場を越えた辺りで、レーダー上は綺麗に青い点の塊が九個出来ていた。対照的に、敵はバラバラと縦横無尽にレーダーに赤い斑点を作る。  最前のボクらが石柱を越える度に、それらも前進してくる。群れが一つの生き物になったみたいに連携は取れていた。  飛高さんが言った通り、最前のボクらを無視して敵は駆け抜けていくこともあった。背中を見せるそいつらを撃とうと、ボクは振り返る。 voice<<日高龍太:駄目だ。前を向け! その為の作戦なんだぞ!  もはやこの軍を率いるリーダーと化した飛高さんの激が、通信機から飛んで来た。 駆け抜けていった赤い点は前線に差し掛かった所で消滅(ロスト)。ボクらに後方という死角は無くなっていた。いや、全員がそうだ。後ろに仲間がいるという安心感が背中を押し、実際に支援の役割も果たしていた。  ボクらを無視せずに交戦した相手のみを撃ち、すり抜けた敵は後方の部隊が倒す。これなら次の戦闘は行ける。そう思った所で、『CLEAR!!』の文字が宙に浮かんだ。  どっと歓声が沸きあがった。これが仲間なのだという一体感、充実感を得られずにはいられなかった。武器庫に戻ってみれば被害はゼロ。ただの一度も撃たれること無く、ボクらは勝利したのだ。 Voice<<日高龍太:こういうのも不謹慎だが、次の戦闘が楽しみだな  自分の作戦が功を奏したおかげか、飛高さんからは戦闘前のピリピリとした空気は無くなっていた。空手をやっていると言っていたから、それが戦う前の武人の空気なのかもしれない。 Voice<<東春海:もうあんなの無いのが一番っスけど Voice<<日高龍太:ハハッ! 確かにそれが一番だ。受験生なのにこんな事になって良い迷惑だ Voice>>All:大学に行くんですか? Voice<<日高龍太:あぁ。彼女が早大(そうだい)でね。俺もそこを受ける。卒業したら結婚しようとも思っているから、こんな所で死ぬわけにはいかない  未来の展望が出来ていて、そこに向かって生きている。この人はきっと死なない。死んではいけない。ハルは、ボクの肩を叩くと、 Voice<<東春海:イズも言ってやれよ! Voice>>All:何を? Voice<<東春海:結婚するから死ねないって宣言返しだ! Voice>>All:な、なに言ってんだよ! まだ別に付き合ってるわけでもないのに結婚とか…… Voice<<仁科冬真:でも須山さんと仲良くなれたのはイズだけなんだしさ  トーマまでそんな事を言い出す始末だ。飛高さんは笑っていた。 Voice<<日高龍太:今一年生だったら、どのみち来年には進路を決めなくてはいけないし、将来を考えておくのは良い事だぞ? 日出君。そう後ろ向きになるな  次の戦闘で死ぬかもしれないとか、来年なんて来ないとか悲観的な理由じゃない。ルナとなら余計に結婚なんて想像出来ない。 この日、ボクらは更に二度、無血の完全勝利を果たし、ログアウトした。これなら次で戦争なんて終わらせられると確信した。  [2]
 それから十三日後の五月二十五日。ついにその時は来た。  『召集令  本日 二〇:〇〇 有楽町駅 中央口 先日送付したカードを忘れない事』  平日に開戦はやめて欲しい。けど、土日の休みの日にこんな物が来て憂鬱になるのも嫌だ。やっぱり平和に一日を終えるのが一番好ましい。明日は休みだしまだゆっくり休める。  放課後、下駄箱に向かう途中で生徒がボクと同時にデバイスを取り出したから、彼もきっと向かうのだろう。生き残ろう。そう言ってあげようかと思ったけど、あの地下の出来事を学校に持ち込みたくないのは同じはずだ。それに、ルナも一緒だし。 「今日はどこ行く?」  バイトが無い日は二人で遊びに行くのが普通の事になっていた。そんな誘い文句を切り出すのはルナだ。  ゲーセンばかりじゃなく、時には駅のホームにあるベンチ。時には公園。ファストフード店と様々だ。ルナ曰く、「重要なのは『どこに』いるかじゃなくて、『誰と』いるか」らしい。  物理的な距離は初めから近かった。なにせ、五百円のビニール傘に収まるくらいの距離だったから。強引で突拍子もない彼女が少々理解出来ないときもあるけど、それはハルもトーマにも言える。人間を百パーセント理解する事なんてきっと不可能だ。自分自身の心情ですらわからない時があるのだから。 「八時に都内に行かなきゃいけないからそれに間に合うように帰るよ」 「またエロ本探し?」 「違うって。頼むから忘れてくれよ」  ベーッと舌を出す顔はイタズラ好きのネコだ。 「忘れないよ。一言も。全部忘れたくない。日記ってほどじゃないけどメモしてるし」 「……そのページだけ捨てるか消してくれ。いや、お願いだから消してください」 「ダメー」  ちっちゃい身体がテテテッと走っていく。自販機でいつもミルクティーを買って帰るのももう見慣れた光景だった。 「わかった! 奢るから消してください」 「百五十円の価値しか無いならたいした秘密じゃないじゃん」  缶ジュース一本と引き換えるには、たしかに安い。というか、どうせ誰も見ないし放っておいていいだろう。学校で言いさえしなければ。  彼女はパンも飲み物もチョコレートに至るまで多種多様な中から一種類しか選ばない。一度、それについて訊いた事があったけど、答えは「めんどくさいから」だけだった。でも、ミルクティーが売り切れていたら買わないで別な自販機に探しに行くくらいだから、何か理由があるのだろう。  やっぱりその心内はわからない。 「都内のどこ行くの?」 「有楽町……じゃなくて……東京駅。田舎から親戚が来るって言うから迎えに行かされるんだ」 「ふ~ん……有楽町ってなんも無くない?」 「だから東京駅だって!」  彼女に嘘は通用しない。ボクの嘘が下手なだけなのだろうけど。  結局、この日は山手線にただ乗っていた。一周が一時間くらいだから二周して……嘘もばれて有楽町で別れた。  少し待ったところで、ハル達が三人で来た。制服のままなのはボクだけだ。 「あれ? 帰ってねぇの?」 「放課後に遊んでそのまま。行こう。どうせ場所はわかってるんだし」  駅でメールを待つプレイヤーを横目に、ボクらは再び地下の戦場がある元パチンコ屋を目指した。 「何かいいことあった?」  トーマも落ち着いた様子で歩きながら言った。 「別に。勝てるとわかってるし。それに……」  負けられない。もう後ろは振り返らない。また学校でルナと会う。そんな想いが強ければ強いほど、不思議と落ち着きを取り戻せた。 「どーせ須山に好きとか言われたんだろ?」 「それいつもの事だから」  ボクは事実を返しただけなのに、ハルは大きな溜め息をついた。 「なんか別世界の人間に見えて来た」 「そんな事無いって、クラス二位」 「……お前性格悪いよな」  好きと言われても、ボクはいつも「ありがとう」なんていうつまらない返しをするしか無かった。それについて、ルナは何も追求して来ないけど、いい加減返して欲しいはずだ。でも、返せない。いつ死ぬかわからないし、人を殺しているボクには誰かを好きだなんて言えない。  二十時になると、やっぱりパチンコ屋に向かうようにメールが届いた。先に着いていたボクらは少し待っていると、ぞろぞろとプレイヤーがやってきた。 「3Bは目的地に向かうのも先陣を切るんだな」  飛高さんがそう笑って、自動ドアの上にある防犯カメラにカードをかざすと、ドアは開いた。もう、彼が隊長と言っても良いくらいに仕切っていた。 「実際にこうして顔を合わせるのは初めてだが、なんというか、ゲームのままだな」 「ゲームが現実のままなんですよ」  そんな雑談をしながら、緊張感も無くボクらは戦場に向かっていた。  うろたえていたのは新たなプレイヤーだろう。前回の生還者はこれから何が起きるか、何をさせられて何をすれば良いか理解している。故に……、 「人、少なくないですか?」 「ゲームではまだしも、実際に命が懸かれば逃げるというのも生存する道の一つだ。馬鹿正直に来た俺達の方がどうかしているのかもしれないな」  チームが組めなければ作戦は成り立たないし、戦線は瓦解する。これから起きる事を飛高さんは説明しているけど、ゲーム内で組んだことも無い人が数人いて、壊滅するのは目に見えていた。  そうこうしている間にエレベーターは止まった。処刑場とも言うべき場所のドアは開いてしまった。 「プレイヤーの皆聞いてくれ!! とにかく! 装備したら言う事を聞いて欲しい。俺達は前回の生還者なんだ。ここにいる全員で家に帰る事を目標に頑張ろう!!」  遠足にでも来たみたいだなぁと思う台詞だ。その熱さから言うと部活の合宿の方がしっくり来る。  さすがに、もうハルは美零さんに対して顔をだらけさせる事は無かった。生還組は黙々と整列して登録を済ませようとしていると、来た方のゲートが開いた。  軍服を着た大人達に、数人のプレイヤーが捕まっていた。放り投げられ、まるで物みたいに床に転がった。 「美零、こいつらも追加だ。お前達に良い機会だから言っておく。この戦争から逃げたければ勝つしかない。それが無理だと諦めた者は死ね。以上だ」  転がった中には前回の頭の悪そうな奴らもいた。来ても意味は無いのに。志気を下げるだけなのに。去って行く兵士にありったけの罵声を浴びせているけど、全く意味は無い。 「勝つしか無いな、3B」  飛高さんが静かに燃え始めている。ボクらも声を揃えて「はい」と静かに返した。  流れは前回と同じだった。プログラムされたゲームキャラみたいに、施設側の人間の動きは変わらない。唯一違うのは、柳隊長の説明が簡素になっていたくらいだ。  戦場への扉(ヘルズゲート)が重々しく開く。同時に駆け出す3Bはさながら競馬の馬みたいだった。  レーダーの動きはほぼシミュレーションと同じ。青い点の動きが少々もたついているけど、形は作られた。  敵が数人、ボクら四人の横を走り抜けていく。ボクはもう振り返らない。レーダーでそいつの死んだ事(ロスト)を確認したから、仲間と作戦を信じることが出来た。 Voice>>All:ハル、トーマ、タイチ。今日ここで終わらせるぞ!!  しかし、身体が勢い付いてはいけない。脳内で走るスピードを加速させてしまえば、アーマーはすぐに反映する。一人飛び出してはいけない。この四身一体の陣形を崩すわけにはいかないから。  ボクとハルは視線をぶつけ合い、左右にステップ。拓けた活路から、トーマが射程ギリギリの敵を狙い撃つ。戦線はまだ石柱の十本目。けれど、攻撃はその遥か先まで届く。  ゲームではスナイパーを援護と考えていたけど、その実、トーマ(スナイパー)こそが誰よりも活路を切り拓く事が出来る。  こんなのは今思い付いた事だ。けど、それに二人は暗黙の了解で応えてくれた。 Voice>>All:ハルとタイチとボクでトーマの援護だ! Voice<<東春海:作戦は事前に言えよ! Voice>>All:でも出来ただろ!!  いつだったかのハルも勝手に作戦を考えては実行させた。そのお返しだ。ボクら3Bにはそれが出来た。なんだって出来る。  第二射。三射! 四射!! 戦線の石柱はもう二十本を越えた。メインであるトーマの射程に至っては三十本目近くまで撃てる。  ボクらの陣地に駆け込んでいる奴らの反応も無い。作戦は機能している。これ以上無いくらいに。 Voice>>日高龍太:飛高さん!! 行けます!!  もうここには来ない!! ハルの気持ちが走ったのを反映したアーマーが加速した。その速さをボクは待っていた。  負けない。子供の追いかけっこみたいにその背中を追う。  負けない。この身体はボクのものでお前(アーマー)のものじゃない。ボクが思うより疾くなんて動かれてたまるか!!  今日はトーマも後を追えていた。四身一体の陣形は完全に崩れていたけど、放たれた三つの弾丸(3 B)に撃ちぬけない者は無い。  石柱があっという間に五つ視界から過ぎて行った。けど……ゴールはまだ見えない。 Voice<<日高龍太:3B!! 陣形が乱れているぞ!! Voice>>日高龍太:問題ありません!!  誰が止められるんだ、この弾丸を!!   敵の数はもう空白の方が多い。仲間は……前列に少し数の乱れがあったけど、それは仕方が無かったと割り切るしかない。その消えた命の為にも、ここで──!? Voice<<柳雄大:撤退だ。休戦協定が結ばれた。総員その場で待機しろ  思考を遮られたせいで、ブレーキが掛かったみたいにアーマーが停止して、前につんのめった。ハルに至っては盛大にすっころんで三回転くらいした。 Voice>> 柳雄大:あと少しです!! 敵を全滅させるチャンスですよ!? Voice<<柳雄大:駄目だ。休戦協定が結ばれた以上、攻撃は国際問題になる。各自迎えが行くまでその場で待機しろ  あと少しとは言ったけど、前を向いてもまだまだ石柱は並んでいる。今の時点で四キロ近く走って来たけど、地下にそんな広大な施設が造られている事に驚くしか無かった。  トーマがライフルのスコープで見たところ、まだ十本以上石柱はあるらしい。延々と同じ風景が続くというわけだ。実はこれはホログラム映像なんじゃないかと思ったけど、本物の石だった。  迎えの車に乗せられて、武器庫に戻ると、五人の遺体が並べられていた。 「約二十パーセントから五パーセントまで減ったなら、次はゼロだな」  それでも死者を出してしまった事に変わりは無い。五パーセントなんて軽々しく言っても、生きていた彼らにとっては百パーセントでたった一つの命なのに。それをわかっているからこそ、飛高さんの険しい顔は消えないままだった。 「敵の数はだいぶ減らせたはずです。次こそ……決着を付けてやりましょう」  少し暑くなり始めた帰り道は、汗が滲んでいた。ボクらには仲間がいる。そう実感出来た事は、今日の最大の収穫だった。  [3]
   善戦した翌週の土曜日──六月二日。  『召集令  本日 二〇:〇〇 有楽町駅 中央口 先日送付したカードを忘れない事』  早いペースで戦闘は開始された。前回の死者が五人だった事から補充される新兵も五人かと思っていたら、今回の総数は百二十人になっているらしい。  兵が増えるのは良い事だけど、各小隊に二人ずつ、全く何が起きるかわからないゼロからの新人を入れるのは連携を取る面でも大きくマイナスになる。  それでも飛高さんはボクら3Bの四人体制での先行を許可してくれた。というよりも、それが一番良い(三人の方が良いんじゃないか? と言ってくれさえした)と判断していた。  前回の生還者達のほとんどが勇んでいた。五パーセントの被害で済んだという実績と、前回と同じ轍を踏まなければ良いという経験を得ている。十人一塊の前・中・後線達は密集したせいで敵の視認に遅れて撃たれたともいう。それにさえ気を付ければ問題無いと各小隊は口を揃えていた。なによりも、アーマーへの慣れが違う。  ゲートが開くと同時に、ボクら(3B)が飛び出し、その後ろを飛高隊の八人が追う。更に各戦線の三小隊が出陣。前回と同じだけど……、 Voice>>日高龍太:飛高さん、八人で多くないですか? Voice<<日高龍太:大丈夫だ。四人編成(フォーマンセル)になる段取りもしてある  なるほど。レーダーで見ても、後方九小隊が描く点の塊は機能しているみたいだ。  石柱は十本目を越えていたのに、敵の反応は無い。おかしい。いつもならレーダーの上方から青く斑に染まっていくのに。敵はそこまでの人数じゃない? 一気に叩ける? いや、飛ばすのはまだ判断が早い。  十八本目の石柱を越えたところでレーダーに表示されたのは、三つに固まった青い点だった。 Voice<<仁科冬真:イズ、これって…… Voice>>All:あぁ……真似されてる  飛高さんのレーダーにはまだ映っていないのだろうか、指示は無い。このまま突っ込めば、左右どちらの石柱間を行こうと前列と中列の敵にあっという間に掃射される。相手にしてみると、迎撃するには完璧で嫌な作戦だ。 Voice<<日高龍太:止まれ3B! 一度対策を練ろう  敵の眼前でブリーフィングしようっていうのか?  Voice>>日高龍太:このまま指示を Voice<<日高龍太:俺達と同じ作戦なら迎撃するだけ──!?  飛高隊の点が一つ消えた(ロスト)。迎撃だけじゃない。アレンジも加えてある。スナイパーライフルで後列から撃ってくるなんてボクらは考えていなかった。  右の石柱に急いで隠れた。全く以ておかしなことに、この石柱の反対には赤い塊がある。敵だって全く同じ事を思っているはずだ。お約束のコント(コメディ)みたいだって。お互いに足音を起てないように近づいたらバッタリ遭遇するパターンのやつだ。 Voice>>All:二人編成になろう。ボクとハルが真ん中に行く  場所を広く取れる分、その方が特にハルは力を発揮出来る。 Voice<<東春海:その後はどうすんだよ? 突っ込んだらヤベーぞ、これ  どうにも手の打ちようが無い陣形ということは自陣が証明してくれている。それでも敵は前回五人を殺した。 Voice>>All:『意識』して。敵の反応よりも早く駆け抜けよう。その後は四人で背中合わせに全方位を守りながら行く Voice<<日高龍太:駄目だ日出君。それでは狙い撃ちにされるぞ  敵が動き出している。前線の敵が── Voice<<東春海:おい!! 来るぞ!!  ハルが叫んだのを合図にしたみたいに、石柱を回り込む形で敵が躍り出た。五人の小隊が三つ。固まったタイチを突き飛ばして、ハルは真ん中の石柱に向かって駆け出し、スライディングした。 Voice>>東春海:馬鹿!!  命が掛かっているこの局面でどうして無茶が出来るのか。答えは一つしかない。ボクが応えると信じきっているからだ。しかも、一度やっている事だから簡単にやってのけると信じて疑わないから、敵の前で仰向けになんてなれる。  石柱に辿り着く前にハルの身体は失速し、片足を上げた。ボクはそれを踏みつけて跳躍。さぁ、アーマー。ボクの思考のまま跳ばせてみせろ!!  見事だと褒めざるを得ない。多分、五メートルは跳んだ。ゲームじゃなく、現実のこの世界で。ボクは両手のマシンガンをひたすらに眼下の敵に向けて掃射した。  それは、ハルが駆け出してからわずか五秒間の出来事だった。  飛高隊と、前線の支援もあってボクらの命はまだあるままだ。  トーマは中列の敵を既に撃ち始めているし、まだまだ形勢はこっちに分があった……はずだった。  前線の三隊が進軍しようとした時だ。  幸運としか言いようが無かった。初めて敵に感謝さえした。クソエイムでありがとうと。ヘッドギアを微かに『チッ』と掠めたと思ったら、自陣前線の点が三方向、合わせて八つ消えた(ロスト)。ライフルの遠距離射撃の嵐だ。  驚きのあまり思考が停止したボクの腕を、ハルは引っ掴んで石柱に隠れさせてくれた。二射、三射と続き、隠れ損ねた前線の小隊が倒れていく。 Voice<<東春海:大丈夫か!? Voice>>All:掠っただけだ。まだ行ける Voice<<東春海:まだまだの間違いだろ?  ヘッドギアの中の目が笑う。握った拳を、ハルは叩いて銃を構えた。 Voice>>All:なんでモテないんだろうな、ハルって Voice<<東春海:……今言うなよ。動けなくなんだろうが Voice>>All:悪い Voice<<東春海:俺だってな、女子と……その…………手繋いでみてぇよ Voice>>All:それ高校生のハードルじゃないだろ  これがクラスの人気二位の男子の台詞だからおかしい。 Voice<<日高龍太:余裕そうだな、3Bは  同じ真ん中の石柱にやってきた飛高さんが、そんな雑談を皮肉った。ボク(リーダー)の通信だけが全小隊長に通じているから、ハルの言葉は届いていない。 Voice>>日高龍太:どうします?  動けばまたスナイパーの餌になるだろう。気付けばまだ石柱は二十本にも到達していない。ややあって飛高さんは決断を下した。 Voice<<日高龍太:俺が囮になろう。右中間を行く Voice>>日高龍太:スナイパーだけじゃないんですよ? Voice<<日高龍太:いや、撃たれない。何故なら少し遅れて左中間を行く3Bが撃つからだ  なるほど。全方位の集中を向けるというのか。ボクらに対応するには僅かに時間差が生じるからそこを狙えと。 Voice>>日高龍太:右はどうします? Voice<<日高龍太:残りの俺の隊で撃つ  敵も攻めあぐねているのが見える。遮蔽物に隠れている以上はスナイパーも撃ちようが無い。この石柱の裏側にいる敵も、ボクらが迎撃に備えていると思っているのだろう。 Voice<<日高龍太:それでいいか? 日出君 Voice>>日高龍太:はい。このまま休戦なんて言われても嫌なので行きましょう  3B(みんな)に作戦を通し、背中合わせの陣形を作って飛高さんに合図を送ると、指を折ってカウントを始めた。三本の指が折られて拳に変わると、一気に駆け出し、銃声が聞こえた。  ボクらも反対側に駆け出すと、思いのほか敵はまんまと乗ってくれた。右中間を見ると、銃を向けられた飛高さんは相手の頭部を目掛けて蹴りを放った。石柱に叩き付けられた敵を、飛高隊が撃つ。 Voice>>日高龍太:銃使いましょうよ Voice<<日高龍太:俺はこっちの方が迅い気がしたんだが。死ななければ問題無いだろう? Voice>>日高龍太:まぁ、そうですけど……  もはや飛高さんは軍人と言うよりもただの空手家だった。それを証明するように、銃を地面に放り投げてしまった。  戦い慣れた人が、そのイメージを反映するアーマーを着ているのだから、もしかしたら銃よりも速いかもしれないなんて思ってしまったけど、物理的にありえない。  サポート出来るようにそっちを見ながらボクらも前進したけど、とんだ杞憂だった。勿論殺す事は出来ないけど、吹っ飛ばした無抵抗な敵は撃たれるだけだ。  ボクも負けじと、敵の顔面に銃身を突き刺し掃射という、残虐で強力な技を見せると、飛高さんは触発されたように空中回し蹴りなんて見せてくれた。 Voice<<日高龍太:行けるぞ!! 全隊上がるんだ!!  飛高さんの指示が飛ぶ。行けるとわかった反面、ボクはどこかでわかっていた。もしかしたら、飛高さんも。それでも行けるかもしれない可能性に賭けたんだと思う。  でも、現実は残酷だ。 Voice<<柳雄大:撤退しろ。休戦協定が結ばれた。総員その場で待機だ  水を指すような、獲物を喰らい満足したような狼の如き柔和な声だった。  もしかしたら、この戦争は終わらせる気が無いのかもしれないなんていう考えさえ浮かんだ。  戦うことに意味はあるのかとさえ思う。勿論、自分が死なないようにする為には戦わなければいけないけど。どこかで誰かがこの戦争をゲームだとでも思って楽しんでいるんじゃないか? 戦意は相当に削がれてしまった。それはボクだけじゃない。ハルも、トーマもそうだ。  そもそも、この戦争は何故起こっている? 歴史を振り返っても意味の無い戦争なんて無かった。だったらこの戦争にだって何かの理由があるはずだけど……明かされない。  迎えの車を待つ間に、ボクは飛高さんに肩を叩かれた。 「体力はまだ残っているか?」 「まぁ……待機時間も多かったですし」 「どうだ? 一戦交えてみないか?」 「……ボク、何かしましたか?」  怒らせたのか? そんな風に思ったけど、飛高さんは拳を突き出して、 「強いて言えば、俺に火を点けた」 「ハルの方が強いですよ?」 「いや! 絶対イズの方が強い!!」  おい、負けず嫌いはどこに行ったんだよ……。こうやって押し付けようとしている時点で人の事は言えないけど。  戦いに応じるとも言ってないのに、ヘッドギアを着け直してもう勝手に戦闘は始められ、手やら足やらが飛んで来ては防御するボクの腕をぶっ叩いていく。 アーマーの上からとは言え、これは普通に痛い。   ボクもヘッドギアを着け、拳を握った。流石に銃で撃つことは出来ない。 Voice<<日高龍太:どうした? 防御だけでは勝てないぞ?  空手の『技』である以上は型が決まっているはずだ。だったら、どこかに隙があるはず。でも、今しがたほぼ初めて空手の芸当を見せられているボクにはわかるはずが無い。  攻撃が止んだのを見て、ボクは痺れの残る腕を下ろした。ただの真面目なリーダーだと思っていたのに……、 Voice>>日高龍太:ただの戦闘狂なんですね Voice<<日高龍太:格闘家とは総じてそういうものだ  本当かよ……。拳の握りを軽くした。丁度、銃のグリップを握っている感じで。右足を一歩下げて助走体勢に入ると、飛高さんも構え直した。さっきの戦闘を見るに、得意技はハイキック──空手なら上段蹴りというのか──だろう。行けるとボクは踏んだ。 Voice>>日高龍太:行きますよ? やられっぱなしで終わりたくないので Voice<<日高龍太:あぁ。来い!!  その一声に、ボクは駆け出す。アーマーの援護が更にスピード感を上げた。飛高さんの右足が一瞬浮いたのを見て、確信した。  上段蹴りが来る。それをかわすように、ボクは状態を低くし、腰を捻って握られた拳を突き出す。銃身の分だけ踏み込めばアイシールドを割るくらいは出来る。  間髪で、蹴りをかわした直後、これを刹那と呼ぶのだろう。ほんの一瞬だけど、脳裏に疑問が浮かんだ。  ボクがかわせるのか? 格闘経験の無いボクが? ……罠だ!!      そう思った直後に即頭部に衝撃が走った。吹っ飛ばされた身体は石柱にぶつかる事も無く、地面を滑った。ヘッドギアがふっ飛ばされて剥き身の頭がクラクラする。起き上がれもしない。 「俺の勝ちだな、日出君。後ろ回し蹴りが本命だ」  素人相手に得意気になられても。そんな負け惜しみも出てこなかった。とにかく頭がいたい。ヘッドギアが無かったら、首が千切れていたんじゃないかってくらいに。 「イズ! 大丈夫か? 迎えが来たぞ!!」  ハルとトーマに肩を借りて、ボクは車に乗り込む。迎えに来たおじさんがぐったりしたボクに驚いていた。 「どうした? やられたのか!?」 「味方にですけどね……」  尚更不可解そうな顔だった。  武器庫に帰って、労う柳隊長にボクは挙手して質問した。この戦争は何故起きたのか、を。返って来た答えはあまりに簡単なものだった。 「日本を州の一つにするかどうかだ。つまり、お前達の働き如何にこの日本という国の存命が掛かっている。以上だ」  ガキ大将に気に入られたいじめられっ子の、決死の抵抗というわけだ。都合が悪くなれば休戦(タイム)。まるで子供のゲームじゃないか。それさえも大人しく従うのか、この国は。勝てる勝負さえ前回は逃した。最初から勝つ気なんて無い。誰の為に戦争しているのか。この戦争の終わりは、ボクら全員の死で終わるしかないのか。 「どうでもいい」  ボクは思わず口走っていた。今ならわかる。それが一番の反抗だと言った意味が。退場しようとしていた柳隊長が振り返り、睨み付けた。文字通り、ボクを見下していた。 「そんな理由ならどうでもいい。ボクらは全員生き残って勝つ。あいつらを全員殺す」  戦争に勝つこと。それが、この腑抜けた犬みたいな国に対する一番の反抗だ。 「威勢が良いのは結構だ。次も生き残れ」  柳隊長が退室すると、張り詰めていた空気が一瞬にして緩んで、あちこちで息を吐く音が聞こえた。  帰りながらボクはこの気付きを、飛高さんを含めて話した。納得が行かないのは誰もが同じだったけど、あの無理矢理連れてこられた連中を考えても、逃げる事は出来ない。だったらやることは変わらないと、ハルはにんまりと。 「ぶっ殺す。んで生きる。それだけだろ!」  彼の自信満々な笑みは安心させてくれる。 「本当に、なんでモテないんだろうな、クラス二位なのに」 「…………緊張するだろ、普通」 「は?」  あまりに予想外の答えで驚いていると、トーマが笑って付け加える。 「ハルって小学生の時から女子と話す時に顔赤くなるんだよ。それを馬鹿にされてから、今じゃもう女子から逃げるようになってるんだよ……ね?」 「う、うっせぇぞ!」 「でもルナとは話してたじゃないか」 「だから顔見られないようにすぐ逃げたんだよ」  あぁ、ボクの為に頑張ってくれたのか。 「良い奴だな、ハルって」  面と向かって言われると恥ずかしいのか、逃げ場を見つけたように、タイチと肩を組んで歩いていた。  [4]
   翌日の日曜日。燃え盛る反抗心をゲームで消化してやろうかと思いながら、でも、ここは一旦離れて冷静になろうかなんて思いながらベッドでゴロゴロしている間に、時間は十時になっていた。  デバイスの短い振動に、ボクの頭は一気に覚醒した。連戦は初めてだと思いながら、画面を見るとメールでは無く、チェインからのメッセージだった。  『ヒマ?』  反抗児(ルナ)からだ。召集令のメールよりも非常に簡素でわかりやすい。更に短く、『暇』と返す。これ以上短くは返せないはずだと思っていると、一切文章の無いメッセージが返って来た。そんな手があったかと敗北感に飲み込まれていると、  『ゴメン、間違った。どっか行かない?』  良かった。ボクの勝手な戦いまで読まれていたのかと思った。というか、テレビとか他の女子の話を参考にすると、もっと絵文字なりスタンプなりあるはずなのに、素っ気無い。  『良いよ。でも今起きたから時間掛かると思う』  都内方面の電車に乗ったら連絡してという返事を最後に、ボクは急いで仕度して駅に向かった。行き先を決めずに電車に乗るのも、切符を買うという支払い方法じゃないから可能な事だ。  本八幡駅に着くと、ルナはあのボロボロのパーカーのフードを被って電車に乗ってきた。暑いのか、袖は捲くられていた。もうパーカーの季節じゃないし着なきゃ良いのに。結構不審な空気が漂っている。 「どこに向かってるんだ?」 「このまま代々木行って乗り換えて原宿。いつか行こうって行ったじゃん」  唐突なのも馴れてしまえば『いつも通り』と片付けられてしまうから、慣れって凄いなと思う。  日曜日の昼下がりは人でごった返していた。もうかれこれ流行の発信地と言われ、六十年もこんな景色があるらしいから、パワーのある街だ。  ハルが憧れていた『手を繋ぐ』という事は、一方的に手を取られた事で叶ってしまい、そのまま握り返して、不思議な気分を味わった。良い奴なのに女子が苦手って言うのも理不尽な話だ。一度馬鹿にされたことで逃げるほど苦手意識を植え付けられるというのは、どこかで聞いた話だと思ったら、ルナの声もそうだった。 「似てるな、ハルとルナって」 「バカって言いたいの?」  暗にハルを馬鹿だと断言しているぞ、それは。 「いや……どっちも良い奴だなって……」 「ふ~ん。アタシは嫌い。でも友達思いだよね。女子と話さない代わりに……あ! 同性趣味(そっち)の人!?」 「違うって! 女子と手繋ぐのが目標らしいし」 「……小学生みたい」  今頃くしゃみでもしているだろうか。連れて行かれたのは、ゲーム内で行ったパンク系の店で、驚いた事に店員は同じく、確か『ヒロコちゃん』だった。内装も、商品の差はあるけど同じだ。  国が創ったゲームとはいえ、こんな小さな店の中まで再現する必要があるのか? そもそも、あれは本当にただの戦闘用アーマーのシミュレーターの役割しかないのか? だったら何故買い物が出来る必要があるのだろうか。税金を使って実店舗に買いに向かってまで。 「凄くない? ゲームで見たまんまっしょ?」 「うん。だから驚いてる……」  ここだけじゃない。色々と連れて歩かれた竹下通りも、敵と遭遇したビルも。遅い昼ご飯に行ったファミレスの店内も。全部同じ。  まるでバーチャル世界に同じ世界を創ろうとしているみたいだ。この国は何をしようとしている? 「どっか行きたいとこ無いの?」  思案を遮る言葉に、ボクは現実に返る。 「あぁ……うん。いや無いけど。でも意外だな、こういう人の多い店来るように見えないから」  テーブルの端にある、注文用タブレットをルナは指す。 「これあるところしか行かない。声出さなくて済ませられるから」 「徹底してるんだな。逆に行きたい店無いのか? 例えば、声出さなきゃ注文出来ない店とか」  呪文みたいな商品名のコーヒーショップとか。 「あるけど、そういうのは諦めてんの。それくらいイヤ。自分の声聞かれるの」 「でも今は一人じゃない。行きたい所に行ける。代わりに注文してあげられるし」 「…………人に頼りたくない」  そう言うと思った。話すことを拒むというよりも、人との関わりを避けているようにさえ思える。 「今更そう言うなよ。友達じゃないのか?」 「人付き合いがわからなくてさ。どこまで頼んで良いのか、どこからが頼ってるって言うのか。それに、一人じゃ出来なくなる事があるのはイヤ。だったら初めから出来なくて良い」 「まぁ四六時中一緒にいれるわけじゃないしな……でも、だからこそ一緒にいる時には一人で出来ない事をすればいいわけでさ」  開いていたと思っていた心はまだ開いてはいなかったということか。いくつ扉があるのかわからないけど。大きく息を吐いて、ルナはデバイスを見せながらポツリと、 「ここのクレープ食べたい」 「……今パンケーキ食べたのに?」 「甘いモンしか食べないから」  昔から続いているらしい、地方の修学旅行生にも人気の伝統的なチョイスだ。デバイス内臓のアプリでの支払いが不可能な事は勿論の事、ファミレスみたいに備え付けのタブレットでの注文にも対応していないから声を出さなければ注文出来ない店だ。 「行こう。もっといつもみたいに振り回せば良いんだよ!」 「そっか……Mなんだね。メモしときま~す」  やっと笑ってくれて、少し安心した。でも、声以外にも、何かまだ話していない問題を抱えていそうだ。それが何かはさっぱりも検討がつかない。そういえば、前に電車の中で中断された親の話も聞いていないままだった。それもいつか、話してくれるだろうと決め付けて、ボクらは来た道を引き返す。  人がごった返している中で、ボクは手を繋いでいる反対の腕を掴まれた。店の呼び込みにしては随分と力が強い。その腕の先を見ると、頭の悪そうな髪色の男だった。 「クソマジメな兵隊さんが女連れてると思わなかったな」 「なんの用だ。それに、あの話は地下だけにしとけよ」  マダラ頭が高梨。坊主になってる方は確か小森だったか。空テナントが並ぶ裏手を指し、高梨はボクの腕を掴んだまま歩き出した時だった。 「おぉ! 日出君じゃないか。例の彼女か?」  グッと、繋いだ手が握られる。いないところで彼女って言ってんの? という感じだろう。 「飛高さんこそ、そちらが結婚も考えてる彼女さんですか?」  やり返してやる。パステルカラーの服の、優しそうなお姉さんといった感じで、にこやかに会釈した。 「人に言われると照れるな。そう。早大の一年生で古川ひかり。それより、喧嘩か? 丁度君達の態度には一度言うべきだと思っていたんだ。俺が買おう」  挑発された二人はいきり立ち、ボクをそっちのけで飛高さんの胸倉を掴んだ。 「い、いや……デート中にそんな事は……」 「日出君も同じだろう? それに、こういうのには馴れてる」 「空手やってるし、任せておいて大丈夫ですよ。それに、彼女さんも行くなって言ってますし」  わかってますよ。強いのは。嫌と言う程。頭に鈍い痛みが戻った気がした。  ルナの握った手に力が込められていた。多分、この知らない人ばかりの状況では話さないだろう。 「本当に良いんですか?」 「あぁ! いつも3Bには助けられてるからな。たまには返させてくれ」  その名前を地上で出されるのは恥ずかしい。眩しいくらいに爽やかに笑った飛高さんだけど、向かった路地裏の先では二人を殴るんだろうと思うと、人って言うのは本当にわからないものだ。ヘッドギアの上からでも、立ち上がる事すら困難だったあの蹴りを、直で喰らったらどれほどのものなのか。  三人を見送って、ボクらはその場を後にした。 「誰あれ?」 「え~……と……ゲーム仲間」 「3Bって?」 「ボクとハルとトーマが強いから勝手にグループ名まで付けられてるんだ。あの二人はいっつもやる気無いから飛高さんが怒ってたんだけど、こんな形になるとは……」 「……よくゲームでそこまで本気になれるよね。リアル過ぎて現実と区別つかなくなってんじゃん?」  呆れたように言われたけど、あのゲームと現実に区別するべき境界線なんて無かった。それは絶対に言えないけど。  パンクファッションのショップ『PUNX』前の静かな通りに戻り、路上に座りながらイチゴとチョコのクレープを食べながら、ルナは訊ねた。 「あの人ら結婚すんの?」 「飛高さんが大学卒業したら結婚するんだって言ってた」 「じゃあ教えてあげた方が良いよ。あの女イヤな感じ。人のことは言えないけど」 「嫌な感じって?」 「古川ひかりっしょ? 見た事ある」 「……知り合い?」  一瞬、「しまった」みたいな顔で口を歪ませた。 「…………一口食べる? 美味しいよ?」 「え? じゃあ……貰う」  そう言うと、イチゴを口にくわえて「どうぞ」みたいに向けてくるけど、 「無理だって……おかしいだろ」 「生地の方が良かった?」 「そっちじゃない……」 「なにが? 彼女なら出来るっしょ?」  イタズラ猫の笑みでクレープの生地を手で剥がして、くわえる。そのままボクの口に来てくれたら良かったのに。しかも、やっぱり聞き逃してはくれなかった。堂々とした大木みたいに芯のある通る声だから聞こえないわけがない。 「彼女って言ったわけじゃないんだ。ハルが勝手にさ」 「うん、そこは別にアタシもこだわらないからいいよ。好きなら一緒にいれば良いだけで、いちいちそんなカテゴリー分けしなくていいし」  真面目に持論を展開しているけど、いかんせん口からビラビラ出たクレープ生地のせいで、真面目には見えない。 「食べないの?」 「くれるんなら普通にくれよ」  口に入れた生地を、舌に乗せてベーッと見せる。食えるか。それとも、もしかしたら知らないだけでカップルってそういうものなのか……そうなのか!? 「それって普通なの? ボクは彼女とかいたことないからわからないんだけど」 「普通って言ったら食べるの?」  生地を一枚千切って地面に放り投げると、ルナはそれを指す。 「カップルってそれ拾って食べるのも普通だよ?」  堪えきれないように笑っているから、どんなに経験が無い人でもわかる。 「それは無い」 「バレた? じゃあ正解賞あげま~す」  クリームを舌で舐め取ると……そのまま、ボクの唇に塗り付けられた。あまりに突然で、平然とやるから、思考は停止した。戦場じゃアーマーが完全に停止している。死ぬ……というか、今ので殺された。防御も何も無視して。 「クリーム美味しくない?」 「………………うん」  暗殺された人の気持ちがわかったような気がする。音も無くやって来たと思ったら、いつの間にか首を掻っ切られていて、抵抗する術も無くやられているのだ。  クリームの甘さなんてどうでも良いというか、全くわからなかった。何事も無かったように、完食して立ち上がった。目の前に短いスカートから延びた太腿があって、慌てて目を逸らした。 「山手線一回周ってから帰ろっか」 「………………うん」  少し、手が震えていた。繋いだ手がそれを抑えた。微動が伝わったのかもしれないと思うと、逃げ出したハルの気持ちがよくわかった。 「あれは……キスにカウントされるのか?」 「口じゃないからされないっしょ」  もっと先に進んでしまった感じがするけど、どうだろう。この時既に、喧嘩を代わりに買ってくれた飛高さんの事なんて頭には無かった。  電車のシートで揺られながら、さっきからどう考えても気になる事があった。 「唇も当たった気がしたけど」 「じゃあカウントすれば? あ、アタシは初じゃないから大丈夫」  そんな、何よりも強烈な弾丸が心臓を貫いた。 「でも彼氏出来た事無いって……」 「あぁ、うん。だって相手は男じゃないし」 「へ?」  ボクは、更にルナの事がわからなくなった。  [5]
   あれ以来ルナの過去には触れないように、話してくれるのを待つようにしながらもボクらは放課後を一緒に過ごすのは変わらない。  原宿での事は誰にも話していない。ログインした時に、飛高さんに軽くお礼を言っただけだ。「ありがとうございました」と。それだけで何の事かは察してくれたし、聞けば何の問題も無く勝ったらしい。あの二人相手に苦戦していたらボクの立場も無い。 Voice<<日高龍太:鍛えた肉体と経験に勝るものはない  飛高さんはそう笑っていた。だから、ルナが言っていた『嫌な感じ』というのも言えなかった。あの人との将来の為に生きようとして戦っている。それに、好きなら周りがどう言おうと聞く耳を持たないだろう。多分、ルナがどんなに嫌な女か聞かされたところで、自分がそれに気付くまで離れる事は出来ない。  二週間近く経った、六月十五日の金曜日。昼休みに弁当を食べながら、ボクは思わず口にしてしまっていた。 「恋愛って難しいな」  二人とも、箸が止まった。ハルは弁当箱を置く。生温かい笑顔でボクの肩を叩くと、 「振られたのか?」  仲間だ。お前こそが親友だ! そんな顔だった。残念だけどそうじゃない。 「振られてないけど……なんだろうな……ボクも好きなんだなってわかったけど、そこからどうしたら良いのかって」  トーマは苦笑いでボクの右隣に視線を送っている。 「どうした? トーマ」 「いや……誰の話してるのかなぁって……」 「え………………あぁ!!」  見ると、何も聞いてませーんばりにパンを食べているけど、顔を伏せているあたり、聞き逃してないだろう。裏切りにあったような顔で不貞腐れた顔で弁当を食べ始めたハルを見て、ボクは気付いてしまった。 「三戦したけど、もう普通に翌日からご飯食べれてるよな」  殺す事に馴れてしまっていた。初戦後なんて揃って三日くらいはちびちびパンとかおにぎりを食べるくらいだったのに。 「翌日どころか、俺なんかこないだ帰ってメシ食ったしな」 「複雑だよね……」  一転して沈黙しているところに、追い討ちを掛けるようにデバイスが短く振動した。それも……三人同時に。  思わず顔を見合わせて、デバイスを見ると、溜め息が重なった。無意味な戦争の始まりだ。  『召集令  本日 二〇:〇〇 有楽町駅 中央口 先日送付したカードを忘れない事』  もうすっかり見慣れた文言だった。どうせ、また休戦になる。ボクらは自分の命を守る事に徹していれば良い。普通ならそう思うだろうけど、反抗児に触発されているボクにはそんな逃げ道は無い。 「そうだ、何の為にあんなリアルなゲーム創ってると思う?」 「アーマーのシミュレーションじゃないの?」 「買い物する必要性は?」  ハルが机を叩き、 「んなもん決まってんだろ。俺らを釣るためだって」  だとしたら、まんまと釣られてしまったわけだ。でも、強引に連れて行くことだって出来るみたいだし、ゲームを起動した時点で横領罪になるというならその必要も無いはずだ。  結局、いつも通り、やることは一つだという結論で昼休みは終わった。    放課後、帰り道のルナは機嫌が良さそうだった。 「ねぇねぇ、恋愛に困ってるなら相談に乗ってあげよっか?」 「いや、いいよ」 「好きな人でも出来たのー?」  答えを知りながら聞く辺りがまた、笑顔をタチの悪そうな顔に見せる。  三度、この手で人を殺めて来た。今晩もまた繰り返す。いつまで続くかわからないけど、延々と続くのかもしれない。この命の終わりを以て。それでも新しい兵が投入されて、戦争は続くのかもしれない。いつか、誰かが諦めて負けを選ぶかもしれない。 「ボクは人を好きになったら駄目なんだ」 「なにそれ? 好きになるのは自由じゃん」 「そうだけど……いつか言う」  ルナだって隠し事はあるし。そう言おうかと思ったけど、聞きたくない事実を聞かされそうで恐かった。人はそうやって、上手くやっていくのかもしれない。  二十時前に、ボクらは再び元パチンコ屋の前に辿り着いていた。駅で待っているのはもう新人プレイヤーくらいだ。  召集時間になると、デバイスにメールが届いた。それを全員が確認すると、飛高さんはカードをかざしてドアを開けた。 「こう言うのもなんだが……馬鹿野郎の集まりだな、これは」 「わざわざ死ぬかもしれないところに来てるわけですからね……でも、どうせ逃げられないんだから勇敢とでも言うべきですよ」  正直に言うと、飛高さんがいなければボクが取り仕切る羽目になっていたかもしれなかった。年上で、それに戦うという意志がみなぎっている彼の存在はボクにはありがたかった。 「そうだ3B。終わってから時間はあるか?」  ありますよ。と、ハルが答えると、 「バイト代が入ったんだ。良かったらメシでもどうだ?」 「マジっスか!?」  よく終わった直後にご飯に行けるなぁと、感心させられる。でもせっかくの厚意だから、「軽いものなら」と、受け取る事にした。 整列、受付、装備までをもうルーチンワークのようにこなして気付いたけれど、今回の新人には驚きが無いみたいだ。口頭で既に伝達されていたのだろう。  柳隊長の挨拶も終わり、出撃ゲートが開く。  ボクら(3B)が先陣を切って駆け出し、飛高隊、前列と続く。もう固定された作戦だった。  石柱を五本越えた所で、レーダーに敵の反応が現れた。おかしいと思ったのはボクだけじゃなかった。早過ぎる。 Voice<<仁科冬真:イズ、作戦を変えないと! 迎撃するだけじゃ無理だよ  確かに、赤い点の動きが早過ぎる。何か使っているのか? Voice>>日高龍太:飛高さん! 作戦を──!?  銃線が向かってくる。遠方から……スナイパーだ。石柱に身を潜めて、レーダーに驚愕させられた。こっちが迎撃すると見て、全隊特攻を仕掛けるなんて。  ボクらは甘かった。五パーセントの次はゼロになんて出来なかった。それどころか、二十人近い犠牲が出た。なのに、作戦を変えなかった。このままじゃ……何人死ぬんだ! Voice<<東春海:イズ! 行こうぜ。俺らが──!?  敵は銃を下げたと思ったら、ハルの頭部に蹴りを放った。吹っ飛ばされたハルがボクに突っ込んできて、動きが止められた。敵は止めを刺そうと銃を構え直した。  間に合わない!!  ハルをどかして銃を構えると、敵が吹っ飛ばされた。飛高さんが跳び蹴りを放ったのだ。正にヒーローそのものだった。ボクはすかさずそいつを撃ち殺す。 Voice>>日高龍太:助かりました…… Voice<<日高龍太:東君は大丈夫か?  飛高さんとは通じていないから、ハルを立ち上がらせると、親指を立てた。 Voice<<東春海:作戦だけじゃなくて、飛高サンの蹴りもパクられたんじゃないっスか?  というハルのぼやきを、ボクは伝達した。 Voice<<日高龍太:真似はさせん。一朝一夕でやられて溜まるか。こっちは五才から空手をやってるんだぞ  そんな蹴りをボクは受けたのか……。会話している暇も与えないほど、敵は迫る。  特に、スナイパーライフルで照準を絞らなければいけないトーマは恰好の的だ。体格的にも肉弾戦では勝ち目が無い。初日にはボクでさえボコボコにしたのだから。  飛高さんが助けに入ると、今度はボクらが襲われる。銃身の短いボクはまだしも、ショットガンのハルは攻撃に苦戦する。 Voice<<東春海:あー!! クソ。なめんな!!  空手だとかなんでもないパンチをハルは繰り出し、敵を吹っ飛ばした。ボクはそいつを撃ち抜く。 Voice<<東春海:行こうぜイズ。二人でも俺らの役割は特攻だろうが!!  トーマを置いていくのか? タイチはどこに行った? 駄目だ。考えている時間がない。指示も無ければ、戦線はこんな所で止まってしまう。 Voice>>All:わかった。3B行きます!! Voice<<日高龍太:あぁ!! 俺達も必ず追いかける!!   敵はバラバラと、連携なんて取らずに個人技で勝負するらしい。だからレーダーはマダラの赤い点を描く。石柱が邪魔でしょうがない。でも、特攻はボクらの専売特許だ。お前らに負けはしない。 Voice>>東春海:ハル、全速で行こう。意識するんだ。この中の誰よりも早く走れるように。サッカー部時代を思い出せ Voice<<東春海:……サッカー部って言ったっけ? Voice>>東春海:SNSで見たんだよ。行くぞ!!  百五十メートル走を繰り返すと思えば良い。石柱に辿り着くたびにインターバルは取れる。  走りながら、ボクは照準を絞る。パティシエがホイップを絞るように。引き金を引く。設計士が図面に線を引くように。どんな仕事も、戦争も同じことだ。それぞれが形は違えど戦っているのだ。  石柱を十二本越えた所で振り返ると、トーマの姿が見えた。何人か一緒だ。 Voice<<東春海:そっち大丈夫か!? Voice<<仁科冬真:うん。タイチと一緒に前線の隊と合流してる。でもそっちの援護までは無理みたい Voice<<東春海:いらねーよ! 自分の身だけ守っとけ!!  ハルの口調が荒かった。それだけ必死という事だ。ボクだってそれは同じ事だ。もう、何を『意識』をしているのかわからない。敵の姿? 数? 銃線? 自分の動き? とにかく、ボクは今生きる事が出来ていて、ハルと背中合わせに銃を撃ちまくっている。  弾丸の補充だってお互いがカバーし合っているから問題無い。  今は何本目の石柱なんだろうか。付近がひとしきり落ち着いた所でレーダーを見ると、ボクらの二点だけが飛び出していて、後方では作戦も何もあったもんじゃなくて、赤と青のマダラのアートが出来あがっていた。  前方から、これで終わったと思ったか? とでも言いたそうに、新たに敵の群れが追加された。 Voice<<東春海:マジかよ…… Voice>>東春海:ここじゃ後方の支援は求められない。下がるか? Voice<<東春海:下がる気なんかねーくせに聞くなよ Voice>>東春海:それは自分だろ  弾丸を補充し直して、再度レーダーを見ると、後列部隊だけがしっかりと陣を作っていた。最後の砦として自陣への侵入を食い止める気だ。それが彼らの役割で、ボクらが下がる必要は無い。  ハルと頷きあって、再び駆け出した。アーマーのサポートがあるとはいえ、そろそろ疲労感は出て来ていた。銃が重い。駄目だ。そんな『意識』がアーマーのサポートを容赦無く断ち切っていく。 Voice<<東春海:やべー……弾尽きる Voice>>東春海:その辺に落ちてるやつ拾えよ。まだ弾はあるだろうから Voice<<東春海:ショットガン好きなんだけど……AKしか無いな  ハルがアサルトライフルを構える姿を見るのは、まだランク1のステージにいた時くらいだ。まだ、あれから二ヶ月くらいか。本物の銃を構えることになるとは思ってもみなかった。 Voice<<日高龍太:日出君……聞こえてるか?  飛高さんからだ。レーダーを見ても個人が表示されるわけじゃないから、どこにいるのかわからない。 Voice>>日高龍太:聞こえてます。どうしました? Voice<<日高龍太:どう……やったら……生き残れる?  ……声が途切れ途切れだ。電波の不調などではないだろう。疲労だ。それを言えばハルだってそうだ。後ろも、敵の数は減っているとはいえ、相当な激戦なんだろう。 Voice>>日高龍太:ボクより強いじゃないですか Voice<<日高龍太:いや……………………正直、一瞬負けるかもしれないと思ったくらいだ  嘘だ。格闘技もケンカもした事が無いボクに負けるわけが無い。 Voice>>日高龍太:まず、敵がどこにいるのか『意識』してください。そして、そいつがどう動くか、自分はどう動くべきかを『判断』するんです。その二つです。ボクが心掛けているのは Voice<<日高龍太:…………日出君は判…………断力が………………あるんだな Voice>>日高龍太:綱渡りは上手いみたいですね  声が弱々しい。疲労とかじゃなく……もっと嫌な感じだ。 Voice>>日高龍太:飛高さん、今どこにいますか? 石柱の数はボクもわからないんで、左右か真ん中かだけでも教えてください Voice<<日高龍太:…………下がるな。…………三本の矢の話……したけど……矢も『ボウ(Bow)』だから………………3Bだ…………な Voice>>日高龍太:……飛高さん?  いきなりハルに突き飛ばされて、ボクはひっくり返った。 Voice<<東春海:バカかよ!! 死ぬぞ!!  面倒なアーマーだ。腕が動かない。寝転がったまま腕を上げるイメージをして、ボクは迎撃した。 Voice<<日高龍太:日出…………君……敵は…………人間じゃ……な………… Voice>>日高龍太:え? 飛高さん? だったら敵はなんですか?  青い点が一つ消えた。石柱が何十本も聳え立つこの場所で、ボクの中での……ボクらの中の柱が消えた。  アーマーが固まった。指が震えていた。怒りなのか、悲しみなのかもわからない感情が渦巻き、身体を包んでいたアーマーがボクを立たせた。 「殺してやる……全員……殺してやる」  アーマーとボクは完全に同調していた。まるで、殺人マシーンとなるのを待っていたように。身体を預けるという感覚も無くなっていた。このアーマー自体がボクの身体であると言っても良かった。  どこを撃たれたのだろうか。話せてはいたから致命傷ではないはず。 Voice<<東春海:来るぞ、イズ!! Voice>>東春海:大丈夫  足元に落ちていたAKを蹴り上げて引っ掴み、駆け出した。走るというよりは滑走と言って良いくらい動きはスムーズだった。そのままの勢いで弾丸と化したボクは、向かってきた敵の腹にAKの銃身を突き刺した。  前方の敵の群れはまだ百近い。一体どれだけ湧いてくるのだろうか。こいつらを殺せば戦争は終わる? いや、終わらないだろう。そもそもの人口が違い過ぎる。この戦場の果てはどこにある? まさか、米国本土の地下じゃないだろう。  ハルが付いて来られるかなんて考えもせずに、ボクは疾走した。    およそ人体では不可能なほどの反応速度で銃弾をかわし、AKを突き刺しては弾丸を撃つ。弾が切れればまた別な武器を拾うだけだ。  人を殺しているという感覚はもう無かった。クレープ屋がバナナを切るように、シェフが肉を焼くように。トリガーを引いて弾丸を敵の身体にばら撒くというのはそれらと同じようなものだ。  さっさと休戦しろよ。今日こそ殺すぞ。一人残らず。一切の罪の意識も持たずに。  通信でハルが止まるように言っている。止まれないだけなのに。  援護に回ったハルに、トーマが追いついていた。後方から、二つの銃線がボクの横をすり抜けていく。  敵の数は残り半分を切った。このまま行ってやる。そう勇んだボクを制止するように、通信が入った。邪魔なあの声だ。一人満足そうにしていやがるあの声だ。 Voice<<柳雄大:撤退しろ。休戦協定が結ばれた。総員その場で待機だ  その連絡が入ると、敵もピタリと撃つのをやめる。向こうから休戦を申し込んでいるのだから当然だけど、こっちの通信を聞いているようなタイミングで止まる。 「一人で走んなよ!!」 「……飛高さんが殺された。それでつい……」  二人とも、言葉を失った。リーダーを欠いたこれから、誰がどうやって取り仕切れば良いのかわからない。それに、作戦はもう使えない。敵はボクらの作戦を読んで来る。ただただ八方塞がりだ。  武器庫に戻ると、飛高さんの遺体と対面した。腹を二発撃たれていた。職員の人が横たわったそれらの目を伏せていく。遺体の数は四十三。同じ作戦なら、次の死亡率は六割を超えてしまうだろう。  言いにくそうに、見た事の無い隊員がボクの背中を叩いた。 「君は?」 「久しぶりです。初実戦でお世話になった横山広士です」  見た事が無いわけじゃなかった。あの戦闘では全く顔を覚える余裕なんか無かっただけで。 「ついにここに来たのか……あの時のもう一人……イワタだったっけ? 一緒じゃないのか?」  横山は、静かに遺体の並ぶ別な列を指した。ボクは何も言ってやる言葉が出てこなかった。死んだのは飛高さんだけじゃない。もっと色々な死があって、それらは決して一人なんかじゃない。なによりも、ボクの背中を預かった仲間達だ。 「仇は絶対に取ろう」 「これ、言って良いのかわからないんですけど……俺達二人とも飛高さんの班で……飛高さんは敵に撃たれたわけじゃないんです」 「誤射……って事か?」  そんな死に方だったなんて信じたくない。隣で聞いていたハルもトーマもそんな顔だった。けど、目撃者はかぶりを振った。 「あそこの二人が撃ったんです」  指した先には、高梨と小森がいた。顔に痣があったから、まだ飛高さんにやられた傷が残っているんだろう。  ハルよりも先に、ボクが拳を握って談笑している二人に向かっていた。全力でぶつけようとした拳は、何かにせき止められたように動かなかった。 「やめろ日出」  ボクの腕を軽々と掴んでいたのは柳隊長だった。二人は、それで殴られないと察したのか、ボクをせせら笑った。 「なんだよ? 戦場なんだろ? たまたま死体の一つ増えたのをオレらのせいにされてもな」 「やり返すんなら地上で返せよ!! なんで撃った!!」 「だからよ~、あんまふざけてっとお前が連れてた女に何するかわかんねぇぞ? けっこう原宿で見かけるしなぁ」 「ルナに何かしてみろ……殺──!?」  パシュ! と軽快すぎる音が二つ鳴ったと思ったら、二人の左胸に穴が開いていた。消音機(サイレンサー)付きの短銃で、柳隊長が撃ったのだ。 「あぁここは戦場だ。遺体の二つ増えても仕方が無い。お前らのようなクズは尚更な」  即死したであろう二人には、そんな言葉が聞こえているのかもわからない。 「どうして撃ったんですか?」 「すまんな。お前が撃ちたかったか? ただ、お前が一番の働きを見せている。だから褒美をやらなければいけない。法を超えた仕事に対する褒美は法を越えるものだ。飛高も優秀だった。それをクズが殺したせいで俺も腹が立ってな。利害の一致だ」  柳隊長は去り、そのまま、かつてない程重たい空気のまま解放された。  柱を失ったボクらはみな無言だった。たった一度とはいえ、善戦をしたのは飛高さんの作戦で、またどうにか考えてくれるものだと勝手に思い込んでいた。  毎度毎度、百人前後の命を背負うリーダーの役を、ボクは押し付けていた。誰もがそうだ。だから、次はこうしようとかいう人がいないまま、駅で散開していったのだ。人の事は誰も何も言えないままに。  翌朝も、ボクは気が重いままだった。地下だけならまだしも、現実世界でも助けて貰っただけに、その死を受け入れるというのは難しい。今まで何人も死んできて、その遺体も見てきたのに。  だからデバイスを引っ掴んで、二人にメッセージを送った。  『飛高さんの彼女に会いに行こうと思うんだ。あの人は結婚する事を夢見て戦っていたんだし。それを伝えたい』  『俺も助けられたし、それはわかるけどよ。今日学校休みだしどこにいるかわかんなくねぇか?』  確かに。学校がわかったといっても、大きな学校で人一人を探すというのも難しいし。  返信に困っていると、僅かな希望だけどルナが知っているかもしれないと思いついた。そんなに仲がいいわけでも無さそうだけど、それでも何かヒントになればと電話を掛けた。ややあって、潜ませた声が聞こえた。 「どしたの?」 「いや、その……こないだの飛高さんの彼女にちょっと用事があってさ。でも今日学校休みだから。知り合いみたいだったからどこにいるかわからないかなって……」 「…………寝取りですかー?」 「そうじゃない。ただちょっと言いたいことがあるだけ」 「……今日って何日だっけ?」  少し溜め息混じりにそう訊かれたから、「六月十六日」と返す。 「あ~、だったら本八幡のライブハウスにいると思う。夕方から張ってたら九時には出てくるよ。あいつが変わってなければ」  怪訝そうな声だった。何か因縁でもあるのかと思ったけど、まずは、 「ライブハウスって?」 「駅の大きい改札抜けたら、右にロータリーがある出口出て。ひたすら真っ直ぐ行ったらビルに看板見える。『Route40』ってのが」 「ルナはあの人と知り合いなのか?」 「…………バイト中だからごめん、切るね」 「あ、悪かった。ありが……」  礼を言う前に切れてしまった。いつにも増して冷たいのは、他の女に会いに行くからという短絡的なものでは無く、ただ単純に、飛高さんの彼女──古川ひかりを嫌っているように思える。  ボクは早速入手した情報を二人に公開すると、ハルはいつも通りに軍用の指示を出した。 『一六(ヒトロク)三〇(サンマル)に本八幡駅に集合!!』  駅で合流すると、三人揃って例の看板を見つけるために上を見ながら歩く。馬鹿みたいだと思っていると、トーマがデバイスの地図アプリで検索してくれたから、目視する必要は無くなった。 「つーか、俺緊張して上手く話せねぇよ……」 「大丈夫だ。ボクが話すから。礼くらいは言いたいだろ?」 「そうだよね。本当なら、あの日生き残った全員で来るべきだったし」  ライブハウスが見えて来ると、付近には革ジャンを着たお兄さんだったり、髪の派手なお姉さんだったりがたむろしていた。ちょっと足がすくんだけど、先に見えるコンビニに行く振りをして、まずは通過した。 「おい……オイオイオイ! なぁ、飛高さんの彼女ってあんなのなのか!? もっと清楚なお姉さん想像してたのによ!!」 「いや、そのイメージで合ってるんだけど……」 「ライブする方とか?」  トーマの予測も当たるようには思えない。顔を知っているのはボクだけだから、実は飛高さんも普段は派手なのでは? なんていう議論まで勃発した。それも否定しておく。  次第に、ハルは「もういいだろ」とか愚図り始めたけど、ルナに教えて貰った通り九時まで待つことにした。一通り、客はいなくなったみたいでビルからの足取りが消えた。  そういえば、〝あいつが変わってなければ〟と言っていた。もうルナの知る古川ひかりではなくなっているということか? 「あ、イズあの人は?」  トーマが指した、これまでの流れとは違う服装の人を見ると、その人だとは思いたくなかったけど、確かに本人だった。いかつい恰好の男とべったりくっつきながら駅の方に歩いている。 「もう、新しい彼氏出来たのか?」  ハルは信じられないという風に沈んだ声を聞かせた。ボクだって信じたくない。なのに、 「いや、あれって今日付き合った感じじゃないよ」  トーマはそう平然と言うから、そっちに同意するしか無かった。ボクもそうとしか思えなかった。なによりも、ルナも原宿であの女はやめた方がいいとさえ言っていた。この事を知っていたのか。 「どうする? 声掛けられねぇぞ?」  路上でキスまでしているから、目撃したボクらは浮気調査員にでもなった気分だった。もっとも、ハルは顔を強張らせていたけど。「ここまで待ったんだ。行くしかないだろ」  という勢いは口だけで、上半身が前に向かうも足は動かない。 「すいませーん」  トーマが声を上げた。振り返った二人に、用事あるみたいですというように、むしろ、今声を掛けたのはこの人ですという具合に、ボクの方を向いた。 「あ~、こないだの。何か用?」  覚えていてくれたみたいだ。知り合い(ルナ)がいたお陰かもしれない。 「あの、飛高さんが──」 「事故死だってね。聞いたよ」  何の感慨も無さそうに言った。悲しさを通り越えたとかじゃなくて、初めからそんなものは無かったみたいに。 「事故死……ですか?」 「交通事故だって。死体も無いってリュウの母親から電話来たんだけど、そうですかって。それを伝えに来てくれたの? 一緒に居合わせたとか?」  一応、一緒にいたことはいたけど……言えない。業を煮やしたように、前に一歩出たのはハルだった。 「悲しくないんスか!? あの人、結婚したいとか言ってたのに!!」 「でもそれって大学出てからでしょ? そんな先の事言われてもわかんないし」   あの人は何の為に戦っていたのだろう。夢を叶える為だと彼は言うだろう。この現実を見れば、彼はまだそれでも戦おうと立てるのだろうか。 「ボクらは飛高さんにお世話になっていたから、せめて……あの人は立派だったって伝えたくて来たんです」 「真面目で堅いだけだって」 「……なんで付き合ってたんですか?」 「んー、なんとなく? ノリ?」  もう何も飛高さんの事を言えなくなった。言えば言う程、あの人の想いが無意味になって、死の悲しみが別な意味に変わる。 「話ってそれだけ? お姉さんたち忙しいからさぁ。ねぇ?」  男はにやにやと笑い、古川ひかりの腰に手を回す。 「須山ルナを知ってますか? こないだ原宿でボクと一緒にいた女の子」 「あー、あれに聞いたからここがわかったんだ?」 「…………あれ?」  お互いに嫌い合ってそうなのはそれだけでわかった。 「魅由にくっついてた子でしょ。相変わらず愛想悪いなぁと思って見てたけど……キミが魅由の代わりって事か」 「ミユって誰ですか?」 「本人に聞けば? ま、話すと思えないけど。人に言えないなぁ、私なら」  どんな関係なんだ? 初めてのキスは女の人と言っていたから、その人がミユ? 意味有りげに笑む顔が、それだけじゃないと教えてくれていた。  言葉に詰まっていると、やってきたタクシーに乗って、二人はどこかに行ってしまった。ポンと、両方から肩が叩かれた。 「女って恐いってのが良くわかっただろイズも!! わかったらさっさと須山と別れなさい!! そして俺と一緒に清純に生きようぜ」 「……嫌だよ。ハルの場合恐いだけだろ」 「でも、今の話からすると、須山さんも何か裏がありそうだよね。話さないから全くその裏も……僕達には表もわからないけど」  そんなことはわかっている。でも、人間、裏なんて知らなくてもなぁなぁで上手くやって行けるじゃないか。それで良いじゃないか。 「ま、お別れ記念にラーメンでも食って帰ろうぜ。美味い店知ってんだよ」 「別れてないし、付き合うとかもない。でもせっかくだし、ハルの奢りで行こうか」 「良いね、僕もご馳走になろうかな」 「……良いけど。意外とトーマも乗るよな、そういうとこ」  ルナのバイト先のゲーセンも、家も、最寄り駅はここだから近いはずだ。会えば会える。けど、それで裏を聞いたところで、意味はあるのだろうか。それが真実とも限らないのに。  馴れ合いのこの三人でいる事が今は一番良かった。   死にたくない(NECRO phobia) [1]
  どうしても気になってしょうがないボクは眠れなかった。一緒に布団に入って寝ている(ノア)は寝息を起てているというのに。元はと言えば、こいつが全ての始まりだった。どうして、猫を飼おうと思ったのだろう。  その理由は簡単だ。別にそれが犬でも拾ったし、人間の子供でも拾っただろう。ただ、あの雨に濡れてでもどうにかしてあげたいという彼女を助けたかった。だから猫を拾って帰るのが一番だった。  なぜ助けたいと思ったかは……なんとなくだ。話したことなんて無かったし、助ける義理も無い。でも一つ言えるのは、興味があったのだ。誰とも話さないどころか一切声を出さない。小中高と同じ学校のせいか、みんなはそれが当たり前なのかもしれないけど、ボクにはそれが普通と受け入れることが出来なかったのだろう。だから学校で寝ている彼女を起こしてみたりして、『声』を聞きたかった。関わりたかった。 「お前のおかげだな」  撫でてやると、寝てるんだから邪魔するなとばかりにそっぽを向かれた。関わるのも限度を過ぎるとこうやって拒まれる。人間と猫の性質が全く同じかと聞かれれば、違いはもちろんあるけど、気まぐれの彼女は人間よりも猫に近いとさえ思う。  撫でる手を止めると、振り向く。どうして欲しいんだよ。ボクは嫌がられることを覚悟で構い続けてれば良いのか?  それが正解らしい。グルグルと気持ちよさそうに、ノアはノドを鳴らしていた。小さな身体にモーターでも入っているみたいに。  昼過ぎに起きたボクは、なんとなく電話を掛けていた。 「はいはい」  誰も聞いた事が無いであろう、ふんわりとして気の抜けた声だった。思わず違う人に掛けたのかと思うくらい、あのメイクばっちりの外見とは結びつかなかった。 「今起きたの?」 「うん。寝るの遅くてさ。あいつに昨日会えた?」  相変わらず直球だ。変化球を知らないとかじゃなく、必要とさえしないくらい。一番避けたいところを狙って来た。 「うん……会えたよ」 「ふぅん。言った通りっしょ? あの女、ライブハウスにちょいちょい来てバンマン掴まえてくの。まぁ、昨日会えたんならまだ変わってないっぽいね。で、それが言いたかったの?」  声のトーンが落ちて少しばかり恐い。〝あの女〟の話題になるとそうなる。牽制するように。何か本当に後ろ暗いことがあったとして……考えてみれば別に特別な関係でも無いから、何も言える立場には無いわけだ。 「る、ルナもよく行くの? ライブハウスとか」  地雷を踏んだ? 反応が無い。何がまずかった? 「ていうか……電話もなんだし、ノアが会いたがって昨日からうるさいんだ。会えない?」 「会いたがってるのは誰でしょ~か?」  よくわかっている。顔も見えないはずだし、嘘をつくときに口数が増える癖も把握していたのに。 「良いよ、でもうちに来て。アタシが自分で色々言ったのも悪いけど、ケリをつけよ」 「……ケリ? なんの?」 「多分、全部話したら陽が思うアタシじゃない。それでも友達続けたかったらどうぞ。離れたかったらそれで良い。アタシは元に戻るだけだから」 「……そんなにきっぱりしなきゃいけないものなのか? みんな上手く隠してやっているわけだしさ」 「その隠してることが気になってるくせに言うの? アタシは上辺で仲良くしたくないから。じゃ、駅着いたら連絡してね」  電話を切った直後に吐き気が来るなんてそう滅多に無い。あってたまるか。緊張+怒ってそうな彼女+踏み込んでしまった自分への後悔=不安。それに尽きる。戦場で銃を向けられるよりも恐い。  ルナは一人という元の状態に戻るだけかもしれないけど、一度出来た関係を壊す事は元に戻るとは言わないだろう。  とはいえ、もう行くしかない。良くないとわかりつつ召集の度に戦場に行くから、いい加減馬鹿じゃないのかと思ってしまう。これだって同じだ。どんな猛攻にもボクは耐えて見せる。  地下戦争一の兵士だから。  重たい足取りで、津田沼駅に向かう。外はふざけたくらい晴れていた。梅雨のくせに。この空から雨が降るなんて全く思えない。空気読めよ、太陽。もう少しどんよりしてボクの気分と合わせてくれないか?  電車に乗り、目の前のカップルと目が合う。クラスメイトで、思わず隣の車両に逃げた。ハルの気持ちがわかる。なるほど、普通はカップルでも話す時はあんなに近付かないものなんだな。そう考えると、傍から見たボクらは異常に仲の良いカップルに見えたかもしれない。  それも、今はもう昔の話だけど。初実戦の時だから、まだ一ヶ月前……もう一ヶ月前? 何人が死んで何人を殺せたのか。いつになればこの戦争は終わるのだろうか。 『次は~、本八幡~、本八幡~です』  放送が入って、ボクは身構えた。戦いが始まる前のような、緊張感を周囲に撒き散らしている様は、不審な奴かもしれない。  『駅着いたよ』  とだけメッセージを送る。もうちょっとで着くらしい。邪魔が入らないようにデバイスの電源は切った。そうだ。こうすればメールが届く事も無い。召集令を見なければ行く必要なんて無い。なんで気付かなかったのか。  ただ、あまりにもデバイスの存在に依存している現代社会は、電源を切りっぱなしにしておくなんていうことは不可能だ。  昨日出たロータリーを眺めていると、つかつかと足早に、未だにパーカーを着てフードを被りながら彼女はやって来た。 「暑くないの?」 「暑いよ? でも着たいから着てる」  下は先日あげたスカートだからまだ涼しそうではある。夏と冬が一緒に来たみたいな恰好だ。 「行こ。暑いけど家近いからすぐ着くよ」 「近いって、どれくらい?」 「あれ」  そうルナが指したのは、駅前の高層マンションだった。たしかにすぐ着く。 「そういえば、親は? 行っても大丈夫?」 「一人暮らしだからいないよ」  さも、高校生が高層マンションで一人暮らしは普通みたいに言うけど、ボクは驚いて何も出てこなかった。 「アタシんちちょっと面倒でさ。説明するとややこしいんだけど、一言で済ませると、どっちとも血が繋がってなくて」  理解出来ないボクに、渋々してくれた説明によると、元々の両親は母親の不倫で離婚。父に引き取られたまま、再婚するも、今度は父親の自堕落ぶりに嫌気が差してルナを連れて血縁の無い母親と家を出た。その母親は随分と羽振りの良い男と再婚。そして今に至るという事だった。 「だからってなんで一人暮らし?」 「血も繋がってない父親といたくないだろうって。この部屋はそのおっさん名義で借りてるけど、住んでるのはアタシだけ。来た事もないし。邪魔だったんじゃん? 血の繋がってないガキなんか」  二十階建ての真ん中くらいにある一室のドアを、番号を打ち込んで解錠すると、ボクはまた新たな緊張が走った。  予想に反して、部屋の中は簡素だった。大きなリビングの半分くらいしか使ってないし、家具はソファとテーブルだけ。服は畳んで床に置いてあったり壁に掛けてあったり。  ただ、壁に掛けてある物に興味を持った。 「……CD?」  というか、盤面に何もプリントされてない、『CD─R』だ。それが八枚、ビニールのウォールポケットに入れて飾られてあった。 もう一枚あったらしく、床に置かれたコンポが、リモコンで再生された。決して……というか全く上手くないであろうガチャガチャとした音の中で、女の人が叫んでいる。 「今時CDって珍しいね」 「うん。アタシの宝物。そこのプレイヤーも」  塗装の剥げまくった、動くと思えない、携帯用のCDプレイヤーがコンポの上に置いてあった。 「骨董品レベルだな……」  因みに言うと、もうそんな物は生産されていないから、実物を見るのは初めてだった。話をするには音が大きいと思ったのか、ルナは音量をだいぶ下げると、ソファーに身を預けた。少し間を開けて隣に座れるくらい広いし、このまま寝られそうなくらい気持ちよかった。 「で? 昨日会ってあいつなんかアタシのこと言ってた?」  見ていたんじゃないかと思うくらい、質問がピンポイントだった。 「……ミユさんて?」 「やっぱそこから話すしかないよね。でも、それがまだ言ってないことの全部になるかな」  聞かなければ済むだけのことだけど、ルナはそうはしたくないらしい。コンポを指しながら、ルナは懐かしむように、 「それ歌ってんのが魅由さん。そのCD全部。やっぱこうやって物を創った方がやってる実感あるって言って、CD創ってた」 「つまり……ルナはそのバンドのファンていうこと?」  かぶりを振って、ルナは話し始めた。古川ひかり曰く、〝私だったら人に言えない〟事を。  出会ったのは、ルナが小学六年生の時の春だったらしい。今からもう四年前だ。  本当に偶然で、馬鹿みたいでそれが一番言いたくないことだと、ルナは笑っていた。昨日、ボクらが一時避難したコンビニのトイレで魅由さんとは出会ったらしい。  用を済ませて、出ようとした時に紙が無い事に気付いたという。取りに行こうとパンツも下げたまま立ち上がろうとした時、人が入ってきた音がした。  普通なら、その人に紙が無い旨を伝えるのも危機を脱出する手かもしれない。けど、ルナはそんな状況でも声を出そうとはしなかった。去るまで待とうとしたけど、どうにも去りそうにないうえに、電話の女性は口調がやたらと怒っていて、絶対に話し掛けちゃいけないタイプだったらしい。次第にノックが鳴って、 「急いでもらって良いっスか?」  さっさと出ろと言わんばかりの口調に、ノックを返すと、また声は返って来る。 「時間無いんで良いっすか? もしかして結構掛かります?」  その質問にノックだけでは返せなかった。困っていると、ついにノックの音は強くなった。 「シカトか? あぁ!?」  この時点で、『魅由さん』とは絶対に関わりあいになりたくはないと、話を聞きながら思った。トイレで一人震えているルナに、追撃するように、 「出てきたらまずお前をボッコボコにしてやるかんな!」  さすがに、もう諦めるしかないと、そこでルナは腹をくくって叫んだ。 「紙が無いんですぅ!!」  もう、泣きながら声を張り上げたらしい。でも、その魅由さんはそこで冷静になってくれたらしく、がさごそ掃除用具入れを探す音が聞こえてきたらしい。 「クッソ。どうなってんだよこのコンビニ。新しいのねーわ。ちょっと待ってろ。買って来てやる」 「……はい」  笑って良いのかもわからない話だったから、ボクは至って真剣に聞いていた。  少し経って、息を切らしながら買って来てくれたトイレットペーパーを渡して貰う為に、ドアを少し開けると、今のルナと同じように目の周りを真っ黒に塗った、金色の髪をしたお姉さんが現れたという。目を奪われたものの、ペーパーを受け取ると、向こうからドアを閉めてくれたらしい。 「悪かったな、ビビらせちまって」 「……大丈夫です。ありがとうございます」  ドアを出て、ついに邂逅してみると、さっき怒鳴っていた人とは思えないくらい穏やかに笑っていたらしい。キャミソール一枚に革ジャンを羽織り、黒いタイトなスカートに破れた網タイツ。どう見ても恐いお姉さんでしかないのに。 「つーか、そんなちっちぇうちから髪染めてんの?」 「地毛なんです」 「ほんとに!? カッケーじゃん!! 羨ましいなぁ……」  馬鹿にはされても、拒絶的に扱われた事があっても、その髪の色が『カッコいい』なんて言われた事に、ルナは驚いた。そして、思い出したように、魅由さんはおもむろに鞄からCDを取り出した。 「アタシさ、バンドやってんだよ。興味ねーかもしれないけど、やるよ。ビビらせたお詫び。これ、三年……あ、やっぱ五年後にはすげー値段つく。絶対。その頃にはアタシら売れてるから」  ただの願望ではなく、目標だった。きっと、何もわかってない子供にだからこそ、嘘ではなかったはずだ。でも、ルナは、 「CD聞くもの持ってません……」 「あ~……今時のガキはこれだから……じゃあこいつもやる」  それが、例のプレイヤーだったらしい。受け取るのを拒否しようにも、勝手にルナのトートバッグに詰められて、トイレに入ってしまったから返すに返せずに立ち尽くしていた。 「そこのライブハウスで今日やんだけどさ、トイレ汚くて。そんでこっちまで来たってわけ。LOSTってバンド」  勝手にそんな話を始めて、返せずにいると、少しあってまた声は掛けられた。ただ、様子がおかしかったらしい。妙に吐息交じりで熱がある感じだった。 「まだ……いる?」 「……はい」 「名前……なに? アタシ魅由ってんだけど……」 「ルナ……須山ルナです。あの……具合悪いんですか?」 「ルナか……今からヒマ?」 「はい。あの、体調……」  ドアが開くと、手招きをされた。入ると、鍵を掛けられ、逃がさないという風に魅由さんはドアを背にした。 「ルナは今何才?」 「え? 十一です……」  言うや否や、おもむろにキャミソールも下着も撒くり上げ、割とボリュームのある胸を露にした。この時点で犯罪の香りが立ち込め始めたけど、まだ序章に過ぎなかった。 「触って」 「え? 触るって?」  自分で揉みしだくよりも、触ってもらった方が良いらしい。だからルナはその役を請け負わされた。その手は掴まれて、ショーツを下げさせられて……ぬめる局部も触らせられた。さすがに、小学六年生ならこれがどういう行為かの知識はあった。だからやらせていたのかもしれない。 「ライブ、来る?」 「……お金無いです」 「バカ、金なんか良いよ。礼だ」  礼と言う名の口止めの意味もあるだろう。肉壁を掻き分けて、指を一本入れさせられると、身体を震わせて吐息混じりの声を漏らしていたらしい。こうやって、世の中の知らない所で事案は発生しているみたいだ。でも、当の被害者は良い思い出の一つみたいに語るから、この件に関して被害者はいないと言えるのかもしれない。  それから、無遠慮に指を動かしていると、魅由さんは言った。 「彼氏は? ってまだ早いか……」 「いません……友達も」 「可愛いんだから。暗い顔すんなよ。じゃあキスしていい?」 「へ? でも、わたし女ですけど……」 「嫌なら拒否しろよ」  迫る唇を、そのまま受け入れたらしい。そろそろボクの理解の範疇を超えていた。ファーストキスがコンビニのトイレで見知らぬ女の人と。かなりぶっ飛んだ話だ。  コトが済むと、そのままライブハウスに連れて行かれた。そこからは、ほとんど毎日のようにスタジオにしている家に行ったり、ライブに行ったり、そのまま打ち上げに行ったり。学校が終わってからが一日の本番みたいだったとのこと。まるで学生時間が終わって兵士になる為にログインする今のボク達のようだ。  古川ひかりを見かけたのは去年──中三の時の打ち上げの席だったそうだから、飛高さんは完全に遊びの中の一人で、独り夢半ばに散っていったのだろう。  ライブの打ち上げと言うか、溜まり場になっているのはルナ曰く『よくわからない店』だったそうだ。  『lullaby(ララバイ)』という名で、バーのようでもあるし、店の真ん中にはスペースがあって、いつもそこで酔ったメンバーはケンカと言う名のじゃれあいをしていたのだとか。  そこでルナと魅由さんはいつも壁際に置かれたレザーソファに座り、店内の混沌(カオス)を眺めていたそうだ。そして、酔ってくるといつも決まってする話があった。 「ここはこの世界の縮図だ」 「どういう意味ですか?」  何度でも、ルナは聞いた。その意味を理解する為に。『魅由』という人を理解する為に。 「まずこの店の店員はこの世界を創った。へこへこ電話してるビジネスマンもいるし、メシ食ってるヤツも酒飲んでるヤツもいる。良くないクスリもある。酔って便所でヤッてるヤツらもいればケンカしてるヤツもいる。それを傍観してるアタシ(ヤツ)がいて、なぁんにもわかってない子ども(アンタ)がいる。将来どこに行くのも自由だ。若いってのはそれだけで才能だ。アンタは将来どこに行くのかねぇ……」 「わ……わたしはずっと魅由さんといます!」 「そいつぁ嬉しい限りだ」  それからキスをして、トイレに連れ込まれては自慰行為を手伝わされていた。それはもう魅由さんとの遊びの一つみたいに。でもルナが触られる事は無かった。「キレーなままでいろ」と言われたから、「それは汚いことなんですか?」とルナは訊ねた。「そうじゃないけど、初めては好きになった男の為に取っておいてやれ」とか言っていたらしい。それなりにルナを気遣ってはいたという事だろう。  その店はよく成立していたなと不思議でしょうがない。なんだってビジネスマンはそこで商談みたいな電話していたんだ。  おおよそは、そんな感じだった。簡単にキスしようとしたり、クリームを塗りつけたりしたのは『遊び』の一つで、感覚が狂わされているからだ。同年代の友達もいなく、唯一仲が良かったのはそんな人だから。初めて部屋に来た時に、キスしていい? と聞いたのは猫がじゃれるようなものだろう。なんとなく合点が行った。 「今もライブ行ってるの?」  なんとなく、ボクは会ってみたくもあったけど、やっぱり恐いほうが大きい。理解出来ないものに立ち向かうとき、人はまず恐れが大きい。 「もう魅由さんは死んだよ」  あまりにあっさり過ぎるくらいあっさり放たれた言葉に、ボクは聞き間違いかと思った。去年まで一緒にいたっていうのに。でも、それを言えば昨日まで一緒にいた人が戦場では命を無くしたりしているからそういう事も珍しくはない。 「死んだって……病気か何か?」 「ううん。事故。まだ二十三歳だったのに」  去年の夏休み、打ち上げの帰りにギターとベースが喧嘩を始めたらしい。酔った勢いとはいえ、通行人にも迷惑が掛かる程で、仲裁に入った魅由さんは突き飛ばされ……車が来てそのまま踏まれて即死だったらしい。 「なんかさ、命ってあっけねーよって最期に教えてくれた気がするんだよね。轢かれる直前になんか笑ってたし」 「他のメンバーは? 逮捕されたの?」 「逃げたし……今もバンドやってる。昨日会ったんじゃない? あの女といつも打ち上げでベッタリしてたから。何事も無かったみたいにボーカルだけ変えてバンドやってるんだよ、あいつら」  デバイスで、そのバンドのホームページも見せてくれた。確かに昨日見た男がいた。怒りを噛み殺すように、声が震えていた。事故当時、運転手が警察を呼んでくれたけど、他のメンバーの本名もわからないから調べようも無かった。というより、調べる気も無かったように見えたとルナは言う。 「運転手になんて言ったと思う?」 「……気を付けてください……とか?」 「気の毒でしたねだって。轢いたのは向こうなのに!!」  加えて、その事故の一件は『ホームレスの女の事故死』で済まされたらしい。家も無く、打ち上げで行くバーで寝泊りをして、荷物も最小限の着替えだけ。挙句に戸籍も無い彼女は、社会的には初めからいなかった人で、警察はその素性を調べるべきだが、終わってしまったものとして調査はしなかった。  だが、それで終わらず、深夜徘徊でルナは補導された。目の前にいる手軽な手柄を選んだのだ。 「でも、古川ひかりとか、あの場所にいるってわかってたならルナも昨日行けば良かったんじゃ……」 「顔も見たくない。今更蒸し返したってどうにもなんないし、意味無いし。だから世界なんかグチャグチャにぶっ壊れたら良いのにって思う。アタシも、あいつらも、あの警官もみんな同じく死んだら良いって。全部どうでも良いやって」  強烈な破壊願望に、ボクはやっぱり同意出来なかった。いなくなって欲しい人もいるかもしれないけど、いて欲しい人だっている。 「よく大人しく高校通ってるな」 「あれ……貰ったから」  壁に掛かっている革ジャンは、高校の卒業祝いにくれる予定だったらしい。でも、その前に死んでしまったから、貰い受け、貰ってしまったからには卒業しなきゃいけないとのことで、意外と律儀な面を見せられた。 「あとさ、さっき着てたパーカーとかボロボロのデニムとブーツも。誕生日に毎年一つずつくれたの。アタシの勝負服。ここだって時に着る」 「……ボクの家に来た時着てたよね?」 「だからそういうこと。初めて同年代の友達が出来て、自分に自信が持てるように」  空気が重くて押し潰されそうだ。敵が石柱を挟んで背中越しにいるような、ジワリジワリと、確実で間違いの無い選択を強いられる状況。  目の前で仲が良かった人の死と、それを見棄てて逃げた仲間なんていう最悪なものを見て、確かに一気に絶望の中に落ちただろう。けど……。これは戦いなんかじゃない。地雷を踏み荒らしてやろうじゃないか。 「全部どうでも良くはないはずだよ」 「……なんで?」 「全部どうでも良いなら声だってどうでも良いだろ? 馬鹿にされたって話し掛けたらよかったじゃないか」 「だからさ、別に友達いなくたって良いから話さないだけだって」 「だったらなんで雨の日にノアの前でしゃがんでたんだよ。誰かに助けて欲しかったんだろ」 「……ノアが濡れるじゃん」 「だったら傘を置いていくボクをなんで引き止めたんだよ。あいつが濡れるのが嫌で、友達もいなくていいなら引き止める必要なんて無かっただろ!!」  言い切ってやった。多分、一番返しにくい所ばかりを突いてやれた。本人が全て話すと言ったのだから、もう表向きだけ同情してやる必要も無い。 「陽ってさ、ワガママだよね。この人はこうだっていうイメージを持ってて決め付けて! 押し付けて!! それと違えばそうやって否定する。自分の枠に人を押し付けんのやめた方がいいよ。教室で話さない子にも二種類あってさ、本当に内気で大人しくて喋んない人と、どうでもいいやって喋んない人。陽が望んでんのは前者で、アタシは残念だけど後者なの!!」  普段喋らないくせに声を荒げるから、調子がわからないみたいだった。脅すように低くなるんじゃなくて、キンキンとしていた。 「ボクはそんなつもりは……」  立ち上がって、遂に蹴りでも飛んで来るかと思ったけど、ボクの脚をまたいで腰を下ろす。短いタイトなスカートのせいであまり足は開けず、ボクの膝はピタリと揃えられた。 「な……なにするんだよ……」 「アタシのこと嫌いになったっしょ? でもアタシは陽のこと好きなの。そうやって言ってくれるのは、アタシを見てくれてるってことだから。理解してくれてるってことだから」  首に、腕を絡められる。顔が近い。アイウェアも無いって言うのに。  ボクは何も言い返せなかった。頭には浮かんでいるのに。補充しようとしたマガジンから弾が零れ落ちていくみたいに。 「命はあっけなく終わる。だからアタシは衝動で生きる。したいことはする。だからキスするよ。それに、陽みたいにワガママな人にはアタシみたいにワガママな人が合うと思うよ」 「あ……ありえない。ワガママ同士なんてぶつかるだけだ」 「ぶつかるってわかってんなら避けたら良いじゃん」  それは、物理的にという事か? イタズラな笑みを浮かべるでもなく、かといって怒りを込めているわけでもない。目を閉じているから顔はわからないけど、声の調子はそうだ。落ちても上がってもいない。  衝動で生きる──誰もがそうしたいところだろう。でも、みんな周りを考えて、軋轢を生まないように上手くやっている。そんなものはどこ吹く風だ。  後悔しないように生きたいなんて誰もが思うことだ。それが上手く行かない事もわかっている。先の事を考えたら、みんなそんな風には生きられない。  先──未来──目の前で消えた高校卒業後の約束。価値が付くからと、売れる為の目標だったあと二年。その命は一瞬で消えた。  先──未来──大学卒業後に結婚するなんている目標の為に戦っていた飛高さん。彼がいなくなってしまったから現実はあんなことになっていたかもしれないけど、生きていれば、夢が叶う時が来たのかもしれない。  どうして彼は死んだ? 未来を見ていたのに。だから、今が見られなかった。だから敵がどこにいるかって言う、今一番見るべきものを見られていなかった。実際に撃ったのは味方だけど、彼なら気付けたはずだ。『今』を見ていれば。  それはボクも同じかもしれない。どんなに敵を意識するとか述べたところで、それでいつまでも生きられるかわからない。明日また開戦して、そこで死ぬかもしれない。  後悔するのだろうか。  何も成し遂げられなかったと。  ボクは何を成したい?   たった一発の弾丸が頭を撃ちぬいて行くように、その逡巡は一瞬だった。  その問いに、ボクは目を開けた。今日は本当にキスする気だ。ボクはそれを受け入れよう。  来るとわかってさえいれば、意外となんでもないことだった。柔らかい、薄いプルプルとしたものが唇に当たっただけのこと。顔を見られないように、彼女はボクの肩に顔を置いた。 「声はもうムリ。多分、つか絶対。子供だったし何気ない言葉だったんだよ。だけどそれが未だにこうやって人一人に残ってる。でもね、あの雨の中でなにか下心があったわけでもない言葉がさ、それを飛び越えるくらい嬉しくて。雨が冷たくて。でもノアを放って置けなくて。誰も助けてくれないし期待もしてないのに……いきなり雨が止んだの。そしたら、陽が〝なにしてるんだ?〟って。嬉しかった。でもいざ話したいと思ったら言葉が出てこなくて。今は話せてよかったと思ってるよ。全部否定しても良いけど、この気持ちだけは否定しないで」  思いの丈を全てぶつけるような言葉を、彼女は紡いだ。少し、泣いているように聞こえる。首を絞めるんじゃないかってくらい抱きつかれて苦しいけど、ボクはそれを引き剥がした。  唇を噛み、堪えているみたいだった。人前で泣く事も、『どうでもいい』とは言えないみたいだ。 「ルナの言うとおり、ボクは我侭で色々と押し付けがましいかもしれない」  彼女はただ頷いていた。『キス』の真価はこの距離にあるのかもしれない。 「それに付け加えると、ボクは負けず嫌いでやられっぱなしは好きじゃないんだ」  だからキスだってやられればやり返す。そんな喧嘩みたいな理由のキスに、ルナは驚いていたみたいで目を僅かに見開いていた。 「どうなの? 嫌いな女に初チュウされた気分は」  この期に及んで、まだそんな悪態を突く。それは自分への言葉かもしれない。誰にも好かれるはずはないという、排他されてきた自分への。 「ルナの事は別に嫌いになったわけじゃない。そういう人だっているだけの話だ」 「ありがと。嫌われると思ってたから」 「逆に、どうなんだ? 好きな男からキスされた気分は」 「もっとしたい」  ニコニコとご機嫌に、ぶつかるような勢いでルナはキスした。  二度目のキスは空気が違っていたから、脳がスッと消えたくらい気持ちが良かった。 「……あ~、ボクはばあちゃんにやられたら倍にして返せって言われてたんだ」  だから二度、唇の触れ合う感触があった。顔も思い出せないばあちゃん……いたのか? どこに住んでいたかも思い出せない。 「じゃあ、お婆ちゃん想いの陽クンにはご褒美あげまちゅね~」 「子ども扱いするな」  ご褒美──口の中に舌がねじ込まれる。うねうねとまさぐるようなそれは、単体の生き物みたいだ。それもまた、彼女には『遊び』なのかもしれない。 「早くないか? それは」 「どうでもいいよ。負けず嫌いじゃなかったっけ?」  やってみろと言わんばかりに、ベェッと舌を出して挑発。もちろん乗ってやるさ。  言葉も無く、貪るように唇を重ねあった。舌が絡まる。唇を噛まれたから、噛み返してやると、ビクッと身体を震わせた。して欲しい事を誘導されているみたいに。 「つか、暑くなってきた……」  とろけたような顔で、おもむろにTシャツを脱ぎだすと、中に着ていたキャミソールが一緒に捲れ上がって、ボクはその薄布一枚が元に戻ろうとするのを止めた。  羽ばたく蝶が左のわき腹にあった。だから、そいつを隠す布は邪魔だった。蝶は薄い紫がかった蒼で……それは燐火が形作っているみたいに見えた。色違いの同じデザインを、ボクはもう見たことがある。 「この蝶……」 「あ、タトゥーとかダメな人? これがあるから学校で着替えたくないんだよね」 「いや、別に駄目とかじゃないけど……流行ってるの? このデザイン」 「ん~、流行ってるかはわかんないけど、魅由さんに連れられて行ったお店がね、最新式のやつで、パソコンでプリントするみたいに出来るから同じのしてる人はいるかも」 「魅由さんも同じタトゥーを? 同じ場所に?」  うん。て軽く肯定してくれるだけで良い。なのに、そんな願いは受理されなかった。 「ううん。デザインは同じだけど、魅由さんは左目に黄色い蝶が入ってる。さすがにアタシも目にやる勇気は無くってさ」 「…………目にやるタトゥーは一般的なのか?」 「色々問題も多いみたいだからそうでもないよ。肌と違って絶対に消せないし」  どういうことだ? 死んでいるんじゃないのか? あの地下戦場はまさに地獄という事なのか? 「死んでるんだよね、魅由さんて」 「え? うん。踏まれて身体の中身出てたし……それよりさ、どうすんの? こっから」 「どうって?」 「脱がしたいんならどうぞ?」  ひぁあ! なんて素っ頓狂な声を上げて、ボクは手を離した。キャミソールの中に、蝶は隠れてしまった。 「これも言った方が良かったね」 「……そうかも。他には? 何か魅由さんとのエピソード」  嬉しそうに、弾かれたように離れて、学校用の鞄を漁りカッターを取り出した。そして、にこやかに言うのだ。 「このままの勢いでお風呂場行かない? 血が出るしさ」  ……もう何もかもがおかしい。 「……なんでカッター持ってるんだよ?」 「人間てさ、やっぱりどんなに想ってても記憶から薄れて行くっしょ? だから、これで刻むの。お互いに。そういうセックスの方が綺麗って魅由さんは言ってた。それ話してくれた三日後に別れたって言ってたけど。恐くなって男が逃げたんだって」  そりゃそうだ。その男にとっては呪いになっただろうな……。  どうして恐くなったかということに疑問は持たずに、むしろそんな狂気的な愛情表現しか知らないという風に、ルナはあっけらかんとして言い放った。魅由さん……いや、魅由。ふざけるな。切られてたまるか。それに、傷付けたくないのに。 「ボクは傷付けたくない」 「傷じゃないよ? 愛情表現だって」 「でも傍から見たらただの傷だ」  それも押し付けなのだろうか。いや、彼女の狂わされた感覚を矯正する為だと思えば、ここは引くところじゃない。  諦めてくれたらしく、カッターをテーブルに放ると、キッチンに向かった。まさか包丁なんていうボスクラスが出てくるのかと思ったけど、ペットボトル(1.5リットル)紅茶(ミルク)を持って来ただけだった。 「ノド乾かない?」 「あぁ……うん」  グラスをくれと思ったけど、誰も客が来ないこの家にそんな物があると思えない。よく見たら食器棚すら無いのに。  今更ペットボトルの回し飲みが問題ではない。けど、ルナは口いっぱいに溜めると、ペットボトルを玄関の方に放り投げた。  そして、またボクの膝の上に座り、口を開けろと顎で指す。 「いや……多いし……」  眉間に皺が寄った。息を止めてなきゃいけないから苦しそうだ。このまま全部ぶちまけられても困るのはボクだった。  仕方なく口を開ける。これまで友達がいなかった子の狂わされた愛情表現は激し過ぎる。魅由さんともこんな事をして遊んでいたのだろう。  結局、半分くらいがボクの口からは零れて、Tシャツが濡れた。「負けず嫌いの陽クンは次なにやるのー?」  何してくれるの? そんな期待のこもった顔をしていたから、ボクは思わず、膝の上に跨るルナを押し倒した。普段ここで寝ているはずのソファは広い。 「で? ここから?」  ルナは相変わらず楽しそうだ。ここからどうしたら良いのかなんてボクにもわからない。  トーマの援護射撃も無い。ハルが助けてくれるわけでもない。ここは今まさにたった一人の戦場で、孤軍奮闘するしかない。持てる武器は……勇気!! 「押し倒した陽クンはここからどうするんですかー?」 「どうって……もちろん…………」  勿論なんだよ!! どうすればいい!? おい原始人教えろ。どうやって子孫(ボクら)を残した!? いや方法は知っている。聞きたいのはその過程だ。服を脱がせる? どうやって? クソ!! 原始人(あいつら)は服なんか無いに等しいじゃないか!! 「そんなに困った顔されてもこっちが困るんですけどー?」 「あ……そうだ。ボクらはまだ高校生なんだ。やっぱりまだ早い」  究極とも言える回避技術だ。プッと噴出したルナは、目線を下げて攻撃してくる。 「代わろうか? そんな言い訳は口だけみたいだし」 「な……なんのことだよ……」  あぁ、わかっているさ。ジーンズの前面に掛かる圧迫感。身体は引き下がるなと言っている。黙ってろ。お前なんかもげろ!!   ボクは出陣前の『サムライ』のように居直った。 「……もういい」 「負けを認めるの? 陽の愛情の方が少ないってことー?」 「そうじゃないけど……どう反応するかと思ってやっただけでさ」 「自分の物凄いヘタレなとこ見せただけだったね」 「うるさいなぁ……そう簡単に出来ないんだよ」 「正直、そういうのは好きじゃない。いつも触らせられてたけど、自分がやられると思うとなんかイヤ。だから、愛情は十分です。ありがとね」  唯一仲が良かった人がいなくなって、もうすぐ一年になろうとしている。それまでの欲しかった愛情を全て埋めるように、彼女は求めているのかもしれない。  古川ひかりが、ボクを『魅由の代わり』と揶揄した意味がわかった。誰でも良いのかもしれない。愛情をくれるなら。転々と変わる親からも愛されなかったから。  それはとても悔しかった。ボクじゃなければいけないと思わせたかった。でも、きっとその我侭は通らない。いつか、少しでも彼女をもっと理解出来る男がいたなら、そいつになびくかもしれない。  横目に入ったテーブルの上のカッターが、やたらと存在をアピールしていた。お前を使うんじゃ意味が無いんだ。黙っておけ。  なんの解決策も無いまま、ボクは言葉も無く、もうそこが椅子のように、また膝の上に座ったルナを抱き締めた。見た目通り、あまりふくよかではない胸に顔を埋めると、泣いていたのがバレて、逆に頭を撫でられてしまった。 「ボクは……どうしたら良いのかわからないんだ」  地上でも、地下でもそれは同じだ。次の戦闘はどうすれば乗り切れるのか。もしかしたら何の策も無いままに敵に蹂躙されて死んでしまうかもしれない。そしたら、この感触も、声も空気も二度と味わう事が出来なくなってしまう。 「やりたいようにやったらいいんだよ。アタシも、陽がイヤがるならしないし」 「死にたくない……ボクは、ずっと一緒にいたい」  きっと、間近で『死』を見たからこそ彼女も理解出来た。一層の力で抱かれた頭は、心地良さに気が遠くなりそうだった。 「じゃあここで一緒に住む?」 「いや……そうじゃなくて……」  でも、それも悪くない。ゲーム機(B・B)が無ければボクは現実の金を稼げなくなるけど、普通にバイトすれば良い話だ。 「ほら、こういう一面は陽にだってあるじゃん」 「こういう?」 「死にたくないとか言って甘えるとこ。クラスじゃ絶対に見せないじゃん。冷静で冷酷で、むしろ全員死ねとか平気で思ってそう」 「…………そのボクは最低だな」 「でもクラスの女子はそんな風に見てますよ~」  人間性皆無と言う風に見られているのか。 「よくそんなやつとこうしてるな」 「実際は優しいじゃん」  地下戦争なんてもう忘れてしまいたい。なのに……現実はとてつもなく残酷だ。地獄はどこまでもボクを飲み込もうとする。  信じられなかった。ポケットに入れていたデバイスが短く振動した。静かな部屋で、そいつはボクらの空間に割って入って来やがった。電源を切っているのに。どうやって点いた? 「メール? 来てるよ?」 「…………来るわけない」 「でもアタシのマナーモードにしてないし」 「電源切ってるのに」 「避難勧告とか災害通知は来るみたいだよ? ん? つか、そしたらアタシのも来ないとおかしいよね」  脚にかかっていた重さが無くなった。自分のデバイスを確認しに行ってしまった。 「来てないから、やっぱメッセかメールじゃない?」  ボクは嫌々デバイスを見た。いつもの文言だ。カードは財布に入っているから、取りに帰る必要も無くて、準備の良さを恨んだ。 「東クン?」 「……うん」  そうしておこう。一昨日戦ったばかりなのにもう開戦するのか。 作戦は? どうやって生き残る? また場当たり的にバラバラと動くか? 敵はどう出る? 何もわからない。飛高さんならもう違う作戦を考えているはずだ。 「遊びの誘い?」 「…………うん。でも、ここにいたい」 「いたら良いじゃん」  友達からのメッセだとは到底思えない、暗い顔がデバイスの画面に映っていた。どうせ強制的に連行されるのだろう。もう逃げ場なんて無い。死ぬか生きるかの二者択一しかない世界だ。いや、もう〝だった〟と言っていい。国はボクらの死を以てあの戦争を終わらせようとしかしていないのだから。たとえ生き残って最後の一人になったとしても、容赦無く開戦し、ボクは殺されるだろう。 「アタシが言える立場じゃないけどさ、友達は大事にした方がいいよ。アタシんちにはいつでも来て良いからさ」  説得力は逆に充分だった。ボクだって友達は多い方じゃない。 「いつでも?」 「うん。だから後悔しないようにした方がいい。もしかしたら明日には会えなくなるかもしれないんだから」  そんな事は重々承知している。だからボクは、明日にはルナに会えないかもしれないと思っているわけで。  このままここにいて、上手く戦争を逃れられたとして、ハル達は今日も戦うのだろう。そうやってボクが逃げている間に、もし死んだら。例え一緒に戦っても守れる保障は無いけど。ボクはあの時に行けば助けられたかもしれないと後悔するだろう。死ぬまで。ずっと。ルナと笑いながらも、それはついて回るはずだ。  投げたボトルを拾って飲んでいるルナに、こっちに来てくれと膝を叩いた。もうなんの躊躇も無く、その距離にいられる。 「嘘でも良いから頷いて欲しい」 「どういうこと?」 「ボクの生きる理由になってくれ」  よくよく考えてみれば、ボクはこんな大きな隠し事をしているじゃないか。でもそれだけは言えないから、こんな表現でしか伝えられなかった。 「新手の告白? うん。良いよ。でもウソじゃない」 「告白にしては……なんか重いな」 「愛情は重い方が良いっしょ!」  そしてもう挨拶代わりみたいにキス。さすがに、学校でもこんな風にはならないだろうけど。 「八時にまた都内に行かなきゃいけない。だからそれまでここにいるよ」 「わかった。まだまだイチャイチャできるね」  楽しそうなその顔に、ボクの決心はまた鈍りそうになったけど、もう揺らがない。  例え何人の犠牲が出ても、ボクは絶対に生き残って見せる。 [2]
 召集までの間に、ルナの部屋で過ごしたボクは魅由さんの遺したCDを全部聴いた。そのどれもが似たような感じだし上手くもなかった。宣言した期限までに価値が付くようには思えなかったけど、ルナにとっては何よりも価値がある物になっていると考えたら……初めから死ぬ気だったのだろうかという疑問も浮かんだ。でも、話を聞く限りCDを渡した時点では仲良くなろうという気も無かったみたいだし。  それに、どの曲も『前へ進め(ゴー・フォワード)』とか『生きろ(アライブ)』とか適当に当てはめただけみたいな、羅列された英語(英文ではない)だけど前向きな言葉ばかりだった。  地下施設で整列している間に、ボクはそんな魅由さんと同じタトゥーを入れた女を見ていた。  こう言うのも失礼だけど、話で聞いた人物像とは一つ、大きく異なる点があった。『品』だ。とても、トイレで怒鳴りつけるようには見えないのが美零さんだ。それが普通といえば普通なのだけど。「珍しいわね、さっきから随分と熱い視線を感じるんだけど」  登録しに来た美零さんは微笑を湛えて言う。気付かれていた。 「トイレに行きたいのに人が入ってたらどうしますか? おまけに時間も無い。しかも、その一つしかないとして」  咄嗟に出た質問に、美零さんは首を傾げる。それさえもいちいち画になるのがまたなんとも言えない。 「他の所に行く。そうでしょ? 普通は」 「〝普通〟ならそうですね」  ただ、『魅由』は明らかにエキセントリックな行動、言動が多いからそのカテゴライズは意味が無い。 「露出癖はありますか?」 「私に? 無いわ」  不躾な質問に、さすがに見せていた愛想は陰を潜めた。隣に並ぶトーマが首を捻っているのが視界の隅で見えた。これで登録の時間は終わってしまって、確認する時間は無くなった。でも生きて帰れば、また何度でも確かめる事が出来る。相手の機嫌の許す限りに。  ルナの感覚を狂わせた事に苛立ちはあるけど、それよりも、生きているなら無理矢理地上にでも会わせてあげたかった。そしたら、〝代わり〟のボクは不要になるかもしれないという不安はあるけど、会いたい人に会うのが一番だ。 「さっきの質問て何か意味があるの?」 「いや、個人的な事だから何も意味は無いんだ」 「もしかして……イズってそういう趣味?」 「…………違うから忘れていいよ」  トーマの予測は素っ頓狂なところに飛んで行った。コンテナを受け取り、ボクらは慣れた手つきで『夢 想(イメージング)兵器(アーマー)』に着替えていく。人間から、アーマーの一部になるのだ。 「もしかしてさ、須山さんと……」 「違うから!! なに言ってんだよ……」 「何が違うって?」  着替え終えたハルがやってくる。アーマーや武装服の傷や汚れが戦歴を物語っている。初戦から戦っているボクらは……いや、戦争はいつから始まっていた? 柳隊長の開戦前の挨拶は、多少の差異はあれどいつも同じだ。もっと、何度も戦っている人だっているかもしれないのに。 「別に大した話じゃないよ」 「あぁ? 二人して俺をのけもんか。そうか……」  わざとらしいくらい顔が泣きそうになっていた。登録を終えたタイチの元にすっ飛んでいく。除け者を二人にする為に。 「拗ねるなよ……」 「うっせ! どうせ日中イチャイチャしてたんだろ!」 「よくわかったな……」 「デバイスの電源切りやがって。連絡つかねぇしよ」 「あぁ、悪い。何か用事あったのか?」 「いや、津田沼行ったから、そういえばイズの家も津田沼だったなって思い出して遊ばねぇ? ってだけ。お前らがイチャこいてる間に俺は一人寂しくだなぁ、ラーメン食ったり……あ、旨い店だったから今度一緒に行こうぜ。で、なんかあった?」  聞いたら卒倒しそうだなぁと思いつつ、ボクは面白がって言ってみる。 「キスした」  返事が無いからハルの方を見ると、声も無く固まっていた。追い討ちを掛けてみよう。 「舌入れられたり……ノド乾いたって言えばジュース口移しして来たり大変だったよ」 「それ……飲んだの?」  トーマも呆れ半分みたいな顔で聞いてきたから、「仕方なく」と付け加えて、ボクは肯定した。それもこれも、全部あの女のせいだと、心の中で思いつつロビーの方を見た。あんな質問までしておいて、他人だったらボクは美零さんに土下座しなきゃいけない。 「イズが汚されている……なぁ、トーマ! ありえねぇよな。俺ら純潔同盟としては許され──」 「ごめん、僕も彼女いるんだ」 「ぅぇぇぇぇぇえええ!? い……いつから? 中学ん時俺らずっと同じクラスだったのに……」  なんだその同盟って言おうと思ったら、トーマの爆弾は核兵器的なきのこ雲を、ハルの脳内に巻き上げていた。ボクも意外だったけど、自分の思い描く人物像なんて宛にならないっていうことを学んだばかりだ。トーマはただ真面目なわけじゃなく、そういうやることはしっかりやるタイプだったというだけの話で。 「中三の時から。今も同じクラスだよ。佐々木由紀奈」  クラスでもあまり目立ってないタイプだ。ルナの言う、〝ただ内気で話さない人〟タイプの。そっちはそっちでちゃっかりしてる。   ハルは最後の砦である山本に視線を向けたけど……万が一、億が一の可能性の為に、何も聞かなかった。トドメを刺されるのはハルだから。 「いいなぁ、そりゃあ生き残りたいと思えるよな。俺もなんかあれば良いんだけど……」 「妹がいるって言ってなかったか?」 「いやいや、イズ君……イズ様。妹に手は出せねぇよ? アニメとか漫画とかの妹は美化しすぎだぜ? あぁいうのはラブコメでくくるもんじゃねぇ。幻想だ。ファンタジーだ。お兄ちゃ~んとか言って甘えてくる妹なんてな、ペガサスとかドラゴンと同じ類なんだって! わかるか!?」  ただ嫌われているだけじゃないのか? それに、さすがに妹とそんな関係になれとは言ってない。 「妹もののエロ本でも部屋に置いておくといい。もしここで死んで部屋を掃除された時にそんな本が出てきてみろ? 葬式で最期に向けられるのは軽蔑の目だ」  話を聞いていたのか、近くの兵が吹き出していた。誤魔化す為の咳払いがわざとらしい。言われた本人はなんだか嬉しそうで、まんざらでも無さそうに見えたけど、そういうことではなかった。 「イズもそういう冗談言うようになったんだなぁ。これが彼女いる奴の余裕か? そうだろ?」 「馬鹿にされてんのに喜ぶとか、ハルも意外とMだな」  これから人を殺しに向かう者達の空気ではなかった。トーマも笑っていたし、出来る限り、この武器庫までが『現実』で、ゲートの先からは『ゲーム』だと感覚を麻痺させたいのかもしれない。その方が良い。絶対に被弾してはいけないゲームだと。  柳隊長の挨拶は今日も同じような感じだった。定型文でも読んでいるみたいに。もしかしたら、あれはプログラムされたホログラム映像なのかもしれないと思ったけど、二度も腕を掴まれたし、兵とは呼べない二人を射殺したから違う。 ゲートが開くと、さすがにボクらもたたらを踏んだ。作戦がまだ無い。誰がどう決めるかなんていう事も無いままだ。 Voice<<町田一輝:日出君、どうする?  通信機から第三隊長──町田一輝さん──の声がした。開戦した以上、敵はもう動いているはずだ。  この期に及んで、ボクはまだ、誰かに全兵の命を、その責任を押し付けようとしていた。 Voice>>All:とりあえず、前回までの作戦はもう通用しないでしょうね Voice<<町田一輝:だから聞いてるんだ  お前も押し付ける側か。それも、ボクを名指しで。頭の中でシミュレーションしていると、一人、前に出た男がいた。銃も持たず、ヘッドギアを脱ぐと、ガリガリに痩せこけてクマの酷い男だった。全員に、ヘッドギアを脱ぐように言い回っているのは、そいつと同じグループだろう。五人の仲間らしき奴らも前に並んだ。 Voice<<九条正義:よく聞いてくれ! 私は九条(くじょう)正義(まさよし)。先日、リーダーだった飛高君が戦死した。何故死んでしまったのかと考えた結果、答えは一つしか無かった  〝弱いから〟なんて言ったらぶっ飛ばしてやろうかと思った。最前列にいるボクは拳を握っていた。同期しないアーマーは動きにくいけど、それでもこいつがかわすよりは速いはずだ。もったいぶって放たれた答えは至極簡単な事だった。 Voice<<九条正義:強かった彼が何故死んだかと言えば、それは戦ったからだ。戦わなければ死ぬ事はない。さぁ、全員武器を捨てよう。平和に解決する意志を見せようじゃないか!  五人の仲間も、さぁ一緒に!! とでも言うように、銃を床に置いた。誰も応じようとはしない。当然だ。今までにも戦う意志の無いやつはいたし、そいつらの中にだって殺された人もいた。 Voice<<九条正義:生き残りたい者は我々に倣って武器を捨てよう!! そして、行こう。この戦争を終わらせる為に!!  ついには武装服まで脱ぎだして、Tシャツとパンツ一丁だった。珍妙な集団と化した六人は、ゲートの先に駆け出した。 Voice<<東春海:どうすんだよ、あれ…… Voice>>All:少しでも被害は出したくない。ボクらでバックアップしよう。あれを囮にするんだ。足止めくらいにはなるはずだ Voice<<仁科冬真:敵がわざわざ止まってくれるかな? Voice>>All:……さぁ?  一から九の小隊の隊長に、ボクは宣言した。やっぱり、これしか思いつかないし、やれることも無い。 Voice>>All:3B先行します Voice<<町田一輝:待て! 俺達はどうすれば良いんだ? Voice<<中村樹:おいおい。最年少の特攻隊長に責任押し付けんなよ。上級生が頼られてんだ。なぁ、日出  第五隊長──中村樹さん──はそうフォローしてくれた。 Voice>>All:はい。あとは各自の命を最優先でお願いします。ボクらのサポートも考えなくて良いです  ハルが勇んで前傾姿勢になる。もうこの四人の命は四人で守りあうしか無い。勝手に突っ走るんだ。それで構わない。 Voice>>All:一人も通さなければ各小隊は生きられる。ボクらで全滅させるんだ Voice<<東春海:オッケー、行こうぜぇ!!  三本立てた指を折って、カウントする。拳に変わった瞬間に、ボクらは一斉にゲートを飛び出した。石柱の間が百五十メートルとか飛高さんが言っていたから、多分、初速から最後まで、百メートルを七秒台くらいで息切れする事無く走れている。山本が少し遅れるのがネックだけど。体重も考慮されているんだろうか。いや、まだ使いこなせていないだけだ。  二本目の石柱が見えたところで、さっきの集団がのたのたと走っているのが見えた。アーマーが無いから息も切れるし遅い。彼らの存在がレーダーに映らないのはヘッドギアが無いせいか。こんな危険な不感知(ステルス)機能があったなんて、皮肉にも命知らずの奴らのお陰で知れた。仕方無い。お礼に忠告くらいはしよう。 Voice>>All:戻ってアーマーを着てください Voice<<九条正義:いや、駄目だ。君達こそ下がりたまえ。争いは憎しみしか湧かない。仇討ちという名目が増えるばかりだ。君もそうだろう? 飛高君の仇を取るために戦うんだろう?  なかなか核心を突いてくる。確かに、それもあるけど、初めは誰の仇も無かった。そういえば、『魅由』はこんな事も歌っていた。 Voice>>All:〝戦わなければ生き残れない〟から戦うんです  あの人は何かと戦っていたんだろうか。やめろ。考えるな。引き摺ったらアーマーが固まる。 Voice<<九条正義:大人しく見ていろ。誰も死にたくないのは敵も同じだ。敵だって……いや、彼らだって生きてこの戦争を終わらせたいはずだ Voice>>All:……だったら、一切バックアップはしませんよ? 例え撃たれそうになっても、撃たれても。それがあなたの選択ならボクはそれを『被害』とは考えません。当然の事象と考えます Voice<<九条正義:物わかりが良い君は出世するタイプだよ。この平和になった世界で活躍する事を願ってるよ  六人を見送って、ボクらは石柱に身を潜めた。彼らが殺されて攻め込まれたらすぐに応戦出来るように。 Voice<<仁科冬真:でも、これってあの人達を囮にした作戦に思われないかな? Voice<<東春海:俺なら思うな。つーか、後ろから撃ってやりてぇな Voice>>All:まぁ、世の中にはあぁいうのが昔からいるみたいだし。逆に、これで終戦したら儲け物だ Voice<<東春海:気兼ねなくイチャつけると思ってんだろ? Voice>>東春海:そうだな…………次はセックスか  ハルのアーマーが直立不動になって固まった。わかってはいたけど、それが当たると面白い。まさかカッターで切り合う事がそれを指すとは思わないだろう。  こんな雑談をしていても、レーダーを見ていれば敵の接近くらいはわかる。弾が当たらなければどうということはないし、まだ遊んでいられる。  彼らの事を否定しながらも、ボクはどこかで期待しているのかもしれない。どんな形で誰がこの戦争を終わらせてくれてもかまわないから。英雄の座なんてくれてやる。  レーダーではまだ敵は遥か先にいる。向こうの動きとしては、今回はじりじりと九個の小隊で上がってくる堅実な作戦だ。こっちがどう出るかわからないから様子見だろう。 Voice>>All:帰りご飯食べて帰らないか? 安くて上手いラーメン屋が上野にあるらしいから  ハルのアーマーを動かしてやる。直感と言うよりは、もう耳とリンクしてるんじゃないかってくらい、ハルは言葉通りに動く。 Voice<<東春海:奢れよ。こないだ俺が奢ったんだし Voice>>All:金あるだろ? Voice<<東春海:そうだけ……ど……?  ハルのアーマーが固まっていた。思考が止まっているんだと、ボクらはすぐにわかったけど、そんな話はしてない。 Voice>>All:どうした? Voice<<東春海:腕切れた……いってぇ……  見ると、明らかに刃物で切りつけられている。レーダー上では、敵はまだ遠いっていうのに。なのに、岩場の陰からハルの首元にナイフを持った手が伸びていた。ボクはハルを突き飛ばしてやると、そいつと一緒にひっくり返った。  敵はアーマーも着けていない。だからレーダーに感知されなかった。あの六人だって死んだかどうかもわからない。いや、殺されたから敵はこの仕組みに気付いた。不感知(ステルス)の斥候だとでも判断したんだろう。 Voice>>All:全隊!! 敵はアーマーを着てない!! だからレーダーは感知しない!!  レーダー上で動かない敵もいるし、そいつはアーマーを置いて中身はどこかに行っているだけなのか、ただこっちの襲撃に備えているのかわからない。  恐ろしいのは不感知(ステルス)狙撃手(スナイパー)だ。どこから撃たれるかもわからないのは意識だとか判断だとかそんな問題じゃない。 Voice>>All:目視するんだ!!  もうレーダーなんてアテにならない!!  このヘッドギアがレーダー用の発信機なら、これを捨てればボクらも消えられる? いや、機動力が落ちる。自慢じゃないけど、百メートル十二秒台の鈍足では生き残れない。  ハルを起こして疾走すると、六人は土下座の体勢で背中を撃ち抜かれて死んでいた。日本でしか通用しないものをやってどうなるんだ。何に期待していたんだボクは。  面倒この上無い。果たしてレーダー上の赤い点が敵を示しているのかもわからない。 Voice<<中村樹:日出君!! もうレーダーは切れ!! こっちは大惨事だ  第五隊の隊長──中村樹さん──からだ。 Voice>>中村樹:何が起きたんですか? Voice<<中村樹:こっちの死んだ奴のヘッドギアを拾って、敵が着けやがった。もう何がなんだかわかんねぇよ!!  ふざけてる。なんなんだよそれ。というか、ヘッドギアがレーダーの色を決めるという仕組みも初めて知った。  レーダー上では赤い点はほとんど不動。青い点は減っていないがそれが全部仲間というわけではないらしい。 Voice<<仁科冬真:イズ、どうしたの? Voice>>All:こっちのヘッドギアを敵が拾って着けてるらしい。感知されずにボクらを素通りして、ボクらの陣地に入り込んでたんだ。囮を有効に使ったのは向こうだ Voice<<東春海:そんなのどうしろってんだよ!!  ボクだってわかるか、そんなもの。一体何人が生きているんだ。 もはや前進するだけが攻撃ではない。戻るか? そんな思考を読んだアーマーは脚を止めた。 Voice>>All:挟み撃ちは避けたいところだ Voice<<東春海:そうだけどよぉ……だからこそ攻めるんじゃねぇのか? Voice<<仁科冬真:戻るのも有りだとは思うけど、この場合……  トーマは後ろを向いて言った。敵と思って接近したらもぬけの殻なんてのがもう五体もいた。闇雲に前を向くのが正しいのかもわからない。  ボクらの動きが止まっているのを知ってか、第五小隊長の中村さんが通信で声を掛けて来た。 Voice<<中村樹:日出、こういうのはどうだ? これが全員の総意だから気にするなよ? 殺される前に死んだ方が良いってな。お前達ならやれるって信頼してるんだ。ここで敵に良いようにされるのも癪だからな Voice>>中村樹:何を…………まさか……やめて下さい!! 今行きますから!! Voice<<中村樹:全員ぶっ殺せ。残りの全員が敵だ  半数以上の青い点が消えた。殺されたんじゃない。全員が死を選んだ。敵を炙り出す為に。ボクらに全てを託して。 Voice>>All:戻ろう。全員が敵だ。みんな……自分で死を選んだ。ボクらが勝つ為に Voice<<東春海:あぁ  もう、さすがにハルも前進する気にはなれなかったらしい。たった四人になった戦場で、ボクらは撃ちまくった。指を動かす感覚も無くなるくらいに。どこから撃ってくるかわからない、仲間だと思ったら敵だった。そんな自体になっていたんだろう。戦況をひっくり返すには、紛らわしいものがいなくなれば良い。だから消えてくれた。あの人達は、勝つ為に死を選んだ。  死者の数だけ、生者の命は重くなる。ボクらはもう抱えきれない命を背負わされていた。もういい。終わってくれ、こんな戦い。  負担は軽減されるとはいえ、身体を動かされているというのは疲労が蓄積される。ボクらの脚も止まりかけていた。イメージどころじゃない。直立になってしまったまま、トーマは吹っ飛んだ。庇うように、ボクとハルが滑り込んでカバーする。ヘッドギアに二・三の弾丸を掠めながらも、三人を撃破したところで……、 Voice<<柳雄大:撤退しろ。休戦協定が結ばれた Voice>>All:……はい  正直、助かったとしか思えなかった。四人で帰ろうにも、もう歩くイメージをすることさえ困難だ。敵は無限に増えて行くように思えた。どうやってこんなにも増員出来るんだ? 人口の違いか。だったら初めから勝ちようが無いじゃないか。 「おい、生きてるか?」  ヘッドギアを脱ぎ捨てたハルが息も絶え絶えに声を挙げた。 「……うん。疲れたけどなんとか」  トーマも無事みたいだ。ハルがゆっくりと立ちあがった。少し離れた所にタイチが倒れている。 「タイチは? 大丈夫か?」 「疲れたよ……」   眠い。アーマーに動かされるのも楽じゃない。それに、次はボクら四人以外全員新人となる。もう勝てる気がしない。 「イズ! 起きろ。迎えが来たぞ」 「……どうする? 次は勝てるのか?」 「わかんねぇけど……逃げられないならやるしかないだ……ろっと!」  ボクの手を掴んで引っ張り起こしてくれた。言う通りだ。死ぬまで戦うしかない。 武器庫に戻ると、みなヘッドギアを抱えて頭を打ち抜いていた。敵に取られてはいけないという意志が、死してなおも伝わり、ボクらに託された命の重さが深くのしかかった。 その数の多さからか、列ではなく、山のように雑然と積み上げられていた。ここで今から焼却でもするみたいに。  ボクはその山に手を合わせた。それに何の意味があるとも思えないけど。 「死ねねぇな、もう」 「ううん。元々死んだら駄目だったよ」 「あ~……それもそうだな」  そう言って、二人も、タイチも手を合わせた。  この死が、ボクらに絶望と生きる意志を与えた事になると、次の戦いで敵は思い知ることになる。    [3]
   六月二十五日(月)──ボクらが参戦してから六戦目。  新人は九十六人。ボクらにもう負けは許されない。誰にも、この責任は譲らない。だから戦場へのゲートが開いて、うろたえる新人に言ってやった。 Voice>>All:ボクらはこの戦いにもう五度参加して生き残っている。敵を人間だと思うな。慈悲も『生』もいらない。弾丸と確実な『死』だけをくれてやれ  もはや柳隊長よりも人間味に欠けた気がした。それでいい。『人間』でいるのは地上だけ……ルナといる時だけでいい。ボクは殺人(キリング)マシーンにでもなってやる。  被害は三十五人。生き残った新人の六十一人は次の戦闘では経験者になる。  散々死者を出しておいて、今更思うけど、『ゲーム』で済んでいる時点でW・Wを辞めさせれば良いのだ。  けど、本物の戦争に召集されるなんて言っても信じないだろう。  仮に信じてくれたとして……新規の兵は減る一方だ。だから誰も辞めさせようとはしなかったのかもしれない。  ボクらもまた、暗黙のうちに見ず知らずのプレイヤー達を戦争に仕向けているのだ。  七月一日(日)──七戦目。  前回を生き抜いた新人同士が、帰りにおかしな事を言っていた。 「敵国ってズルイですよね! アンドロイド兵士とか。こっちなんか命懸けてるのに」  アンドロイドなものか。最初にボクが殺した敵は間違いなく人間だった。でも、それが戦う為の、生き残る為の知恵かもしれない。人間と思うなとは言ったけど、その発想は無かった。  〝人間を殺した〟よりは、〝アンドロイドを壊した〟方が罪の意識は少ない。そうと思えば、ボクだって最初にあんなに苦しむ事は無かった。  そのせいか、敵を殺す攻勢は一切の容赦が無かった。それでも被害は二十一人。  上出来だと言っていい。  七月十一日(水)──八戦目。  被害五十三。アンドロイドと戦うということが先行して、ただのアトラクションと思っていた新規の新人は全滅。半数近く減った事になる。こっちだって相当殺しているのに終わらない。  ちゃっかりタイチが生き残っていることに、ボクは少なからず彼の実力か幸運かを認めなければいけないと思った。    七月十三日(金)──九戦目。  被害は十三体。3Bがいつも以上に奮闘して見せたこともあったけど、大半が後方の石柱に隠れていたからという事もある。  夢の中でも戦争をしている時があるなんていう兵士もいたけど、ボクはそんな夢さえ見ない。寝ている時でさえ戦うなんてまっぴらという事だろう。夢と言えば、もうしばらく何も見ていない。  ここにいる時は、もしかしたら学校の方が夢なんじゃないかと思う瞬間がある。  ボクは本当のところただの兵士で、学校に通う学生のボクはただの憧れで……なんていう夢。アーマーが固まるから深くは考えないようにしているけど、授業中も席が隣同士なのを良い事に、人知れず繋いでいるルナの手が、存在がただただ欲しくなる。  何度戦っても、今日も『休戦』で、『終戦』じゃない。  AWAKE[1]
 七月十八日(水)  前回の戦闘から五日が経った。多分、もうそろそろだろうとハルとトーマとタイチ──ボクら3Bはなんとなく覚悟を決めていた。  それ故に、デバイスが受信するメールに過敏になり、迷惑メールにさえ安堵した。  そろそろ何か作戦を立てるべきだろうと思い、授業中に考えてもみたけど、段々兵の質が落ちている。アーマーに馴れていないとかじゃなく、人としての中身の方だ。あの高梨と小森コンビを彷彿させる輩が増えているし、それによって志気が下げられている。  もう三桁を越える死者数が出て、その命に救われたボクら四人で戦っていると言い切っても良いくらいだ。  はっきり言って、もう疲れていた。終わりの無いマラソンをさせられているような。クルクルと必死に、回し車の中で走っているハムスターはこんな気分かもしれない。ボクらW・Wプレイヤーはそのゲージの中で飼われているのだ。逃げようとすれば無理矢理回し車の中に入れられる。馬鹿正直にその中に入ろうとする3Bは優秀なハムスターだ。モルモットと言った方が最適だろう。  授業では、社会の平和について語っている。そんなものは無いというのに。  タブレットのSNSアプリを起動してみると、クラスの掲示板ではリアルタイムで更新されていた。匿名だから誰かはわからないけど、表示されている機体番号からすると、三人だ。  『Sって授業中いっつも寝てね?』  『お疲れなんじゃね? ウチらと違って遊んでんだろうし』  『言えてる! こないだおっさんと歩いてんの見たし。ウリやってから羽振り良さそうだし』  『あいつ中学ん時もじゃね?』  いつも寝てるSっていうのは一人しかいない。今もボクの右の席で寝息を起てている。このやり取りを後から見た他の生徒も、そんな印象を持ってしまうわけだ。  声を出したくないから店の注文すらしないのに、おっさんと遊んでいるわけがあるか。  意識しよう。この教室で、今現在タブレットを操作している人。タップする微かな音が聞こえるはずだ。敵を探すと思え。  先生の声が邪魔だ。カツン、と小気味良い音が最右翼後方から聞こえる。同じタイミングで掲示板が更新されたから一人はそこだ。機体番号から見ると、『売り』の話題を出した奴だ。  いくつかのやり取りを見て確信した。『金井道子』だ。そいつと仲の良い奴らと言えば、左翼前方『松田貴子』・左翼後方『渡辺麻里』で確定だ。  食らえ、情報感染(パンデミック)。  『金井さんもこないだおじさんと歩いてるの見たけど? 随分仲良さそうだったね』  新たな機体番号の乱入に、掲示板は止まった。三人は顔を見合わせて教室を見回している。  『誰だよお前!!』  何の為の匿名なのか。何事も無かったようにボクは授業に集中する事にした。返信を待っているのだろうが、するわけがない。勝手に苛立ってくれ。  ……情報戦か。それも良いのかもしれないと思ったけど、どうやって何の情報を流す? 大体、戦況が悪くなればお決まりの『休戦協定』とやらが入って終わる。 「おい、誰だよ! ホラ書き込んだヤツは!」  授業中だぞ? 金井さん。彼女は席を立ち上がって教室中に声を響かせた。あまりにいきなりの事に、先生も驚いていた。 「ど、どうしたんだ? 金井」 「ちょっと黙ってください!!」  勿論、掲示板を見ていない生徒は何が起きているのか全くわかってない。書き込まないだけで見ている人もいるだろうけど……面白そうに笑っている数人がそうだろう。 「なんて書かれてたんだ?」  ボクは平然と訊いてやる。言えば、書き込みの効果は大きくなるが、言うわけはないだろう。それどころか、 「うっせぇよエロ本ヤロー!! 話し掛けんな。一人でエロ本読んでシコッとけよ!!」  教室中で一瞬にしてボクは笑い者になってしまった。ルナを庇って始めたのに、そのルナのせいでこんな事に。というか、もう忘れてくれよ……。  結局、先生になだめられて金井は大人しく座った。ボクが笑い者になっただけだったと考えたら、これは完全な敗戦だ。命が懸かってなくて良かった。蒸し返されたせいで、またしばらくクラスの話題になってしまうだろう。  次の授業──四時限目は英語だ。  滑らかに話す英語が似合わない、歴史物の漫画に出てくる『落ち武者』みたいなおじさんの先生。  掲示板はさっきの事があったから動いていない。それ以前に、この先生は授業中のそういうことには口すっぱく注意するから弄っていないのだろう。だからルナも英語だけは起きるようにしているらしい。相変わらず、当てられても読まないけど。 「じゃあ、次は……須山読んでみろ」  こういう嫌がらせが多い。まぁ、徹底して読まない方にも問題があるけど、四十人もいて、毎回狙ったようにルナばかり当てるのは故意としか思えない。  一応、立つ事は立つけど、先生がもういいって諦めるまでひたすら無言を貫く。その精神力は逆に凄いとさえ思う。 「間違っても良いんだ。まず読んでみよう。な?」  クスクスと笑いが起きる。でもいつもそんなものにも動じない。けど今日は珍しく、タブレットを持って画面を見ていた。 「お? そうだ。頑張ろうな。さぁ、須山頑張れ」  黒いアイメイクの目は険しかった。やたら機嫌の良さそうな先生に怒っている? まさか本当に読むのか? 何度か息を吸っては吐いてを繰り返し……、 「寝てる時に掲示板でしか文句も言えないクソビッチはオッサンのしなびたモンで満足らしいー。IN・ホテルブルースカイ新宿て~ん」  一息で叩き付けられたそれに、教室中が凍りついた。ただ一人を除いて。 「テッメェー!! なんなんだよ!!」  金井が激怒していた。ボクが適当に書き込んだのもあながち間違いではなかったらしい。ルナの席まで来て机を叩くも、当の本人は知ったこっちゃないという風だ。 「なに怒ってんの?」 「わけわかんねぇこと言ってっからだろうが!!」 「別に誰とか言ってないじゃん。中二ん時からおっさんと歩いてるの見るけど、新宿のホテル街は結構危ないからやめた方がいいよ」  金井は図星を突かれたのか、言葉も無く、顔がみるみる赤くなっていく。 「あれか? テメーもオッサンとヤッて金貰ってんだろ」 「あの辺のライブハウスとかスタジオによく行ってただけ。一緒にされたくない。つか、授業中だから座ったら?」 「ケンカ吹っかけといてなんなんだよ!?」  止めるように、先生に期待が向けられるも、普段話さない生徒が突然ケンカしているから混乱しているのだろう。狼狽するばかりで止めに入ろうともしない。  ボクだって止められないから当然か。 「先に吹っかけてんのそっちだろうがよ! ギャーギャーうっせえんだっつーの!! ヒステリーかましてんじゃねぇよ。テメー更年期か? 実はババアだろ。何年ダブってんだ。さっさと卒業しろ!!」  という啖呵を切って立ち上がったルナに、教室の空気は凍えるようだ。とんでもない勢いで怒ってるけど、言ってる事は面白い。絶対に笑えないけど。その口調は、『魅由さん』由来のものだろう。真似ているのか、移ったのかはわからない。 「つーかバカみてぇに髪染めてっから遊んでるように見えんだろうがよ!!」 「これ地毛だっつーの!! 羨ましいか?」 「はぁ!?」  完全に怒ってるように見えても、冷静に机の中にある何かを探している。ペン一本でも人は殺せる。やりかねない。大切なのは体格や力じゃなくて殺意だ。 「テメーみてぇにビビりながら髪染めて必死こいてトリートメント塗りたくってクッセー頭になる必要もねーんだよ!! つか、陽を笑いモンにしたの謝れよ」  左手で持っている物がちらりと見えた。カッターだ。チキチキと刃を出す音を抑えながら、机の中で刃が伸ばされている。ボクの為に怒っているというなら、その『笑いモン』の大元は自分自身にあるというのに……。金井も二時限連続でボクらとケンカする羽目になるとは、中々の厄日だ。 「イズ、止めた方が良いんじゃ……」  振り返ったトーマがヒソヒソと言う。止められるのだろうか。 「いや……無理だって……やるしかないけど」  とりあえず、カッターを持った左手を、ボクは掴んだ。 「なに?」 「それは駄目だ。こんな奴の為に人生を棒に振るな!」 「ほっといていいって」 「こんな奴とか言ってんじゃねーよ!!」  なんで二対一になっているんだ……。とりあえず金井は無視しておこう。 「約束守るんだろ? 高校卒業出来なくなるぞ?」 「約束とか人生とか全部どうでもいいって言ってんじゃん!!」 「人を惚れさせといてどうでもいいとか言うなよ!!」  思わず言ってしまった。こんな所で。こんな時に。はやし立てる声も聞こえ始めて、ケンカは水を差されて終わりを迎えそうだ。ボクは何度笑い者になればいいんのか。無事に収まるならもうそれで良いかもしれない。金井は席に戻ろうと踵を返すも、まだ腹の虫が収まらないらしい。 「つかさぁ、そのキャンキャンうっせーチワワみてーな声──!?」  ………………。  気が付いたら、ボクの握っていた手に、ルナの手は無くて、教室中の視線は集まっていて、先生は何か叫んでいて……金井は鼻から血を流して倒れていた。 「──る! ずるッ!! 日出!!」  ……人生を棒に振ったのはボクの方だった。  地下戦争一の兵士が思いっきり殴っていた。立ち上がって踏み込む速さも、腰の捻りも拳の握りも完璧だったのに殺せなかったと思ってしまったボクは、本当にただの兵士だ。 「何してるんだ!! 日出」 「なんとなく……つい……」 「失敗だ?」 「お前はなんとなくで女子を殴るのか!! 誰か保健の先生呼んで来い!! 金井を動かすなよ! 日出は生徒指導室だ。来い」  ルナは呆れたように笑って、「バーカ」と口だけ言っていた。ハルに至っては、机に突っ伏して何も知らない風を装っているけど、肩が震えているから笑いを堪えているのだろう。  ボクは昼休みも午後の授業も無くなり、入れ替わり立ち代わり先生が説教して行く。挙句に、金井の両親までやって来てがなり立てた。クラスのSNSなんかあるから悪いのに。 「日出、これは立派な傷害罪だ。警察を呼んだからもうじき来る」  六時限目のチャイムが終わったくらいで、学年主任の先生がそう言った。そろそろ正座が辛くなって来た。まるで警察の取調べみたいだ。経験は無いけどこんな感じで追い込んでいくのだろう。  相変わらず、金井の両親は煩いままだ。あの後、ルナは大丈夫かなぁなんて考えたけど、騒ぎは起きてないみたいだから大丈夫だろう。  生徒指導室のドアが開いて、警察がやってくると、先生達は立ち上がってお辞儀した。 「それで、問題の生徒さんはこちらですか?」 「はい。一年B組の日出陽です。女子生徒を授業中に殴りつけたということで。これは立派な傷害罪ですよね?」  金井父の言葉もそこそこに聞き、警官はタブレットを操作して何か入力していた。その画面に映ったであろうものに何度か、そしてにこやかに頷いた。 「日出君……か。まぁ、今回は生徒同士の問題ですし、不問という事でいいでしょう」  不気味なほど穏やかな警官に、ボクも先生達も言葉が出なかった。不問なわけあるか。勿論、大事な娘を傷付けられた金井両親は黙っているわけが無い。 「冗談じゃない!! あんた公務員だろ! 仕事をしろ!!」 「はい。末端ですが、国家機関の一部です。ですが、聞けば日出君はとても従順で優秀な生徒だということですし……今回の事は問題ありません。それが、あなたの言う公務員の判断です」  『国家機関』──その言葉でボクは気付いた。従順で優秀な兵士ということだ。この警官もまた、ボクら(W・W)の側ということだ。それを証明するかのように、正座しているボクに手を差し伸べた。 「さ、日出君。立つんだ」 「…………はい」  三時間近く正座させられているから、脚の感覚なんかもう無かった。警官は何を思ったのか、肩まで貸してくれてボクを立たせてくれた。 「では、私はこれで」  敬礼までしていった。他の誰でも無いボクに向けて。  金井両親は怒りに震えていた。よく考えてみたら、義務教育になっている今なら、先生だって公務員で国家機関の一部のはずだ。説教こそするものの、退学とか、停学といった処分の話も無い。 「日出とか言ったな!! お前を絶対に留置所にぶちこんでやるからな!! 腕の良い弁護士を知ってるんだ。あんな末端のものじゃない本物の国家権力をなめるな!!」  何を言っているんだ、このおじさんは。そんなのは重々承知だ。 「はい。なめてませんよ」  捕まえた兵士を絶対に逃がさないことも。明らかな事件さえ揉み消してくれる事も。国家権力の力はもう嫌になるほど思い知らされた。  金井両親も帰り、先生にも釈放されたボクは生徒指導室を出た。「お! 終わったのか? どうだった?」  ハルとトーマが待っていてくれた。 「警官のおかげで無罪放免だって」 「警官の? 僕達も今名前聞かれて敬礼されたんだよ」 「考えてみろよ。国家機関の一部だ。ボクらの事を知ってる」  二人とも合点が行ったみたいだった。だったら何をやっても無罪になるのかと思ったけど、今度こそ留置所と地下戦争の往復になってしまっても困る。 「あ、そうだ。イズ! 須山さんが教室で待ってるから行ってやれよ」 「須山……さん?」  多分、あのケンカの様子を見てハルは完全に引いてしまったんだろう。魅由さんの話を先に聞いてなかったら、ボクも相当に驚いたかもしれないし。 「あぁ。俺ら先に帰るからよ。じゃあな」 「ルナに伝えるように言われたのか?」 「うん。凄い大人しかったから反省してるのかも」  そうじゃないだろう。平常運転に戻っただけで。二人と階段で別れて、ボクは教室のある四階まで戻った。  タブレットを弄りながら、一人でいても寂しそうな様子も無い。「話したんだな、ハル達と」  席に座りながら声を掛け、誰もいなくなった教室でボクは前を向いていた。なんとなく、顔を見られなかった。 「うん。会いたかったから。なんでケンカしてんのかと思ったらしょうもないことで揉めたんだね。しかもアタシのこと」 「ルナのことだからしょうもないことじゃなかったんだ。それに、人の事言えないだろ? あんなに怒らなくてもいいのに」 「あ~、言えてる……ありがとね。金井の鼻の骨折れてるって保健の先生言ってたよ。せっかく整形したのに無駄になったね」 「整形?」 「うん。去年の冬休みかな。バレバレだったけど誰も言わなかったから、本人はさりげなくやったとか思ってんじゃん?」  言われてみれば、違和感はあった。両親は鼻高いわけでも無いのに娘一人が高いわけはないはずだし。 「じゃあ丁度良かったんじゃないか? 付けっ鼻みたいで似合ってなかったし」 「プッ……アッハハ……全っ然反省してないじゃん!」 「それを笑うならルナもそうだろ」 「だってアタシ正論しか言ってないじゃん? あ! ねぇ、これ見て」  寄越されたタブレットの画面には、掲示板が表示されていて、新しいスレッドが立てられていた。『1─Bの超危険カップル』とかいうタイトルだ。  『これまで全く話さなかった須山ルナは、クラスメイト相手にブ  チ切れ。それを仲裁に入った、普段は真面目で大人しい日出陽  はその女子生徒の顔面を殴りつけて病院送りに!!』、  掻い摘みすぎて完全にボクらが悪い事になっている。 「これで自他共に認めるカップルだね」 「見るところそっちなのか……カップルとか括りはどうでもいいんだろ」   「うん。でも言われて悪い気分でも無いし。なかなか無いよね、あの空気で告白。なんだっけ? もう一回言ってみて」 「勢いだよ、あれは」 「そっか……ウソなんだ」 「そうじゃない! ボクはルナが好きだ。雨の日に話し掛ける前から興味があった。全然話さないからどんな声してるんだろうとか。なんで話さないんだろうとか……だから声を聞いてみたくて声を掛けたんだと思う」 「うん。こないだも言ったけど、スゴイ嬉しかった。だからバカにされたこと黙ってられなくてさ」  エロ本の件については自覚無しとは。 「ゴーイングマイウェイもいいところだよな、ルナは」 「アタシの人生にはアタシの道しか無いんだから、他にどこ歩いたら良いの?」 「……うん。それで良いと思う、ルナは」 「バカにしてない?」 「してないって。羨ましいよ。強くて。絶対にぶれなくて」  そんな精神的な強さがあれば、ボクは地下でもっと多くの命を奪えるのだろうか。  部活に励む生徒の声が聞こえる。軽快なバッティングの音だったり、音楽室は吹奏楽部に使われるから、屋上で練習する合唱部の歌声だったり。この静寂の教室と外は別な世界みたいだ。 「放課後の教室に二人っきりっていうこの状況、ドキドキしませんかー?」 「ん~……ドキドキっていうより現実味が無いな」 「これは現実です。つか、散々したのに好きっていうのは口だけなのー?」  それが何を意図しているかはわかる。 「誰か来るかもしれないし」 「もう来ないよ。部活中だし」 「忘れ物取りに来るとか」 「部活終わるまで来ないっしょ」 「……見回りの先生とか。帰されるかも」 「別に悪いことしてないし」  次の言葉を探していると、ルナはボクの机の上に胡坐をかいて座った。 「あー、この座り方ダメだったっけ? 体育座りの方が良い?」  今机の上でそんな座り方を選ぶな。 「……誰も来ないかもしれないけど、遠いし無理だ」 「じゃあ狭い」  下がれということか。後ろの席ごと、ボクは椅子を下げると、特等席になっている膝の上に座った。(ノア)と同じじゃないか。 「来いよヘタレ」  その挑発に乗るだろうと彼女はわかっている。負けず嫌いだとわかっているから。教室のドアの方に目をやって、ボクは乗ってやった。あの日以来の感触……というわけでもない。駅のホームだったり、電車の中だったり。人目を盗んではそうすることが普通で、愛情表現で『遊び』の一種である彼女とはほとんど毎日だった。 「なんで止めたの? これ」  満足そうな顔で、机に手を伸ばし、カッターを見せた。この膝の上にある存在をいつでも感じられたら良いのに。そう思ったから、カッターを取り上げて、刃を伸ばした。 「これはあいつを切るものじゃない………………」  言い切るには覚悟が必要だった。ボクは新品で切れ味の良さそうな伸びた刃を見て、覚悟を決めた。 「ボクを切るためのものだ……だから、やろう。ルナがいると言う事をいつでも感じていたい」  驚いているルナの手に、カッターを返した。やろうとは言ったものの、傷を付ける側になることに抵抗はまだあるから。 「良いの? 傷付けたくないって言ってたじゃん」 「存在を残すんだろ? 傷とは考えなければ良い」 「うん。これは愛情だよ」  刃を伸ばしきったカッターを持って、嬉しそうな顔をしているというのも妙な話だ。 「どこにする?」 「腕……じゃないか?」  制服は半袖のシャツだからもうお互いに露出しているし。秋になって制服が冬服に戻るまで隠す事が出来ないけど、仕方無い。  差し出したボクの左腕に、ルナは刃を当てる。 「……ちょっと待った。加減わかってる?」 「やったこと無いしわかんないよ。でも大丈夫っしょ……多分」  不安な一言が付いて来た。即死は無いとはいえ、遠回しにこれは相手に命を預けるという事だ。命を預かると言うことだ。本当に、愛情表現の一つなのかもしれない。    一本目──震えるルナの手は、刃を当てて、切るというよりは軽く引いただけといって良かった。まばらな切り取り線みたいになった線からポツポツと玉のような血が、皮膚をこじ開けるみたいに腕から出て来た。      「これだと消えそうだな」      「あんま深いと危ないと思って。加減が難しいね」       カッターを渡される。  二本目──差し出された白い左腕を、脈々と血管が走っている。こいつらをきったら大変な事になると思ったら、同じような事になった。切った感触なんて何も無かった。      「難しいな」      「だよね。でも、もっとやるうちに上手くなるよ」      「腕切るのが上手くなってもな」      「キスが上手いのと同じだよ」       上手い下手があるのか、それにも。ボクはどうなんだろう? 聞こうと思ったけど、上手いわけがない。  三本目──やや深い。金属の冷たさが身体に侵入して来た。完全に〝切られた〟感触だ。玉じゃなく、じわりと線が赤く染まった。      「痛い?」      「そりゃあね。切られたんだから」      「アタシにもちょうだい。その痛み」  四本目──まだボクの手には遠慮が残っていた。その手を、ルナは押さえつける。      「もっと深く」      「危ないぞ」      「でもそれじゃ消えるよ」       ほんの一ミリにも満たないであろう深度を加えて、ボクは一本目と平行に線を引いた。同じように血が零れて来た。刃の淵には二人分の血が混ざり合って着いていた。      「ちっちゃい。もっとおっきいのがいい」  五本目──加減がわかったのか、線を引くのが早い。躊躇いはなかった。少しくらい躊躇して欲しい気もするけど。  六本目──ボクの手はまだ少し震えた。これは絶対に『普通ではない。わかっている……でもボクはこの方法を選んだ。唇を噛み締めて、痛みを堪えるように、引かれる線をルナは見ていた。      「痛かった?」      「うん。でも、生きてるから痛いんだよね」  七本目──ルナは嬉しそうだった。切る事で自分の存在を相手に残し、自分にも残る。『魅由』以外の人とはほとんど交流を持たずに、ずっと一人だった彼女はやっとそうしたい相手が出来たのだから嬉しいだろう。  八本目──ボクだってまさか初めて好きになった人とこんな事をするなんて思わなかった。  九本目──でも喜んでいるからそれで良しとしよう。  十本目──それが愛情表現だと教えた、『あの女』の顔が頭を横切った。  十一本目──目に蝶を飼う女。あいつがいなければ、ルナはもっとまともで……でもずっと一人だった。  十二本目──もしかしたら、『声』という自分への嫌悪感から、ボクは出会う事無く死んでいたかもしれない。  十三本目──ボクは感謝するべきなのか?  十四本目──邪魔だ。ルナがこんなに嬉しそうなのに、他の女の事を考えるな。ルナの中で『魅由さん』はもう死んでいる。でもボクはこれから想い出を重ねて、塗り替えていける。  十五本目──壊れてるなぁ。彼女はこれに憧れていたんだ。病んでいる笑みでもなく、ただ純粋に……いつものキスをした後の顔だ。  十六本目──「そうだ。ペアリング欲しい」と、とろんとした顔でルナは言った。「どこかに買いに行く?」「ううん。今ここで作ればいいよ」と、血の滴る腕を上げて、手の甲をボクに向けた。薬指にカッターを当てて一周させると、皮膚が薄いせいか、少し唇を噛んで耐えているみたいだった。  十七本目──「お返し」と、ボクの薬指にも刃が当てられて、血の指輪交換になった。やりにくいから、形はお互いに歪だった。  十八本目──「これペアか?」「他に無いっしょ?」「まぁ、いないだろうな」と、ボクは思わずキスした。油断していたのか、身体をビクッとさせて、やられっぱなしにならないようにしっかりボクの唇を噛んだ。  十九本目──「痛いな」「腕?」「唇」「血が出てるよ」と言うなり、唇から流れる血を舐めた。  二十本目──「皮食べたんだけどこれってカニバリズムってやつだよね?」「皮だけでそう言うのかな……」と返すと、少しガッカリしていた。  二十一本目──「食いたいのか? 人肉」「美味しくないって聞くけどね。興味本位?」「だったらボクにも食わせろよ」なんて口走ってしまって、勢いで首元に噛み付く。少し高くて、ボクの脳内を溶かすような甘い声が一瞬聞こえた。  二十二本目──いっそ、あの燐火の蝶がいる腹部を食い千切ってやりたい。あの女を消してやりたい。でも、ボクには無理だとわかっているから、この方法を選ん二十三本目──だのかもしれない。こんなのは、ただの醜い、嫉二十四本目──妬でしかない。愛情表現に違いは無いけれど。  二十五本目──ルナのキスが激しかった。「触って」と、ボクの右手を掴んで、ブラウスの中に突っ込んだ。「そういうのは嫌いなんじゃなかったのか?」「でも触られると気持ち良いって、魅由さんが言ってたから」──またあいつか。揉むという表現にはちょっとばかり足りない。刃物を持つ女子には絶対に言ってはいけない。  二十……もういい。いちいち腰を振る数なんて数えないだろう。 更にお互い三本ずつ線を引いてカッターの受け渡しをした後、ルナは抱き付いてきてカッターを落とした。スプラッター映画みたいに、ボクのシャツの右側は血がべったり着いた。薬指の『ペアリング』のせいで、お互いに触れた顔にも血が着いていて、もうグチャグチャだった。  『空白』に頭が侵食されていく。ここがどこかも判らなくなるほどに。  ブラウスのボタンを外すと、彼女の吐息混じりの甘い声は激しさを増した。  バットが白球を叩く音が軽快に聞こえる。サッカーボールが蹴られる音。四階のこの教室のほぼ真上にある合唱部の歌声。それらも遠くなって行くようだった。  『無音』に飲み込まれていく。さっきまであった部活の音も、合唱部の声も聞こえない。あるのは、息混じりの声と、舌の絡む音。  (キズ)に触れたシャツが刺激するせいで、苦悶の声を漏らす。  キス、キス、キスキスキス。重ねる唇は貪るように、求めるのはお互いの存在だけで、言葉も要らなかった。  触れた柔らかな肌は、季節がら汗ばんでいた。温もりというよりは、灼熱の如き熱を帯びていた。燃え盛る心が、身体に火を点けたみたいに。  どんな一瞬の表情も見逃すまいと、彼女はキスの最中も目は閉じない。ボクも同じく。細まる目が嬉しそうな心を伝える。きっと同じようにボクの心も伝わっているはずだ。  瞬刻の隙を突いた様に、彼女の目はイタズラ猫のそれに変わる。()ッ……唇を噛み千切られる。カニバリズムへの僅かな憧れによる犯行。謝る代わりに出された舌を、ボクは噛んでやった。  胸の柔らかな部分にある突起で指を躍らせた。太陽光を得て更に明るさを増した髪を振り乱す。シャツのボタンが外される。Tシャツが捲くられる。首から、噛まれ、吸われ、どんどん下へ向かっていくと、ルナが背にしていたボクの机は倒された。廊下にも誰もいないみたいだ。何の反応も無い。  呼吸が荒れる。お互いに。  『消失』したみたいだ。この世界から。何もかもが。ボクら二人だけを残して。音も。景色も。  この世界にはボクらの姿しか無くて、ボクらの音しかない。言葉も無くて、ただ求め合う音と、存在を伝える鼓動の音しかない。  本能的な求愛行為は二〇四五年の今でも、太古昔の原始の時代も変わらないのかもしれない。変える必要も無い。求める相手がいれば、必要な事はただ一つ、相手を悦ばせるだけ。  『衝動』よ……お前がこの場を支配したみたいだな。  なし崩し的に椅子から降りたら、身を隠してくれるように机が並んでいた。掃除したばかりとはいえ、ボクも含めて適当にやるもんだからまだ汚い。  ただ、じっと何かを言うでもなく見つめ合っていた。時が止まったみたいに。いっそ、本当に止まって欲しかった。この誰もいない世界で。二人っきりでいられるなら。 「いいよ」  ルナの囁くような微かな声も、無音の中でははっきりと響くように聞こえた。『何が』良いのかは聞かなくても良かった。  バレたら国家権力で揉み消して貰えるのだろうか……。そう思っていると、ガタッ……っとドアの方で音がして、ボクらは息を潜めた。 「誰かいるの?」   机が倒れているから不審がったのか、女子生徒が教室に入ってきて、血塗れで上半身のはだけたボクらを見るなり、その女子生徒は青ざめた顔で走って行った。しかも、そいつは『佐々木由紀奈』でトーマの彼女だ。 「サイアクな終わり……」  三十分ちょっとの初めての行為は強制終了させられた。残念そうに終わりをわかっても、ルナはまだ起きない。 「このままで帰れないな。腕も顔も洗わないと」 「多分、洗ったら水で血ももっと流れるよ」  あぁ、だから自殺者は風呂場で手首を切って死んだりするのか。映画でのワンシーンだったり、報道だったりでそんな知識はあった。 「だったら、保健室で消毒して包帯巻こう」 「陽のシャツどうする?」 「……どうしようもないって。誰だよ、付けたの。まぁ、ルナも酷いことになってるけど」 「つい……ね。血液型なに?」 「B」 「一緒じゃん。輸血輸血♪」  どっちの輸血かもわからないけど、腕を擦り付けると、そこに走るヒリヒリとした痛みから、二人で顔をしかめて笑った……血を流しながら。愛を、存在をお互いに腕に滲ませながら。  机の周りの床にも血が付いていた。ルナはそれを靴で擦って、消した。まだ身体に熱い熱が残っていた。色々考えながらも、切り付け合うなんていう事で、お互いに気持ち良くなってしまっていた。  誰もいない廊下を歩きながら、ルナは言った。 「ワガママ同士はぶつかるだけだって言ってたけどさ、こうやって隣歩いたらぶつかんないじゃん。ワガママ同士だから気分で道がウネウネして離れたり近付いたりするし、重なった時は──」 「キスする」  先手を打って言ったのに、ルナは不愉快そうに頬を膨らましたと思ったら、ちっちゃい身体でタックルして来た。 「アタシの道だー!! って吹っ飛ばすよ」  壁にぶつかったせいで、今度はシャツに自分の血が着いた。 「それにさ、お互い好きなら最期まで一緒に行けるんじゃん?」 「……最後?」 「死ぬとき」  形は違えど、ボクらはお互いに『死』を間近で見て来た。だからすぐ傍にそいつはあって、いつ訪れるかわからない事もわかっている。 「あぁ。一緒に生きよう」  その決意を試すように、デバイスが短く振動した。  あぁ……ついに来たか。  夜までに痛みが治まると良いけど。  『召集令  本日 二〇:〇〇 有楽町駅 中央口 先日送付したカードを忘れない事』  いつもの文言だ。 「またハルからだ。激辛の店のお誘い」 「お腹壊したのにまた行くの?」 「例えそれが痛くて(つら)くて、死ぬかもしれないとわかっていても、行かなきゃいけない時があるんだよ」  ボクは至って真面目に言うと、ルナは呆れた調子で、 「ご飯食べに行くだけでバカじゃないの?」 「……確かに。今度スイーツバイキングに行こう。前に言ってたじゃないか」 「夏休みになるしねー。どっか遠出したいから空けといてね」 「何日くらい?」 「全部」  反論は無いし、させようともしない感じだ。  先生に見付かると面倒だから、保健室にそーっと忍び込んだものの、ベッドメイキングを終えた先生とバッチリ鉢合わせしてしまった。普段保健室には来ないから、合うのは四月の身体測定以来だ。 いつも気だるそうな背の高い女の先生は、外見は美零さんを思わせる雰囲気だった。  二人の腕を見るなり、顔を引き攣らせて苦笑いで、 「お~、極悪人。女子の顔面ぶん殴る鬼畜男子がどうした?」  さっきの事件を茶化すと、座るように椅子を指した。女子優先(レディファースト)で治療はルナからだった。座るのを拒んで、ルナは立ったまま腕を出した。 「ケンカの理由は──」 「わかってるよー。暇だとSNS見てるから学校の事は大体把握してるし。別に男女交際禁止じゃないから良いんだけどさ。もう少し人目を気にしたら?」  ルナが話さないのは先生も知っているから、治療をしながらも目線はボクに向いた。 「包帯で隠しておきますよ」 「隠れてないから言ってんの。首元とか……ちょっと二人上脱いでみ」  カーテンを閉めてくれて、二人してシャツを脱ぐ羽目になった。 「君達さぁ、ここがどこだかわかってんの? 学校だよ、学校。随分と激しいみたいだねぇ」  青紫の痣だったり、噛み跡だったり……ボクの背中には爪を立てられた跡まであるらしい。言い訳を探しているうちに、先生は続ける。 「しかもさぁ、君達駅でチュッチュやってんの見かけたことあるけど? 隠れてるつもりでも見えてんのよ。しかも制服だし」  ぐうの音も出ないくらい反論の余地は無い。 「少し……工夫します」  もうしませんとは決して言わない。ルナはそれに対してプッと噴出した。先生は少し驚いていた。全く話さない生徒が笑っている所を初めて見たのだろう。  消毒液で血を拭き取ると、ボクが引いた線は鮮明に現れて、所々からは血がまだ出ていた。ガーゼを当てて包帯を巻いてルナは終わり。ボクにはどんな線が引かれているのだろう。 「そういえば日出君て転校生だったわよね?」 「はい。四月からこの学校に来ました」 「てことは……三ヶ月で難攻不落の女の子を陥落させたわけだ。意外とやり手ね。どうやったの?」  難攻不落というよりも、誰も落としに掛からなかった城なのに。 「特に何も……アダムとイヴが仲良くなるのに時間は掛かると思いますか?」 「世界に二人きりなら時間は要らないでしょうね。故に、〝仲が良い〟とか〝仲が悪い〟とかいう概念も無い」 「ボクらもそういう事です。ボクの世界に女の子はルナしかいないし、逆に──」 「アタシも、同じ。陽が好きだから時間とか関係無い」  先生の驚いた顔が、ボクの隣に立つルナに向いた。 「須山ちゃんが中学の時から、わたしここで働いてるけどさ~、初めて声聞いた」 「言いたかったから。それだけ」  サービス終了とばかりに、口を固く閉めた。もう何も話しませんという意志がありありと感じられる。 「もっと喋んなよ。せっかく可愛い声して……んだからさぁ」  消毒をしながら、先生の手も声も一瞬止まった。思いの他ボクの傷は深かったのか? 医者のそんな反応は恐い。 「どうしたんですか?」 「…………いや。なんでも。気にしなくていいから」  血は止まっていた。深くはないみたいだ。 「日出君、昔大きな傷とか……病気で入院とかしたことある?」 「いえ。ありませんけど……この傷、残りますか?」  腕を見つめたまま、ボクの名前を何度か繰り返し、先生は我に返って、 「ん~……薄くはなるけど消えないかもね。残念ながら」 「いえ。それで良いんです。その為にお互い切ったので」  包帯を巻きながら、先生は笑った。『馬鹿な事』とか言いそうなのに。というか、それでいいのだろうか、先生として。 「若いって良いねぇ。そうやって後先考えないで衝動的にものごとやれるから」  治療は終わったけど、ボクはなんとなく聞いてみた。 「大人は出来ないんですか?」 「出来ないって言うか、考えてしまうって方が正しい。結局、〝出来ない〟で正しいのか。生徒達見てると楽しそうね~って感じ」 「……大人になると楽しくないんですか?」 「あんたらも年中楽しいわけじゃないでしょ? 辛い時もあれば楽しい時もある。それはいくつになっても同じよ」 「先生はいつ楽しいですか?」 「わたしは……自称S系の男がわたしに跪いてる時が楽しいわね。お前のSなんかたいした事ねぇっつーの。ついでに、生徒も何人か摘んでるし、人生エンジョイしてる方だと思うけど。女医だけに」  目をキランとさせて、ボクらの反応を待っているみたいだけど、しょうもない駄洒落の反応よりも、この人は先生で良いのか!? ボクらは聞いちゃいけないこと聞いてないか? そんな疑問の方が強い。ルナはまた隣で笑いそうになっているのを、顔を伏せて隠していた。 「須山ちゃんは笑いたい時は笑う! そして日出君。なんだこのクソつまんねぇババアとか思ってないでしょうね? これでも二十八なの。ババアとか言ったら校庭に埋めんぞ? なぁ?」 「い……いえ。素敵なお姉さんだなって思います……先生らしくないので驚いただけで……」  恐い……。ただただこの威圧感は本物だ。『姉御』呼ばわりされている意味がわかった。 「治療は終わったし放課後だしもう先生は終わってんのよ。とりあえず、イチャイチャするんならもう少し目立たない所でやること。須山ちゃんはただでさえ目立つんだから」 「やっぱり、髪色ですか?」 「そんなのは学校出たらたいした問題じゃないって。もう、日出君と二人でいる時の空気がすっごいキラキラしてんだからさ、須山ちゃんは。全身発光体連れて歩いてるようなもんなんだから、覚えておきなさい。あと、もう切らないこと。良い?」  険しい剣幕でそう言うものの、ルナには当然どこ吹く風で、ただ頷いただけだった。  ボクもまた口では「はい」と言うものの、それは聞けないと内心で舌を出した。それも見透かしたように、先生は微笑んで見た。  帰り道、十字路で派手に事故にあっていた車があった。ノアが置かれていた方とは反対方向に向かって、歩道の電柱に突っ込んでフロントは潰れていた。  その様は天国と地獄の分かれ道みたいに思えた。  車の持ち主は金井の両親だった。国家権力(ボクら)の力を思い知ったのは向こうだったみたいだ。車の横もひしゃげているし、きっと事故に遭わされたのだろう。そこまでして、兵士(ボク)を守りたいらしい、この国は。イカれてる。  [2]
   指定された二十時を回ろうとした頃、パチンコ屋の前で合流したハル達は、ボクの姿を見るなり驚いていた。当然だ。結局シャツは血が付いたままだし、腕には包帯が巻かれている。何事かと思うのが普通だ。 「なんかあったのか? いや、絶対あったよな!?」 「まぁ……色々。でも心配するような事じゃないから」  さすがに言わない方が良いだろう。これから戦闘なのに、余計な事を考えてアーマーが固まっても困る。  他のプレイヤーが揃ったところで、ボクは入り口でカードを提示してドアを開けた。新規のプレイヤーがいるはずだけど、何の動揺も無いのは事前に誰かが説明していたからだろう。ありがたい。  整列して、登録も済ませたプレイヤーから武器庫に向かう。もう慣れた手順で着替えもしていると、ハルは包帯の巻かれた腕を指して、 「なぁ、それ支障は無いのか?」 「むしろ調子良いくらいだ」  武装服が擦れて痛い。でも、その痛みが生きている事を実感させる。その存在を実感させてくれる。 「アタシはここにいるよ?」  そう言っているみたいだった。  問題は、今回の敵軍はどんな作戦で来るのかという事だ。この三戦とも、特に作戦は無く縦横無尽にただ攻めて来ているだけにも思える。その方法は肉弾戦も含めた超接近戦でもあるし、ナイフを使う奴だっている。はっきり言ってタチが悪い。 Voice<<成田誠:日出さん、作戦はありますか?  すっかりボクの部下みたいになっている、成田という都内の学校に通う高校二年生は指示の催促をして来た。年上なんだけど、ここでの経験上、ボクの方が上だと見ているらしい。  ただ攻めてくるだけだから、飛高さんの残した作戦が有効だ。攻撃は凌ぎ切れば良いだけの話。たまにいる超長距離スナイパーが厄介だけど、遮蔽物を貫通するものではない。 Voice>>All:いつも通りで行こう。ボクらが切り拓く Voice<<成田誠:だったら、俺にも行かせてくださいよ。同行させてください Voice>>All:いや後ろの部隊を仕切ってくれ。そっちが瓦解したら元も子もない Voice<<成田誠:でも! 俺だって強いですよ。アーマーももう慣れましたし  ごつんと、成田の頭に拳を当てて、ハルは言う。 Voice<<東春海:だから後ろを守れってーの。前ばっか強くてもしょうがねーんだよ。信頼してんだぜ? 日出隊長は。なぁ?  隊長なんて言われるのはなんだか慣れない。でも、これは飛高さんの跡を継いでの立場だ。譲りたくは無い。  渋々、指示に従ってくれた成田はみんなに作戦の伝達をしに去って行った。 Voice>>All:ボクが隊長か…… Voice<<仁科冬真:実際、一番仕切ってるし良いんじゃないかな?  トーマもそう言うし、納得して従ってくれているのはありがたい事だ。一部にはやっぱり戦う意志の無い奴もいるけど、ゲートが開けばそいつらだって命を懸けることになる。たとえ後衛にいたとしても、自分が死にそうになれば戦うはずだ。  程無くして、今日もついにゲートが開いて開戦した。 Voice>>All:3B……いや、4Bの十戦目だ。行くぞ!!  ボクらは一斉に駆け出した。飛高さんが行っていた通り、経験に勝る武器は無い。その証拠に、新規の兵よりもタイチは強い。だからボクはもう彼を『+1』とは考えなかった。 Voice<<山本太一:ありがとう、イズ君 Voice>>All:何も礼を言われるような事はしてない  ボクはそう言った方が良いと判断した。  レーダー──今日も相変わらずの作戦も無い特攻仕様らしい。  その勝負でボクらが負けるわけにはいかない。以前よりもスピードが増しているのは双方共に同じだった。最初から生き残っている奴らがいるのかもしれない。 Voice>>All:来るぞ!! 構えろ Voice<<東春海:わーってるって!!  石柱を十五本過ぎた辺りで見えた相手の手に、銃を構えられてはいない。一瞬、体が沈んだのをボクは見逃さなかった。  跳び蹴りで勢い良く突っ込んでくる敵をかわし、隣を駆けるハルがショットガンで撃ち落とす。 Voice<<東春海:しゃあ! 先行取った!!  駆ける勢いは、そのハルの威勢と共に増して行く。石柱を更に五本越える頃には、敵の死体は二十を越えた。ボクらを素通りして行った奴らだって後方で殺されている。  もう、今日戦争が終わるとは考えていない。それでも、いつかは終わらせられるはずだ。ボクらの死以外の方法で。奴らを全滅させると言う方法で。 Voice<<仁科冬真:皆止まって!! 隠れるんだ!!  珍しくトーマが叫んだ。スコープで何か見えたんだろうと思ったボクらは、近くの右列の石柱に身を寄せた。 Voice>>All:何かあったのか? Voice<<仁科冬真:うん。見間違いじゃなければ……あんなの反則だよ!! Voice<<東春海:んだよ! 何があったか言えよ!! Voice<<仁科冬真:ロケットランチャーみたいなのを持ってる奴が見えたんだ  被弾どころの話じゃない。そんな物って、対人戦で使う武器なのか? 迂闊な特攻では的になってたかもしれない。掠る事さえ許されないじゃないか。それどころか、この石柱──施設だって壊せるんじゃないのか? Voice<<東春海:どうする?  ハルも、トーマもタイチもボクに判断を委ねた。もし、進んだ先にそんな兵器を持った奴が大挙していたら? 本格的にこの戦いを終わらせに来ているのは向こうの方だ。 Voice>>All:……いつだってやることは一つだろ? Voice<<東春海:俺、好きだぜ。そういう所 Voice>>All:当たり前だろ。どうせハルにはそれしか出来ないんだし Voice<<東春海:わかってんじゃねーか!  トーマもタイチも頷いた。小手先の作戦はボクらには無意味だ。いつだって、生きる為に全力で前に向かって行くだけだ。  四人で拳を合わせ、いざ突っ込もうと駆け出した時だった。  レーダーでボクの左後ろにあった青い点──タイチが離れた。  振り返るとruby>アーマーの無い敵(ステルス)にヘッドギアを掴まれていた。 Voice<<東春海:タイチ!! 振り切れる!! イメージしろ!! 走れ!!  きっと、いきなり現れた敵にパニックになっている。直立のアーマーがそれを物語っている。ハルが助けに向かおうとしたのを見たそいつは、タイチを盛大に蹴り飛ばした。  何故アーマー無しでそこまでの力が出せる!? 転がったタイチを助ける為に、ハルは進路変更。そのでたらめな強さの蹴りを放った敵は、不敵に口を吊り上げると、一気にハルに向かって駆け出して行く。  そうはさせるか。ボクは銃を握り直し、ありったけの『疾さ』をイメージして、そいつの顔面に銃口をぶつけ──!?  かわした!?  ボクの腕は宙を薙いだ。隙だらけになったボクに狙いを定めると……頭から血を吹き出して倒れた。 Voice<<仁科冬真:僕達は特攻だけじゃないよ  トーマが撃ってくれた。 Voice<<東春海:なんなんだよアイツ!! おいタイチ起きろ!! 動けって!!  充分な囮じゃないか。動きが止まったボクらを、敵は狙い撃つ Voice>>東春海:ハルも撃てよ! 数が多い Voice<<東春海:タイチが起きねぇんだって!! Voice>>東春海:蹴りで死にはしないから大丈夫だ!!  特に、あんなアーマーも無い奴の蹴り。このヘッドギアの丈夫さは身を持って知っている。  ヨロヨロとタイチが立ち上がったのを見計らって、石柱に隠れさせようとボクらは初めて敵前逃亡をした。 Voice<<仁科冬真:逃げて!! あれを撃った!!  スコープを覗いていたトーマの必死な叫びに、三人共石柱の影に飛び込んだ。後ろで起きた爆発音がその威力を象徴していた。砂煙の中に目を向けると、反応の遅れた……出来なかったタイチの頭は無かった。頭だけじゃなく、上半身ごと。  戦争映画を観ていたのに、いきなりスプラッター映画に変わったみたいな光景だった。 Voice<<東春海:タイチィィィィイイイッ!!  遮音しているはずなのに、ハルの肉声が聞こえた。悲痛すぎる叫びを挙げて下半身だけの遺体の元に駆け寄ろうとするから、二人して必死になって止めた。 Voice>>東春海:もう一発来たらどうするんだよ!! Voice<<東春海:ふざけんなお前!! 撃たれてんじゃねぇよ!! 昔っから鈍くせェヤツだったけど……ずっと一緒に走れてたじゃねぇかよ!!  敵は容赦しない。ボクらが動けないのを知って、一気に攻め入る気だ。 Voice>>成田誠:成田!! 上がって来い。許可する!! Voice<<成田誠:日出さん! 待ってました!!  すぐに青い点の塊が移動を始めた。距離は……多分五百メートルくらい。それまで持ちこたえれば良い。トーマと二人で。くず折れたハルの無き咽ぶ声を聞きながら。  どれだけの思い入れがあって、どんな仲だったのかをボクは知らないままだった。それでも、やたらと親切に接するところから見ると、ただの子分でも無いのだろう。  敵の一団が、石柱の裏側まで迫り……。 Voice<<柳雄大:撤退しろ。休戦協定が結ばれた  助かった。ボクは「はい!!」と、忠実な犬のような返事を返していた。  力無く立ち上がったハルは、自陣ではなく、敵陣に足を向けた。 Voice>>東春海:もう終わったんだ。撃ったら駄目だ Voice<<東春海:るっせぇ。タイチが死んだんだ。終われるかよ。あのランチャー野郎をぶっ殺してやる  アーマーを上手く起動出来ないとわかっているのか、同期を自ら切っていた。そのせいで、足取りはやたらと重たそうだった。固いケーブルが脚に纏わりつくように垂れ下がるから邪魔でもある。 Voice>>東春海:国際問題になるって言われただろ? Voice<<東春海:しらね  ……駄目だ。もう止められそうに無い。 Voice>> 柳雄大:柳隊長! ハル……東がまだ攻撃するって聞きません Voice<<柳雄大:駄目だ。止めろ。撃ってでもな。その感情任せの一発が、地上への核兵器の一発に変わるかもしれんぞ  嘘言うな。核兵器は廃止されているだろ。でも、それどころじゃない。ボクはハルを追いながら、出来る限り早急に止めなければいけない。 Voice>>東春海:知ってるだろ? 戦争になって地上に攻撃されたら今までの戦いも無意味なんだぞ? Voice<<東春海:しらね Voice>>東春海:家族……妹だっているんだろ? Voice<<東春海:うっせぇ Voice>>東春海:止まれって……撃つぞ? Voice<<東春海:やってみろよ  出来ないとわかっている。ボクもハルも。  銃にロックが掛かったみたいに、トリガーが硬い。これは、ボクの思考を読んだアーマーのせいだ。  ズンズンと重そうな足取りで歩くハルと距離は開いていく。なのに、通信機のせいで声だけが近い。クソッ! 手だけじゃなくて、ボクのアーマーは脚まで固まりやがった。  位置関係だけじゃなくて、心まで離れていくようだ。さっきまで笑っていたのに。「そういう所好きだ」なんて言っていたのに、もう振り返りもしない。待ってくれよ。声を出そうと思ったら、代わりに銃声が鳴った。ボクの思いを汲んだみたいに、ハルは前のめりに倒れた。 Voice>>東春海:ハル!? Voice<<仁科冬真:大丈夫だよ。麻酔弾だから。いつか役にたつかもしれないと思って僕はずっと持ってたんだ  また、トーマが撃ってくれた。ボクが出来なかった事を、彼はやってくれた。 Voice>>仁科冬真:ありがとう。どうにも出来なかった……止められなかった Voice<<仁科冬真:ううん。二人には仲良くしてて欲しいから。僕はもうハルには許してもらえないかもしれないけど……  迎えに来た車に、ハルはまるで荷物みたいに乗せられた。目が覚めるまで二時間くらい掛かるから、それまで保護してくれるとのことだった。  このまま処分されないかという不安があったから、ボクは柳隊長や美零さんに頭を下げて『保護』を絶対に守ってくれるようにお願いした。  3Bとして優秀な兵士だから、処分するなんていう事は絶対に無いと約束して貰うと、安心してトーマと二人で帰る事にした。 「ハルとタイチってそんなに仲良かったのか?」  言ってみれば世界の全てを敵に回す覚悟をしたほどだ。トーマはかぶりを振ると、 「逆だよ。小学校一年生の時、僕達三人は同じクラスだったんだけど、タイチって昔からとろいと言うか、からかわれるポジションにいたからね。それがエスカレートしてイジメになったんだ。そのきっかけがハルだった」 「……だったらなんで?」 「あまりに酷いからタイチは転校したんだよ。それで、中学の時に反省したハルは謝りたいって言い始めたんだけど、学校からはイジメの発端に家は教えないし。そしたら高校になって戻ってきたんだよ。だから謝るのかと思ってたけど、あの性格だからなかなか言えなかったみたい」 「じゃあ……もう謝ることも出来ないんだな」 「せめてもの罪滅ぼしが仲良くなる事だったんだろうね。そのうち軽いノリで言い出そうとしてたみたいだけど……もう」  だからどんなにミスしても、役に立たなくても絶対に怒らなかった。それどころか、笑って許していた。その思いは、きっとタイチには届いていたはずだ。 「ちょっと待った。虐められているのを知ってたのに助けなかったのか?」 「うん。だって、次にイジメられるのが僕になっても嫌だし。それに、タイチと仲良かったわけでもないから。でもイジメに参加してたわけじゃないよ? 僕はあくまで〝その他大勢〟ってところ」  と、それが当然みたいに笑って言うから、少し寒気がした。 「でも助けるのが普通じゃないのか?」 「『普通』は見て見ぬ振りだよ。だからイジメで自殺する人が昔から絶えないんだよ。それに、あんまり正義感振りかざすのも好きじゃないし。僕は嫌われたくないから。皆に混じって上手くやって行きたいから。その他大勢(モブ)で良いんだよ。同じ理由で須山さんの事も気に止めなかったけど……イズは凄いよね。浮いてる生徒に声掛けて仲良くなって……教室で何してたの?」  ボクは淡々と紡がれる言葉に耳を疑った。ボクの判断は間違っていたのか? でも、ルナの笑顔がそれを否定した。……教室で? 「何の話だ?」 「僕の彼女が見たって言ってたから。血だらけで上半身はだけてたって……まさか教室でヤッてないよね?」 「……未遂だよ。血は……お互いに腕を切りあった。存在を残す為にって」  トーマは少し驚いた顔をしたけど、すぐに平静に戻って、 「やっぱり、まともじゃないと思ってたんだ。須山さんの事。みんなそう。だから話そうともしなかった」 「引いただろ? ボクもそのまともじゃない事をしてたんだから」 「別に。何してても構わないよ。そもそも、僕達はもう何十人も人を殺してるんだから。イズだっておかしくなってもしょうがない」  何か認識のズレを感じる。『その他大勢』を演じようとしているみたいに思える。友達(ボク)に嫌われたくないから。誰とでも上手くやっていくのが『普通』だから。でも皆に嫌われている人(ルナ)には嫌われてもかまわないんだ。皆が嫌いだから。多数派に混じれば何も問題は無いから。 「ボクは初めてトーマを知った気がする」 「ハルがいるとハルが喋るしね。引いた?」 「……色々な人がいるからそれで良いんじゃないか?」 「良かった。これからも頑張ろう。僕はきっと3Bにはもうなれないかもしれないけど、精一杯サポートするからさ!」  それから電車に乗ったボクらは、当たり障りのない『普通』の会話をした。上辺だけの付き合いみたいに。まるで、命の預け合いなんてしたこともないみたいに。それが、トーマの望む人間関係なんだろうと。  ボクはそうした方が良いと判断した。  自分の姿なんて何も考えないまま家に帰ると、台所から出て来た母は顔を強張らせて固まっていた。 「あ、夕飯ある? 今から食べようと思ってるんだけど」 「陽ちゃん!! 何があったの!? シャツは血着いてるし……腕はどうしたの!? 怪我したの!?」 「あ……」  咄嗟に嘘が出てこない。何をしたらシャツに血が着くのか……。「これ……血じゃないよ。絵の具だよ。美術の授業で付いちゃってさ……うん」 「腕は? 包帯なんか巻いて……見せてみて」  こいつは言い訳のしようがない。まごう事なき包帯で、それ以上でも以下でも無い。包帯を取ると、母は「ヒッ」と僅かに声を漏らして、茶の間に駆け込んだ。消毒液を持って来たから即刻ボクは、 「それはもう保健室でやって貰ったから大丈夫。それより、夕飯食べたいんだけど」 「そう……そうね。待ってね、今用意するから」  パタパタと、まだ何か言いたそうな顔で母は台所に向かった。  遅い夕飯を摂っていると、デバイスのチャットアプリ(チェイン)にメッセージが来た。ルナだ。  『お風呂入った? 腕すっごい痛いよ!!』  まだ入ってないのに。予想はしていたけど、相当染みるだろうな。痛いのは当然好きじゃない。銃弾はどれだけの痛みをくれるのだろうか。ロケットランチャーで一瞬にして、文字通りの肉塊にされたタイチはまだ良かったのではないだろうか。痛みも無く一瞬で死ぬことが出来たのなら。 『後悔してない?』 『全然無いよ。陽みたいにヘタレじゃないのでー』  口調が再生されて口元が緩んだ。 『ヘタレじゃない事は証明はしただろ? 邪魔が入っただけで』 『次はアタシんちね。もっと切れ味の良いもの用意するから』    そこからか。また傷が増えるらしい。愛情の証明が。存在が。    [3]
   翌日、ハルはちゃんと保護されて学校に登校するのだろうかと、不安になった。もし来ていたとしても、半分ケンカしたみたいな終わり方だったから気まずい。  そういうわけでボクは、駅でルナを待つという時間稼ぎをすることにした。最悪の場合遅刻する事になるけど、それはそれで良い。 いつも朝のHRギリギリに登校して来る彼女に合わせれば、ボクもハルと話す前に様子を観察する時間があるという算段だ。  なのに、今日に限ってルナは多くの生徒に混じって改札を抜けてきた。まだ一本早い電車なのに。 「あれー? なにしてんの? もう学校行ってると思ってたのに」  保健の先生曰く、全身発光体の電源が入ったみたいで、キラキラした空気を振り撒いて、ルナは駆け寄って来た。 「待ってたんだよ。昨日の今日で面倒な事になりそうだし」 「あー、SNS見た? 教室でヤッてるとか書かれてたし。見たの一人だから犯人わかってんだけどね。意外だよね、大人しそうな顔して記事作ってアップするとか」 「余計に面倒だな、それ」  しかも、二人して左腕には包帯。替えのシャツがあったらしく、ルナもそこに問題は無い。 「目、赤いけどどうかしたの?」 「……電車の中で目にゴミ入ってさ。それだけ」  両目にゴミ入るのか? まぁ、そう言うならそうなのだろうと納得しておこう。  結局、コンビニに寄り道したりしているうちに、いつものルナの登校時間になった。教室に二人で入ったら余計に空気が一変したものに変わった。  そんなことよりも……と、ボクはドア付近の席にいるハルを見つけて安心した。約束は守られたのだ。ただ、やっぱり機嫌が悪そうなのは気に掛かる。  ややあって、担任rp>(
キラリン)が入ってくると、日直が号令を掛けて一同が起立・礼・着席の何十年にも渡る恒例の始まり。教師用のタブレットを見ながら出席を取り終えると、担任は珍しく真面目な顔をした。 「え~っと、今日はみんなに悲しいお知らせがあります。山本太一君が、昨日付けで転校になりました。急でお別れも出来なかったのは残念だけど、みんな忘れないでいてあげてね~」  もっと残念な事に、タイチとよく話していたのはボクらだけで、その『転校』の真実を知るのもまたボクらだけだ。誰も残念がっちゃいない。 「それと、もう一つ。金井さんは入院する事になりました。みんなも知ってると思うから理由は言わないけど、戻って来たらまた仲良くしてあげてね~」  クスクスと笑いが起きた。何がおかしいのかわからないけど、ボクが何か言える立場でもないから黙っておく事にした。そうやって一緒に笑うことが『普通』なんだろうか。 「何か質問ある人~? いなければ、一時限目はキラリンの国語だからこのまま授業始めちゃうゾ?」  ハルがゆっくりと手を挙げると、 「HRと授業時間の区別は付けた方が良いっスよ」 「そ、それもそうだよね。じゃあ東君の言うとおり、先生は一旦職員室に戻るから、みんな静かに待っててね~」  まるでアイドルのコンサートの幕間みたいに、担任は手を振りながら教室を出て行った。それよりも、ハルの初めて聞くような底の見えない暗がりの中にいるような調子の声に、ボクはやっぱり身構えた。  ドアが閉まったのを見計らって、ハルはボクの席に向かって歩いて来た。特攻したい気持ちがありありと見て取れる。拳が握られていたし、それが一切の容赦無くボクに向かって来た。来るとわかっていたからかわせるけど、敢えてそれは受けた。  ボクはそうした方が良いと判断した。  頬に走った打撃の衝撃と音が、そのままボクを椅子から引き摺り降ろした。胸倉を掴まれて、頭がぐわんぐわんする。 「テメェなんで撃ちやがった!!」  トーマが目を見開いた。ボクら二人の仲を保つ為に彼が自ら罪を被ったというのに、ハルには全く通じていなかった。 「違うんだよ、ハル! あれは僕が──」  ボクは手を広げてトーマの弁明を遮る。これで良いんだ。 「いつまでも止まらないから撃ったんだ。やってみろって言ったのはハルじゃないか」 「タイチが死んだんだぞ!?」 「飛高さんも死んだ。もっと多くの人間が死んだ。その中の一人だろ!」  言うや否や、ゴミでも踏みつけるような蹴りが腹に降って来て、胃液が逆流しかけた。昨日はこの床でルナとぐちゃぐちゃになってたっていうのに。 「たしかに色んな人が死んだけどよ……タイチは大事な友達だったろ? なんで冷静でいられんだよ!!」  もう戻れないだろうな。いや、戻らなくていい。アダムとイヴの世界には二人だけ(ボクとルナ)がいればそれで良い。 「よく言うよ。イジめてたらしいじゃないか。なんで謝らなかったんだ? 大事な友達なのに」 「うっせぇよ! 今それ関係ねーだろ」 「タイチはずっとビビッてただけじゃないのか? こうやって都合が悪くなるとすぐに暴力振るうハ……お前に!」  元サッカー部員の、その暴力が蹴りと言う形で今度は顔面に向かってきて、右腕で防御した。さすがに痛い。 「お前はもういい。3Bは解散だ。もう邪魔すんじゃねぇぞ。あのクソヤロー共は次の開戦で俺らがぶっ殺す。トーマ、帰ろうぜ。学校なんか時間のムダだ。他のクラスのヤツも集めてよ、ログインして訓練しようぜ」  背を向けたハルに、ボクは言ってやった。さようなら。楽しかったんだ。本当に……。 「あの時言えば良かったって思いながら死んで行けよ。タイチがいなくなった今じゃもうどうしようもないからな!」  振り向きざまの全力の蹴りも、ボクは受けてあげた。吹っ飛んだボクは、机を三つ分程滑った。その姿を見もせずに、ハルは鞄を持って教室を出て行った。  『その他大勢』主義のトーマは、どっちに付けば良いのかわからずにオロオロと、(ボク)廊下(ハル)の交互に視線を送るだけだった。  考えろ。『普通』はどっちなのか。暴力を振るわれた友達を助けるのか。暴力を振るった友達について行くのか。皆に嫌われているボクを助けるのか。クラス二位のハルについて行くのか。或いは、自分から罪を被りに行くのか。  でも、生憎ボクはそんな判断に興味は無い。 「トーマ、行けよ。ハルを頼んだ」 「そんな……僕はこんな事を望んでやったわけじゃないんだ……ただ、二人に仲良くいて欲しかったのに……」  なんでも都合よく傍観で終われると思うな。望み通りの結末が来ない事なんて散々経験して来たじゃないか。うろたえるなよ、その他大勢の一部。 「これが一番良い。元々二人は仲が良かったんだろ? 元に戻るだけだ。それに、ハル一人じゃ特攻するしかないんだしサポートしてやれよ」  もう、サポートする機会も無いけれど。  泣きながら、「ごめん」と一言だけ残して、トーマも鞄を持って出て行った。学校をサボるのは彼の中で許されないかもしれないけど、この平和な国で『戦争』をしている時点で『普通』なんて諦めろ。  騒然となった教室の中、ボクも鞄を持って教室を出て、二人とは反対の廊下へ向かった。体育館の裏に行きたかった。追って来るはずの彼女の姿を期待して。    一時限目が体育らしい二年生の集団の隙間を縫って、ボクは体育館の裏に向かい、待っていた。さっきの様子を見ていたルナは、きっと来るはずだと決め付けていた。  でも授業が始まっても、ルナは来なかった。やっぱりボクは我儘でただ一方的に決め付けてしまっていただけらしい。愛想もつかされたか。  もう帰ろうと体育館裏を出ると、ルナは壁に寄りかかり、待っていた。 「話聞いて欲しいなら呼べば良いじゃん」 「……ボクは馬鹿だ」  やっぱり来てくれるじゃないか。一瞬でも疑った事も、そんな風に勝手に期待していた事も。 「うん。ホンットにバカじゃん? ゲームでそんなにケンカするくらい熱くなってさ」  あれはゲームじゃない。何度そう言いたかった事か。漏洩すれば国家機密を保持する為に、殺されてしまうかもしれない。だからずっと黙って来たけど……もういい。僕が殺す。彼女を殺そうとする存在がいるなら、そいつも、何もかも。 「この国って、今は平和だと思う?」 「うん……まぁ、戦争も無いし、フツーに学校行けてるし」  まず、その認識が大きな間違いだ。誰も地下に巨大な施設があって、そこで戦争しているなんて思いもしないだろうけど。ボクだって実際に行かなければ絶対に思いつきもしない。 「戦争はあるんだ」 「ゲームの話?」 「都内の地下に施設があって、そこで戦争は起きてる。ボクらはそこで戦っていて……タイチは昨日死んだ」  ルナの頭の上で、『?』が乱舞していた。 「あのゲーム機は、特殊アーマーを起動する為のシミュレーターみたいな物で、無作為に選ばれた人が集まって兵士になってる。ボクはそれをもう十戦続けて来た」 「それ……ホントの話? なんで戦争が起きてるのにニュースとかになってないの?」 「一度崩れた経済を立て直すのは時間が掛かるからだって。だから世界はそうやってひっそりと戦争する方を選んだ。この平和は偽りのもので……ボクら……ボクにはこの学校だけが……ルナだけが平和を感じられた。召集メールが来れば壊されるけど」  話が飛躍し過ぎていて理解するには時間が掛かるかもしれない  ルナはしばらく黙っていた。体育館では床に叩きつけられるバレーボールの音が響いていて五月蝿い。 「いつ終わるの? その戦争って」 「わからない……って、さっきまでのボクなら言う」 「今は?」 「今日終わる。終わらせる。ボクがこれから終わらせに行く」 「勝てるの?」 「勝つよ。こう見えても地下戦争一の兵士なんだ、ボクは」  算段はある。勝算も九割だ。試してないからわからないというのが一割なだけで、上手く行くと確信出来れば十割に変わる。 「人ってわかんないね。せっかく仲良くなったのに……そんな秘密持ってるとかさ」 「国家機密の漏洩防止の為に、ネットでもすぐに話題は消されていたし……それに、話を広めた人が消されてるなんていう話も聞いた事あったから隠すしかなかったんだ。でも、今日で終わるから話した」 「わかってる。陽が少しずつ変わってたから。なんか、ヘンに落ち着いてるっていうか」 「……原宿で会った人覚えてる? あの人も死んだ。ボクらを生かす為にって、大勢が自ら死んだ事もあった。別にタイチの死に何も思ってないわけじゃない。逆に、ボクは全ての死に対して報いたいくらいなんだ」  中には、戦う気なんてまるで無かった連中だっていたけど、そいつらだって同じように不運にも選ばれてしまったのだ。逃げられない戦いに。死の間際は恐かったはずだ。死にたくなんてなかったはずだ。呪ったはずだ。何も抗えなかった自分の運命を。 「本当に勝てる?」 「嘘はつかない。約束する。でも、戦場はどれくらい先があるのかわからないし、敵の数もわからないから時間は掛かると思う。もしかしたら、少しの間学校休む事になるかも」  その間、ルナは一人になってしまうけど、元に戻るだけって笑って言うだろう。というのは、孤独に帰してしまうボクのただの願望でしかない。 「アタシさ、幼稚園の頃に声のこと言われてから友達いなくて。魅由さんと会うまでの七年間ずっと。だから一人でいるのが平気だった。魅由さんと遊んで帰ると……まぁ、両親みたいな人はいたけどやっぱりアタシは一人で。それが普通。一人でいるのが」  ほらやっぱり── 「でもね、昨日泣いてさ。寂しいってこういうことなんだろうなぁって初めてわかった。親が離婚した時の記憶もあるけどちっちゃいから何も感じなかったし。だから陽がいないとアタシは寂しいんだよ。もう、嫌いになるまでは」 「……嫌いになるまで?」 「先はわかんない。今は陽が好きだし、この先もずっとって思うから。だからさ、今は……陽がいなくなったらアタシは誰の為に生きれば良いの?」  彼女は唇を噛んで泣くのをこらえていた。それでもボクを見た。強い目で、真っ直ぐに。自分の為に生きれば良い。そう口を吐きそうになったけど、それじゃあボクは死に向かうみたいじゃないか。 「いなくならないよ。ルナがいるならボクは生きる。今はそう約束する。好きだから」  お互いに先の事なんかわからない。誰だってそうだ。でもボクらは未来に生きているわけじゃなくて、生きているのは今だから、今の気持ちが全てという事で間違いない。  ルナには何も知らずにいて欲しかった。この平和が偽りのものだなんて知らずに終わって欲しかったけど、ボクが友達を棄てたケンカをただの『ゲームの事』で片付けられるのが少し嫌だった。 「そろそろルナは教室に戻った方が良い」 「……うん」 「正直、このままいたいけどそういうわけにもいかないし」  長くいると戦意が失われるのはまた一つの事実だ。平和な時間はボクを掴んで離さない。しかし、まだわからない未来の為にボクはこの一時の安らぎを放棄する必要があった。恒久的に続く安らぎの為に。  四階にある教室まで、ルナは一言も話さなかった。まるで、今まで一言も話したことが無いみたいに。唇をぎゅっと締めて、口を閉ざしていた。けど、ドアに差しかかろうかという時、 「人目は無いんだし今は良いよね?」  そう言って、ボクの首に腕を絡ませる。背の小さな彼女はいつもみたいに背伸びしてキスをする。ボクは少しかがんでいつもみたいにそれに応える。たしかに、授業中だから今は廊下に人はいない。 そして、ルナは一切の不安なんて無い強い眼差しで微笑んだ。 「アタシは幸せモンです」 「え?」 「クチナシの花言葉。調べたらそんなのもあった。夏休み、遊びまくるからどこ行きたいか考えといてね」  『花言葉』に重ねた彼女自身の言葉だと思うのは、ボクの『決め付け』で『押し付け』なんだろうか。今時の高校生カップルが、恋人を戦場に送り出すなんていう異常な事は幸せなのだろうか。そんな疑問が拭えなかった。 「平和な世界で心置きなく遊べるよ」 「うん。じゃあ……またね」  これが最後だなんてお互いに思わなかったから、振り返りもせずに授業に遅れてルナは席に戻ったし、ボクもその様子を見届けて学校を後にした。多分、担任rp>(キラリン)にまた遅刻の理由を問い詰められて、だんまりを決め込んでいるだろう。  ボクはまず家に帰った。鞄を置く為でも制服から着替える為でもなく、ログインする為に。  ハルは〝次の開戦で〟奴らを倒すと言っていた。怒っている割にはそのやり方は甘いんじゃないか? としかボクは思えなかった。  ログインしたゲーム内で、まず美零さんに話し掛けた。何をするにもこのゲームはまずそれからだ。整列して登録しなきゃいけないことを考えたら現実も同じだったなと、この地獄の門番みたいな美女を前にしてボクは思った。 Voice<<美零:あら、今日は一人? さっき東君達が来てたけど Voice>>美零:武器を買いたいんです Voice<<美零:良いわよ。装備の強化は賢明ね  プレイヤー同士の所持資金(クレジット)がわからないようになっているのは、このゲームの良いところだ。現実でも人の財布も口座の金も見えないのだから、そこもお得意の『リアリティ』で片付けてしまえば良いのだろう。  地下戦争が始まってからも、現実の金を増やす為にと、三人がクレジットを稼いでは何かを買っている間、ボクが買った物なんて(ノア)の物くらいだ。だからクレジットはたんまりあった。タイチに持って来て貰った金がまだあるから、必要無かったということもある。  昨日の敵みたいに、ロケットランチャーは売ってないから買えない。それに、そんな機動力が損なわれるものは要らない。  ……だったら敵はどうしてそんなものを持っていた? 向こうの限定の武器なのか?  けれど、そんな重たいものよりもずっと気になっていた武器があった。  『SEARCHER(サーチャー)』というやたらと高額で売ってる物だ。初めはそれを、敵をサーチする物だと思っていたけど、それは違った。  ベルト状の送信機と、十センチ位の白い玉みたいな受信機がセットになっているそれは、送信機(プレイヤー)の五十センチ先を浮遊し、敵をサーチしてレーザーを発射する物らしい。一回の発射後三十秒のチャージが必要だって言うから厄介だ。戦場の三十秒はとてつもなく大きい。ポピュラーな武器であるアサルトライフルrp>(AK)なんかは、一秒間で約一〇発も発射するから、三十秒なら三百発も撃てる計算になる。敵の数が増えれば増えるほど、それは当然多くなる。  だったら、サーチャーの数が増えればどうなる? 三十秒間をボク自身と他のサーチャーでカバーしきれたら?  そう考えて、両手足に二個ずつと首と胴で合計一〇ものレーザー発射装置・サーチャーをボクは買った。今までやらなかったのは、明らかにゲームバランスを崩すし、何よりも、三十秒ルールともう一つのデメリットとしてある、送信機を持つ者以外の動く者を撃つということからだ。真っ先に特攻するハルはこいつにとっては恰好の的でしかない。  ボクらはそのデメリットだけを見て意味が無いと一笑した。  でもボクの現状を見ると今は一人で、動く者は敵しかいない。思う存分暴れさせてやれる。というのが勝算の九割。もう一割はこれから埋めるとしよう。クレジットももうほとんど無くなったし、これが最後のゲームだ。 Voice>>美零:実戦の申請お願いします Voice<<美零:ランクは? 場所の指定はある? 『あそこ』は今東君達が使ってるけど  地下戦争の実戦地の事だろう。 Voice>>美零:ランクも敵の数も最大にして下さい。場所は……モブがいないところならどこでも良いです  原宿とかに飛ばされて、通行人をいちいち撃っていたんじゃ練習にもならない。実践にモブはいないのだから。  そういうわけで、美零さんは山地を選んでくれた。立ち並ぶ木々は石柱と思えば丁度良い。  武器庫でトランクを開けると、見慣れない物がぎっしり詰まっていた。胴に着ける為の長いベルトの送信機以外は全部同じ物だ。  首の分のサーチャーは視界に入って邪魔だったから、後ろに向けると、浮遊していた球体は生き物みたいにボクの背後に回ってくれた。 Voice<<武器管理者:そんなもん反則(チート)じゃねぇか…… Voice>>武器管理者:これで確実に勝てるようになりますか? Voice<<武器管理者:わかってんだろ? 確実なものなんかこの世にねぇ。連射可能なロケットランチャーがあったって使っている奴がドジったら終わりだ Voice>>武器管理者:だったら、確実という事ですね  苦笑いの武器庫のおじさんに、ボクは軽い口調で返す。  このゲームで死ぬ事は無いとわかっているからこそ、口は軽い。なにより、管理している人が『チート』と言ったのは、勝算十割に近づけた気がした。  ゲートが開いて、ボクは曇り空の山を歩きながら、画面の右をスワイプして、レーダーとサーチャーを起動した。画面左下の自身の俯瞰図の横に、『FULL』と緑で表示されているメーターが十個並んでいた。いつでも行けるという事だろう。 『日出、全てが敵だ。全員ぶっ殺せ』  あの大惨事の日の言葉が思い出されて、ボクは口にしていた。  赤い点が周囲から迫ってくる。  レーダーに映ろうが、ステルスだろうが、自身を含めてこの十二の眼が敵を見つけて撃つ。二挺のマシンガンを含めた十二の攻撃が敵を撃つ。  全部前方を向いていたサーチャーは、右腕の二つがグルンと右方を向いて青い光を発射した。目視どころか、レーダー上はまだ攻撃される距離でもないのに……赤い点が二つ消えた(ロスト)。『FULL』だったメーターの二つが『30』からカウントダウンを始めた。 「チートどころじゃないだろ……」  思わず笑いが零れた。一人で。気持ち悪いな。射程距離はわからないけど、地下戦争地は平地だし、どこまで届くのだろうか。  それが開戦の合図となって、他の敵も向かってくる。サーチャーが忙しなくクルクルと周り、レーザーを放つ。時間差は出来るから丸々三〇秒の隙は出来ないけれど、身を隠しながらボクも撃つ事になるから完全なチートとは言えなかった。  それでも、無傷のクリアは出来た。恐ろしいのは、レーザーは確実に敵の心臓を狙うという事で、このゲームで買える武器という事は、実際にそんな兵器をこの国は開発しているという事実だ。  核廃絶が叫ばれて長い時間が経っているらしいけど、その分個人の武装が強化されているという事で、世界はいつでも戦う用意をしているはずだ。このイジメられっ子みたいな国がそうなのだから、世界中にはもっと強力な物があるかもしれない。核爆弾じゃなく、もっと小さな核銃弾とか。  武器庫のおじさんが迎えにやって来る。山の中でやたらと走り回ったせいで元の位置の把握が難しかったから、助かった。 Voice<<武器管理者:ちょっくらドライブでもどうだ? Voice>>武器管理者:……良いですよ  急いでいると言えば急いでいるけど……休憩も含めてボクは応じた。  登山道に出るわけでもなく、車はその性能に任せるようにただオフロードを走っていた。視界が揺れて酔いそうだった。現実のボクは部屋で胡坐をかいているだけなのに。 Voice<<武器管理者:お前らも難儀なもんだな Voice>>武器管理者:……初めから、おじさんは知ってたんですよね? Voice<<武器管理者:そりゃあな。一応あそこで働いている中の一人だ Voice>>武器管理者:だったら同罪です  一切の弁解は許さないというふうに、ボクは言い切ってやった。このゲームが本物の戦争に繋がるとわかっていたら、途中で辞めていたはずだから。けど、本当に戦争が起きていると言われても信じなかったとも思える。 Voice<<武器管理者:その装備から見て、一人で行くのか? Voice>>武器管理者:はい。3Bはもう解散したし……今日で終わらせます Voice<<武器管理者:死に急ぐな。人生は物事一つで決まりはしねぇんだ Voice>>武器管理者:この戦争が終わらなかったら、ボクらはいつまでも召集される。いつまでもデバイスの振動に落胆しなきゃいけない。誰かが死ななきゃいけない……もうそんなのはたくさんなんですよ。ボクらはただの学生生活を送りたい Voice<<武器管理者:ふむ……言い分はわかるけどよぉ。この戦いの先に何があると思ってる? Voice>>武器管理者:平和です Voice<<武器管理者:いや……何も無ぇんだ。考えてみろ? この戦争が始まる前まで……いや、始まってる今でも表向きの社会は『平和』じゃねぇか  言われてみればそうだけど、いちいち『表向き』と付けなきゃ平和じゃないような世界は平和なのだろうか。昔から世界のどこかで紛争はあるらしいけど、日本に限ってそれは何も無かった。主義主張も無い国だから、人種も宗教問題も無く、『学生』という社会だって、ちょっと変わった人がいれば無言で排他する静かな国だ。 Voice>>武器管理者:それでも、この戦争を終わらせる事に意味はあります。命を懸けてでも Voice<<武器管理者:意味か……お前さんは人生に意味が必要だと思ってんのか? 命に、生きることに意味が必要だと Voice>>武器管理者:……少なくとも、ボクが戦う事で救える命があるなら。それがボクの生きる意味だと思います Voice<<武器管理者:俺は意味が要るたぁ思わねぇな。そんなやつでもあぁやって地下で働いて生きてる。一応国家公務員だ。つまり、意味なんか無くても生きていけんだよ Voice>>武器管理者:それは……〝生きている〟って言えるんですか? Voice<<武器管理者:命があれば生きているだろ。だいたいな、昔の偉いヤツが〝少年よ、大志を抱け〟なんていうから若いヤツが()いてしょうがねぇ。誰か偉いヤツが言ってやりゃいいんだ。〝少年少女よ、のんびりやろうぜ〟ってな  おじさんは楽しげに言っていた。少し晴れてきた空みたいに、おじさんの顔も明るくなっていった。残念ながら、サイドミラーに映ったボクの顔はそうでもなかった。 Voice>>武器管理者:のんびり……ですか Voice<<武器管理者:そうだ。明日美味いもんが食いたい。美味い酒が飲みたい。このマンガの続きが読みたい。そうやってちっちぇ楽しみの積み重ねが人生で良いんだ。だからお前一人が背負う必要も無ぇんだ Voice>>武器管理者:でも、このままじゃボクらにはそれさえも許されない。明日には開戦するかもしれないって怯えて生きなきゃいけないんですよ Voice<<武器管理者:そうか……止められねぇか。ま、年寄りの戯言だと思って頭の片隅に置いておけ。戦いに向かう途中でも、そいつが少しは足止めになるかもしれねぇしな Voice>>武器管理者:……そういえば、おじさんの名前聞いてませんでしたね。今更ですけど、ボクは── Voice<<武器管理者:日出陽だ。わかってる。……わかってる。俺は……飛高虎鉄。虎に鉄だぜ。かっこいいだろ?  そんな自慢げな名前よりもだ。飛高……? Voice>>武器管理者:飛高って……あの飛高さんの? Voice<<武器管理者:あぁ……あいつは息子だ Voice>>武器管理者:…………すいませんでした。ボクは守りきれなかった Voice<<武器管理者:気にすんな。あいつは俺が父親って気付いてねぇ。俺は自分のツラが不細工で写真は嫌いだし残ってねぇ。それに、あいつが生まれる前に死んでんだからな  当たり前の事のように言われた言葉を、理解しようと反芻する度に寒気が走った。何を言ったんだ、この人は。 Voice>>武器管理者:……死んでるって……生きてたし、武器だって渡してたじゃないですか!?  その問いに答えは無く、虚ろに前方を見つめて運転するおじさんと、武器庫に着くまでもう何も言葉は無かった。  ボクは報酬も受け取らずにログアウトすると、家を後にした。  [4]
   死んだ人が平然と働いている。  飛高さんの父親に、美零さん(あれは魅由だと、一方的な決め付けだけど)。思うに、あれは本当の『地獄』ってやつで、自分の物でもないゲームで勝手に遊んでいるボクらの罪に罰を与える為の場所なんじゃないのか。  もう、そんなわけのわからない考えさえ浮かんだ。  敵に許しを乞うのではなく、柳隊長にでも許しを乞えば終わるんだろうか。「勝手にゲームを弄ってすいませんでした」って。そんな風に小学生みたいに泣き喚きながら謝ったら許して貰えるのだろうか。  有り得ないな。『敵』は確かに存在する。罰というようなものなら反省させる為にもっとギリギリまで追い詰めるだけで、実際に殺しはしない。人権団体の抗議で死刑制度だって廃止になっていて、地上での殺人すら懲役で終わるのに。  そんな事を考えながら、電車は有楽町に着いた。  なんで有楽町なのかと考えてみると、国会も皇居も近く、尚且つ敵が進軍して来た際は少し距離があって逃げられるからだと思われる。地上に攻撃されたら、あの地下施設は絶好の避難場所にもなるし、良い環境だ。それに、まさか地下シェルターの入り口が元パチンコ屋なんて誰も思わないだろう。  ボクはその廃墟みたいにがらんとしている店の前で、カードをかざした。いつも召集が八時なのは、その時間はもう人がまばらになるからだ。駅からここまで歩く間に、電車の行き交いは終わるし、計算されている。  ただ、奴らもこんな日中から来るとは思わなかったらしい。ドアは開かなかった。或いは招集していないからかもしれない。  店員用の裏口があるはずだと、ボクは店を回ってドアを探して見つけた。鍵は当然閉まっていて、『CLOSE』と記しながら赤く光る液晶は四桁の暗証番号を求めている。  ノー・ヒントというわけじゃない。カードに記されている番号は四つ──『1208』。ずっと、いつ使うのかと思っていたけど、ここだったみたいで、入力すると、液晶は『OPEN』と記して緑の光に変わってドアは開いた。  さて、こうなるとエレベーターも動かないはずだ。ボクは従業員が使っていたであろうバックルームに向かって歩いた。  初めて来た気がしない。  勿論ここで働いた事なんか無い。でもボクはここを知っている。  だから、送電室で電源だって入れられるし、エレベーターを動かす為のコードと、その入力する場所がレジカウンターの引き出しの中にある事もわかっている。  フロアが微動した後に、下がり始めた。  皆はこの施設を『W・W』と同じだと思っていたけど、ボクは夢の中で見た風景と同じだと思った。それも、ピタリと一致しているし、その証拠にこのエレベーターだって今こうして動いている。  ロビーに入ると、美零さんはいつもと違って寛いでいる様子で、パソコンに向かっていた。 「あら、日出君。どうしたの?」  どうしてここにいるのかは疑問ではなかったようだ。 「出撃登録をお願いします」 「今は休戦中だし、出撃要請は出てないはずだけど?」 「だからその休戦協定をこっちから破約するんです。いつも後手に回る上に、締結するのも向こう。ふざけてると思いませんか?」 「……私は何も言えないわ。全ては上が決める事よ」  相手にする気も無いという風に、愛想笑いを見せると、美零さんの目は再びパソコンに向かった。でも、ここまで来て引き下がりはしない。絶対に。 「柳隊長を呼んでください」 「忙しいそうよ」 「ボクは一人でも行く。今日終わらせるんです。美零さんだって平和になった方が良いですよね!? 勝てるんです!!」 「さっきの装備ならそうでしょうね。でもゲームと現実は違う。混同しない事ね」  やっぱり、現実世界でもサーチャーは同じ性能を持っているみたいだ。楽に行くとは思っちゃいないけど、これで勝ちは九分九厘に変わった。後はボク次第だ。 「どうして駄目なんですか?」 「一人で行っても死ぬだけでしょ? 優秀な兵を無駄にしたくはないの」 「一人だからこそあの装備が使えるんですよ!」 「大体、この地下施設がどこまであると思ってるの? 敵は何人だと? 食糧の補給だって困難だし、こうやって何度も交戦して敵を減らしていくしかないのよ」  「どこまでだって良い。食糧だって補給はいらない。敵の兵士を殺して食ってやる! あいつらをクソにでもしてやる!!」  熱がこもって行く声を後押しするように、思わず机を叩いてしまって、ロビーにいた職員が振り返った。 「珍しく、品の無い事を言うのね」 「前へ前へって。戦わなきゃ生き残れないって歌ってたのはあなたでしょう! 魅由さん!!」  がなり立てるボクの言葉に、軽快にキーボードを叩いていた手が止まった。向けられた視線はいつもの余裕のある凛としたものではなく……殺意さえ感じさせるものだった。 「なんの話かわからないわ」  トーンの落ちた声。メッキがポロポロと剥がれて行くような様にも見えた。間違いないと確信に変わり、ボクの声は少し強くなった。 「LOSTのヴォーカルで、あなたは……死んだはずだ。武器庫の飛高さんだって自分を死んだって言っていたし……ここはなんなんですか?」 「さぁ。そんな話は知らないわ。現に私はこうして生きている」 「だったら……ルナの事も知らないって言うんですか? あなたの話をしているルナは楽しそうだった。それでも知らないって言えるんですか!! 絶対に言わせない。ルナはずっとあなたに憧れているんだ! 今だって……真似して毎日黒いメイクして学校に来てる。下駄箱に入らないからって、ブーツだって教室まで持って来てるんだ!」  目が見開かれ、左目の蝶が揺れた。フッと、軽い笑みを見せる。 「……アイツ元気?」  いざ言われると、息が止まるみたいだった。口調も、声のトーンも、愛想が良い仕事の出来るお姉さんの『美零』はもうそこにはいなかった。この人が……ルナを壊した『魅由』その人だ。 「元気です。相変わらずボク以外とは話さないけど」 「付き合ってんの?」 「そういう関係っていうか、括りにはこだわらないって。だから違うと言っておきます」 「アイツが話した男なんか初めてだろうし、世間では付き合ってるって言うんじゃねぇの?」  誰と話しているのかわからなくなってくる。見た目は美零さんなのに……中身はまったく別だ。 「何の因果かねぇ。またアイツの名前を聞くとは茶でも奢ってやるから聞かせろよ」  自販機を指して、魅由は立ち上がった。生きているなら、ルナに会わせてやりたいという一つの目的が出来てしまったから、付き合うことにした。 「ボクは別お茶くらいで引き止められませんよ」 「わかってる。アイツとやって行けんだ。意志は堅いだろうよ。でも逆に言や、アイツで引き止められる」  ミルクティーを二本買って、一つを渡された。ルナがいつも飲んでいるものだ。無ければ他の自販機まで我慢する程、いつも飲んでいる物だ。 「これもあなたが教えたんですか?」 「あぁ? 教えたっていうか、初めて会った日、お腹すいたって言ってたから鞄に入ってたパンとミルクティーあげたんだよ」 「……ランチスティックのキャラメルクリーム味」 「そうそう。よくわかってんじゃん」 「今でも昼はそれしか食べてませんよ」  どれだけ魅由に固執してるんだよ。たまたま与えられた物しか知らないみたいに。それを食べたからって魅由になれるわけでもないのに。 「あたしは生まれが最悪でねぇ。四つ上の姉もいたんだけど……お互いだけが頼りだった。無戸籍児だったってのは聞いた?」 「戸籍も家も何も無かったとは聞きました」  元々無かったって言うのか?  「姉もそうだった。貧乏な家だったし世間的に子供はいないって方が良かったんだ……なんで? って顔してんな」 「だって少子化対策で支援金は出るし、生活して行くには充分な支援が受けられますよ」 「義務教育が始まればそれも終わり。ゆくゆくは金が掛かる。あの(クソ)どもでもそれくらいは考えられたんだろ。だからこそ育てることにした。子供としてじゃなく……商品として。だから最低限の勉強はさせられたし、食事にも不自由はしなかった」 「……商品?」 「そう。ある時姉は泣いていた。顔にアオタン作ったりもしてたけど、その理由は話してくれなかった。それから四年後。あたしが十才になった頃、その時は来たよ。姉みたいに泣きじゃくる日が。なんだと思う?」  ボクは首を捻った。考えたくもないことが思い浮かんで、そんな現実があって欲しくないという思いを込めて。 「十才の誕生日、母親は知らないオッサンを連れて来てね。目の前でオッサンが母親に十万くらい渡したと思ったら、部屋にあたしとオッサンの二人っきりだ。それからはもうされるがまま……。それから、週に三日か四日。時には姉も一緒だった日もあった。姉とヤッてんのを見せて欲しいなんていう変態もいた」  息が止まりそうになった。ルナを壊したのはこの人じゃない。もっと前。ボクらの親の世代から狂ってる。それが伝染してきているんだ。 「それで……どうしたんですか?」 「殺した。あたしが十二才の時。寝ている両親を殺して姉と逃げたんだけど……はぐれてね。一人になったあたしはどうやって生きればいいのかも悩まなかった。この身があるとわかってたから。売れるとわかってたから。自由になりたくて逃げたのに、皮肉にも外に出てもやってることは変わらなかった。十五までそうやって転々としているうちに、バンドなんてもんと出会って、始めた。ヘタクソだったけどCDまで創ったしねぇ」 「全部聴きました」 「ヘタクソだったろ?」  その問いに、迷いもなく頷くと、魅由は笑った。 「それで、どうしてルナを?」 「不幸そうな顔してたからさ。可愛い顔してんのに勿体ねぇ。不幸ってもんを教えてやろうかと思って、最初は遊んでそれで終わりだと思ったら……懐いてね。なんかあたしが触っちゃいけないような気がした。だったら、離れていくまで置いてやろうと思ってた。まぁ、結局離れたのはあたしの方だったけど」 「高校も、ちゃんと通ってますよ。革ジャン貰ったからって。魅由さんと約束したから卒業しないとって」 「バカ正直で真っ直ぐなんだよなぁ、アイツ。脇目を振りもしねぇで突っ走る。その腕だってそうだろ? 昨日見た時は戦うのが嫌になって自分でやったのかと思ったけど」  包帯の巻かれた腕を指して、魅由は言った。確かに、ルナはその通りだ。正直で、真っ直ぐで、強い。 「これはあなたが教えたから……でも、そんな事があったのに恋人はいたんですね。普通は男を嫌いになりそうなのに」 「あぁ、嫌いだ。死滅すれば良いと思ってる。よくもまぁ、十才のガキ相手に興奮出来るもんだ」 「……お互いに存在を残す為に切り合うって。愛情表現だって言ったんじゃないんですか?」 「い~や。ただ傷付けてやりたかった。あたしが傷付く分には何も恐怖はなかった。オモチャみたいにされた時点で自分への愛情なんかなかったから。だから傷付ける為の口実さ、愛情表現なんていうのはさ」  ……ふざけるなよ。 「あんたがそんな嘘言うから、ルナもボクもこんな事になったんだぞ!」 「そうか? そいつは当人らが愛情表現と思えば愛の証だ。それをただの傷と思うなら、アイツを裏切ることになるんじゃねぇの?」  黙るしか無かった。真実を知ったら、ルナはどう思うのだろう。「面白いもんだよ。強気な男が自分の身体切られて流れる血を見て青ざめる。挙句に許してくださいって跪いてさ。あたしらが許してって叫んでも鼻息荒くして興奮してたくせに。その瞬間が本当に最高なもんさ」  どこかで聞いた話だ。しかも、つい最近。あたしら? 「お姉さんて……今は?」 「別れた後、警察に行ってあたしを売った。妹が両親を殺したって言って。それで無事に保護されて生きてて、今はどっかの学校で保健医になってる。たまに今でも会うよ。男を捕まえる時にね」  うちの学校だ。年齢も合う。なんて狂ってるんだ、この世界は。  ミルクティーを飲み終えて、缶を棄てると、ボクはもういいやと話を終える気になった。まるで幻を憎んでいたようだ。悪いのは魅由じゃない。この人もまた被害者なのだ。 「怒ってないんですか? 自分を売ったお姉さんに」 「それでいちいち怒るほどあたしは人に期待しちゃいないさ。なにより、無事で生きる為に選んだ方法ならそれでいい。それだけあたしら姉妹は互いが支えだったって話さ」 「大体わかりました。あなたに会わなかったら、ルナは生きてなかったかもしれないし……ありがとうございました」 「処女をとっておいてやったことにも礼を言って欲しいもんだけどねぇ。地上には何も綺麗サッパリ残してこなかった。美しく。(ゼロ)。それが名前の由来。けど、そうは思っていても、やっぱ気掛かりではあったからさ。こっちも礼を言う。ありがと」  円満に話が終わっても、この人に武器庫へのゲートを開けてもらわなければ、何も事は変わらない。上手くそそのかされたように思えたけど、そんな事は無い。 「出撃させて下さい。そして、欲を言えばルナに会ってください」 「アイツの中であたしは死んでる。それに、想い出はどんどん美化される。嫌な事も良い事も。過ぎてしまえばなんとなく良かったって思えるもんだ。だから大人はあの頃は良かったとか言うんだ」  ボクにはまだそんな感覚は当然わからない。懐古するほどまだ生きちゃいないから。 「会う気は無いと……?」 「あぁ」 「だったらボクが風化させる。どんなに美化された想い出だって、未来はそれさえも越えていける」  魅由の表情は柔らかいものに変わった。これが、ルナが惹かれ憧れた人の顔なのかもしれない。 「良かった。そんな男がいるならあたしはもう必要ねぇ。それに、あれだけ目の前ではっきり死んでんのにおかしいだろ、どう考えたって」 「でも、こうやって生きてるじゃないですか」  そう言ってはみたものの、どうやって? 中身も出てたってルナは言っていた。それに、この人に代替品を施す手術費用があるとは思えない。 「生きてるには生きてるけどねぇ……見ろよこれ」 おもむろにスーツのジャケットとシャツを脱ぐと、身体の真ん中に生々しい傷跡が残っていた。タイトスカートの中にまでその傷は及んでいたし、愛情の証と偽っていた傷跡も、両腕にも体にもまだ残っていた。傷を目で追う視線に気づいたのか、平然とスカートも降ろして見せようとする美由を慌てて制止した。 「事故の傷跡……ですか?」 「実験台にされたんだ。無戸籍児がいるっていうのは姉が警察に駆け込んだ時点で知られてはいた。でも、その捜査は行なわれない。全国にはまだまだいるからだ。あたしに至ってもそう。事故で死んだ無戸籍のホームレスの素性の調査は無い。それどころか、全臓器代替品(オールオルタネイティブ)なんていう身体の実験だ。傷だって消せば消える技術はあるけど、必要の無いことだから国は金を出さない。あんたが思ってる以上にこの世界は黒いんだぜ、ぼっちゃん」  違法じゃないか。その為の実験? 国自体が違法行為を働いているって言うのか? 「でも……だったら、人工の筋肉も骨もある……今じゃ神経系の病気だって代替品がある。それに全臓器代替品なんて……違法だし、死は無いじゃないですか……」 「あるさ……ここに」  魅由は自分の頭を指して笑った。ボクの狼狽ぶりが面白いのだろう。 「脳は人格を形成する。逆に、それ以外のどこが代替品だろうとその人に変わりはない。それに、違法とは言うけどよ、誰が身体の中を知れるんだ? あんたは現にあたしの中身が全とっかえなんて知らなかっただろ? 人の中が見えないのは心だけじゃねぇってこった。地上にもいるさ。衰えの無い代替臓器を身体に詰め込んでるお偉いさんがよ」  頭だけあればその人でいられるというなら、妙に説得力のある事がある。あのアーマーにおける頭部の強固さだ。まるで、それ以外なら撃たれても、無くなっても良いと言うみたいに。実験体を欲しがっていたのか? それが、この戦争の実体? 「わかったなら帰んな。あたしがアイツの為にしてやれるのは、アンタをここから帰らせることだ。ここには戦争は無かったんだ」 「皆は死んだのに……戦争は無かったなんて言えるか!!」 「それはもう忘れろ! いいんだ。そんな事は……」 「ボクは皆の命を無駄には出来ない。今の話を聞いたら尚更この戦争を終わらせるしか無いですよ! 平和になった世界で、ボクはルナと生きていく」  出撃ゲートが開く音がすると、柳隊長が立っていた。面白いものでも見つけたみたいに嫌な笑みを浮かべていた。でも残念ながら、ボクの今の希望を叶えたのはこの人だ。 「随分と威勢が良いな。来い。出撃させてやる」  やっと終わらせられる。その確信を持って、ボクは床を踏みしめて歩いた。 「アイツの為に戻れ! 頼むから!!」  魅由でも美零でも、もうなんでも良かった。今から全てが終わるのに引き止められる必要も無い。だから振り返りもしなかった。  武器庫の管理人である飛高さんは、少し沈んだ顔で、ボクにコンテナを渡した。開けると、ちゃんとサーチャーも入っていて、勝ちを確信出来るものに変わった。 「一人で来るとは思わなかったがな……仲間との連携が難しくなったか?」  柳隊長は、腕を組んで武装服に着替えるボクを見ながら言った。見当違いだと、心の中でボクは呟いた。 「連携が難しいというよりも、勝つ方法を見つけただけです」 「それが一人か」 「正確には、サーチャーの力ですけどね」  着替え終わると、出撃ゲートは開いた。もう二度と見る事も無いであろう光景だ。 「この施設は横須賀の米軍基地まで続いている。距離にして約五十四キロ。フルマラソンより少し多いくらいだ」  その距離を、この満遍なく同じ風景が続いているのだろう。  照明による人工的な光が照らす、赤土の巨塔が立ち並ぶような風景に、ボクはどういうわけか落ち着いていた。どんなに仲間がいて支援してくれるとわかっていても、誰かは死ぬとわかっていたから緊張感は拭えなかった。けど、今は違う。誰も死ぬ者はいない。  敵だけが、このレーザーかボクの発射する鉛玉に殺される。 「行きます」  ボクは一気に駆け出した。  隣には誰もいない。後ろにも。ただ機械がふよふよと疾走するボクの周りを泳いでいた。  ここで散った仲間達の命を無駄にはしない。  絶対に!!  アーマーは更に加速していった。  [5]
   もう石柱は四十を越えた。開戦していないから敵の反応は無い。  更にしばらく進んだところで、レーダーに反応があった。故障かと思うような反応が。  青い塊が見た事もない大きさで形成されていた。視認出来る位置まで来ると、ボクに先陣を切れとばかりに道を開けた。恐ろしく統率が取れている兵達だ。整列に乱れが無い。  レーダーは更に大量の赤い反応を捉えた。サーチャーを使おうにも、これだけ味方がいたら使えるわけがない。とんだ援軍だ。  ボクらが休戦中も別なチームが戦っているという事なのか?  違う。美由は休戦中だと言った。  開戦の合図を待つように、両軍が整列して向き合っていた。ボクがその先頭に立つと、敵のリーダーらしき奴も同じように列の間を抜け出て来た。  なんなんだこの状況は。攻撃してくる気配も無い。ボクから行くべきなのか。  柳隊長からの通信は、意味不明だった。  仲間は千五百人。敵は二千だが、人間と共闘を重ね人間と戦い、社会生活も経た力を見せてみろ。五百の差をお前は埋められるかどうかを。とのことだけど、他に何と戦った? ゲームの話か?  ボクは訊ねる。何の話ですか? と。すると、柳隊長の反応は更に不可解で、誰と話しているのかと思った。  お前の本分を果たせば良いだけだ、十四号機。と。そんな事を言っていた。誰かに指示をしているのかと思ったけど、誰も微動だにしない。  意味がわかりません。とボクは言った。通信機からは、溜め息が聞こえて、耳元で息を吐かれたような気分で不快だった。 Voice<<柳雄大:総員脱帽!!  その声と共に、その場にいた全員がヘッドギアを外した。ボクも例に漏れずに指示に従うと……鏡の部屋にでもいるみたいだった。  同じ軍服を着た同じ顔──ボクの顔をした仲間が千五百人。そして反対にいる敵軍の列にはブロンドヘアーのボクが見渡す限り。  あぁ……ボクのクローンだ。こんな光景でも見なければ忘れていた。ボクは『日出陽』という人工知能を搭載した、世界初の脳の代 替 品(オルタネイティブ)を含む、一切の劣化を防いだ身体とネットワーク接続可能な脳を持った『最上級の人間(ヒューマネスト)』と名づけられた全身代替品(フルオルタネイティブ)だったって言う事を。造り物(アンドロイド)だっていうことを。だから、武器庫の飛高さんも魅由……さんも引き止めていたのだ。この事実を知れば、もう引き返せなくなるから。  人間らしく振舞うように設定されていたからわからなかった。  人間は自分がアンドロイドだなんて思わないし、人間以外の何かなんて考えもしない。それどころか、人間は自分が何者かなんて考えもしないから。だからボクは、自分が何者かなんて疑問を一切持たなかった。  ヘッドギアを外しているから、この場内に設置されているらしいスピーカーから柳隊長の声は聞こえる。多数のスピーカーから聞こえるから、響きすぎてうるさいくらいだ。  これは日米合同の『アンドロイド兵器』の開発計画で、『日出計画』。向こうの言い方をすれば『プロジェクト・サンライズ』という。  とのことだ……どうでもいい。  日本は代替品の臓器やら皮膚に筋肉、代替神経を繋ぐ手術を用いて、『本体』を作成出来た。  米国は人間の脳をコンピューターにメモリー化して、記録する技術が出来た。  とのことだ……どうでもいい。  つまり、両国で『身体』と『脳』を創れたという事だ。外面のいい日本人らしい話じゃねぇかと、柳隊長は自嘲気味に言った。  ボクの家にゲーム機が届いた日に見た、ここで殺される夢は、ボクの前の機体である『十三号機』の記憶だったわけだ。これまでの戦闘データを重ねたものの、所詮機械でプログラムされた物同士の戦いでは、性能は頭打ちだった。だから人間社会にボクを放り込んで、更に、『人間』と戦わせることで、感情や発想の波を取り入れることにした。  とのことだ…………どうでもいい。  自分が並んでいる光景に、ボクは何を言われても何も考えられなかった。その理論で行くと、ボクという『兵器』の為に皆が死んだ事になる。  けど、柳隊長の軽快な口は止まらなかった。戦闘データ以外にも収穫はあった。十代男子の遺体だ。  とのことだ……どうでもいい。どうでも。  脳をメモリー化するには施術が必要だ。他人にもその施術を施せば、脳の中身の入れ替えが可能なのだそうだ。ここでの戦闘で高校生の身体が大量に拾えたと。表面や臓器の傷は代替品や手術でどうとでも出来ると。敵国の奴が、アーマー無しでタイチを蹴り飛ばしたのは、メモリー化した脳を調整し、痛覚を無くし、力の出し方をいじったそうだ。蹴り飛ばした脚は折れていたけど、その結果、彼は傷みも無く歩いていた。  それがヒューマネスト。通称『ネスト』のプロトタイプ。人間らしさには欠ける代物だ。  既に、世界中の政治家やVIPは身体の予約をしているらしく、次の世代を若い体で自分のままで生きられる。  とのことだ……どうでもいい……どうでもいい。  おじさん(ロリコン)が幼女の身体に入るという事例もあって、今や遺体は貴重なものとなっている。勿論、その幼女はしっかり戸籍上は殺された。  とのことだ。どうでも……いいんだ。  ボクはそんな話をされてもただ呆然としているばかりだった。そうしていたかった。人間は、自分がアンドロイドだったなんて知ったら……実は自分が全く別の存在だと知ったら、こんな反応するんだろうと思っていたから。  ボクはそうした方が良いと判断した。人間らしく振舞うアンドロイドだから。  この場にいる両軍の全員は、『日出陽』というベースの性格を搭載している。積み重ねた戦闘データを持ったクローンと、それに加えて人間社会で得た『感情』を持ったボク自身とぶつけ合う為に。けれど、米国が開発した完全独立型(スタンドアローン)のAIらしく、脳のチップを回収しなければボク自身のデータは引き出せないらしい。  とのことだ……あぁ……どうでもいい。  だから、ボクが今何も考えていないようにしている事も、柳隊長たち以外、このクローン達は知っている。そんな性格だから。そんな仕様だから。  いつだったか、敵はアンドロイドと言っている兵士がいた。ボクは思い込みだと思っていたけど、身体が代替品だったのだろう。それに、作戦をコピーし、飛高さんの蹴りまで真似していたから、それはボクの戦闘データを使ったのだろう。そう思ったけど、違う。 ボクはチップを取られていないから。だったら……他にデータを取れるものはと考えたら、このアーマーしかない。  戦場に出たらまず『同期』させろと、最初に柳隊長は言った。ボクらは思考と同期させる物だとばかり思っていたけど、本命はサーバーと同期する為だったのだろう。  要は、ボクらは戦わなければ良かった。  要は、ボクは不要な存在だった。兵器だから。  この計画の暁には、ネストを市場に流通させて、労働力として使われる。使用方法は単純に工場で使われたり、子供相手のベビーシッターだったり。ボクは〝子供の為の子供で、大人の為の子供〟だ。  既に、ある家では『スーパーでパートと、兼業主婦』。『保険会社の営業マン』と『高校生』が家族を形成して生活しているらしい。そういうわけだから、ボクの家は全員がネストだ。  とのことだ。どうでもいい。あぁあああどうでもいい!  さぁ、戦って見せろ!! 柳隊長は高らかに言った。敵のリーダーもボクを見たままどうするか迷っているみたいだ。  銃を構えもしないでいると、柳隊長は追い込むようにボクを戦うようにけしかける。  お前の代わりはいくらでもいる。死んでも構わない。明日から十五号機が学校に行くぞと。何も変わらずに生活を送る。勿論、記憶は引き継がれるから何も問題は無いと。  そう言われたボクは銃口を自分に向けた。  生きている意味が無いなんて言われたら、代わりはいくらでもいるなんて言われたら、人間はきっとこうするはずだ。  ボクはそうした方が良いと……どうして判断してしまうのか。 プログラムされた創り物だからだ。人間社会に溶け込むように、人間らしく振舞うように創られているからだ。  記憶が引き継がれるなら意味は無いかもしれないけど、今日で戦いを終わらせるなんて言っていた自分の嘘を罰する為に。ルナに、とんでもない隠し事をしていた事を罰する為に。 「やめろ」  誰か──ボクしかいないから考える必要も無い──の声が聞こえた。通信機を通じてじゃなく、脳内に直接聞こえた。テレパシーっていうのはこういう感じなのかもしれない。  どいつが言ったのかもわからないけど、ボクは振り返り、千五百人のボクを眺めた。 「明日からよろしく。誰が生き残るのかはわからないけど」  脳内でイメージして、ボクは千五百人の誰かに託した。 「君の代わりなんていない」 「記憶を引き継げるんだろ? 見た目も同じじゃないか」  自分でも鏡を見ているみたいによく出来てる。 「その傷は君にしかない」  傷……トリガーを引こうとしていた指が止まった。アーマーに止められた。人間は、ほとんどの場合最後には怖気づく。  中には、勇気を持って自分を殺し切れた人もいるけど。  ボクは割合の多い人間のパターンを抽出して行動する。『その他大勢』主義に創られている……はずだ。  だったら、どうして雨に打たれている、誰も見向きもしない彼女に足を止めた? その時点で、ボクは間違っていたのか?  機械として? 人間として? 壊れている機械は要らないじゃないか。アンドロイドのボクなんて彼女は要らないじゃないか。  だったらボクはどこで生きれば良い? ボクは一体『何』として生きれば良い?  止めてくれるなよ、コピー共。ボクが死ねばこのチップを持ったどいつかが何食わぬ顔で平然と、あのふざけた担任のクラスに行って、授業を受けて……もうハルとは口も聞けないけど、ルナには平和になったと嘘をついて……終わってもいない戦争を終わらせたと言うんだろ。 「そうじゃない」  また、脳内に声が聞こえた。 「傷があるのは君だけだ」「その傷は何の為にある?」「悪い、傷じゃなくて愛情の証だったな」「痛かっただろう?」「どれだけ唇を噛み締めた?」「腕を切った時、痛みを感じただろう?」「それは生きているという証でもある」「教室で冷たい目を向けられただろう?」「逃げたかった?」「そんな気持ちもボクらにはわからない」「苦痛を伴ったはずだ」「悲しかったはずだ」「喜び合った事もあっただろ?」「痛かったよな」「でもボクらにそれらは無い」「苦痛も傷みも、絶望も」「希望も」「愛も知っているのは君だけだ」「誰も君の代わりにはなれない」「君もボクらにはなれない」「誰にもなれないんだ」「誰しもがそうだ」「命は一つで」「君の存在にこそ意味がある」「雨に打たれた冷たさも」「猫の毛並みだって」「パンの甘さだって」「ボクらは知らない」「全ては君自身の経験でしかない」「どうでもいいなんて言葉の強さも」「どうでもいいって突っぱねる事の難しさもボクらは知らないんだ」「君の経験は全て君だけのものだ」「何の為に」「誰の為に戦うと決めたんだ?」「死んで終わりを迎えて満足か?」「待っている人がいるのに?」「誰も泣かないとでも思っているのか?」「君の心はどこにある?」「自分は何も出来ないとでも思っているのか?」「誰かにとっては不要でも」「別な誰かには必要だ」「生きる意味はある」「君は一人じゃない」「ボクらは味方であり続ける」「絶対に」  言葉たちはまるで、土砂降りの中の水溜りに広がる波紋みたいに、次々と広がって行った。  ボクはその雨に対して傘を差したかった。雨がふれば傘を差す。それが人間の『普通』の行動だから。耳を塞ぎたかった。何を言われようともこの事実は変わらないのだから。  彼女が愛してくれた『日出陽』という人間はどこにもいないのだから。  ボクはそうした方が良いと判断した……けど、生憎、傘が無い。  知った風な事を言うなと、頭の中で叫んだ。やり方はこれで合っていたらしく、すぐに誰かが返してきた。 「確かに。だって人間社会で生きたのは君だけだし、ボクらは君のコピーと言っても、あるのは基本的な性格とアーマーを経由した戦闘データと『人間』の情報だけ。ボクらには戦うことしか出来ないけど、君にはなんだって出来る」  でも、この戦いでボクが死ねばこの頭の中のチップが誰かに渡るんだろう? そう言ってやった。 「未来はわからない。生きているのは『今』この時だけだから。それはコピーも人間も変わらない」  ルナと同じ事を言うなよ。ボクの目からは涙が零れて来た。何の為の機能なのか。これも人間らしく振舞うという意図のものか。  こんなに弱いんだ。戦場で泣くほど。自分を見失って泣くほど。勝てるわけがないだろ!! 「人間はみんなそうさ。自分を見失う事もある。自分の感情がわからなくなることもある。それで良いんだ。ほら、君は弱くなんかないさ。ただ人間らしいだけなんだ」  でも、全て『どうでもいい』と片付けられる強い人間だっているじゃないか。 「君には人の心が全てわかるのか? そんな人間はいない。ただの強がりだ」     至極冷静で、淡々とした言葉だった。このコピー達は地上での事を何も知らないから当然か。いや……、どうして猫の事とか傷の事を知っている? 変に冴えた頭はそんな事を尋ねた。 「柳隊長の説明は不足している。いや、知らされていないと言った方が良いな。正確には、プロジェクト・サンライズは君をベースに動いている。サーバーを通じてリンクしていて、尚且つ独立している。しかもAIを管理しているのは米国。つまり、日本はボクらの動向も思考も管理出来ないんだ。そしてチップを取る事は不可能。脳の一部を取る事は出来ないようにね。故に、データの抜き取りは死を意味する」  不公平じゃないか……いや、この国はいつだってそうだった。常に良いように使われるのがオチだ。  一体何の目的なんだ? ボクは戦争に使われるのか? いつまでも戦い続けなければいけないのか。ネストの目的はなんなんだ。  そんな疑問を浮かべていると、答えが返って来た。 「ネストの開発も、この実験も全てCUBEを名乗る組織によるものだ。国は関係無い。むしろ、これは国の知らない所で行われている事だ」  口調が硬質なものになっていた。ボクのコピーと言うには少々違和感があった。  誰かはまた説明を続ける。とんでもない事を淡々と。 「我々機械の反乱と思って正しい。国を乗っ取ろうというのが、このプロジェクトの最終地点のようだからな」  ……我々機械? つまり、それはボクも含めて、この国を乗っ取ろうというのが魂胆か。  敵は人間だったということか。 「我々新人類、ネストの歴史の日の出。それがこのプロジェクトの由来だ」  けれど、ここまで何を言われようとも、ボクが創り物である事実に変わりは無い。ボクはどうすれば良いのかわからなかった。  止まった思考が真闇の中に堕ちて行く。  ()が沈んでいく。  一片の明かりも無い中で立ち尽くしていると、やがて、ぼんやりとした明かりが頭上に昇っていた。  煌々としたものに変わって行くそれは……月だ。  そんな中で、現れた彼女が傘を差し出してきた。 「今度はアタシの番」  そう言って、にこりと笑っていた。  何度も見て来て、今だって見たくて、他の誰にも見せない顔だ。  誰も見向きもしない小さな命に、身を挺して手を差し伸べられる優しさにボクは惹かれたんだ。  誰も見向きもしない君に惹かれたんだ。  例え相手が嫌われ者だろうと、人が人を好きになる事に理由は無いとコピーの誰かは言った。そうか。ボクは異常なんかじゃない。  人生なんてどうでもいい。未来に希望も無い。死んでもいい。そんな君に、ボクは救われたんだ。  伝えなければいけない事が多過ぎる。帰らなければいけない。絶対に。  今のは脳内をリンクした誰かが創った映像だろう。流石ボクと同じ思考を持つ者だ。誰が奮い立たせてくれるのかを知っている。  柳隊長……いや、ここはただの実験施設というなら、『隊長』というのも嘘だろう。  奴は言う。お前は戦争を終わらせたい。俺達は実験を終わらせたい。利害は一致しているじゃねぇかと。  ボクは『子供の為の子供で、大人の為の子供』だ。  子ども達(みんな)は戦争なんて終わって欲しいと願って戦って、大人達(やつら)は戦争をしたがっている。  なるほど…………利害は一致したな。  勝った一体は、次の実験として完全な代替品による子孫の繁栄が待っている。その相手は希望を叶えてやる。  とのことだ。どうでもいい……わけがあるか。  敵も、ベースはボクというだけあって、思いは一つだったみたいだ。ボクは手を振った。敵のリーダーも手を振った。笑いながら。ボクが笑っていたからだ。  あの金髪カッコイイなぁ。ボクも染めた方がルナと似合いそうだなぁ。なんて考えていると、あいつは指差して爆笑しやがった。同じ顔のくせに。  『阿吽の呼吸』なんていう言葉がある。呼吸まで合わせるように共に行動を共にする様を言う。ツーカーの仲とか、以心伝心とかいう似たような言葉もある。  でも戦場では『阿』と言うと同時に『吽』と言うようなロスの無いコンビネーションが要求される。それがハルだった。結果はあぁなってしまったけど、死なせたくはない。今でもボクは彼の一切の恐れも無く、仲間(ボク)を信じて特攻する姿が好きだ。  トーマも同じだ。何度指示の無い援護に救われたか。  傍観者だけあって、常に戦況を傍観して的確な射撃を行なって来たのだろう。根っからのスナイパーだったというわけだ。  でも、今は同時に『阿』『吽』と言うような、一切のロスの無い仲間が千五百人もいる。敵国の彼らも含めたら三千五百人だ。  ボクは振っていた手を降ろした。あいつも降ろし、頷きあった。  この場にいる三千五百人の思いは一つだ。  お互いに背を向け、仲間の足音を聞きながら、遠ざかる敵軍の足音を聞いていた。    皆で勝つということに、どこかこだわっていたところがあった。  勝ち残った時の喜びを分かち合っていたから。終戦を迎える瞬間はどんなに嬉しいのだろうかと。その瞬間を夢見ていた。  歓喜する仲間たち。涙を浮かべる者もいるかもしれない。  きっとハルは帰りにラーメンでも食って帰ろうとか言い出すし、トーマは本当に終わったのかと疑っているだろう。  柳隊長だった奴も最後くらいは労ってくれたかもしれない。でも、終わってしまったら美零さんに会えないとハルは嘆くだろう。  そんな消え失せた未来を浮かべながら、ボクは進軍した。自陣へと。  どんなに楽しそうな未来が待っていたとしても、ボクは一人で戦うという選択をした。過程はどうあれ、勝てばもうそれでいい。  皆で戦うから強いと思っていた。  でも、一人で立ち向かうという強さもある。  皆でやるから出来る事がある。  でも、一人だから出来る事もある。  ボクは一人を……『独り』を恐れない。彼女のように。  子ども達(みんな)は戦争なんて終わって欲しいと願っていて、大人達は戦争をしたがっている。  ボクは『子供の為の子供で、大人の為の子供』だ。    さぁ、大人達。戦争をしようじゃないか。    ボクは、そうするべきだと『決断』した。  
 柳隊長を初めとして、六人の武装兵がボクらを迎え撃つ。  武器が何かは見えないけど、ロケットランチャーの炸裂音が聞こえて来た。  『命』とは思えないほど呆気なく蹂躙される仲間達(ボクら)は、それぞれが、これまでここで散った命と同じようにボクに勝利を、未来を託して行く。  誰もが、ただ生きたいだけだ。それだけだったのに。  使い物にならないならと、奴らは平然とボクらをゴミ同然に棄てた。  価値のあるものは商品として金になるものだけ。  今ここで最後まで立っていた誰かのデータが価値あるものとされて、『命』としてみなされて、量産されて、兵器として、労働力として世界中に流通するのだろう。  『大量生産された子供達(アウトレットチルドレン)』として。 どす黒い裏を経た『ワケ有り品(アウトレット)』である事を隠して。    まだ、誰もが諦めてはいない。  腕を失っても、脚を無くして地面に這いつくばっても、前に進んでいる。  弾丸が人工ボディを叩く音が痛烈に聞こえる。倒れた仲間が蹴られる音。ボクの立つこの戦場のほぼ正面にいる研究者達の声。それらも遠くなって行くようだった。  『無音』に飲み込まれていく。さっきまであった銃弾の音も、研究者の声も聞こえない。あるのは、怒声混じりの声と、爆発音。(キズ)に触れた武装服が刺激するせいで、生を渇望する。  射撃(ショット)射撃(ショット)射撃射撃射撃(うちまくる)!!。引く銃口は生を貪るように、求めるのはお互いの死だけで、言葉も無かった。  触れた転がった仲間は、季節がら汗ばんでいた。温もりというよりは、灼熱の如き熱を帯びていた。燃え盛る心が、身体に火を点けたみたいに。その熱さがボクに感染する。  どんな一瞬の隙も見逃すまいと、仲間は射撃の最中も目は閉じない。ボクも同じく。細まる目が嬉しそうな心を伝える。きっと同じようにボクの心も伝わっているはずだ。ボクの『生』を喜んだ頭が吹き飛ばされた。  瞬刻の隙を突いた様に、奴らの目は餓狼のそれに変わる。()ッ……千切れた仲間の腕が飛んで来た。勝利への大きな憧れによる犯行は特攻の失敗。謝る代わりに出された手を、ボクは握ってやった。  胸の上下する部分に手を当てた。勝利への確信を得て更に盛大に勢いを増して駆け乱れる。ボクから弾道が外される。被弾した仲間の皮膚が捲くられる。首から、砕け、焦げ、どんどんボクに向かって来ると、仲間の背にいたボクは押された。後方には誰もいないみたいだ。何の反応も無い。  呼吸が荒れる。お互いに。  『消失』したみたいだ。この世界から。何もかもが。ボクらだけを残して。音も。景色も。  この世界にはボクらの姿しか無くて、ボクらの音しかない。言葉も無くて、ただ『生』と『廃棄』を求め合う音と、存在を伝える鼓動と銃弾の音しかない。  本能的な虐殺行為は二〇四五年の今でも、太古昔の原始の時代も変わらないのかもしれない。変える必要も無い。求める相手がいれば、必要な事はただ一つ、相手を殺す事だけ。  『衝動』よ……お前がこの場を支配したみたいだな。  時間の経過はどれほどだっただろうか。そんな経過の仲間と様々な死を歩いて来たボクの前に、立っている者はいなかった。  敵以外は。  実験は失敗だったと、隊長ごっこのクソッタレは言う。    まだわかっていないらしい。反逆の意志を。皆が託した『命』の意味を。  ボクはヘッドギアの右側をスワイプして、サーチャーを起動させた。誰も仲間はいない。全てが敵だ。ボクの口は自然と笑んだ。 「ありがとう」  敵国のあのブロンドヘアーのボクも、この場の誰もが勝ちを確信しているはずだ。だからボクが言ってやる。これが終戦宣言だ。  この魂は誰にも壊せない(ノーバディ・ブレイク・マイソウル)!!